僕は友達が少ない ダークネス(4)

 
 
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     (4)
 
 落ち着け、俺。
 とりあえず、俺はそう言い聞かせる。
 あんな大声で話していたのだから、まちがいなく廊下にいた幸村に、その単語は聞こえていただろう。
 でも、相手は幸村である。最近まで、自分が男性であることを信じて疑わなかったような、そういう方面ではとことんうとい女の子なのだ。こちらが気にしなければ、突っ込まれることはないと俺は期待する。
「あの、あにき。おなにーとは、性器いじりのことでしょうか」
「ぶっ」
 あまりにもど真ん中ストレートな幸村の言葉に、俺は噴きだしてしまう。
「あにきは、そんなことをする理科どのを、責めたていたようですが」
 そして、幸村はうらめしそうに俺をにらむ。
 なに、この展開?
 そりゃまあ、俺だって健全な高校生だから、そういうことに無縁ではない。それなのに、さっきの俺は、自分のことを棚にあげて、理科の変態性をなじっていた。第三者から見れば、明らかにフェアな言い分ではなかっただろう。
 ただ、そのことで、幸村が俺を批判する理由がどこにある? 楠幸村って後輩は、古典的なヤンキーに憧れていて、だから、俺を慕っているわけで、そういう話とは遠く離れた存在であるはずで……。
「あにきは、そういうことをする舎弟がおきらいですか?」
「は?」
 幸村はそれから伏し目になって、つぶやいた。
「はずかしながらも、このわたくし、そのような行為をたしなんでいるのです」
 ちょっとちょっと。とんでもない告白がきやがりましたよ!
「おい、ここは部室だ。理科ならともかく、お前がそういう話をするのは……」
「あの、わたくし、あにきに報告したいことがあるのです」
 幸村は神妙な面持ちで話を始める。
「わたくしはみじゅくものゆえに、あにきのようなりっぱなものが生えておりません」
「だから、それは前に理科が説明したように、お前が女の子だからであってだな」
「ですが、夜空のあねごはいわれました。努力をすれば、わたくしでもおとこになることはできる、と」
「まあ、男らしくなることはできると思うが、それとこれとは別問題で」
「ゆえに、わたくし、いけないことと知りながらも……ついつい、あそこをさわって、たしかめてしまうのです。あの……おとこのあかしが生えてくることを」
 身なりはともあれ、幸村は女子高生としては、なかなかかわいい外見をしている。初対面のとき美少年と見まちがえたように、りりしく整った顔だちをしているのだ。そういう女の子に、こんなことをたどたどしく話されていることを想像してほしい。俺でなくても、グッとこみあげてくるものがあるはずだ。
 それでも、俺は先輩として、兄貴分として、幸村を失望させてはならないわけで、だから、さとすように話しかける。
「だいじょうぶだ。そういうことをしても生えてくることはない。だから、そういう話を部室でするのは……」
「ですが、あにき。しばらくさわっていると、その部分がとがってくるのです」
「チェストーーーーー!!」
 とりあえず俺は叫んだ。体からほとばしる邪念を追いはらうべく。
 いやいや、このトークはやばすぎだろう。幸村の恥じらい加減がとことんやばい。手をもじもじさせながら、顔を赤らめながら、こんなことをしゃべってくるのだ。
「わたくし、あにきのことをいっしんに思い、ついつい、あそこをいじってしまうのです。そうすると、体がほてってきて、あそこからなにかが生えてくるかのような……」
 くっ、と俺は拳を必死でにぎりしめる。これは想像したらダメだ。俺のことを思いながら、一心不乱に、アレだ。しかも、その行為が何であるかも知らないまま、無自覚でやっているという。じつは、俺はこういうシチュエーションが直球ストライクなのだ。だから、清純派AV女優の演技に何度もダマされているわけで……いや、そんなことはどうでもいい。問題は今の状況だ。こんなことを話しながら、幸村は俺のとある体の一点を凝視しているのである。そう、幸村にはなくて、俺にはあるもの。もし、それが何かの異変をもたらしたとき、この部室であやまちが起こらないとはかぎらない。何しろ、この部室には、夜空も星奈も、そして理科もいないのだ!
 いや待て、小鷹。俺は自分に言い聞かせる。そもそも、幸村の想像の中で、俺はどんなことを言っているのだ? 「真の男になったな、あっぱれである」とか、そんなことを言っているのだろうか。で、そのあとの行為については、幸村にはまともな知識はないわけで、だから、とんでもなくつまらない想像をしながら、そういうことをしているのではないか。
 そう考えると、俺は冷静になった。そうとも、幸村も理科と同じように、俺とはわかりあえない変人なのだ。同じ土俵に立っているわけではないから、当然、そういうあやまちが起きるはずがなくて。
「はははー、幸村はバッチィなぁ」
 そのとき想定外の声がした。そして、俺のいるところからは後ろ向きになっているソファから、見なれた人影がひょっこり顔を出す。
「おまたをさわるのはいけないことだって、ババアが言っていたのだ。そんな汚いことをするなんて、幸村は最低のヤツなのだ!」
「う……」
 顔を出して、たじろく幸村を上から目線で見ている幼女は、我らが隣人部の顧問、10歳なのにシスターの、高山マリアの姿だった。
 
 
僕は友達が少ない ダークネス(5)