僕達の友情は儚い(12)「全部、うちが悪いんじゃ」

 
※この作品は、ライトノベル僕は友達が少ない10』の続きを書いた二次創作小説です。

 
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     (12)
 
 理科は運動が苦手だ。50メートルですら全力疾走できない。考え続ける持続力には自信があるが、それを身体の鍛錬でおぎなおうという発想は、高校生の理科にはまだなかった。
 一方の小鳩は意外にもすばしっこい。遠泳が得意なことは理科も夏合宿で知っているが、泳ぎだけでなく走るのも速いという。
 だから、理科が小鳩に追いつくはずがないのだ。
 部室のドアを開けたとき、理科はそう分析していた。それでも駆けながら叫ばずにはいられなかった。
「小鳩さん!」
 理科の声に、小鳩の動きはピタリと止まる。
 小鳩の格好は吸血鬼を演じるゴスロリファッションではなく、中等部の制服だった。
 それでも小鳩は人外生物らしくふるまってみせた。
「ククク……ただの人間風情が、高貴なる我に何の用がある?」
ダークナイトさんの依頼を受けてきた者ですが」
 理科は小鳩の演技に付き合う。小鳩にとって夜空は自分を守る忠実なダークナイトなのだ。
「そのダークナイトがなぜ来ない?」
「あなたの天敵であるモンスターを押さえこむのに精一杯なので、代理にこの理科が……」
 モンスターとは小鳩を溺愛している星奈のことだ。
 そんな理科の言葉に小鳩は深いため息をついてみせる。
「あのモンスター……相当に暴れちょったやろ」
「ええ、さすがのダークナイトさんもMPゼロになるぐらいの激闘でした」
 理科は方言が出てきた小鳩にも吸血鬼を相手にするかのように答える。
「……こんなことになってしまったのも……全部うちのせいばい」
「え?」
「全部、うちが悪いんじゃ」
 背中を向けたまま、小鳩はつぶやく。
「そ、そんなことないですって。小鳩さん、全然関係ないじゃないですか?」
「だ、だって……うち、ダークナイトにウソついたもん! お父ちゃんが帰ってきたって」
「……そのことですか」
 理科は部室での夜空の言葉を思いだしながら、
ダークナイトさん、後悔してましたよ。本当は小鳩さんが話したいことがあったんじゃないかって……でも、そのことで小鳩さんを責めたりはしていませんよ」
「……それに、あんたが」
「この理科が?」
 こくん、と理科に背を向けたまま、小鳩がうなずいた。
 小鳩が自分のことを気にしているとは理科には驚きだった。
 小鳩にとって理科は赤の他人も同然で、だから夜空の代理となることで何とかコミュニケーションをとろうとしていたぐらいなのだ。
「あんたは、うちのこと許さへんと思うし」
「……それって父親が来てると夜空先輩に言いながら、幸村くんを家に招いたことですか?」
「そうじゃ! あんちゃんはいつの間にかあの者の手に落ちてたんじゃ! ……うぅ情けないことよ、我が半身でありながら」
「もしかして、小鳩さん。夜な夜な変な声を聞かされたりした、とか?」
 つい理科はそんなことを口にしてしまう。
「う……」
 たちまち、小鳩の背中が硬直する。
「……ま、まさか『らめぇぇぇ』とか『いっちゃうぅぅぅ』とか、そういうお子様には聞かされないような――」
「やめて! あんちゃんの声で脳内再生されるばい!」
「…………へ?」
 その言葉の意味を理解するのに、さすがの理科も数秒間を必要とした。
「小鳩さん、まさか言ってるの小鷹のほうなの?」
「……………………うん」
「ちょっとちょっと! これ予想外なんだけど!」
 理科の中の腐女子属性がキラリと輝き始めた。
「いや、予想通りだよ! やっぱり小鷹は受けだったよ! 幸村×小鷹(ユキダカ)ですよ! ほら見ろ、僕が正しかったんだよ! 小鷹の受けオーラは性別すらも超越するっ! ユニバーーース!!」
 絶叫する理科の様子に小鳩は思わず振り向いた。
 しかし、今の理科には、そんなことを気にする余裕はない。
「って、マジで小鷹が『らめぇぇぇ!』とか言ってるわけ? どんだけマゾなんだよあいつ! 『小鷹の絶叫アクメ地獄』とか誰得だよ! って僕得だよ! 志熊理科には100%需要があるよ! ……でも、相手は幸村くんなんだよね? 最近までおちんちんすら知らなかったあの幸村くんだよね? そんな幸村くんに調教されるとか、どんだけチョロいんだよ小鷹! くそー、僕だって小鷹をひんひん言わせたかったよ! …………って、小鳩さん?」
 理科が気づいたとき、小鳩は半ベソをかいていた。
「うぅ…………あんたはわかるんやな。やっぱり、うちのあんちゃん、変態やったんやな」
「変態ではありません。ド変態です!」
 理科は力をこめてそう断言する。
「……こんなこと、ダークナイトには相談できへんし……」
「いや、それは相談すべきでしたよ! 夜空先輩に言ってさえすれば、この変態理科だっていつでも助けにうかがったというのに!」
 理科は小鳩に同情する。
 生まれてずっと頼りにしていた兄が年下の女子に調教されるというシチューエーションは相当にキツいはずだ。
 しかも、小鳩は兄妹で二人暮らしなのだ。
 これは拷問に近いのではないか?
 ある程度、変態性癖に知識がある理科ですらそう感じるのだから、小鳩にとってはトラウマ級の大惨事であって――。
「……でも、うちは幸村に感謝しとる」
 小鳩はうつむきながらつぶやく。
「だってあんちゃん、苦しんどったからな……幸村はそれを救ってくれたから」
 理科はそんな小鳩の言葉にとまどった。
 小鳩は兄の恋人である幸村の肩を持っていた。
 それどころか「救ってくれた」とまで言っている。
 『大人の情事』に憧れる理科だったが、それが万能薬でないことぐらいはわかっている。
「……苦しんでたって、もしかして星奈先輩のことですか? あの告白されたときから?」
「ま、まあ、それもあるけど……あんとき、うちが嫌がってるのに、あのモンスターのことを話したりしたからなあ、あんちゃん……」
「小鷹のやつ、星奈先輩がどれだけ素晴らしいかを小鳩さんに言い聞かせたりとかしたんですか?」
「うん……うちは聞きとうないって耳ふさいでるのに」
「そういえば、小鷹は星奈先輩がもったいなさすぎるってよく言ってたなあ」
 理科はあまり思いだせない小鷹との記憶を取りだそうとする。
 小鷹は星奈を誉めてばかりだった気がする。
 そのくせ、小鷹は星奈と恋人関係になることをためらっていた。
「……きっと小鷹は恋愛するのが怖かったんだよ」
「どういうこと?」
 小鳩の疑問に理科はうなずいて、
「ああ見えて小鷹はマジメなやつなんだよ。友達のいない自分が恋人を作るなんておかしいと考えてたみたいで……。だから僕なんかと友達になったんだよね。いわば、星奈先輩と恋愛する予行演習みたいな感じで」
「そ、そんなことない!」
 すかさず小鳩は否定する。
「あんたの話をしてたときのあんちゃん、すごく調子に乗ってたもん! うちからすれば、ノロケ話にしか聞こえなくて、正直ウザかったっていうか……」
「……そっか」
 理科はつぶやきながら、それを喜ぶ気持ちをおさえようとしている。
 小鳩が親しくない理科に対してお世辞を言うはずがない。
 だから、小鷹が家に帰って妹に理科との友情について話したことは、まぎれもない事実なのだ。
 そのことはうれしかった。飛び跳ねたいほどうれしいことだった。自分のやってきたことが報われたと思った。
「……だから、あんちゃん、幸村に助けを求めてな」
「え?」
「だって、あんたとあんちゃん大ゲンカしたんやろ? それであんちゃんどうしようもなくなって、うちに相談したんや……幸村を家に呼んでもいいかって……それに、うん、ってうちが答えたからこんなふうに……」
「いやいや、どういうことですか、それ!」
 理科は混乱する。身に覚えがない話だった。
 小鷹とケンカしたことなんて一度も――。
「たしか、冬休みに入ったあと、あんちゃんとあんたがケンカしたって」
「そ、そんな……僕、冬休みになってから小鷹と会ったことなんて、一度もないんだけど……」
「でも、電話かメールで、あんたがすごい怒ったって……あんちゃん、顔面蒼白で、今にも死にそうな顔してて……あんなあんちゃん見たん、うち初めてやった。じゃけん……」
「あ! あのときのLINE!」
 思い出すまでもなかった。
 とっくに理科は気づいていた。
 クリスマスから二日後、小鷹から幸村と恋人になったと聞かされたとき。
 そして、小鷹が自分のことを『好き』だと言ったとき。
 理科は部室でそのメッセージを夜空に包み隠さず見せた。
 でも、夜空は星奈にそれを聞かせようとはしなかった。
 口に出すのをためらったのだろう。狂気じみた理科の発言の数々を。
 
      ▽
 
『死ねええええええええええええ!!!!!!』
『なんで今さらそんなこと言うんだよ! バカじゃねえの? いいから死ね! さっさと死ね!!』
『さっきのは気の迷いだよね? 今さらそんなことを言ってもどうしようもないもんね? 本気じゃないよね? うん、そうだよね! 理科ちゃんちょっと焦っちゃった。てへっ』
『冗談なんだろ? 冗談って言えよ。そう言わないとブチ殺すぞ! ほら、ユーモアのセンスのない小鷹くん、言ってみなさい!』
『ダマんなよ! いいから何か言ってくれよ! でも、気のさわること言ったら殺すからな! 実は僕、生理中なんだよねー! とか自分でウソいっても面白くないよ畜生!』
『小鷹、何も答えないなんてヘタレすぎんだろ! そんなんじゃダメだろ? お前の本気はそんなんじゃないだろ? さあ言うんだ。さっきの発言は冗談だって!!』
『だいじょうぶ殺しはしないよ! 小鷹が余計なことを言わないかぎり、だいじょうぶサ!! ほらほら言ってみ?』
『HAHAHA! この志熊理科たる者が、ついつい小鷹の冗談に本気になってしまったよ! どこまで冗談かって? うん、僕たちの存在そのものが冗談なんだ! 実は僕たちの存在は幻影だという理論が、最新の宇宙理論であったりするからね。宇宙は二次元らしいぜ。ホログラフィック原理というから、後でググれ。もし、そうだったら、小鷹だって薄い本と同じ次元って話になるんだぜ、ヒャッホー!』
『ええと、話の続きは……もうないの? 言わないの? それとも言えないの? どっち?』
『そうだよねー、余計なことを言って僕を怒らせたほうが怖いもんねー。うん、正直いって、全然殺意が消えないんだけど、どうしよう? もし学校で会ったらマジでヤバいかも。……いちおう護身用に理科室にはいろいろ武器があるんですよ。まあ、そんなものがなくても化学兵器で一発コロリですけどね』
『死ね、というより、殺す、といったほうがしっくりくるね。そんな気がする今日のわ・た・し』
『そうだ、こういうときは素数をかぞえればいいんだ。小鷹、一緒に素数をかぞえよう。三桁をこえるまで。そうすりゃ冷静になれるさ! そうなれば殺意も……って、そんなわけないだろ、バカ』
『さあ、羽瀬川小鷹くんの人生は残りわずかとなりました! それというのも友達に心ないことを言って、それまでの友情を台無しにしようとした小鷹くんが悪いのです! もし、小鷹くんがそれを取り消しさえすれば、すべてはなかったことになるんですがねー。小鷹くんは生きたくないのでしょうか?』
『なるほど、小鷹は死にたいんだね。ここまで言ってもなにも言わないんだね。よーくわかった』
『小鷹の住所は知っているからね。だから、殺そうと思えばいつでも殺せるんだよ。ま、冗談だけどね! もし、本気で殺したいなら、わざわざこんなことLINEで発言しないって!』
『でも、こういう状況証拠を残したほうが、いざ殺したときにも捜査がスムースにいくと思うんだよね。ほら、警察っていつも見当ちがいなことやって、時間と金を無駄づかいしてるじゃない? まあ、僕のやり方はほかの人には真似できないから、すぐにわかるはずだよ。知識っていうのは、こういうときのためにあるんだよ。感情にまかせてナイフでメッタ刺しとかバカなことは絶対にしないから安心して。だいたい、刃物で殺すなんて、非力な僕には無理ですから! すぐ息切れしますから!』
『うそウソ嘘。すべては冗談だから! It's a Joke! OK? でも、やっぱり本気だったり(と言わないと、神経を逆上するようなことを小鷹は発言したりするから)』
『小鷹、もうなにも言うな。そして眠れ。永遠の眠りにな!』
『占いをやろうと思います! 小鷹を殺すか殺さないかの花占い。じゃあ始めるね。殺す、殺さない、殺す、殺さない……おおーっと、花びらの数が奇数だぁー!』
 
『あにきをころすならわたくしがたてになります』
 
     △
 
「……うちはくわしいこと知らんのやけど、『理科が許してくれない』って、あんちゃん半泣きになってた。いや、マジ泣きしてた」
 言い過ぎたと理科は思う。感情をおさえられなかった自分を腹立たしく思う。
 でも、小鷹の発言の続きを聞くのが耐えられなかった。
 それは男女間の友情を粉々に打ち砕く破滅の呪文だから。
 恋愛では正義であっても友情では許されないその言葉。
 それを口に出すことを理科はずっと抑えていた。
 本心さえ打ち明けなければ、『好き』とさえ言わなければ、その友情を保つことができるのだ。
 『好き』な相手に『好き』と言えない友情――それはニセモノかもしれない。
 でも、小鷹と友達になれた理科は幸せだった。その幸せはホンモノだったはずだ。
「たぶん、あんちゃんが余計なこと言ったんやと思ったけど、あの顔を見たら、うち怒る気になれなくて」
「それで幸村くんを家に呼んだということですか」
「うん。そのときに、あんちゃんが幸村と付き合うようになったこと聞いてな……」
「……そう、なんですか」
 理科はガックリ肩を落とす。
 自分がずっと間違っていたことを知る。
 小鷹は幸村の告白に返事をしてすぐに彼女を部屋に呼ぶようなことをしなかった。
 そして、星奈でも夜空でも妹の小鳩でもなく、真っ先に理科に相談してきたのだ。
 それなのに、理科は小鷹の話を最後まで聞くことができなかった。
 理科は知っていた。小鷹は聞こえないふりはするけど、ウソをつくことはできない。一度気づいた感情をごまかすことができないやつなのだ。
 たとえ、そのために友情を失うことになっても――。
「……小鳩さん、実はね、そのやりとりを夜空先輩と星奈先輩に見せたんですよ。そのとき、二人とも僕に同情的でね。だから僕は間違ってないと……」
「そりゃ二人とも女子じゃけん、あんたの味方をするに決まっとるわ」
「そうだよね。うん、僕はやっぱり女の子なんだ。だから、鈍感な小鷹に思い知らせてやろうとして、あんなひどいことを……」
「まあ、うちのあんちゃん、かなり鈍感やから……」
 小鳩のなぐさめの言葉を理科は払いのける。
「でも、そんな小鷹の苦しみに気づかない僕のほうが、ずっと鈍感だよ! 一人の女の子との恋愛すら怖がっている小鷹の臆病さに気づかないふりしてなじるだけで、肝心なときには助けるどころか死ぬほどおびえさせるなんて、これが友達のやることかよ! ちくしょー!」
 理科は自分が小鷹に言ったことを思いだす。
 
「どういう選択をしようと、先輩が自分で考えた末の結論ならそれを肯定します」
 
 友達と認め合ったあの日、理科は笑いながらそう言った。
 その気持はウソではない、はずだった。
「でも、あんたは女の子やし……」
 小鳩のつぶやきに理科は過剰に反応した。
「そうだよ! 僕は女の子だよ! だから、午前3時に幸村くんがあんなメッセージを送ったとき、僕は嫉妬したんだよ! ……本当は、幸村くんの助けを借りなければ小鷹は何もできないほど苦しんでいたんだろうね。……だから、幸村くんは僕を憎んでたんだよね。僕を人間以下のゴミとしか見なかったんだよ。そりゃそうだよ! 愛する彼氏を殺そうとした張本人だからね! はははっ! こりゃ笑うしかないよ! 僕はね、これでも小鷹と友達に戻れるとか期待してたんだ! サイテーだよね!」
「……なあ、もし、あんたが幸村よりも早く告白してたら、もしかすると……」
「そんなことできなかったよ。僕は小鷹と友達になるしか選択肢がなかったし、それで満足してた。でも……」
「女子と男子の友情はうまくいかんから、いつかは……」
「小鳩さんでもわかるんですね、そういうこと」
 理科は顔を伏せる。ずっと張りつめていた糸が切れた気がした。
「……結局、僕が女子だったからいけなかったんだ。もし、僕が男の子だったら、こんな結末にはならなかったはずなんだ。……もし、僕が男子なら……女の子になんか生まれなければ……」
「そんなこと言うもんやない!」
「え?」
 小鳩はその小さな体を精一杯伸ばしながら理科に言った。
「女の子が泣きながら、そんなこと言うもんやない!」
 理科はあふれでる涙をぬぐうこともなく、小鳩を見ていた。
 人見知りが激しくて、アニメのキャラになりきって、兄の小鷹と夜空だけにしかなつかない小鳩。
 そんな彼女が理科に向かって力強く叫んでいた。
「……ご、ごめん」
 しばらくして、小鳩が顔を赤らめながらあやまる。
「思わず、父ちゃんの口癖が出て……」
 その仕草に理科は思わず笑みがこぼれてしまう。
「もしかして、小鳩さんって、よくこう叱られたりしたんですか?」
「……うん……まあ、うちの場合は、女子だからあんちゃんと一緒にいられないときが多くて、そのときによくグズってたから、父ちゃんになだめられてた、というか……」
「ありがとう、小鳩さん。理科、大事なものを失うところでした」
 うつむく小鳩に理科はしゃがみこむ。
 こういうとき、小鷹は頭をなでてたんだっけ?
 理科は不器用に小鳩の髪をさわる。
「……ん」
 そのぎこちない理科の愛撫に、まんざらでもないような笑顔を小鳩は浮かべていた。
「それより、小鳩さんだって、辛かったんですよね?」
「う、うちが?」
「そうですよ、幸村くんに大好きなお兄ちゃんをとられちゃったわけでしょう?」
「で、でも……うち、妹じゃけん」
「ええ、小鳩さんは立派な妹です」
 かつて、小鳩は部活に兄をとられるのが嫌だから隣人部に入った。
 そんなお兄ちゃんっ子の小鳩が幸村を家に泊めることを許したのだ。
 そして、そのことを隠すために夜空にウソをついた自分を責めている。
 きっと、小鳩は成長したのだろう。成長せずにはいられなかったのだろう。
 この二週間、苦しんでいたのは自分だけではないと理科は気づいた。
「……だから、小鳩さん、ここではもうガマンしなくていいじゃないですか?」
 理科は優しく言ってみたが、小鳩はそっぽを向く。
 それでも理科は語りかける。
「理科がこうして小鳩さんを追いかけたのはですね、一緒に泣いてほしいからなんです。……いま、部室はひどい状況です。まるで野戦病院です。……それもこれも、小鳩さんのお兄ちゃんのせいなんですよ?」
「うん、あんちゃんはみんなを泣かせるサイテーのヤツじゃ……鈍感で優柔不断で……」
「その上、ヘタレでデリカシーがなくてユーモアのセンスがなくてすぐに調子に乗っちゃうんですよね、あいつは」
 理科は遠い目をして言う。
 かつて自分が愛していた友達のこと。
「……だけど、臆病だけど卑怯じゃなくて、逃げることはあってもウソはつけなくて……自分を犠牲にしてもみんなに幸せになってほしいとがんばっていて……だから、みんな小鷹のことが好きだったんですよ」
「そ、そうか……あんたにそう言ってもらえると、妹としてうれしいばい」
 照れる小鳩を見て、理科は手を伸ばした。
「じゃあ、部室に行きましょうよ。みんな、小鳩さんのこと待ってますよ」
「…………イヤじゃ」
「あれ?」
 小鳩は理科が差し伸べた手をつなごうとせず視線を外した。
「もしかして、あのモンスターが怖いのですか? だいじょうぶですよ、ダークナイトさんがおさえていますから……」
「そうやない!」
「じゃあ、問題ないじゃないですか? マリア先生、びーびー泣いてますよ? 一緒に泣いたらスッキリしますよ?」
「そのクソ聖女があかんのじゃ!」
「……は?」
「うちはあのクソ聖女の年上じゃ! だから、みっともないとこ見せられないんじゃ!」
「まさか、小鳩さんが部室に入れない理由って……」
「そうじゃ! あそこに行ったら、うち絶対泣いてまうもん!」
 そんな意地を張る小鳩に理科はついつい苦笑してしまった。
「……じゃあ、理科相手だったらいいですよね?」
「へ?」
「ここで泣いていきましょうよ。そうすれば、マリア先生の前に出てもだいじょうぶですよ」
 ここは廊下とはいえ人通りがほとんどない。
 さっきの理科の『ユニバース』発言を聞いた人も誰もいなかった。
「あんたはええんか?」
「はい、ダークナイトさんじゃないから、小鳩さんには物足りないかもしれませんけど」
「そ、そんなことない! あんたのこと、うち誤解してたところがあるし……」
「理科も小鳩さんのこと誤解してましたよ。もし、小鳩さんから話を聞かなければ、理科はずっとさまよいつづけてました。そのお礼です」
「……ん」
「では、小鳩さん、思い切ってどうぞ」
 すーっと小鳩は深呼吸をする。
 まるで讃美歌をうたう前のマリアと一緒だと理科は苦笑する。
 そんな理科の様子に気づかないまま、小鳩は思い切り叫んだ。
「あんちゃんの……あんちゃんのドアホー!!」
 
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