僕達の友情は儚い(9)「オマエら、お兄ちゃんにフラれたのか!」

 
※この作品は、ライトノベル僕は友達が少ない10』の続きを書いた二次創作小説です。

 
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     (9)
 
「なんだマリアか。今は取り込み中だから帰れ」
 部室に入って無邪気な声を発する少女に向かって、夜空はあからさまに不機嫌な顔をしてみせる。
「なんだとはなんだ! ワタシは顧問なのだ! ワタシはここにいて当然なんだぞ!」
 高山マリア10歳――シスターケイトの妹で、いちおう『特別非常勤講師』の肩書きを持つ、隣人部顧問。
 そんなお飾りの顧問に容赦する部長の夜空ではない。
「うるさい黙れ。とっとと出て行け。今の私たちに幼女の相手をする余裕などない!」
 夜空の毒舌に慣れているマリアはそれを無視して、部室を見渡している。
「なんなのだ、この雰囲気は……。まるでお通夜状態ではないか」
「いや、お通夜って、シスター服着たマリア先生がたとえるのはどうかと」
 理科が苦笑しながら指摘したとき。
「そうか! 幼女だっ!」
 いきなり夜空がマリアを指さして叫ぶ。
「……いきなりどうしたんですか、夜空先輩」
「私は疑問だったのだ。肉の悩殺ボディの前に、たいていの男子はひれ伏すはずではないのか? それなのに、小鷹が肉を選ばなかった理由は何か? 答えは簡単だ――小鷹がロリコンだからだ!」
「いや、夜空先輩、それはちょっと安直すぎますって」
 小鷹のロリコン疑惑は一度や二度の話ではない。小鳩という妹をもったせいか、マリア相手に優しく接する小鷹を見て、夜空や理科が小鷹を『幼女好きのロリコン』となじったことは、隣人部の日常的風景といっていい。
 でも、それは冗談にすぎなかったはずだと理科は思う。
「だいたい、小鷹のやつ、巨乳大好きって言ってましたよ? ……あとお尻も」
「バカめ! それはフェイクなのだ!」
「フェイク?」
「そうだ。本心を知られないための演技にすぎなかったということだ」
 夜空は理科にそう答えて、意味もなく歩きながら自説を展開する。
ロリコン――それは男子の数ある変態性癖の中でも最底辺に位置するといっていい。非力で未発達な幼女にしか欲情できないという、生物の根本を無視したこの世のクズだ。……だから、たいていのロリコンは闇にまぎれて生きる。自分は同世代の女子が好きだと偽りながらな」
「まさか、小鷹が星奈先輩のことを好きだと言ったのは演技だったと?」
「その通りだ。……思えば怪しい点があったのだ。以前、部室で『ロマ佐賀』をやったときがあっただろう? あのボスのAIが完成したバージョンのときだ」
「あっ、あのとき」と理科は幸村がとった不可思議な行動を思い出して、
「幸村くんって、外見パラメーターいじって巨乳キャラになっていましたよね」
 他の部員はアバターを作るとき自分を忠実に再現していたのに、ひとり幸村だけが胸を大幅に膨らませていたのだ。
「そうだ理科。しかし、肉に匹敵するグラマラスな幸村のキャラを見て、小鷹が『ヒャッホー!』と狂喜乱舞することはなかった。……つまり、小鷹は『巨乳になった幸村なんて幸村じゃない!』と思ったのだろう。……それを知り、幸村はみずからにチャンスがあると考えたのではないか? たとえ、自分が男子とまちがわれそうな貧弱な胸をしていても、小鷹相手なら問題ない、と――あれは幸村の巧妙なテストだったのだ!」
「む……いわれてみるとそうかも……」
 理科にとっては、幸村のささやかな遊びぐらいにしか感じなかったのだが、今となって考えると重要な意味を帯びてくる気がする。
「でも夜空先輩、小鷹はおっぱいにこだわらなかっただけで、それだけでロリコンと断定するのは……」
「なにをいう? 胸こそが女性らしさの証ではないか? それは母性の象徴であり、だからこそフツーの男子はみんな巨乳好きなのだ! そうじゃない奴らはみんなロリコンなのだ!」
「……極論すぎませんか、それ」
「理科よ、お前はロリコンを取り巻く今の状況がわかっていない! もし、ロリコンだとバレてしまえばどうなるか? 警察に性犯罪者予備軍と登録され、身体にGPSを埋めこまれ、小学生に近づいただけで不審者あつかいされる日々が待っている。その事態を避けるべく、小鷹はあえて巨乳の肉が好きなふりをしていたのだ。――警察の目をあざむくためにな!」
「……どこの警察ですか、それ」
 理科は現実離れした夜空の発言にあきれてみせる。
 しかし、もう一人の部員はそうではなかった。
「じゃ、じゃあ……あたしが小鷹のことを『お兄ちゃん』と呼べば、もしかすると……」
「バカめ! 肉よ、なにを血迷ったことを!」
 夜空は星奈のつぶやきをすかさず否定して、
「胸にそんな脂肪をぶら下げた幼女がどこにいるか! その身体ゆえに、貴様はハナから小鷹のアウト・オブ・眼中だったのだ!」
「そ、そんな……あたしの自慢のスタイルがアダになっていたなんて……」
 ガックリとうなだれる星奈。
 そのとき、忘れ去られていた隣人部顧問が口をはさんできた。
「なーなー、夜空はお兄ちゃんのことを本気でロリコンだと思っているのか?」
「当然だマリア。だからお前も用心せねば……ってそんな心配をする必要はもうないか」
「でも、お兄ちゃんはロリコンじゃないぞ!」
 マリアはハッキリとそう断言する。
「だまされるなマリア! それはフェイクだと何度言ったら……」
「だって、お兄ちゃんはワタシを子供あつかいしてくれるのだ。ワタシを甘やかせてくれるのだ。だから、お兄ちゃんはロリコンじゃないのだ!」
「いや、それがロリコンたる証ではないのか?」
 首をかしげる夜空にマリアはあきれた表情で、
「バカだなー夜空は。ロリコンっていうのは、子供相手によくじょーするヘンタイのことなんだぞ」
「よ、欲情って、意味わかって言ってるのか、マリア?」
「もちろんなのだ!」と勢いよくマリアはうなずきながら、
「ワタシは頭が良かったから、ずっと年上の人たちに囲まれていたからわかるのだ。……ロリコンは子供に都合のいい妄想をおしつけるヘンタイだけど、お兄ちゃんはワタシを子供として受けとめて甘やかせてくれたのだ! だから、ワタシはお兄ちゃんのことを『お兄ちゃん』と呼んでいるのだ!」
「……なるほど、子供の視線だからこそ、ロリコンかどうかがわかる、と」
「おい理科、考えてみろ」
 夜空があわてて口をはさむ。
「もし、ロリコンであるかどうかを幼女が見分けることができたなら、凶悪な性犯罪が起こるはずないじゃないか? ……どうして無力な幼女たちを相手にした卑劣な性犯罪があとをたたないか? それは奴らが幼女を安心させる技術に長けているからではないか?」
「……まあそうかもしれませんけど、小鷹がそうだというのはちょっと」と理科。
「理科よ、その証拠に、小鷹はマリアに弁当を作ってやっていたではないか? あいつは必ずやその見返りを求めていたはずで……」
「それは夜空、オマエのことじゃないか!」
 マリアが指をさして夜空をなじる。
「ワタシを餌付けしようとしたのはオマエなのだ! ワタシの大好物であるポテチを利用して、いろいろ無理難題をおしつけやがって! ……お兄ちゃんはそうじゃない。お兄ちゃんは何の見返りも求めなかったのだ! そんなお兄ちゃんとオマエを一緒にするな!」
「そうよ、小鷹はロリコンじゃない!」
 星奈も立ち上がってマリアに同調する。
 理科はそんな星奈がさっき『お兄ちゃん』発言をしたことを指摘するほど野暮ではなかった。
「……もしかして、夜空先輩は自分が納得するために小鷹を無理矢理ロリコンに仕立てあげようとしてませんか?」
「じゃあ、小鷹がこの柏崎星奈よりも、あの楠幸村を選んだ理由はなんなのだ!」
「性格、じゃないのか?」
「…………なっ!」
 夜空は即答するマリアにたじろぐ。
「だって、幸村に比べると星奈のほうがワガママだしうるさいし……幸村のほうがいいヤツじゃないか」
「そりゃまあ、幸村は従順だし可愛いところもあるだろう……でもなマリア、幼女のお前にはわからないだろうが、恋愛っていうのはいろいろあってだな……」
「うーん、恋愛についてワタシはわからないことが多いけど、幸村がお兄ちゃんのことをいつも見ていたのは知っているのだ。でも、星奈はゲームばっかりやっててお兄ちゃんをあまり見ていなかったのだ。だから、お兄ちゃんは幸村を選んだ。そうじゃないのか?」
 マリアのはきはきとした答えに、理科がつぶやく。
「…………ぐう正論、なんですが」
「理科よ、なにを言っているのだ?」
「ぐうの音が出ないほどの正論ってことですよ。さっきまで理科たちが話してたことよりもずっとシンプルだけど、核心をついているじゃないですか」
 納得した理科の声に、星奈が反論しようとした。
「で、でも……それは!」
「あーなるほど、わかったのだ!」
 マリアがぽんと手を叩いて叫ぶ。
「オマエら、お兄ちゃんにフラれたのか! あははははっ!」
 その無邪気な声は星奈だけでなく、夜空と理科の動きも止めてしまう。
「それで、オマエらはお兄ちゃんのことをロリコン扱いしたり、暗い顔して意味不明な話をしゃべったりして、傷のなめ合いをしてたのか! この負け犬どもめ!!」
「あ、あたしは……負け犬じゃ……」と星奈。
「くっ……幼女のくせに、偉そうなことを……」と夜空。
 先輩二人が顔をゆがませる一方で、理科はうれしそうな顔をしているマリアの神経がまったく理解できなかった。
「あの……マリア先生は平気なんですか? 小鷹が幸村くんと付き合ってるって意味、わかりますよね?」
 理科の言葉にマリアは元気よくうなずいて、
「もちろんなのだ! でもワタシは子供だからなー。大人と子供は付き合えないから、こればかりは仕方ないのだ。お兄ちゃんはお兄ちゃんのままでいてくれたらいいのだ!」
「……いや、理科たちだって大人っていうほどの年じゃ……というより、マリア先生のほうがオトナの発言してるじゃないですか」
「マリア、お前ってホントにいい子だったんだな」
 夜空と理科はマリアの物分かりの良さに感心してしまう。
「そうだ! フラれたばかりのオマエらに、ワタシがいいことをしてやるのだ!」
 すっかり調子に乗ったマリアは、そんな提案をする。
「……その上から目線がムカつくんですが……何をするつもりなんですか、マリア先生?」と理科。
「ババアが言っていたのだ。失恋して悲しみに包まれた子羊をなぐさめることも、神様に仕えるワタシたちの役目だと!」
 マリアのいう『ババア』とはシスターケイトのことである。彼女はマリアと違って正規の宗教教育を受けており、女子生徒からの人気も高い。
「ほう、私たちに説教しようとするのか? ――実に面白い」
 夜空が顎に手をたてて、そう言ってみせる。
「幼女の脳天気な頭で、この雰囲気を一変させる言葉がひねり出せるというのか? ハッ、とんだ思い上がりだな」
「夜空、なにを言っているのだ? だいたい、悲しみに包まれた者をいやせる言葉なんて神父さんでも持ち合わせていないのだ」
「じゃあ帰れ! 幼女は幼女らしく、かくれんぼでもしてろ! 一人でな!」
「だからワタシは歌をうたってやるのだ! そうすれば、オマエらは神様の偉大さに気づき、なぐさめられることまちがいなしなのだ!」
「……なるほど、ゴスペルね」
 星奈のつぶやきに、理科が首をかしげる
「ゴスペル? なんですか、それ」
「ああ、理科はミサに出たことがないのか。それなら、ゴスペルというより讃美歌といったほうがわかりやすいかもしれないな」
「そういえば、ここ、ミッションスクールでしたね」
 この国の多くのミッションスクールと同じように、ここ聖クロニカ学園は入学する生徒の宗派を問うことはない。いちおう、朝のミサなど全校生徒が参列する宗教行事はあるが、参加が義務づけられているわけではない。シスターたちも勧誘に熱心ではない。星奈の父親である理事長の意向で、宗教色はおさえられているのだ。
 ちなみに、この隣人部は『キリスト教の精神に則り、同じ学校に通う仲間の善き隣人となり友誼を深めるべく、誠心誠意、臨機応変に切磋琢磨する』部活動である。ただ、それが創部のための建前にすぎないのは、部長の夜空が何度も口にしていることだ。
「で、なんて曲歌うの?」
「『神ともにいまして』という曲なのだ!」
 星奈の問いにマリアは優等生よろしく答える。
「……それ、どんな曲だっけ、夜空?」
「私にもわからん。讃美歌は似たようなタイトルばかりだからな。『神』とか『主』とかばかりで個性に欠ける。おかげでちっともメロディーが浮かんでこないのだが」
 夜空はそう言いながら星奈に向き直って、
「それより肉よ、こんな幼女を調子に乗らせていいのか?」
「いいんじゃない? ちょっとは気がまぎれるから。……じゃあ、歌ってみえよ、マリア」
「わかったのだ! すーっ、はーっ!」
 マリアはうれしそうに深呼吸を始める。
「とても神聖な曲を歌うようには見えないんですが、この子供」
 その様子を見てあきれた理科に夜空も同意する。
「いかんせん幼女だからな。覚えた歌を披露したくてたまらないんだろうよ」
「……手拍子とかしたほうがいいんですかね?」
「理科よ、さすがにそれはやめとけ。ますます調子に乗るだけだ」
「……もちろん冗談ですけど」
 夜空と理科がそんなヒソヒソ話をしている間に、マリアは歌い始める。
「かーみともにいまーしーてーー♪ ゆーくみちをまもーりーー♪」
 その歌声は聞きほれるような上手なものではなかったが、耳ざわりになるほど下手ではなかった。
 ただ、マリアが自信満々に歌っているせいで、讃美歌を知らない理科にはまるで『軍隊行進曲』みたいな印象を受ける。
「夜空先輩、これ、どういう歌詞なんですか?」
「どうせ神様サイコーとかキリスト万歳とか、そんなくだらん内容なのだろう。讃美歌は文語調だから、耳で聞いてもサッパリ意味がわからないのだ」
 夜空は理科の質問にぶっきらぼうに答える。
 マリアの歌声は続く。
「あーめのみかてもーてーー♪ ちーからをあたえーまーせーー♪」
 理科には変わらず意味不明な旋律にしか聞こえなかったのだが、夜空はちがった。
「う、この曲か……」
「夜空先輩、聞き覚えあるんですか?」
「ああ、送別歌の定番だ。よりにもよってこの曲を……」
 うめくように夜空は言うが、理科には無邪気な子供の歌にしか聞こえない。
「またあーーうひまでーー♪ またあーうひーまーでー♪」
 さすがにこのサビの歌詞は理科にもわかった。
 それと同時に、こんな曲を笑顔で歌うマリアが疑問に思えてくる。
「感動させたいならば、もっと悲しそうな顔をすればいいのに、この子供、なに考えてるんですかね?」
「理科よ、それはちがうぞ」と夜空は答えて、
聖歌隊を少年少女がつとめるのは、無邪気な歌声ほどよく心に響くからなのだ。歌っている本人が無自覚だからこそ、その曲の調べはウソをつかない」
 マリアは歌い続ける。元気よく、勇ましく。
「かみのーーまもりーー♪ なーがみはなれーざーれーー♪」
「夜空先輩、人生の痛みを知らない子供に感動させられるのって、シャクにさわると思いませんか?」
「まあ、マリアがすごいんじゃなくて、作った人がすごいんだがな。私はキリストの教義にはまったく興味がないが、讃美歌を聞くのは嫌いではないのだ」
 そう答える夜空は理科と会話することで逃げようとしているみたいだった。
 自分の中に閉じこめた悲しみが、讃美歌を聴くことで開かれないように。
「あーれのをいくとーきーもーー♪ あーらしふくとーきーもーー♪」
「夜空先輩知ってます? 音楽ってもともとは数学の一分野だったんですよ」
 マリアの歌声から逃避しようとする夜空に理科は話題をふってみせる。
「そうなのか? すっかり文系科目の典型だと思っていたのだが……」
「ゆーくてをしめしーてーー♪ たーえずみちびきーまーせーー♪」
「音楽の基本に、和音とか対位法とかあるじゃないですか? ああいうのは数学的に音を配置することで導きだされた公式なんですよ」
「なるほど。音楽というのはそういう公式に基づいて作られているのか……」
「またあーーうひまでーー♪ またあーうひーまーでー♪」
「だから、似たような曲が世の中にあふれているのは仕方ないと思うんですけどね」
「……なんでそこで私を見るんだ、理科」
「べっつにー。夜空先輩はパクリが得意とかいってませんけど」
「かみのーーまもりーー♪ なーがみはなれーざーれーー♪」
「まあ、世の中のパクリといわれてる曲だって、意図的なものと偶然のものがあるだろうしな。その両者を混同するのは良くない」
「やけにパクリストの肩を持ちますね? 夜空先輩」
「い、いや、私は一般論として言ったわけで……」
「みーかどにいるひーまーでーー♪ いーつくしみひろーきーー♪」
「まあ理科が言いたいのはですね、音楽というものは人を感動させるために作られたプログラムにすぎないってことですよ」
「さすが理系女子は言うことがちがうな。そう聞くと讃美歌のありがたみがうすれるのだが」
「みーつばさのかげーーにー♪ たーえずはぐくみーまーせーー♪」
「下手に感動して宗教にハマってしまうよりもいいじゃないですか? こんなもの、神とか全然関係ないんですって」
「……でも、神聖なものをうやまう気持ちが、多くの優れた芸術を生み出したわけだから……」
「またあーーうひまでーー♪ またあーうひーまーでー♪」
「……それよりも星奈先輩がヤバそうなんですが」
「しまった! 理系フィールドに守られていない失恋肉がこんな曲を聞いたとなると……」
 
     ◇
 
 『神ともにいまして(God Be with You)』の歌詞は次の通り。
 
  神ともにいまして 行く道を守り
  天(あめ)の御糧(みかて)もて 力を与えませ
  また会う日まで また会う日まで
  神の守り 汝(な)が身を離れざれ
 
  荒れ野を行くときも 嵐吹くときも
  行く手を示して 絶えず導きませ
  また会う日まで また会う日まで
  神の守り 汝が身を離れざれ
 
  御門(みかど)に入る日まで 慈(いつく)しみ広き
  御翼(みつばさ)の蔭(かげ)に 絶えず育(はぐく)みませ
  また会う日まで また会う日まで
  神の守り 汝が身を離れざれ
 
     ▽
 
「ババア……じゃなくて、お姉ちゃん。この歌詞はどういう意味なのだ?」
 好奇心旺盛なマリアは、姉のシスターケイトにいつものように質問を浴びせた。
「うーん、互いに離れていても、神様を信じているかぎり、いつか再会できるってことだよ」
「なるほど! 日曜になれば教会で顔を合わせるからな!」
「いやいや、離れてたら教会に行くにしても別のところになるだろ、マリア」
「そうだな! じゃあ、神様に祈っていれば、そのうち戻ってくるってことなのか」
「そういうことじゃないだろ、マリア。神様は誰かの願いを聞き入れて、世界をねじ曲げたりはしない。神様に祈るだけで自分の望むものが手に入るわけじゃない。私たち人間は運命に逆らうことはできない。マリアもそう教わっただろ?」
「じゃあ、この曲はウソついてるじゃないか。再会できるとは限らないんだったら」
「だから、歌詞に御門(みかど)って言葉が出てきてるんだ。これはどこの門か、マリアにはわかるか?」
「うーん、凱旋門?」
「なんでだよ! なんでパリなんだよ! いや、パリ以外にもローマとか、世界各地に凱旋門はあるけどさ」
「じゃあどこの門なのだ?」
天国の門のことだよ、マリア」
「つまり、死後のことを歌ってるのか、この曲は?」
「そうだ。たとえ生きているうちに二度と会えなかったとしても、神様を信じる心を失わないかぎり、天国で再び再会できるってことだよ」
「本当にそうなのか? 神様を信じていれば、絶対に天国でも再会できるのか?」
「う……お前にそう言われたら、ちょっと言葉につまっちゃうんだけどね。……まあ、私はそう信じたい」
「でも、死ぬなんてまだまだ先のことじゃないか。そんなことばっかり考えてると人生楽しめないぞ」
「マリアは幼いからそう思うかもしれないけどね。それに……昔の人たちは、命がけで自分の正義をつらぬこうとしたからね」
「命がけで、なにをしたのだ?」
「神様の教えを伝えるために世界各地を回った人たちのことだよ。お前も習っただろ?」
「宣教師の中には、悪い人もいたって聞いたのだ」
「まあ、結果として悪いと言われるようになった人もいるけどね。……この国では、国家を守るためには仕方なかったと宗教弾圧の歴史から目をそむける人が多いし」
「そうか? 殉教した聖人を讃える石碑はいっぱいあるし、みんなうやうやしくしていたのだ」
「この国はそれぞれの宗教を尊重するという文化もあるからね。……それに、戦後になってからも、うちらの先輩は命がけで正義のために戦ったんだ」
「戦後って、20世紀半ばのことか?」
「ああ、戦後間もないこの国では混乱の中、ズサンな裁判で多くの死刑判決を下していたんだ。うちらの先輩はそんな無実の人たちの話を聞き、国に再審の要求をしたりしたんだよ。この国にはいろんな宗教があるけれど、そんな戦いをしたのはうちらの先輩だけだったんだ」
「へえ、そうなのか。えらいなー」
「なぜ、うちらの先輩が他者のために命をかけて戦ったのか? それは、この歌にあるように、天国に行ったときに誇らしい顔で友達と再会したいという願いがあったからだと思う。別れを悲しまずに、みずからの正義をつらぬく心を持つべく、この曲は歌われたんだ」
「うん、わかったのだ!」
「本当にわかったのか、マリア?」
「つまり、この曲は命がけで海外に行く宣教師たちが、互いに励ましあう歌だったってことだよな?」
「あ、ああ」
「だから、元気よく勇ましく歌うことにするのだ。ありがとな、ババア」
「そ、そうか……ってババアって言うな!」
 
     △
 
「かみのーーまもりーー♪ なーがみはなれーざーれーー♪」
 シスターケイトに宣言したとおり、マリアは明るくその曲を歌いきった。
 
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