僕達の友情は儚い(5)「八つ当たりするんじゃない、この失恋肉が!」

 
※この作品は、ライトノベル僕は友達が少ない10』の続きを書いた二次創作小説です。

 
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     (5)
 
 どれぐらい時間がたっただろう。
 星奈の嗚咽が静まりかけたころ、夜空が不意に立ち上がるのを理科は見た。
 それから、夜空はロッカーを開けて、掃除道具を取り出す。
 部室の有様はひどいものだった。星奈は自分の持ってきたゲームを遠慮なく破壊して、その残骸がまきちらかっていた。
 理科はあわてて夜空を手伝う。
 星奈は泣き続けていたが、今は机に突っ伏している。夜空や理科の動きに反応することはない。
 ただ、小鷹の名前を断片的につぶやいているだけだ。
 理科は夜空と無言で部室の掃除をする。それが終わってから、ようやく夜空は言葉を発した。
「……煌(すめらぎ)に話を聞いておけばよかったな」
 それは独り言かもしれなかったが、理科は夜空に乗ってみせた。
「小鳩さんに、ですか?」
「ああ、いま思えば、不可解な点があったのだ。その……冬休みに電話したときのことだが」
「そのとき、お父さんが戻ってきてると言ったんですよね、小鳩さんは」
「そうだ。……私はその返事を聞いて納得した。小鷹の停学のこともあるし、余計な口を挟むまいと考えたのだ。……でも、煌は私に何かを相談したかったんじゃないかと思う。私が問いつめていれば、きっと話してくれたはずなのだ。……まさか、こんな事態になっていたとはな」
「知ったところで、どうしようもないですよ」
 理科は夜空をなぐさめてみせる。
「……でも、何とかなったかもしれない」
「無理ですって」
「お前のその格好もそうだろ?」
 夜空は白衣姿の理科を見る。
「私はそのことについて、もっと深く考えるべきだった。……まったく自分のニブさに情けなくなる」
「ちがいますよ、夜空先輩」
 言わなくてもいいことだったが、理科は口に出さずにはいられなかった。
「この格好に特に意味はありません。心境の変化というやつですよ」
「……そういや、お前、私が部室に来たとき、驚いていたよな?」
「そうでしたっけ?」
「もし、私が来なかったら、どうしようとしてたんだ?」
「さあ……」
 理科にとって夜空が来たことは想定外だった。でも、ほっとしたところがあった。
 もし、夜空がいなければ、星奈を止める者が誰もいない。
 この日、理科は部室に入って何をしようか考えることをあきらめていた。眼鏡をかけてきたのは、自分の思考を鈍くしようとしたからだ。
 幸村と星奈の修羅場がどうなるか――理科には考えられなかった。考えたくもなかった。なるようになれ、と思った。死人が出るのも覚悟していたぐらいだ。
 おそらく、幸村はその危険性を予知して夜空を呼んだ。退部届を出すというのは、部長の夜空を招き入れる口実にすぎない。星奈に自分と小鷹の関係をしゃべったとき、夜空が星奈への盾になってくれると幸村は考えていたのではないか。。
 そういえば、夜空に退部のことを知らせたのは、幸村の友達の遊佐葵だという。その間、幸村は何をしていたのか。きっと部室の近くに隠れて様子をうかがっていたのだろう。そして、小鷹にも事前に電話で打ち合わせをしていたはずだ。
 理科に対して幸村は徹底的に無視を決めこんでいた。もし、幸村が自分のほうを一瞬でも向けば、理科だって何かをしゃべったかもしれない。でも、幸村は理科をいないものとしてふるまった。おかげで、理科は何の出番もなかった。
 結果として、幸村は自分が小鷹の彼女であることを知らせたうえで傷一つ負わずに部室から出て行った。
 そのしたたかさに理科は素直に感心していた。
 でも、残された自分たちはどうするべきなのだろうか。
 壊れた星奈、利用された夜空、何も言えなかった自分――救いがないじゃないか。
「…………ねえ理科」
「星奈先輩?」
 思いをめぐらせていた理科に予想外の声が聞こえる。
 ずっと泣いていたはずの星奈。
 その言葉に理科はたじろいでしまう。
「あんた、このこと知ってたんだったら、なんで言ってくれなかったの? 夜空が来るまでに話すチャンスはいくらでもあったよね?」
 星奈は腕に顔をうずめたまま理科に語りかけてくる。
「だ、だって……理科が言ったところで、星奈先輩が信じるとは……」
 理科は星奈に弱い。これはジャンケンみたいにどうしようもないものだと思う。育ちの良さ、胸の大きさ、その他星奈の外見すべてに理科は劣等感をいだき続けている。
「ふうん、そうやって、理科はあたしのみじめなところを見て、笑いたかったんだよね?」
「そ、そんなこと……」
 それから星奈は顔を上げる。目は充血しているものの、その表情の迫力は理科の恐れる星奈先輩だった。
「あんたさぁ、あたしのことずっとバカにしてたんでしょう! だから何も言わなかったんでしょう! 言ってみなさい、理科!」
「ええい、理科に八つ当たりするんじゃない、この失恋肉が!」
「……夜空先輩?」
「……し、失恋肉って……あたしのこと?」
 夜空の大声に理科と星奈は驚いて言葉を止める。
「いや、肉というのもおこがましいな。……今の貴様は、ヘドロの底を漂うみじめなボウフラにも劣るうんこだ!」
「夜空先輩、それって……」
 理科はそのたとえに聞き覚えがあった。
 かつて、夜空が失踪騒ぎを起こしたあとで隣人部に復帰したとき、自分を卑下してそう表現したのだ。
 あのとき、星奈の突然の告白で崩壊する隣人部の中で、もっともわかりやすい行動をとったのが夜空だった。その自虐的な言動の数々には、理科ですら愛想尽きそうになったぐらいだ。
 そんな夜空が星奈を思いきりなじっている。これまでの鬱憤を晴らすかのように。
「そうだ! こいつはバカだから、あえて私と同じ表現をしてやったのだ! ふははははっ! これで貴様と私はフラレ仲間になったということだな!」
 腕を組んで星奈に高笑いをする夜空。
 そんな夜空の挑発に星奈は血色を取り戻す。
「……ちがうわよ。夜空、あたしはあんたと絶対にちがう!」
「なにがちがうのだ? 言ってみろ、この失恋うんこがっ!」
「だ、だって、あんたとちがって、あたしは小鷹に好きって言われたのよ! 眼中になかったあんたとちがってね! だから……だから、あたしは我慢してたんじゃない!」
「で、あのヘタレの言葉をうのみにして待っている間に幸村に寝取られたというわけか。ハッ、とんだお笑い草だな! だから貴様はうんこなのだっ! その胸にぶら下げた脂肪のカタマリは、ただの飾りか?」
「ちょ、ちょっと、夜空先輩……」
 最初は夜空なりのはげましだと理科には聞こえたのだが、とても失恋したばかりの女子に言うべきセリフではなかった。
 夜空の毒舌は止まらない。
「そんな下品な身体をした淫乱なメスブタの分際で健気な乙女を演じていたとは、滑稽以外の何者でもない! まさに宝ならぬ肉の持ち腐れというやつだな! ひょっとしてあれか? 貴様の好きなギャルゲーに出てくる清純ヒロインの真似事でもしてたのか? そういう演技は鏡を見てからするんだな! 貴様の役はどう見ても、B級映画で真っ先にサメに食い殺される頭の弱いブロンド女ではないか!」
「夜空先輩、もっと言葉を選びましょうよ」
 理科はたまらずそう口にする。たしかに星奈は夜空に「同情するな」と言ったけれど、さすがにこれはひどすぎだ。
「……ふん。友達のいなかった私が、なぐさめの言葉など持ち合わせているはずがないだろう。それに、こいつが部室から出て行かないということは、私のありがたい言葉を聞きたがってるからではないか? そうなんだろ、肉」
 夜空は開き直るばかりか、星奈にそうたずねてみせる。
「…………だって……怖かったから」
「なにが怖かったんだ? 言ってみろ、肉」
「……もし、あの告白のときみたいに小鷹にまた逃げられたらどうしようって……それを考えると怖くて……好き同士なのに付き合わないなんて絶対にまちがっていると思ったわ……でも、我慢していれば、いつかは付き合うことになるだろうって……そう約束したのに! 信じていたのに!」
「あれは貴様が悪いだろ? みんながいるときに告白なんてするか普通? いくら小鷹がヘタレとはいえ、逃げられても仕方なかったではないか。……まあ、あのときは私もテンパっていたから偉そうなことは言えないが、せめてTPOをだな……」
「そんなことはわかってる! でも、あの告白のあとの一週間をなかったことにされるのもイヤだったの! だから……だから、あたしは! ……うぅ……こだかぁっ!」
 そんな星奈の本心は理科にとって驚きだった。
 星奈は小鷹の条件付きの返事を受けてからも、自分から動こうとはしなかった。
 理科はその隙に友達という口実で小鷹に一番近い位置を占め続けていた。
 それでも、星奈が隣人部でゲームをするだけだったのは、絶対の自信があるからだと理科は考えていた。
 しかし、そうではなかった。星奈も不安だったのだ。その臆病さゆえに、星奈は自分から動くことができなかったという。
「……そうですよね。小鷹はあの告白のあと、部室でずっと待っていた星奈先輩の背中から目をそらして、一週間逃げ回ってましたからね。……そんな小鷹が許せなかったから、理科はあんな決闘まがいなことをしたわけで……」
 理科は小鷹を屋上に呼んだときのことを思いだす。理科のことを小鷹が友達だと認めたあの日。
 理科はあれから小鷹と過ごした12月の日々を克明に記憶しているはずだった。今は鍵がかかっているみたいに、それをうまく取りだすことができないけれど。
「なあ理科、できれば話してほしいのだが」
「……夜空先輩? 何を、ですか?」
「小鷹がその……幸村と付き合うようになったことだ。ここにいるなかで事前に知っていたのはお前だけだからな。……きっと肉もそれを聞きたがっていると思う」
 夜空の言葉に応じることはなかったが、星奈は泣き声をなんとかこらえようとしている。
 ――困ったな。
 実は理科には幸村が来る前に星奈に見せたいものがあった。夜空が部室に現れたときも、それを見せようとした。
 でも、理科にはそれができなかった。自分と小鷹との友情が二度と戻らない気がして――。
「……なあ理科、言いにくいかもしれないが、少しだけでも」
「わかりました」
 理科は覚悟をきめて、タブレットを夜空に差し出す。
「……なんだこれは」
「二人にそのときのLINEのやりとりを見てもらおうと思うんですが」
「ライン? 何それ?」と星奈。
「ふっ……LINEも知らないのか、この肉は」
 理科が口を開く前に、夜空が偉そうに星奈に説明を始める。
「LINEというは、友達といつでもメッセージのやりとりができるという、リア充アプリのことだ。このアプリの恐ろしいところは、そのメッセージを読んだことが『既読』と相手に表示されることにある」
「へえ、メールの簡易版って感じなの? 夜空」
「メールのような、なまぬるいものではないぞ、肉。そのメッセージを見た瞬間に、相手にその事実が知れわたるのだ。メールだと、うっかり読書に夢中になってたから見すごして返信が遅れちゃったゴメンね、てへ、とウソつくことができるが、LINEではそれができない。最近では既読がついているのに返事がないことでキレる若者が急増していると聞く。なかには殺人事件にまで発展したケースもあるとか……」
「いやいや、そんな物騒なものじゃないですって……」
 理科は夜空に苦笑しながら、
「でも、夜空先輩と星奈先輩がLINEやったら、別の意味でやばいかもしれませんね」
「ほう、何がやばいんだ?」
「だって、夜空先輩の毒舌に星奈先輩が既読をつけたまま返信無しなんてできるはずないですから。きっと二人で夜が明けるまで悪口の応酬をするにきまってますって」
「なるほど……相手をだまらせたほうが勝ちというわけか。ふっ、LINEとやら、なかなか面白そうではないか」
「どうして悪口を言いあうことが前提となってるのよ。それより理科、早く見せて」
 妙な方向に納得した夜空をさえぎって、星奈が理科にせまる。
「あ、はい……あの、夜空先輩に渡しますんで、星奈先輩はその内容を聞くってことでいいですか?」
「あたしには見せないっていうの? なんでよ理科」
「だ、だって……壊されるとイヤだし……その子、理科の特注品なんですからね」
 理科は正直にそう口にする。
「そうだな。さっきまでの野獣モードを見せられた今となっては、コイツに機械をさわらせるわけにはいかないからな。まったくどこの原人なのだ、貴様は」
「いいからはやく」
「わ、わかった……これを読めばいいんだな」
 そう言いながら夜空は理科のタブレットを受け取った。
 
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