蛸壷屋C76「けいおん!」新刊、卒業後の桜高軽音部員の物語
数多くの同人作家の中で、蛸壺屋は異彩を放つサークルとして知られている。
・http://www.takotuboya.jp/(蛸壷屋 公式サイト)
このサークルの同人誌の人気作品は、流行アニメをもとにした性的二次創作だが、その切り口が他の多くの作家とは違うのだ。
その代表作のひとつが「みくるCCSP」(18禁)だろう。
この作品の中で、長門はただの傍観者であり、ハルヒはただのDQNであり、キョンはただのエロ男子である。
そんな連中に囲まれて、朝比奈みくるはみずからの変態性を開花させる。
それは、原作での存在感のない朝比奈みくるよりも、ずっとたくましく、(性的に)輝いたものだった。
タイトルは「万引きJK生 けいおん部」。果たして、あの人気アニメをどのように料理するかを期待して、夏コミ最終日の8月16日に購入した。
この新刊「万引きJK生 けいおん部」は三部構成になっている。
・唯がギターを入手するいざこざ
・新入生梓をむかえての二度目の夏合宿
・卒業後の軽音楽部
60Pという分量だが、二次創作ということで、説明的な部分がはぶかれているため、中身は濃い。
そして、タイトルとなった「万引きJK生」というのは、あくまでも前半にすぎず、この新刊の注目すべきところは卒業した軽音部員の様子が描かれたエピローグにある。
そう、主人公である平沢唯の死と、それに接した他のメンバーの様子が描かれているという、ファンの誰も望んでいない展開が語られるのだ。
宅配会社で働いている田井中律がラーメンを食べているときに、そのニュースは流される。
「けいおん!」にて、その主人公補正ぶりを遺憾なく発揮した唯はプロデビューを果たしたようである。
しかし、大麻取締法違反で逮捕されるなど、ゴシップにつきまとわれ、最後に不審死をとげる。
律はその知らせに驚かない。それは残念ながら彼女には予想できたことだったからだ。
それでも、律はただちに電話する。その相手は、もちろん、高校時代のバンド仲間である秋山澪。
澪はそのニュースをもっともらしい理屈で受け止めようとしているようだ。
そんな彼女が見ているのは、高校一年のときの学園祭のビデオ。
そのとき彼女は、あの平沢唯をバックにしたがえ、メインボーカルをとっていたのだ。
澪は会社をやめて引きこもっている。
その理由は妻のいる男に大恋愛したからだ。
おそらく、それは澪にとって全てを捧げた恋愛だったのだろう。
しかし、不倫は最終的には法的な問題となる。そして、女性が思うほど、男は恋愛に生きているのではない。
相手は自分の社会的立場を選び、澪は棄てられたのだ。
澪は律に強がっている。
「関係ないよ。もうあんなのどうだっていい。
まだ、貯金もあるし、あせる必要ないかなって。
遊んでるんじゃないぞ。詩とか曲とか作ったりしてるんだ」
あの頃の輝きを取り戻すべく、彼女は閉じこもった部屋の中で、高校時代のステージ衣装に身を包んでいるのだ。
共に演奏する仲間も、それを見せる観客もいないというのに。
律は怒って電話を切る。それは、かつての仲間が死んだことにも悲しみを共感できない親友への苛立ちがあったせいだろう。
バンドでキーボードをつとめた琴吹紬は、ロンドンで結婚して、外国人と家庭を築いている。
律は紬からもらった手紙を回想する。
「実は先日、唯さんがレコーディングでロンドンにいらっしゃったので、都合つけてホテルのロビーで20分ほどお会いしてきたんです。
唯さんも軽音楽部のことはよく覚えていて、学園祭ライブは懐かしいとおっしゃってましたよ」
国際結婚を果たした紬にとって、高校時代の軽音楽部活動は青春の良き思い出なのだろう。
そして、海外に住む紬は、唯にどんな悪評がつきまとっているかは知らなかったはずだ。
唯はそんな紬を相手にどんな話をしたのだろうか。
もう一人のバンド仲間である中野梓とは、律は連絡を取っていない。
音楽への道をあきらめられなかった梓は、その日、路上ライブを開いていた。
かつて、彼女の精神のよりどころであり、唯一の取柄であったギターはそこにはない。
彼女は露出度の高い服を着て、携帯カメラにスカートの下を撮影されながら歌っている。
そこまでしなければ生き残れなかった彼女の目に、街頭TVで唯の死の知らせが伝わるのだ。
ファンにとってはあんまりな、しかし、TVアニメの不自然な主人公補正にリアリティを求めたのならば、予想されたであろう結末が、蛸壷屋の新刊にはエピローグとして描かれている。
あまりにも興味深かったので、それを補完するプロットを作ってみた。以下、妄想である。
★あふたー・ざ・けいおん(あらすじ)
※この構想は、「けいおん!」アニメ一期(2008年4月〜6月)終了時に作られたものです。
その後の原作の展開とは大きく異なることをご了承ください。
高3の学園祭のあと、律たちのバンド「放課後ティータイム」は、思い出作りのために、あるコンテストに応募する。一次予選を通過し、本選に出場した五人。しかし、そこにいたのは、すでにプロのステージに立っているバンド、プロダクションに所属しているバンドであった。自分たちがいるのは場違いではないかと思う律に対し、唯は興奮した顔で「こんな人たちと演奏できるなんて夢みたい」と語る。
そして、本番。唯はギターソロを失敗し、結果は選外に終わる。泣きながら、唯は「あたしのせいだ」と謝るが、澪は「唯がいたからこそ、このステージに立てたんだからさ」と慰める。それは彼女たちの本心であった。
こうして、受賞発表の途中で帰ろうとした五人に、ある男が声をかける。彼の差しだした名刺には、大手レコード会社の名前があった。彼はデモテープを送ってくれないか、と彼女たちに語る。泣いていた唯は笑顔を取り戻し、これがラストチャンスとばかり、がんばってレコーディングすることを誓う。澪や梓は、プロになれる可能性に胸をふくらませる。律ですら「自分たちは実はすごいのかも」と思い込むようになる。
こうして、デモテープを録音し、それをレコード会社に送った五人だったが、その後、彼がコンタクトを取ったのは、唯のみだった。その男は、バンドではなく、唯の将来性だけに期待していたのだ。唯は「みんなと一緒じゃないとダメです」と彼の申し出を断った。
これに異を唱えたのが、澪と梓だった。澪は「夢をかなえるチャンスだ。私たちの夢を追ってほしい」と言い、梓は「わたしも先輩の後を必ず追いますから、ぜひ、この機会に」と励ます。実は、唯にとっても、その提案はあまりにも魅力的なものだった。誰もが知る一流レコード会社の人が、頭を下げてくれたのだ。もっと大きなステージで大勢の前で歌いたいという願望を、唯はおさえることができなかった。
こうして、唯はその大手レコード会社と契約する。ただし、まだ基礎がなっていない唯には、一年間のトレーニングを課せられることになった。
さて、澪はMARCHクラスの大学に合格、律は三流短大に合格、紬は海外留学をすることになる。後輩の梓は軽音部をやめていた。唯に追いつくためには、部活動で満足してはならないと、梓は部外活動にチャンスを求め、対バンに積極的に出演していた。卒業式で「唯先輩、プロの世界で待っていてください」と豪語する梓に、律は「あまり、あせるなよ」とさとす。
こうして、短大に進学し、一人暮らしを始めた律のもとに、唯がトレーニングから逃げ出して転がりこむことがあった。そのたびに、律は唯の泣き言を聞いてやり、たまには一緒に講師やレコード会社をバカにするのだった。一日たてば、唯は戻った。この切り替わりの早さが、唯の持ち味なのである。やがて、唯は律の下宿に来なくなった。律は心配しながらも、もしデビューできなくてもそのときは慰めてやろうと思うのだった。
澪は大学に入ってからバンド関係のサークルに入ったが、人間関係が嫌になって辞めたらしい。そんな澪と律はときどき貸しスタジオで、思うぞんぶん演奏してストレスを発散した。そのうち、澪も律のところに来なくなった。男ができたのだな、と律は思った。
それから、律は宅配会社のバイトを始めるが、それは彼女の性にあったものだった。学業よりも優先して、バイトに熱中した。男社員たちに好かれ「ここに就職しろよ」と言われることもしばしばだった。
二年に進級し、就職の面接に落ち続けていた律のもとに、久しぶりに唯から電話があった。プロデビューが決まり、コンサートに来てほしいというのだ。ぜひ、澪や梓と一緒に見てほしいと。澪に連絡するとそれを喜んだが、一方の梓は「今は唯先輩に合わせる顔がない」と断った。どうやら、梓の音楽活動はうまくいってないらしい。卒業式と同じく「あせるな」とさとす律に「律先輩には音楽がわからないくせに!」と怒鳴る梓。結局、律は澪と二人だけで、そのライブに行くことになった。
それは関係者中心のライブであり、澪や律は後方で見ることしかできなかった。本番前の唯を冷やかそうとした二人だが、とてもそんな余裕はなさそうだった。しかし、本番後の打ち上げには参加できるようだった。
ステージに立った唯は、高校時代から見違えるほどスリムになり、驚くべきことにダンスも披露した。レコード会社が将来性を買ったのは、ギターの腕前よりも、そのボーカルと天性のリズム感だったのだ。律はそれに圧倒され「別人みたいだな」とつぶやく一方で、澪は「二つ三つ音程を外したところがあるな」と、それっぽく語る。
本番後、関係者に「唯の友人で」と言った二人だが、楽屋に行くことは許されず、その打ち上げ場にスタッフとともに向かうことになった。「まったく、偉そうになったもんだ」とぼやく二人に声をかけてくる男性スタッフ。彼らは二人に「絶対にこの子は売れるよ、才能がある」と太鼓判を押す。律は唯が高校に入るまで楽器が弾けなかったことや、ギー太のエピソードなどを語って、場を盛り上げる。
やがて、唯が顔を見せる。律は「おーい」と手をふるが、唯はいろんなスタッフに頭を下げて挨拶まわりをしていた。それは、唯のプロデビューに多くの人が携わっていることを、律と澪に知らしめることになった。澪は律の服を引っ張って「場違いだから帰らないか」と言うが、律は「そんなことをしたら、唯が悲しむ」と答え、唯の高校時代の逸話を面白おかしくスタッフに語り続けた。
唯が二人のところに来たのは一時間ぐらいたってからだった。「○○さん、あたしの友達を引っかけないでくださいよ」という唯に「唯ちゃんの高校のときの恥ずかしい話、いっぱい聞いちゃったよ」と語る男性スタッフ。そんなやりとりのあとで、ようやく唯は二人と話を交わした。
「いろいろ説教してやらないと」といきまいていた澪だが、大勢の人に挨拶をする唯を見て、そんなことを話す気は失せていた。「今の唯、すごくかわいいぞ」と言う澪に「うん、とっても充実してるの」と語る唯。「無理すんなよ」という律に対しては「でも、今が一番大事なときだから」と唯は真面目に答える。
唯は一年前に何度も律の下宿に逃げこんだことを謝った。それは、澪にとっては初耳だった。「どうして、あたしを頼ってくれなかったんだ」と澪はすねた口調でいう。唯は「でも、澪ちゃんの言葉だって励みになったんだよ。あたしたちの分まで夢をかなえてくれって。だから、この日までがんばってきたんだから」と語る。
そして、唯は「あずにゃんが来てくれなかったのはさみしかったな」とぼやく。律は「忙しいみたいだからな。いろんなバンド掛け持ちしているというし」とそれっぽく答える。唯は「そっか」と遠い目をした。
帰り道、律は梓のことを考える。もし、梓がこのライブを見ていたら、いくらアマチュアのバンドを渡り歩いても、唯にはかなわないと気づいたはずなのに、と考える。唯のデビューのような大掛かりなプロジェクトを前に、才能だけで挑んでも勝ち目がないことに気づいたはずなのに。それが残念だと、律は思った。
いっぽうの澪は、中途半端にベースを弾くのをやめて、就職を見すえた大学生活に一生懸命になろうと決意したようだった。「あんなに本気の唯、はじめてみたよ。あたしもそれに負けたくないからさ」。律はそんな健気な澪を思わず抱きしめたくなった。
唯はデビュー後、次々とヒットを連発し、一年目にして、早くも実力派シンガーとして認められていた。自分で曲も書き、高校時代の澪の影響を受けた天然な歌詞は、一躍ブームとなった。
律は卒業後にそのまま宅配会社に就職した。澪は大学生活を満喫しているようだった。梓の携帯電話の番号は変わっていた。
休暇中に日本に戻ってきた紬は、律と澪と、すでに人気者となった唯のコンサートに行く。このときは楽屋でも会うことができた。紬は「唯さんは私たちの誇りです。だけど、高校時代のことも忘れないで」と言う。唯は差し入れのお菓子をほおばりながら「いつでも来てよ」と語る。その様子は、高校時代とまるで変わらず、律は思わず笑ってしまうのだった
しかし、唯はその天然キャラを愛され、TVでも引っ張りだこになる。律にとって、唯は芸能人のひとりとして、遠い世界の住人となった。
職場で律は「あの平沢唯とバンドを組んだことがあるんですよ」と語ることがあったが、ほとんどの人は信じないようだった。信じている人も「そんなすごい子と一緒にやってたんだったら、なぜ、プロを目指さなかったの?」と首をひねった。やがて、律はそんな自慢話をするのをやめた。
澪は就職活動にはげみ、一部上場企業に入社することができた。宅配会社で身を粉にする律に「おまえ、もっといいところに転職したほうがいいぞ。結婚のことを考えるんだったら」とさとすが、律は聞き流した。
一方で、梓のことが気になった律は、憂からいろいろと聴きだした。梓もスカウトされて、プロデビューすることが決まったこと。しかし、雑誌を見ても、梓の名前はどこにもなかった。やがて、梓のことを律は忘れるようになった。彼女は彼女で、日々の仕事で頭をわずらわせるようになったからだ。
そんななかで、紬は留学先で外国人と親しくなり、婚約したという知らせが届いた。律は「仕事が忙しいから結婚式には行けそうにない」と答えておいた。
人気絶頂だった唯に醜聞が襲った。ある大物ミュージシャンが大麻取締法違反の容疑で捕まったとき、その関係者として唯の名前があがったのだ。大物ミュージシャンと今をときめく人気シンガーとの、父と娘のような年齢差の恋愛話に、ワイドショーは盛り上がった。
律は唯からの短い電話をデビューしてからも受け取ることがあった。しかし、それはたいてい深夜であり、体力仕事の律が相手をするのはとても疲れることだった。思わず怒鳴ってしまったこともあり、唯はそれ以降、律に電話することはなかった。そして、メールも来なくなった。
そのゴシップについて、律は他人事のように澪と話した。澪は「唯の気持ちがよくわかる」と言った。その口調がおかしいことに気づいた律は、澪に何かあったのか尋ねてみる。どうやら、澪はある男性の不倫相手になっているようだった。澪曰く、その男性は妻子とも別れる覚悟で自分で付き合ってるとのことだが、律にはとても信じられなかった。律が「澪は男を見る目がない」と言うと、澪は「おまえに何がわかる」と怒った。
TVの人気者だった唯は、このゴシップのせいでその出番を失った。愛されていた天然キャラは、奇行の持ち主として話題にのぼるようになった。
ただ、律は彼女の音楽的才能を信じていたし、いつかは復活できると思っていた。やがて、唯は新作のレコーディングのために、ロンドンに旅立ったと報じられた。
唯はそのレコーディングの合間に、新婚の紬と会っている。ホテルで20分ほどしか面会できなかったらしいが、海外に住む紬はゴシップを知らないため、唯の成功を賛美し、高校時代の思い出話に熱中した。紬にとって、高校時代のバンド「放課後ティータイム」は良き青春の思い出であったのだ。唯もそんな紬の前では、かつてのはつらつとした自分を見せることができた。
こうして、一年近くのレコーディングの末に出された唯の渾身の新作は、一部の評論家からは絶賛されたが、旧来のファンにとっての評判は悪かった。それまでの音楽性とはかけ離れたサウンドと、メッセージ性のある歌詞は、天然キャラを愛していたファンにはなじめないものだったからだ。
澪は律に電話でその感想を語った。「悪くはないよ。必死で作ったんだという気合は感じる。でも、ちょっと違うな、と思う」。
その頃、澪は大恋愛の真っ只中にあった。相手の嫁に不倫がばれそうになる一方で、男は離婚するから一緒に暮らそうと約束した。澪はそれを本気で信じていた。しかし、ある日、弁護士が澪のもとに訪れた。男は自分の社会的立場を捨てることができず、澪と縁を切ることにしたのだ。澪自身は仕事をやめる決意も、駆け落ちする覚悟も固めていたが、最後の最後に男に裏切られたのである。
やがて、澪は会社をやめて、引きこもるようになる。
梓は見知らぬ三人とユニットを組み、はやりのガールズバンドの一人としてデビューはしたものの、さっぱり売れなかった。その宣伝のために、地方をドサ回りしたものの受けは良くなかった。やがて、他の三人は仕事をやめた。それでも歌いたいという梓に、会社はセクシー路線への転換を命じた。彼女はもう24歳。この業界では仕事を選べる年ではない。
露出度の高い衣装のさまたげになってはならないと、ギターを持つことは許されなかった。舞台は路上ライブ。彼女はマネージャーの視線を背中に浴びながら、路上でパフォーマンスを続けてきた。そこでは、彼女の新たな可能性を模索すべく、様々な曲が用意された。ギタリストであった頃には、見下していたような歌だった。
それでも彼女が耐えたのは、とある期待を抱いていたからである。それは、唯の新作だった。誰が何と言おうとも、最高傑作だと梓は思った。
唯がみずからのすべての才能をかけ、ロンドンでレコーディングされた新作は、売り上げが低調し、人々は手のひらを返したように「平沢唯は終わった」と噂した。その新作ツアーの途中で、唯は精神的プレッシャーのためか体調を崩し、リハーサル中に倒れた。そして、ツアーはキャンセルされることになった。
そのニュースは「平沢唯、ツアーをドタキャン?!」「ファンへの裏切り行為か」という風潮で報じられた。それまでの悪印象が、そんなゴシップを許したのである。
それは会社に大きな損害をもたらした。唯を育ててきた男は、一時期は出世していたが、関連会社に飛ばされた。あまりにも多くの金と時間と人材が「平沢唯」というアーティストにはかけられていたのだ。だからこそ、その負の連鎖は常人には及びもつかない金額になった。
しばらくして、大麻取締法違反により、唯は逮捕される。釈放後、彼女の奇行をマスコミは追いかけまわした。
そんなふうに唯を追い回すマスコミが、梓は許せなかった。自分だけは唯先輩の味方だと思っていた。もしかすると、いつか自分の名前を思い出してくれるかもしれないと思う。彼女はそのときを目指し、ギターの練習を続けていた。曲も作っていた。プロダクションに所属しているとはいえ、その給料ではとても生活できず、居酒屋のバイトをしていた。そして、休日は路上ライブ。スカートの中を撮影されても笑っていなければならないパフォーマンス。
そんな惨めな生活でも、彼女はいつか、唯と一緒にステージに立つことができると信じていた。そのために、彼女はどんなことをしても、ミュージシャンとしてプロダクションに所属していようとしていたのである。
そんななかで、唯は不審死をとげた。マスコミは、その死が自分たちのせいではないと言い張るだろう。梓にとって、その死は、彼女の希望のすべてを打ち砕くものだった。
これをプロローグにして、新たな物語ができたらなあ、と思う。男に棄てられた女と、夢に破れた女と、宅配会社で働く女の物語。果たして、彼女たちが再び会ったとき、何を語り合えばいいのだろう。
蛸壷屋の新刊を読みながら、そんなことに思いを巡らせてみた。
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