中高生には読ませたくないSF古典 ―ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(評価・B)

 

 

 映画『ブレードランナー』の原作、というよりもその題名の響きが有名な今作。

 この作者ディックのSFは他にも映画化されているのだが、『トータル・リコール』や『マイノリティ・リポート』など、短編を翻案したものが多い。設定はディックSFの借用だが、展開はハリウッド的なのが、ディック映画の特徴である。

 この理由は「設定は良いが、展開が甘い」せいである。

 

 さて、今作の題名は『人は羊の夢を見る。ならば人造人間(アンドロイド)は人造羊の夢を見るだろうか?』という哲学めいた意味である。

 そして「感情移入ができない模造人間(アンドロイド)」を通じて「人間らしさ」を問う内容である。

 ところが、アンドロイドの見分け方が危険きわまりない。

 主人公は「感情移入度測定法」により人間かアンドロイドかを見分け、アンドロイドと判断したら廃棄(射殺)することができる賞金稼ぎ(バウンティハンター)である。

 この「感情移入測定法」だが、今でいう発達障害の人やアスペルガー症候群の人ならば、アウトになる可能性がある。

 その測定法でクロならば、いくら自分が人間であると主張しても、アンドロイドと判断されて射殺(廃棄)されてしまうわけだ。とんでもない世界である。

 今作では主人公特権により「いや、その判別は時期尚早だろ」という段階でアンドロイドたちは廃棄(射殺)される。なまじ、三人称視点で世界観がしっかりしているために、ライトノベルのように割り切ることはできない。物語としての詰めの甘さが目立つ内容となっている。

 

 中高生の人が読めば、間違いなく自分はアンドロイド(人造人間)ではないかという幻想にとりつかれてしまう物語なので、個人的にあまりオススメしたくない内容である(といっておけば、いざ読まれても問題あるまい)

 また、多神教のこの国では、物質に魂が宿るという考え方がある。作者ディックは米国人であり、ゆえに「彼」と「それ」を明確に区別する一神教史観が背景にある。そのようなキリスト教価値観への違和感が味わえるのも、今作を読む魅力ではある。

 

 

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 今作の主人公は、指名手配されたアンドロイドを廃棄(つまり、ほとんど人間の人造人間を射殺)することによって生業を得ている賞金稼ぎだが、公務員として勤務している。

 その時代、地球は例の如く放射性物質におかされていて、生物がほとんど絶滅している。だから、ペットを飼うことがステータスなのだ。

 主人公夫婦はもともと羊を飼っていた。しかし、不慮の事故で羊は死んでしまう。そこで、彼らがとったのは電気羊として飼うことだった。なぜならば、ペットを飼ってないと隣人にバカにされるからである。

 この世界ではそのようなニーズに答えて、ペットの人造化が発達している。もし、故障が起きた際も、引き取る人は動物病院の車で来る。

 だから、主人公夫婦は自分たちの羊が電気仕掛けであることを隣人には知られていない。本物の羊を飼っている裕福な家庭だと思われている。

 ところが、その隣人が、本物の馬を飼い始めたのを見て、主人公は劣等感に悩まされる。自分たちも電気羊ではなく、本物の動物をペットにしたい。その思いから、賞金稼ぎに精を出そうとするのだ。

 

 ペットを飼うべく張り切る主人公の廃棄対象であるアンドロイドは、最新型の人造人間である。人間と見分けがつかないどころか知能も高い。そのため「感情移入測定法」をしても、なかなか尻尾を見せない。

 果たして、「彼」なのか「それ」なのか。最新型アンドロイドを追っていく主人公はその狭間で苦しむことになる。

 

 今作ではその賞金稼ぎの公務員とともに、もう一人の男性にも視点が与えられている。

 彼は「ピンボケ」とされる特殊者(スペシャル)である。正常人(ノーマル)と判断されなかった人間は、行政から見捨てられて生きるしかない。

 そのピンボケ男性は女性型アンドロイドを保護することになる。何しろ、特殊者だから女性経験がないので、感情移入がないアンドロイドでも問題なし、と見る。そして、みずからの欲望を押し隠しながら(相手にはバレバレだが)甲斐甲斐しく女性型アンドロイドに仕えることになる。

 

 このように設定は魅力的ではあるが、その展開にはやや強引なところがあり、映画化の際に脚本で改変されているのも納得の出来である。

 特に「感情移入測定法」による判別については、フィクションとわりきって読めばいいのだが、前述したように中高生は深刻に受け取ってしまうかもしれない。

 ただ、未知なる世界を共感させることがSF作品の魅力とするならば、今作はその主題に真正面から立ち向かった潔さはあるだろう。

 特に、アンドロイドたちが宗教をインチキだと否定するくだりは、読者に人間性を喚起させる名場面だと感じた。

 

 このSF作者ディックは、生前に44編もの長編を書いているが、映画化されているのは短編がほとんどである。その世界観は21世紀の読者をも刺激する魅力的なものであるが、物語としての展開はイマイチ甘い、というか、ツッコミどころが満載である。

 今作はそんなSFならでは面白さと残念さが詰まった問題作といえよう。評価はB。