『妹』を超える最強の萌え属性とは? ― 伏見つかさ『エロマンガ先生3』(評価・A+)



 

 一発ネタにも程があるといわれたこのシリーズも第三巻。あとがきでは、この三巻を第一部完と位置づけていると作者が語っているように、読んでみて納得の充実の読みごたえである。エピローグがないと「もしかしてシリーズ完結作か」とやきもちするぐらいの完成度の高さだ。

 

 このシリーズ、巻を追うごとに明らかに面白くなってきている。例えば、ラブコメの男性主人公の共通点である鈍感さについて、今作では不快になるどころか、「あちゃー、やっちゃったな、でもわかるぜ」と共感してしまうぐらいである。また、男主人公視点でありながら、恋する乙女の空回りっぷりも描き出しているのもいい。『俺の妹』作者はさらに進化をとげているのだ。

 

 この第三巻は「笑うよりもニヤニヤできる」ラブコメである。

 その魅力は作中のヒロインである山田エルフ先生の次のクイズにあらわれているだろう。

 

「ラブコメヒロインには『妹』を超える最強の萌え属性が存在します。それはなんでしょうか?

 ヒント。その属性は、ヒロインの魅力を大幅に向上させることがあります。

 ヒント。その属性は、多くの場合、シリーズ最終巻付近でないと獲得できません。

 ヒント。その属性は、多くの場合、獲得すると出番が激減します。

 ヒント。その属性は、いま述べた理由によって有効活用が困難です」

 

 『魔法少女まどか☆マギカ』の美樹さやか好きの僕からすれば「そうだよ、俺は負け犬ヒロインが大好きなんだよ、ちくしょー」となるのだが、それを属性と言い切っているところが、今作のすごいところである。

 

 さて、この三巻では、二巻では消化不良気味だったムラマサ先輩が、山田エルフ先生とともに、二枚看板にのし上がる。

(シリーズのメインヒロインであるエロマンガ先生は、引きこもりのためお留守番)

 

 このムラマサ先輩のヒロイン像もまた、これまでの類型から脱した魅力があるといえる。男勝りな口調とマイペースな性格だが、アドリブには弱く、恋敵である山田エルフ先生の手玉にとられてしまうところが可愛い。

(そして、それで調子に乗って、すぐにしっぺ返しにあう山田エルフ先生も可愛い)

 

 いっぽうで、ようやく主人公以外の男性キャラが登場する。その一人は、二巻の「ラノベ天下一武闘会」で主人公に破れた新人ラノベ作家・獅童国光(二〇歳・大学生)である。その凄そうな名前に関わらず、書いている内容は「お菓子系ラノベ」であり、読者の間では「作者女性説」がささやかれている好青年だ。

 

 このシドー君が、主人公のライバルになることはない。彼はエロマンガ先生を男性だと思い込んでいて、主人公が山田エルフ先生やムラマサ先輩にも惑わされないのを見て、主人公にホモ疑惑を向けてしまうのである。

 

 そんなシドー君は、ラノベ業界を題材としている今作で、さわやかな風を吹き込んでいる。もともと菓子職人を目指しながらも「自分のラノベがヒットして、コンビニに自分の作品のオリジナル菓子が置かれる」のが夢と言うシドー君には、読者もあたたかい拍手を送るはずだ。

 

 ハーレムラブコメの最大の鬼門である「主人公以外の男性キャラ」だが、今作ではうまく描かれていると思う。ヒロインたちの恋路を邪魔することなく、その世界観(今作ではラノベ業界)を読者に実感させる役回りをつとめているのだ。こういう見事さはさすがである。

 

 また、一般読者がこの作者に求めるのは「業界ネタ暴露話」であるが、今回は山田エリフ先生が自分の作品のゲーム監修をつとめる大変さが描かれている。

 

「監修系の仕事って、クッソ大変な割に報酬少なすぎなのよ! 労働条件の改善を要求するわ!」

 

 ただ、それよりも、今作で男主人公が書く「面白い駄作」という表現に興味を覚える人が多いのではないだろうか。

 

 今作で、男主人公は一人のファンのために「面白い駄作」を書く。はたして、その中身はどういうものかは、実際に読んでいただくとして、個人的にはうらやましいかぎりだった。言うなれば、ミュージシャンが自分のためにちょっとした曲を作ってくれるようなものだ。

(僕みたいなオッサンは、ついついボブ・ディランのデモテープを連想する。ディランのデモテープは非公式で大量に出回っていて、冗談みたいな曲が少なくないのだが、ファンはそれに興奮するのだ)

 

 この三巻では、一巻と二巻で出てきた神野めぐみ(エロマンガ先生のクラスメイト)や高砂智美(書店の看板娘)は出てこない。この作者はきわめてバランスを重視する構成をするので、第一章や第二章で出てきてもおかしくないのだが、それを排したゆえに「王道ラブコメ」として完成度の高い一冊となっている。

 

 おそらく、読者の反応をもとに、山田エルフ先生を中心とした内容に変えていったのかもしれない。『俺の妹』でもゲスト出演だった「黒猫」が、後にダブルヒロインとして台頭するかのように。こういうのは読者としてはたまらないことだ。自分の声が作者を動かしていると錯覚する気分になる。

 

 巻を経るにつれて、面白さが増していく『エロマンガ先生』。正直いって、アニメ化なんてせずとも、続きを刊行してくれればそれで幸せと感じるほど、「ラノベを読む楽しさ」を満喫できる一冊である。

 

 評価はA+。一巻は「続編への期待をあおりすぎて消化不良」でB、二巻は「シリーズの将来性を感じさせる」とB+で、三巻はA+である。一巻を読んでイマイチだった人も、できれば三巻まで読んでもらいたいと思う。まあ、下手に人気が上がると、ラノベ執筆以外で忙しくなって続編の刊行が遅れそうなので、無理にオススメしないけど。