「死神」を主人公にした異色連作 ― 伊坂幸太郎『死神の精度』(評価・B)

 

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

 

死の予感をもたらす「死神」の現実化に成功した表題作と、
様々なジャンルに挑戦した習作5編を含む「死神」視点の連作集。
 

 「死神」と聞いて僕が想像するのは、青い外套に長い鎌を持った骸骨男である。彼の目的は、人間の命を刈る、その一点にすぎない。
 しかし、占い師のいう「死神」はずいぶん悠長なものだ。「あんた、死神にとりつかれてるよ」と彼女らは言う。そのとき、死神は何をしているのだろう。命を刈るべき相手を見定めているのだろうか。いったい何のために?
 

 そんな、いささかご都合主義的な「死神」を大胆にも主人公にしたのが本作である。
 死神には「世界のバランス」を保つために、人間の人口を減らす役割が授けられているという。アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』における「エントロピー云々」と同じようなものだろうか。
 そのために、死神は二種類に分かれる。「情報部」の死神と「調査部」の死神だ。本作の死神は「調査部」に属している。情報部に指定された「命を刈るべき人間」を現地で調査して、「可」か「見送り」か判断するのが仕事だ。
 つまり、人間一人の命を握っているわけだから重要な仕事であるはずだが、ほとんどの死神は人間社会を楽しむだけで「可」とするケースが多いらしい。
 その死は、「調査部」の死神が直接手を下すわけではなく、不慮の事故としてもたらされる。
 死神はターゲットにあわせて容姿を変えることができる。あるときは初老の男性、あるときは美青年。性別転換については本作では描かれていないが、無論、美少女の死神もいるであろう。
 だから、突然、あなたの前に美少女が現れたら要注意である。調査部の死神である可能性が高い。彼女は「死ぬんだから良い思いをさせてやろう」程度にしか考えておらず、そこに愛を見出しても、結末には死が待っているだけなのだ。
 なるほど、こう仮定してみると、占い師の「死神にとりつかれてる」という表現も間違いではない。占い師は自由に容姿を変える死神の本質を見極める目を持っているのだ。だから「あの女はヤバイよ、死神だよ」と忠告できるのである。
 

 本書は、仕事に熱心だと自負している男性調査部死神を主人公とした連作集である。
 表題作で死神の対象者となるのは、冴えない女性である。クレーム電話の対応係を職にして、「死にたい」を口癖にしている。せっかく、死神が美男子の格好で現れたのに、まともに目を合わすことすらできない。まさに、世界のバランスの犠牲になるために格好のターゲットである。
 作者の作品の中で、もっとも地味といっていいヒロインである彼女は、死神との接触を通じてどんな結末をむかえるのか。この表題作の展開は実に優れていて、これだけでも本書は読む価値がある。
 

 以降の5編は、いわばボーナストラックとして楽しむといい。読む分には面白いが、他人に薦めるほどのものではないと考える。
 

 

 さて、今年に入ってから、律儀に一ヶ月に一回、伊坂幸太郎作品を読んでいるが、去年までは、この作者に対して、僕はかなりの偏見をいだいていた。
 その理由の一つが、本書の表紙である。書店に並べられていたそれを見て、僕はボブ・ディランのライブドキュメント本のデザインをパクってると悪意を抱いたのだ。
 

 

 こういうデザインの剽窃を「元ネタがわかる人は喜んでくれるはず」と作者サイドは考えているかもしれないが、当時の僕のように作品を読まずに「伊坂幸太郎は嫌い」と広言する輩を生む危険性もあるわけだ。
 

 では「習作集にすぎない」といった、表題作をのぞく5作について、それぞれ簡単な感想を。
 

 『死神と藤田』は任侠小説である。しかし、僕は『モダンタイムス』を読んだ悪印象から、この作者の書くヤクザがあまり好きではない。
 この作者の最大の魅力は「良識を捨てないこと」にあると僕は見る。その良識ゆえに、多くの読者を獲得してきた一方で、物足りなさを感じるわけだ。
 おそらく、作者はその弱点を気にしているらしい。だから「これでもか!」とヤクザを登場させて、読者を失望させるわけである。以降の作品で、彼がどこまでヤクザをうまく書けるか、期待したい。
 

 『吹雪に死神』は推理小説である。吹雪で閉じ込められた山小屋で起こる連続殺人という定番の内容に、あえて挑んだ作品だ。その展開は面白いが、語り手が死神であるので、僕は本腰を入れて読むには至らなかった。たしかに矛盾はないものの、さしたる爽快感はない。
 

 『恋愛で死神』は恋愛小説で、本書でもっとも読後感が悪い内容だ。つまり、死神には恋愛が理解できないということであろうが、そのために人命が失われるのもいかがなものか。
 

 『旅路を死神』は犯罪小説で、殺人犯に脅されて逃避行につきあう死神が描かれている。ヤクザにしろ犯罪者にしろ、この作者の描くアウトローにはイマイチ迫力が欠けるのが残念だ。無実の罪を着せられた逃亡者を描く『ゴールデンスランバー』に比べると、この短編には読む進める動機に欠ける。
 

 最後の『死神対老女』は連作集の末尾にふさわしい短編で、登場人物の繋がりを知ることができる。その鮮やかさには読んだときは感動したが、しばらくたつと「巧妙な辻褄合わせにすぎない」と考えるようになる。
 

 これら5編はいずれもうまくできている。ひょっとすると「小説を書きたい人の良き手本」と感じる人もいるかもしれない。
 ただ、表題作に比べると、圧倒的に小説として劣っている。だから、評価は、表題作のみだとAだが、連作集としてみるならばBとした。
 

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)