僕達の友情は儚(はかな)い【はがない10巻アフター】

 
 冬休み明け、停学中の小鷹がいない隣人部。
 星奈と友達になった夜空は、その友情をどう発展させるかを考えていた。
 いっぽう、小鷹と友達であるはずの理科は、以前の白衣&メガネ姿で部室にいた。
 いつものようにゲームをしている星奈に向かって、夜空は一人の女子部員の退部を告げる。
 それが修羅場の始まりだと予期することなく――
 
 男子主人公がいなくなった部室で、恋にやぶれたヒロインたちはどんな言葉を交わすのか?
 友情&修羅場を重視した『はがない』二次創作です。
 
※この作品は、ライトノベル僕は友達が少ない10』の続きを書いた二次創作小説です。

 

 

 

 

 
  僕達の友情は儚(はかな)い
 
 
     (1)
 
 冬休みが明けた最初の日。
 放課後のチャイムが鳴ってから半時間ばかり後。
 三日月夜空は隣人部の部室『談話室4』の扉を三度叩く。
「入るぞ」
 返事はなかったが、夜空は気にせずドアを開ける。
 中にいるのは二人の女子部員。夜空の予想通りの顔ぶれだった。
 まず目にとびこむのは背中を向けた女子生徒のあざやかなブロンドの髪である。
 その金髪女子が日本人ばなれしているのは髪の色だけでない。体型もそうだ。
 特に、胸がスゴい。
 夜空が彼女を呼ぶのに『肉』か『牛』か迷ったぐらい豊満なバストの持ち主なのだ。
 彼女の魅力はそれだけにとどまらない。手入れのかかった制服や髪型が醸しだす気品の良さ。場の雰囲気を一変させる華やかさを彼女は持っている。
 そんな金髪巨乳女子高生お嬢様――柏崎星奈はテレビと向き合ってゲームを続けていた。
 部室に入ってきた夜空に背中を向けたままで。
 新年初めて顔を合わせるのにそれはないだろう、と夜空はため息をつく。
 ――肉よ、私たちは友達になったのではなかったのか。
 二週間ほど前、生徒会主催のクリスマス会の後で星奈は夜空にこう言った。
 
「あんた、あたしと友達になりなさいよ」
 
 ところが、友達となったのに、二人は冬休みの間に会うことがなかった。
 それは夜空が姉の面倒を見るのに忙しかったせいだが、メールや電話だとついつい挑発的な受け答えをしてしまう二人の性格にも原因があった。
 だからといって新年最初の部活で友達に背を向けることはないだろうに、と夜空は思う。
「あ、……夜空先輩」
 もう一人の女子部員が夜空に声をかけてくる。制服の上に白衣を着て眼鏡をかけてポニーテールをしている、見た目ですぐにわかる理系女子……?
「理科、どうしたんだその格好?」
 白衣姿の後輩部員――志熊理科は夜空の質問に答えずに冷たい声をかける。
「夜空先輩、なんでここに来たんですか?」
「いや、私は部長だろ? ここの」
「でも、夜空先輩、ずっと会長さんの勉強を教えてあげていたじゃないですか?」
 理科のいう『会長さん』とは生徒会長の日高日向のことだ。名字は異なるが夜空の実姉である。
 ここ一ヶ月間、夜空は日向の勉強を見るのに忙しかった。隣人部にほとんど足を運ばなかったぐらいに。
「ああ、あれは冬休みまでという約束だったのだ。今となってはセンター試験対策をするしかないから高2の私が教えても仕方あるまい」
「……そうですか」
「まあ、バカ子にセンター試験を受けるほどの学力はないが、記憶力はあるからまぐれの大当たりがあるかもな」
 姉の日向は高3の受験生であるのに関わらず、高2の夜空が勉強を教えられるぐらい、どうしようもない成績だった。
 ただし、夜空は日向をバカ子と罵倒し続けていたわけではない。その勉強会を通じて多くのことを学んだと夜空は感じている。
 例えば、友情について、とか。
 
     ▽
 
「……ところでさ、夜空はあの星奈って子と、どれぐらい仲が良いんだ?」
「他人のことを心配するヒマがあったら、自分の学力の無さを心配したらどうだ? バカ子」
 冬休み、勉強の合間に親しげに話しかけてきた日向に、夜空はそっけない態度で答える。
「いや夜空、今は休憩中だろ? それにお姉ちゃん、星奈ちゃんのことが気になるしさ」
「姉貴ヅラしたところで同じだバカ子。自分の愚かさを悔いる貴重な時間をムダにするな」
「だってさ、あのとき夜空は自分を犠牲にしてでも星奈ちゃんをかばおうとしたじゃないか」
「う……」
 それは、生徒会主催のクリスマス会のことだ。
 星奈がその高慢な態度で女子生徒の怒りを誘い、あわや一瞬触発の状態になったときに、間に入ったのが夜空である。
 ところが、夜空は場をなだめるどころか火に油を注いでしまった。星奈の味方をすることで他生徒全員を敵に回したのである。
 もし、生徒会長である日向が出てこなければ、クリスマス会は途中で中止になっていたかもしれない。
「……あのことでは感謝している。貴様がいなければ、せっかくのクリスマス会がメチャクチャになってしまうところだった」
「いいってことよ。場をまとめるのはお姉ちゃん得意だからさ。それより、私はうれしかったんだ」
「……何が?」
「だって夜空が他人のために必死になるところ、初めて見たからな」
「それはまあ、……あいつとは友達だし」
「でも、ただの友達じゃないんだろ?」
「い、いや……別に私と肉とはイヤらしいことをやってたりとか、そういうのは……」
「何言ってるんだ夜空。星奈ちゃんと夜空は親友じゃないかってお姉ちゃんはたずねているんだよ」
「し、しんゆう?」
 親友――その言葉の響きに夜空はとまどう。
 友達がいなかった夜空にとって、親友という言葉は憧れであるとともに尊いものだった。かるはずみに口に出してはならない神聖なものだと夜空は思っている。
「私が肉と親友? いや、そこまでは……」
「でもさ、お姉ちゃんは考えたんだよ。もし、朱音のことをバカにされたら、私だって夜空と同じことをやったかもしれないって」
「大友先輩が?」
「だって、朱音と私は親友だからな」
 生徒会副会長・大友朱音は事務仕事が苦手な日向を影で支えてきた。日向が生徒会長を続けられたのは、やり手の朱音がいたからだと夜空は考えている。
 かつて『リア王』と呼んで嫌っていた姉の日向のことを知れば知るほど、夜空は日向よりも朱音に敬意を払うようになったぐらいだ。
「お姉ちゃんは生徒会長だから、ついつい場をまとめるために身内を犠牲にするところがあるんだよ。……でも、朱音を助けるためならば、私は悪にでもなってみせる!」
 そう言いきる日向の姿は、夜空の目に輝いて映った。
 とんでもなくかっこいいと思った。
 夜空が入学していたときから、日向は生徒会長をしていた。その人望の厚さに夜空は嫉妬し、見かけるたびに舌打ちしていた。
 あまりにも姉の姿がまぶしかったからだ。
 しかし、夜空は気づいた。日向のかっこよさを支えていたのは副会長の朱音であって、その関係が保たれたのは二人が親友であったからだということに。
「なあ……バカ子。友達と親友のちがいって何だと思う?」
 無意識のうちに夜空は日向にたずねていた。
「うーん、どんなことがあっても許しあえる関係じゃないかな。人間、機嫌悪いときがあるし、感情的になるときもある。それでも信用できる仲っていうか……」
「質問を変える。貴様には親友が何人いる?」
 日向のありきたりな回答をさえぎって、夜空はさらに質問する。
「親友ってなると……朱音一人だな」
「な……!」
「何を驚いているんだ夜空。親友の多さなんて競うもんじゃないだろ? たしかに私は生徒会長をしているから知り合いはいっぱいるし、友達と呼べる子たちも少なくない。でも、親友となると朱音だけだ」
「そ、そうか……」
「夜空は知らないかもしれないけどさ、ある人がこう言っていたんだ。『たった一人だけでもお互いのことを誰よりも大切に思える本当の友達がいれば、きっと人生は輝かしいものになるだろう』って」
「……知ってる」
 夜空が知らないはずがない。その言葉は、日向と夜空を産んだ母親のものだからだ。
 その母親はたった一人の親友に裏切られた。父親の再婚相手であり、日向と夜空が離れて暮らすようになった原因となったのは、母親の親友だった女性だ。
 それでも母親は夜空に親友の尊さを言い聞かせていた。だから夜空は親友を探し続けていた。永遠に裏切ることのない、たった一人の親友を。
 それは星奈ではなく、ある男子でなければならなかったはずだ。だけど、その男子はもう――。
「夜空とちがってお姉ちゃんは他人にちやほやされるのが好きだ。そのために努力だってする。おかげで、友達が多いのかもしれない。でも、大事なのは友達の数じゃなくて、親友がいるかどうかだと私は考えている。……だから、夜空と星奈ちゃんが親友になれたらいいなと思うんだ」
「ならば、どうすれば親友になれると思う?」
 夜空はその男子のことを考えるのをやめる。それよりも姉の友情論にもっと耳を傾けたかった。
「どうするって言われてもなあ。朱音と私が友達になったのは……」
「ではバカ子よ、親友であるかどうかを証明するのは、どうすればいいと思う?」
「しょ、証明って……」
 日向は夜空の真剣な眼差しに少したじろぎながら答える。
「そ、そうだな……例えば、パンツの色をたずねても怒られない、とか」
「なっ!」
 予想外の日向の返答に夜空はあわてる。
「き、貴様と大友先輩は、そのような関係だったのか」
「ちがうって。どんなことを言っても許してくれる仲だから、パンツの色でも教えてくれるってことだよ。ちなみに、パンツっていうのは下着のパンツのことで、オヤジ的に言ったらパンティのことだからな!」
「そ、そんな恥ずかしいことを大声で言うな! ……というか、本当に教えてくれるのか? あの大友先輩が」
「そりゃ朱音とは親友だからね。じゃあ、さっそく試してみるかっ!」
 日向は困惑する夜空を見やりながら大友朱音に電話をかける。
「もしもし? 私だ私。……勉強? やってるよもちろん。夜空と一緒にさ。……で、ちょっとききたいことがあるんだけど……朱音、今どんなパンツはいてる?」
 ごくり。夜空は思わず姿勢を正して、日向の通話を見守る。
「……あ、はい。すいません。勉強のしすぎでストレスがたまっていたというか、調子に乗りすぎてました。ごめんなさい」
 ――ふっ、やはりな。
 謝りだした日向の姿を見て夜空はほくそ笑む。
 相手はあの大友先輩だ。バカ子のハッタリに付き合うほど愚かではない。
「……うん、わかってるよ。……え? そうなの? そりゃないよ朱音。……ひどいなあ。それじゃ……」
 ガックリと肩を落として電話を終えた日向に、得意満面に夜空はたずねる。
「で、貴様の友情がなんだって?」
「グレーだってさ」
「は……?」
「しかも無地。がっかりパンツだよ。そう思わないか、夜空」
「ま、まさか……今の電話で教えてくれたのか? 大友先輩が自分の下着の色を?」
「でも、グレーの無地だよ? そりゃ汚れの目立たないグレーのパンツは女子にとっては至高だ。もし、無人島にパンツを一色だけ持っていけるとするならば、私は迷うことなくグレーを選ぶ。だが、グレーのパンツにはロマンがないっ! そう思わないか、夜空」
「そ、そんなこと言われても……」
 下着論を熱弁する日向に夜空は言葉が詰まってしまう。
「私たちは華の女子高生なんだ! グレーのパンツをはいている場合じゃないんだ! もっと見栄を張るべきなんだよ。親友に『げぇ! 受験で忙しいのに、そんな気合いの入ったパンツを着けてるの?』とあわてさせるぐらいの配慮が必要だと思わないか? ……まあそういうウソをつけないところも朱音らしいけど」
「そ、そうか……親友になれば、下着の色も教えてくれるということか」
 思わずつぶやいた夜空の言葉に、日向は我に返る。
「あ、ああ。そういう話だったな。で、夜空は星奈ちゃんにパンツの色をきけるほど仲がいいのかな?」
「そ、そんなわけないだろ!」
「つまり、まだ私と朱音ほど仲は良くないということだな。くはははっ、お姉ちゃんの勝ちだ!」
「くっ……」
 日向の高笑いに夜空は何も言い返すこともできず歯を食いしばる。
「お姉ちゃんを見返したかったら、星奈ちゃんのパンツの色を知ることができるぐらい仲良くなることだな! だからといって怪しい関係になっちゃダメだぞ。それはそれで大変だからな」
「そ、そんな心配などいらん! とにかく、私は私なりに自分の友情を進展してみせるぞ。貴様と大友先輩の仲に負けないぐらいに」
「うん、そうなることを願ってるよ」
 
     △
 
 ちなみに後で日向は「冷静になってもあの質問はないと思う」と朱音に説教させられたのだが、そのことを夜空が知ることはなかった。
 つまり、夜空は「下着の色をたずねたら教えてくれる関係」こそが親友であると誤解したのである。
 そして、この件について夜空には勝算があった。
 何しろ相手は柏崎星奈である。『豚もおだてりゃ木に登る』の豚こそ星奈のことであると夜空は思っている。
 うまく話を持っていけば、どんな下着をはいているのかみずから暴露してくれるのではないか。
 そうすれば姉の日向を見返すことができるのだ。
 新年最初に部室に乗りこんだ夜空には、そんなヨコシマな考えもあったのである。
 夜空はゲームを続けている星奈の背中を見る。
 透視能力のない夜空にはブラを見すかすことはできない。
 いや、ブラの色を知ったところで、パンツの色がわかったことにはならない。下着の色が上下そろっているというのは男子の愚かな幻想にすぎず、世の中そんな都合のいいものではないのだ。
 ただし、星奈はフツーの女子高生ではない。
 星奈はこの学園の理事長の娘である。柏崎家は地元の名士として知られており、その邸宅は段違いに広い。『柏崎邸』というバス停があるぐらいだ。
 そして柏崎家には女性の家令がいるという。星奈はその家令に服を見つくろってもらっていて、自分で服を買ったことがないらしい。きっと下着もそうだろう。
 すると、下着は女子高生ばなれしたものではないかと夜空は推測する。
 例えば、天然シルクとか。
 あるいは、毛糸のパンツとか。
 高等部二年なのに毛糸のパンツ。普通ではありえないはずだが、星奈にかぎってはありえるのではないかと夜空は予想する。
 
「お嬢様、そろそろ、そんなお子様パンツをはくのはお良しになったほうが……」
「うるさいわねー。冬はこれが一番はき心地がいいのよ!」
 
 金髪で巨乳で17歳のくせに毛糸のパンツ。
 そのギャップを想像して、夜空はほくそ笑む。
 もちろん夜空は自分の下着の色を星奈に教えるつもりはさらさらない。
 その時点で対等ではなく、親友とはいえない関係なのだが、姉の日向を見返したい気持ちのあまり夜空は冷静な判断力を欠いてしまったのだ。
 ――肉よ、教えてもらおうか、貴様のパンツの色を!
 心の中でそうつぶやきながら近づいた夜空に、星奈が姿勢を変えずに声をかけてきた。
「……ねえ夜空。冬休みの間、小鳩ちゃんに会った?」
「煌(すめらぎ)と?」
 羽瀬川小鳩――中等部二年。『鉄(くろがね)の死霊術師(ネクロマンサー)』というアニメに触発されて、『レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌』という名の吸血鬼を気取っている、ちょっと言動が痛々しい女子。
 星奈はこの小鳩を溺愛しているのだが、その過度な愛情表現のあまり露骨に嫌われてしまっていた。
 一方の夜空はそんな小鳩の吸血鬼設定に付き合って『煌』と呼んでいる。それは自分の身に覚えがあるからだ。三日月夜空であることを嫌って、別の人格を装ったことは一度や二度の話ではない。
 だからこそ、隣人部で小鳩は自分に一番なついていると夜空は思う。
「……いや肉よ、私もずっと煌には会ってないのだ。ほら、私はバカ子の勉強を教えるので忙しかったし」
「夜空、ほかに何かきいてない?」
「ああ、父親が帰ってきていると言ってたな」
「……やっぱり」
 そんな思わせぶりな星奈の言葉の真意に気づかない夜空ではなかった。
「もしかして肉よ。冬休みの間、小鷹に会ってないのか?」
「…………うん」
 星奈の返事に夜空はあきれる。
 ――まったく何を考えてるんだ、あいつは。
 羽瀬川小鷹――小鳩の兄で隣人部唯一の男子部員。夜空のクラスメイトであり、かつて友達だった『タカ』。
 夜空がこの隣人部を創設したのは、小鷹のためだといっていい。転校してきた小鷹が、夜空こそ幼なじみの『ソラ』であることに気づかないままだったからだ。
 タカがソラのことを思いだし、かつての友情を取り戻す。隣人部はそのために作られたようなものだった。
 しかし、夜空の目論見は外れた。星奈とか理科とかその他もろもろ、いろんな部員が入ってきて二人の邪魔をしたのだ。
 あげくの果てに、小鷹は星奈に恋してしまった。
 
「俺、あのあと星奈に告白の返事をした」
「……そ、それで、肉になんと答えたんだ」
「好きだって、正直に言ったよ」
 
 その言葉は今でも夜空の胸に突きささったままだ。きっと、そのナイフは死ぬまで抜くことはできないと夜空は思う。
 だから、小鷹と星奈は相思相愛のはずだが、二人はまだ付き合っていないらしい。
 小鷹は星奈と恋人関係になるために、ある条件を出したという。その条件というのが――。
「……で、理科にもきいたんだけど、理科も冬休みの間に小鷹と会ってないって」
「そ、そうなのか。理科?」
 夜空は星奈の言葉を聞いて、白衣姿の後輩部員にたずねる。
「ええ、……まあ」
 理科は歯切れ悪くそう答える。夜空に視線を合わせようとせずに。
 小鷹と友達になった理科は、最近では彼ともっとも親しい関係といっていい。
 かつて、理科は夜空に密約を呼びかけたことがあった。小鷹が星奈と付き合わない理由――それは隣人部の雰囲気を元通りにしたいからだという。
 
「だから、夜空先輩が立ち直ったら、小鷹と星奈先輩が付き合う障害はなくなるってことですよ」
 
 夜空にとって理科のささやきは悪魔の取引のように聞こえた。
 それでも、先のクリスマス会のあとで、夜空は星奈の友達になる道を選んだ。
 友達としては、星奈の幸せを望まなければならないはずだ。
「……で、一週間だよね、夜空」
「ああそうだ。一週間、あいつは学校には来ない」
 しかし、小鷹はここにはいない。一週間の停学を言い渡されたからだ。
 あのクリスマス会で、星奈をかばった夜空は生徒の怒りをあおってしまった。それを何とかしたかったのだろう。小鷹はいきなり暴れだしたのだ。生徒会長の日向が出てくる前に。
 そのときに暴力をふるったことを責められて、小鷹には一週間の停学処分が下された。冬休みが明けてから一週間、小鷹は学校に来ることができない。
 小鷹に言いたいことは夜空にもある。きっと感謝しても「むしゃくしゃしたからやった」とごまかされるだろうけれど。
 せめて、小鷹が学校に戻ったときには笑顔でむかえたい。そのためには、この隣人部の雰囲気をなんとかしなければならないと夜空は思う。
 部室の空気は夜空が想像していたよりもずっと重い。星奈と理科の二人きりだったからだろう。この二人、ただでさえ相性が悪いのに、小鷹という男子部員を挟むとその関係はもっとややこしくなる。
 小鷹と相思相愛で恋人になる約束をしている星奈。
 小鷹と友達になり、いろいろな相談を受けている理科。
 はたして、この二人がともに幸せになる未来はあるのだろうか。
 今日のところは、下着聞き出し作戦は保留だな、と夜空はため息をついて、星奈の様子を見守る。
 星奈はゲームを続けている。彼女は部室でたいていゲームをしている。そのほとんどが、男性向けの美少女ばかりが出てくるギャルゲーというものだ。
 
「ちょっと! あかりはとってもいい娘なんだからね!」
メバルちゃんは無能じゃないわよ! ドジっ娘でとっても臆病だけどいつも一生懸命なんだから!」
 
 ゲームのヒロインの魅力を力説する星奈の様子に、夜空が心底気持ち悪いと感じたことは一度や二度の話ではない。現在進行形だといっていい。
 だが、今の星奈はそんな奇声を発することなく、たんたんとプレイを続けている。
 テレビ画面を見ると、どうやら対戦格闘ゲームのようだ。戦っているのが筋肉隆々とした男たちではなく、戦闘には不向きの露出度の高いコスチュームに身を包んだ美少女たちであることは言うまでもない。
 う……格ゲーか。
 友達ならば一緒に遊ぼうと声をかけなければならないだろう。きまりきった動きをするCPキャラ相手よりも人間同士で戦ったほうが楽しめるのが格ゲーだ。
 ところが、星奈相手の格ゲーというのがひどくつまらなかった。
 夜空は対戦プレイの面白さは心理戦にあると考えている。相手を油断させた隙に一気に畳みこんで絶望させるのが大好きなのだ。
 一方の星奈は何よりも正面突破にこだわる。だから、格ゲーにおいてはハメ技と呼ばれる絶対に勝つ方法を会得することに夢中になる。
 一度だけ夜空は星奈と格ゲー勝負をしたことがある。夜空は得意の盤外戦術を駆使しようとしたが、その前に星奈のハメ技で瞬殺された。以来、二度と肉と格ゲーなんてするものかと思っている。
 そんな星奈の性格がテレビ画面に反映されている。同じCPキャラ相手にハメて勝つ。『パーフェクト!』という文字が踊っても、星奈はニコリともせずにすぐ再戦する。そしてハメ技で勝つ。『パーフェクト!』。その繰り返しだ。
 ――むなしい。むなしすぎるだろ、肉。
 夜空はそう言いたい気持ちをぐっとこらえる。
 星奈が不機嫌な理由はわかりきっている。小鷹に会えないからだ。そのストレスを発散するために、星奈はいたずらに勝利を積み重ねている。
 そんな星奈にかける言葉が夜空には思い浮かばなかった。
 ――私は落ちこんでいる友達をなぐさめることすらできないのか。
 そう夜空が思っていたときだ。
「よしっ! よーしよしっ!」
 いきなり星奈が大声をあげた。
 画面に映しだされたのはそれまでと同じKO画面、と思いきや突然アニメーションが始まる。
「ぐへへへへ〜。ライカちゃんのパンツ、ゲットだぜ!」
 なお星奈はヘッドフォンをしているので、ゲームの音は夜空に聞こえない。星奈の気持ち悪い声が部室に響くだけだ。
「な、なんなのだ、これは」
「おっ、夜空もライカちゃんのこと、気に入っちゃった? でも残念! ライカちゃんはあたしの嫁だからっ!」
「い、いや……そういうのじゃなくてだな」
 夜空はハイテンションな星奈にたじろぎながらたずねた。
「このシーンはなんだ?」
「もちろん、ライカちゃん敗北ムフフアニメよっ!」
「ぶ、部室でそんなこと言うな! だいたい、そんないかがわしいゲームをプレイするなって何度言ったら」
「ちがうって! これ18禁じゃないから! きわめて健全なゲームだから!」
「肉よ、これのどこが健全なのだ? 服が破けて……し、下着があらわになっているではないか」
「だいじょうぶよ夜空、それ水着だから」
「そ、そうなのか」
「うん、だからセーフなのよ」
「なにがセーフなのだ?」
「これはパンツに見えるかもしれないけど、あくまでも水着ってことよ! だからセーフなの!」
「さっき貴様はパンツと言ったではないか?」
「夜空、それは言葉のアヤというものよ。一般人にその区別をきちんとしてもらわないと、いろいろ困ったことになるんだからね!」
「ということは、こいつらは、わざわざ水着を下に着こんで戦っていたということか。いったい何のために?」
「そんなことはどうでもいいじゃない! 見てよこの顔。すっごくエロいよねー! 武門の家に生まれたために、恋愛を許されずに修行一筋で生きてきたライカちゃんも、あたしの手にかかれば、ほれ、この通りよ!」
「そんな設定はどうでもいい。それより、こういうことを大声で話すな、肉」
「でもね夜空、このアニメシーンは特別な条件じゃないとたどり着けないのよ。普通に勝っただけじゃダメで、特定の必殺技をライカちゃんの下半身にたたきこまないといけないんだから!」
「……なるほど、貴様がずっと同じキャラと対戦していたのは理由があったのだな」
「そうなのよ! とっても難しいんだからね! ライカちゃんの股間にアレを突きつけるのはっ!」
「だから、そんな破廉恥な発言はやめろ、この変態肉がっ!」
 ……まったく、星奈の心の闇とか考えていた自分がバカらしいと夜空は思う。
 小鷹に会えなくて落胆していると思いきや、星奈はいつも通りの残念無双な肉だったのだ。
 ――そんなブレないところが星奈の魅力だと、いつか小鷹も言っていたな。
 少しばかりの切ない風を胸に感じながら、夜空は部長らしく星奈に声をかける。
「それより肉よ、そろそろゲームはやめとけ」
「なんで? ライカちゃんはコンプリートしたけど、これからマーシャたんの……」
「もうすぐ幸村がここに来るんだ。ゲームをしている場合じゃない」
 ――ガタン。
 そのとき、理科の方から物音がした。
「し、知っているのですか……夜空先輩」
「なにがだ? 理科」
「だって、幸村くんが来るって」
「あ、ああ」
 夜空は星奈に向き直って、
「実は肉よ、幸村が退部するらしいのだ。これからは生徒会に専念したい、と」
「ふうん、そうなんだ」
 星奈は特に驚く様子がない。
「肉よ、ちょっとは残念がるべきだろ?」
「だって幸村って、最近ここに来てなかったし。もう辞めたようなものじゃない」
「……そうだな」
 楠幸村という、サムライっぽい名前をした後輩女子部員のことを、夜空は最後まで理解できなかった。
 そもそも入部したときは男子だと言っていた。顔立ちはどう見ても女子なのだが、本人は男子と言い張っていた。
 そんな幸村は、小鷹の舎弟になりたいと言いだした。こともあろうに、あの優柔不断な小鷹に理想の男性像を見いだしていたらしい。
 その理由が幸村の特殊な家庭事情にあることを、夜空は理科から聞いた。
 
     ▽
 
「幸村くんのお母さんって、実は有名なゲームクリエイターだったんですよ」
「へえそうなのか、理科」
「夜空先輩、もっと驚いてくださいよ! ずっと理科、幸村くんがゲームに慣れてることに疑問だったんですから」
「そういえば部室で『ロマ佐賀』やってたときも、幸村はフツーにプレイしていたな」
 ロマ佐賀こと『ロマンシング佐賀』とは、佐賀県を舞台にしてワラスボを狩りまくるファンタジーRPGのことだ。理科が開発に加わっているということで、隣人部でテストプレイをしたことがあった。
「フツーってレベルじゃないですよ! 幸村くん、自分の職業の特性を見抜いてうまく戦ってたじゃないですか? スタッフの人も感心してましたし」
「そうだっけ?」
「だからずっと気になってたんです。サムライに憧れたり戦国故事に詳しかったりと古風な趣味をしているのに、なんでゲームはうまいのかって」
「その理由が家庭の事情にあったということか」
「そうです。で、幸村くんのお母さんが作ったゲームというのがですね……驚くなかれ、あの『戦国RANSE』シリーズなんですよ!」
「……なんだそれ」
「夜空先輩、マジで知らないんですか? 戦国オタク野郎を激怒させた一方でレキジョを歓喜の渦に巻きこんだ、あの問題作を!」
「レキジョ?」
「ああ夜空先輩、レキジョも知らないんですか。これだから素人は。……まあ難しい言葉じゃなくて、ただの略語なんですけどね。歴史大好きな女子。略してレキジョ。安易なネーミングですよね」
「つまり、その『戦国RANSE』というゲームは、男子からは反発されて女子からは支持されている、戦国時代を題材にしたゲームということだな」
「そうですそうです! で、その理由というのが、戦国武将をヴィジュアル系のイケメンにしたからなんですよ」
ヴィジュアル系?」
「例えば伊達政宗をですね、金髪碧眼の美青年にしちゃったわけです」
「あの独眼竜を金髪に? なぜだ?」
「そりゃ乙女受けするためですよ! まあ、史実の独眼竜も目立ちがりだったみたいですけどね。伊達眼鏡って言葉も政宗が由来ですし。……とにかく、ヒゲ猛者どものマッチョな戦場を華やかなイケメン空間に染めあげたのが、幸村くんのお母さんが作った『戦国RANSE』シリーズなのです!」
「なるほど、それで娘の幸村は小鷹に『理想のサムライ』像を見つけてしまったのか……」
 
      △
 
 小鷹は母親の影響で、髪が金色がかっている。
 しかし、星奈のような見事なブロンドではなく、くすんだ金髪なのだ。
 だから、小鷹を初めて見た者は「自分で金髪に染めた時代遅れのヤンキー」と受けとめてしまう。
 おかげで小鷹は同性の男子から敬遠されて、友達のいない生活を送っていた。
 夜空や理科はそんな小鷹の金髪を『プリン頭』とからかっていたが、幸村はそこに憧れを見いだしたという。
 そして、小鷹を『あにき』と呼び慕っていた。
 幸村が隣人部に入ったのは小鷹の近くにいたいという理由に他ならない。
「……そんな幸村も、今じゃすっかりフツーの女の子になったからな」
「そう? 女子の真似事をしてるだけにしか見えないんだけど」
 星奈はヘッドフォンを外しながら夜空のつぶやきに応じる。
「でも肉よ、葵と友達になってから、幸村はがんばってるじゃないか」
「葵って?」
「だから、貴様のクラスメイトのことだ。いい加減名前を覚えろ、肉」
「だって、あたしには関係ないもん。そんなやつ」
 遊佐葵――生徒会会計で星奈のクラスメイトである彼女と、幸村はいつの間にか友達となっていた。
 今では二人は「ゆっきー」「ゆさゆさ」と呼び合う仲だ。共にファッション誌を読んでガールズトークに花開かせる姿は、夜空にはリア充空間にしか見えなかった。
 そんな葵に星奈はまったく関心を持とうとしなかった。
 自分が認めた者以外は一切の興味なし。
 クリスマス会などの様々なトラブルは、そういう星奈の性格が招いたものだった。
 高慢かつ傲慢。それでも自分に非があることを認めない。
 夜空はそれが星奈の欠点だと知りつつも、変えてほしいとは願わなかった。自分の信じる道を愚直に突き進む星奈の強さに、夜空もひかれていたからだ。
「とにかく、その葵から、生徒会室で幸村の退部のことをきかされたのだ。もうすぐこっちに来ると思うから、肉も先輩らしくシャキっとしろ」
「……でも夜空、肝心の小鷹がいないんじゃ」
「それは仕方ない。まあ小鷹はこれからも生徒会には顔を出すみたいだしな」
「ふうん、で……あんたはどうなの、夜空?」
 星奈は夜空に鋭い眼光を投げかける。
「あんたはこれからも生徒会を手伝うつもり?」
 その発言の意図に気づかない夜空ではなかった。
 ――あんたたち、あたしのいない生徒会で小鷹とイチャイチャするつもりじゃないでしょうね?
 星奈の視線が夜空に突きささる。
 最初に生徒会の手伝いを始めたのは小鷹だった。いつしかそれに幸村も加わるようになった。そして日向の勉強を見るついでに夜空も生徒会室に出入りするようになった。
 一方の星奈は隣人部から動こうとしなかった。必ず小鷹は隣人部に戻ってくると信じていたからだろう。
「……私は今後は生徒会の手伝いをしないと言った」
 夜空は星奈を安心させるためにもハッキリと口にした。
「あんな事件を起こしてしまったし、これからは隣人部の部長をマジメにしようかと思ってな」
「あれ? あんたって、ここの部長だっけ?」
「当然だろ。私が作ったんだからな」
「でも、マジメに部長するって何をするのよ? こんないい加減な部活で」
 星奈の言葉をもっともだと苦笑しつつ夜空は、
「さしあたっては、幸村の旅立ちを祝福することだな」
「…………そんなんじゃないのに」
 後輩部員のつぶやきが夜空に聞こえてくる。
「ん? どうしたんだ理科」
「いえ、なんでもない……です」
 理科は夜空の問いに口をにごす。
 らしくない、と夜空は思う。だいたい、白衣・眼鏡・ポニーテールの三点セットがそろった理科を見るのは夜空には数ヶ月ぶりだった。
 ファッションに無頓着だった理科が女子らしくふるまうようになった理由は、小鷹に誉められたからだ。ぶっきらぼうな小鷹の言葉に浮かれてコロコロ外見を変える理科のことを、夜空はある意味うらやましいと思っていた。
 その小鷹が停学で不在だから理科は白衣姿に戻っているのだろうか。
 いや、幸村のこともある。幸村は理科と同じ高1だ。二人の仲は良好とは言いがたいものだったが、同級生部員の退部には思うところがあるのだろう。白衣姿は理科なりのケジメなのかもしれず……。
「ところで夜空、幸村ってどんな格好でくると思う?」
 星奈が思案中の夜空に陽気に話しかけてくる。
「そうだな、あの執事服姿をもう一回見たかったものだが」
「あれ返されたんだよね? せっかく似合ってたのに」
「私は幸村にロクなことしなかったからな、今にして考えると……」
 夜空は幸村が入部したときにメイド服を着るように命令した。女みたいな男子のメイド服姿が面白そうだったからだ。
 やがて幸村が女子だと判明すると、夜空は執事服に着替えさせた。メイド服が似合いすぎることに危機感を覚えたからだ。
 そんなコスプレ要員であった幸村も、葵と友達になってから自立するようになった。今では普通に女子の制服を着て登校している。
「幸村、もしかして紋付き袴で来たりして」
「はぁ? そんなわけないだろ、肉」
「でも、わざわざあたしたちを待たせてるということは、何かしらのサプライズを用意しているのかも!」
 星奈の思いつきに夜空も乗ってみる。
「ふむ……最後はサムライらしく、か。ありえない話ではないな」
「でね、あの一本調子で別れの口上とか言ったりしたら、あたし爆笑するかもっ!」
「おい肉よ、だから最後は先輩らしくふるまえって」
「まあまあ聞いてよ夜空。そのせいで幸村は言いまちがいをして、いつものように『切腹宣言』をするわけよ。でも紋付き袴を着てたら、あいつ今度は本当にやっちゃうかもね!」
「……となると、介錯は私がしなければならないのだろうか」
「それであの棒読みで辞世の句とか詠みだしたら、あたしまた大爆笑――」
「だからそういうんじゃないって言ってるだろ!」
「…………理科?」
 先輩二人の馬鹿話に耐えかねたのか、理科が立ち上がってそう叫ぶ。
「なによ理科、つまんないわね」
 星奈はそんな理科をあきれた目つきで見る。理科はにらみ返そうとしたが、すぐに視線を外した。
「……もういいです」
 そして、何かをあきらめたように座り直す。
「おい肉よ、理科にとっては唯一の同級生の退部なんだ。先輩である私たちも神妙にならなくちゃダメだぞ」
「はーいわかりました、夜空部長」
 星奈は夜空の説教にすねた口調で答える。まったく困った肉だと夜空は思いながら、頭の中では幸村が切腹する場面を描いている。
 ――コンコン。
 そのとき、ドアをノックする音がした。
「幸村か?」
「はい、夜空のあねご」
「入れ、話を聞こう」
 夜空は姿勢を正す。このあと待ちかまえている修羅場を察しないままで。
 
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