「青い花」と「東京少年」と「ガール・ミーツ・ガール」

 
 先輩がやたらと推奨している「青い花」鑑賞中。
 

YouTube
 
 このアニメは、女の子が女の子に恋する「ガール・ミーツ・ガール」系のお話。「百合」系って言ったほうがわかりやすいかもしれないけど。
 
 これを見ながら、ふと「東京少年」のことを思い出していた。
 
 「東京少年」というのは、「京都少女」である笹野みちるのバンド。彼女は後に同性愛者であることをカミングアウトして話題になった。
 
東京少年 - Wikipedia
笹野みちる - Wikipedia
 
 「東京少年」の活動期は80年代から90年代前半。同性愛を高らかに歌い上げるのが、はばかれた時代のことである。だから、笹野は「友情」をテーマにした歌を作りつづけてきた。
 
  

YouTube
 
 「東京少年」の代表曲が、この「陽のあたる坂道で」(1990年)。PVの監督は岩井俊二で、後に「スワロウテイル」(1996年)で有名になる映像作家である。
 「東京少年」の多くのPVは岩井俊二作品だが、映像のイメージが強すぎて、曲と反発している嫌いがある。ブルース・スプリングスティーンが語ったように「PVなんて曲にヒゲを書いたようなもの」だと思っている。
 でも、「陽のあたる坂道で」のPVは好きだ。
 ここでは、彼女の故郷である京都の学生友達が出演している。後に「京都町内会バンド」で一緒に活動する原田博行の姿もある。原田は笹野とはデビュー前はライバル関係だったフォーク・シンガーである。
 
 

YouTube
 
 こちらは「東京少年」のライブ映像。彼女たちのヒット曲「Shy Shy Japanese」(1990年)の導入の後に始まるのは、デビューアルバムの冒頭を飾った「ジョギングシンガー」(1988年)
 

ジョギング シンガー (1998年)
作詞・作曲:笹野みちる
 
 
北風がびゅんびゅん吹いてる からっ風
柿の木がピリピリ揺れてる 寒いなあ
部屋にカバンを放り投げたら すぐにデッキを回すんだ
人知れず 鏡に向かって歌いだす
 
だけど五分後テープを止めた 外がそろそろ暗くなるころ
だからジョギング先にすまそう 僕はエネルギッシュなシンガーだから
 
トレパンをくるくるくるりと 巻きあげて
寒空にブルブル震えて 飛びだした
人に言わせりゃそこそこうまい ボーカリストの僕だけど
ひとつだけ悩みがあるんだ 内緒だよ
 
だからジョギング欠かさないんだ 僕はスターになりたいから
だからジョギングサボらないんだ 僕に足りないのは体力
 
いっせえのでダッシュ! 一気に坂道走るよ
いっせえのでダッシュ! 足がもつれて星が飛びちる
 
 
だからジョギング欠かさないんだ 僕はスターになりたいから
だからジョギングサボらないんだ 僕に足りないのは体力
 
いっせえのでダッシュ! 一気に坂道走るよ
いっせえのでダッシュ! 目の前かすみ星が飛ぶ
いっせえのでダッシュ! 自転車に追い抜かされても
いっせえのでダッシュ! 子供に笑われても止まらない
いっせえのでダッシュ! 息切れしようが走るぞ
いっせえのでダッシュ! 僕の一年ごしの文化祭まで
 

 
 文化祭に向けて、体力をつけないと、とジョギングにはげむミュージシャン志望少女の歌である。サビの部分の「いっせえのでダッシュ!」というフレーズがすごく好きだ。
 2009年のアニメ「けいおん!」でも、肺活量を鍛えるためにジョギングする唯の姿があっても良かったと思う。「ほっほっほぅ」とオーバーリアクションで。
 
 

YouTube
 
 「東京少年」の中で好きな曲のひとつが、この「れんがの学校」(1988年)。「友情」をテーマにした思春期ソングだが、後に笹野が同性愛者であることをカムアウトしたことを考えると、「青い花」のようなシーンを想像しながら聴くのも良いと思う。
 

れんがの学校 (1988年)
作詞・作曲:笹野みちる
 
 
はねっかえりの小さな僕 いつも君のそばにいたっけ
とびっきりのやり手の君 いつ見ても輝いていたっけ
 
お昼休みは人だかり ひそかな孤独がはじまる
 
負けん気だけの強気な僕 いつも君を気にしてたっけ
あまのじゃくな僕のあいづち いつも君は聞いてくれたっけ
 
日ましに君は人気者 ひそかな焦りがはじまる
 
毎日朝がつらかった 君と会うのがつらかったけれど
今日こそ素直に話しかけてみるぞ
 
れんがづくりの学校 陽だまりポカポカ僕の場所
君と出会えた学校 そこから僕らは歩いてた
 
 
焦りながらも目立ちたくって わざと飛びだしグループ作った
君をよそ目にはしゃぎまわって なぜかぽっかりさみしくなった
 
それでも君は自然体 ひそかな悔やみが始まる
 
毎日朝がつらかった 君と会うのがつらかったけれど
許して ほんとは友達でいたいよ
 
れんがづくりの学校 陽だまりポカポカ僕の場所
君と出会えた学校 そこから僕らは歩いてた
 

 
 ただし、東京少年の曲が男女を問わずに支持されていたのは、「女子だから」「男子だから」を越えた、思春期の自意識の鋭さと他者への憧れを、ひらがな中心の言葉で届けていたからだと思う。
 このような笹野みちるの歌詞は、今でも唯一無二のものだと思っている。
 
 リアルタイムで「東京少年」を知っている人は、今は30代から40代だ。彼らの多くは、笹野みちるの同性愛者発言に大いに戸惑ったと語る。なかには「裏切られた」思いがした人もいただろう。しかし、いま改めて聴けば、笹野の「東京少年」時代の曲に色あせない魅力があることを感じることができるはずだ。
 
 

YouTube
 
 この「Shy Shy Japanese」がヒットして、「東京少年」は有名になったが、人気者になるにつれて笹野は「うつ」状態に入ってしまう。
 アイドルシンガーとして扱われることは彼女にとって苦痛だった。当時のガールズ・ポップでは、いつも「好きな男性のタイプは?」「初恋はいつですか?」と女性シンガーにたずねるのが常だった。彼女はそこで「ずっと女の子が好きでした」と言えず、いつも言葉を濁していた。
 「ジョギングシンガー」では「スターになりたい」と高らかに歌っていた彼女も、世間が求める自分とのギャップに苦しむようになる。
 

帰り道

帰り道

  
 「東京少年」のラストアルバム「帰り道」(1991年)は、聴く人によっては、仕事を辞めて、引きこもりになった男性が、彼女に別れを告げられ、幼児退化し(ペットが死んだことを思い出し)、最後は「世界とひとつになるために」自殺するという内容になるという。
 笹野は「新世紀エヴァンゲリオン」(1995年)の主人公、碇シンジに多大な感情移入をしたと語るが、この「帰り道」は1991年のアルバムとはいえ、その後の若者の不安を見事に描いていたとしか言いようがない。
 
 

京都町内会バンド - HIMAGINE - ニコニコ動画
 
 そんな笹野は現在でも地道に音楽活動を続けている。これは前述した「京都町内会バンド」のライブ映像(2003年)。「ヒマジン」(1998年)というタイトルは、彼女の敬愛するジョン・レノンの「イマジン」のもじりである。フザけた歌詞だと思われるかもしれないが、意外と「イマジン」との相性は良い。「There's no heaven」とか。
 

HIMAGINE (1998年)
作詞・作曲:笹野みちる
 
 
退屈で退屈で死にそうなのに 何にもやりたい事がない
仕方なしにテレビをつけた ドラマのストーリーさっぱりわからない
散歩に出かけた ゆりかもめが空いっぱいに飛んでる
あせりながらヒマジン あせりながらヒマジン 
There's no heaven
 
置いてゆかれそうで怖いくせに ハングリーな気持ちこれっぽっちもわかない
あなたにひたすらついて行くだけ  そんな暮らしにふと憧れもする
あかんあかん私のポリシーに反する しかもあの子が引っ張ってくれるわけがない
あせりながらヒマジン あせりながらヒマジン 
There's no heaven
 
橋の上から見渡す川は 暗い夜でもキラキラ光る
三条大橋にもたれかかって 見下ろす鴨川等間隔カップ
寒い京都は心の支え うちは生きてるこれでも生きてるんや
あせりながらヒマジン あせりながらヒマジン 
There's no heaven
 
何度もこの町を後にしたけど 3年くらいで毎回毎回戻ってきてしまう
よっぽど前世に縁でもあるんやろか 見るもの聞くものこの町ではなぜか懐かしい
やりたいことがないことが そんなに悪いことやろか
あせりながらヒマジン あせりながらヒマジン 
There's no heaven
 
あの子は仕事 私はヒマ ちょっと寂しい気もするけれど
誰かと会って気つかうのもいややし 今日は独りで家にいよう
持て余す時間しゃぁないさかい 今から瞑想でもしたろ
あせりながらヒマジン あせりながらヒマジン 
何分できるかなぁ
 
ブルースは残り香に似てるなぁ いつまでたっても漂う匂い
私の人生の残り香も ふわっと漂うやろか
そんなじじいみたいなことは あと4、50年してから言えってか
あせりながらヒマジン あせりながらヒマジン
あせりながらヒマジン あせりながら 
There's no heaven

 
 「京都町内会バンド」はフォーク・バンドであるはずだが、この曲の後半では、「村じぃ」こと、キーボードの村田聡の暴走でプログレチックになっている。こういうところがインディーズならではの面白さだ。
 
 

We're OK! 尾辻かな子さんキックオフin新宿ニ丁目●笹野みちるさんフジモトマミさんLIVE「始まりの風景」 - YouTube
 
 そして、こちらはソロアルバム「ナカナオリ」(2004年)のラストに収録されている「始まりの風景」。同性愛イベント(Kick Off)でのライブ映像である。
 

始まりの風景(2004年)
作詞・作曲:笹野みちる
 
導いて下さい 私が座るべき場所へ
足下には木洩れ日 草の匂い
程ないところに 人々の気配
池に浮かぶ水鳥は さざ波にただ身を委ね
 
ふわり ふわり ふわり
ふわり ふわり ふわり
ふわり
 
導いて下さい 私が座るべき場所へ
遠くに霞む街並み つくつくぼうし
土にはありんこ 右往左往
心に浮かぶあの人が 奏でるリズムは撫でるよう
 
ふわり ふわり ふわり
ふわり ふわり ふわり
ふわり
 
トゥートゥー トゥトゥトゥトゥー
 
風の吹くままに 私が座るべき場所へ
ここか そこか それとも
木立の間を 行ったり来たり
たわわに茂る枝の葉 水面に届くわずか手前で息を飲む
 
ふわり ふわり ふわり
ふわり ふわり ふわり
ふわり
 
トゥートゥー トゥトゥトゥトゥー
 

 
 かつての自分の代名詞である「ありんこ」などを描写しながら、みずからの原風景を探そうとするこの曲は、誰が何と言おうと不朽の名作だ。
 うまいとはいえないギターを弾き語りながら、みずからの言葉をつむぎだす笹野みちるは、誰が何と言おうと素敵なアーティストだと思っている。
 
 僕は笹野みちるの言語センスがとても好きだ。それは「京都町内会バンド」時代でも変わらない。「風が吹くんです」「おいらの街」「スイスイ」などの曲は、もっと多くの人が楽しめるはずだと思う。
 音楽業界が斜陽とか、良い歌が聞こえなくなったと人々は嘆くけれど、僕はずっと笹野が歌いつづけるかぎり、その曲に耳を傾けているだろう。
 
京都町内会バンド(KCB OFFICIAL WEB SITE)
 笹野みちるが属している「京都町内会バンド」のオフィシャルサイト。一部、曲が視聴できますので、興味がある方は、ぜひ。