一日で創作できる文章量には限りがある

 
 数年前の記事だが、作家の村上龍のインタビューで興味深い発言があった。
 

(新作長編を)箱根の別荘にこもって書いてたんですけど、一日4000字と決めて書いてましたよ。もっと書こうと思えば書けますけど、無理しちゃうと脳が疲れて次の日使い物にならなくなる

 
 4000字というのは決して多い数字ではない。原稿用紙一枚は20×20=400文字書くことができる。改行などを考慮すると、4000字=原稿用紙12枚程度であろうか。
 たしか、村上龍のデビュー作「[rakuten:book:10010364:title]」は、四日ほどで書き上げたという記事を読んだことがある。原稿用紙200枚程度の作品だから、1日12枚ではとても間に合わない。
 しかし、そんな過去がありながらも、村上龍は自分の限界を見きわめた上で、1日4000字という制約を課したのだ。そのほうが安定した作品を書くことができると判断して。
 
 専業作家である村上龍のこの制約は、自由になれば無限の文章を書くことができると思っていた僕を驚かせた。
 そう、一日で創作できる文章量には限りがあるのだ
 それは物理的なものではなく、集中力の問題である。書くべきものをリストにまとめて道筋を立てていたとしても、自分の限界を超えると語彙が浮かばなくなり、思い描くヴィジョンを的確に表現することができなくなる。
 
 僕の場合、3時間、創作活動に集中すると、頭がオーバーヒートを起こすようだ。新しいものを書けなくなったと頭が判断すると、僕はその文章をひとまず保存し、以前に書いたものの修正に入る。同じ文章を良くしようと努めても、頭が疲れた状態では、どんどんと説明過多になってしまい、文章のバランスが損なわれる。自分の創作した文章に責任を持てなくなるのだ。
 違う文章の修正だと、別の頭脳を使うので、集中力を損なわずに作業を続けることができる。
 
 1日は24時間あり、その日の予定が何もなかったとしても、僕が新しい文章を生み出せるのは3時間でしかない。それはおそらく、先天的なものなのだろう。
 
 
 このような限界は文章創作などの頭脳仕事だけではないようだ。
 藤子不二雄A(我孫子素雄)のライフワークである自伝的漫画「まんが道」では、原稿のスピードが先天的なものであることが何度も語られている。手塚治虫石ノ森章太郎に比べれば、我孫子藤本弘(藤子F)は二人合わせても、両者が一人で描く速度には到底及ばなかったそうだ。
 上京してすぐに人気作家になった二人は、許容量をこえた原稿を引き受け、締め切りに間に合わせることができず、故郷に逃げ帰った。そのおかげで、多くの出版社から一年近く干されるということがあった。以降、藤子不二雄の二人はみずからのペース配分を把握したうえで、原稿を引き受けるようにしたのだ。
 
 決して、手塚治虫石ノ森章太郎が手を抜いて描いているわけではない。我孫子(藤子A)はそれを一本の線の迷いの無さとしているが、努力や修練では克服できないものなのだろう。一日で「完成原稿」を仕上げられる枚数には個人差があるのだ。
 「まんが道」はそのような才能の差で絶望してはならないと、若い世代に訴えているように思える。自分のできる限界で望むしかない、と。
 
 
 文章だって漫画と同じく個人差がある。一日原稿用紙50枚ほどの文章を創作しても集中力を維持できる人はいるのだろう。
 しかし、彼らのやり方を教わったところで、結局のところは真似できない。それは先天的なものだからだ。
 そのために、自分の限界をいち早く見きわめて、計画を立てることがもっとも大切なのだ。
 
 一日に創作できる文章量には限りがある。だから、アイディアを整理する方法や、文章創作に専念できる時間管理などが必要となってくるのである。いくら、創作時間を引き延ばそうと努めても、オーバーヒートした頭で書いた、集中力の欠いた文章しか残せなくなる。
 頭の中の構想はいつでも変換可能だが、一度、他者の目にふれたのは訂正することはできない。
 
 若い頃は何も考えずにキーボードを叩き続けて、自分でも読み返していない文章を他人に見せたものだが、今では「新しいものをつくることができる3時間」をどのように生かすべきかを考えるようにしている。構想をノートにまとめるには、文章を推敲するには、どのやり方がベストなのか、と。
 
 みずからの限界を知ったとき、やるべき道が見えてくる。自分の集中力や体力の無さを嘆くのではなく、努力が足りなかったと言い訳するのではなく、自分の与えられた才能で勝負するしかないということに。