死者を出したストーンズのコンサート映像

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 イギリスのバンド、ローリング・ストーンズのボーカルであるミック・ジャガーが、1970年頃、ヘルズ・エンジェルスという暴走族に暗殺されそうになった事実が発覚したという。ゴシップの域を出ないが、このニュースは、僕に「オルタモント事件」を思い出させた。

 1969年、ローリング・ストーンズは、ツアーの最終に、みずから主催するフリー・コンサート、つまり入場料無料のステージを企画する。しかし、数十万人の動員が予想される場所の確保は困難であった。
 オルタモント・スピードウェイに決定したのは数日前であり、警備員として雇ったのは、地元暴走族として名高い「ヘルズ・エンジェルス」だった。

 コンサートが始まり、ステージにおしよせてくる群集を、ヘルズ・エンジェルスは統制することができなかった。それどころか、観客に向かって威嚇を繰り返すようになる。やがて、それは暴力に変わった。
 そして、ステージ前で、ヘルズ・エンジェルスのメンバーにより、黒人青年メレディス・ハンターが殺害される。
 フリーコンサートのさなか、警備員が観客を殺害するという事件は、人々を震撼させた。だが、罪に問われた者は誰もいなかった。加害者は正当防衛とみなされて無罪。主催者であったローリング・ストーンズにも罪は科されなかった。


 この「オルタモント事件」を映した動画をYoutubeで見つけたので紹介しよう。


Youtube ―The Rolling Stones:Under my Thumb(Altamont 1969)
(グロテスクな映像はありませんが、動画の存続は保証できません)

  • すでにたび重なる暴動のために中断し、ストーンズの演奏には集中力が見られない。
  • 3:30〜 曲の終わりに事件が起こる。緑服の黒人男性が、殺害されたメレディス・ハンター
  • しかし、ストーンズはただの喧嘩と受け止め、静かにするように指示し、ステージを続行する。
  • 観客も目の前で起きた殺人事件をうまく理解できていないようだ。
  • 4:20〜 場面は移り、映像室で事件を検証するミック・ジャガーの姿が映される
  • 5:50〜 遺体がヘリコプターに運ばれる。泣き叫ぶメレディスの恋人
  • 6:30〜 殺人事件があったその場所で、ストーンズは歌いつづける。曲は「Street Fighting Man」
  • 6:55〜 コンサートを終え、足早にヘリコプターに乗り、会場を後にするストーンズのメンバー


 「オルタモント事件」が起きた理由の一つとして、ステージの高さに原因があるとする人が多い。半年前に成功したハイドパークのフリーコンサートと比べてみればわかる。


You tube―The Rolling Stones:Honky Tonk Women (Hyde Park 1969)


 そのため、観客はステージにたえまなく押し寄せた。警備を任されたヘルズ・エンジェルズはそれをさえぎらなければならなかった。その圧倒的な数は、ヘルズ・エンジェルスに怒りをもたらした。警備員であるはずのヘルズ・エンジェルスは「マナーが悪い」という理由で、観客に手を出すようになる。「音楽を聴いてくれ!」というミック・ジャガーの声も届かない。
 なぜ、ストーンズはコンサートを続行したのか? ステージはもはや収拾のつかない状況だった。事件がおきた「Under My Thumb」の前曲「Sympathy For the devil」では、曲が何度も中断していた。


Youtube―The Rolling Stones:Sympathy For The Devil


 だが、ミック・ジャガーは曲を続けた。混沌の中に秩序をもたらすためには、自分たちが歌い続けるしかないと信じているかのように。
 「Sympathy For the Devil」で、観客とヘルズ・エンジェルズの感情的対立は頂点に達していた。もし、ストーンズがステージからいなくなったら、もはや暴力しか残らない。それを沈静化させるには、歌いつづけるしかない。
 おそらく、ミック・ジャガーはそう考えたのだろう。「Sympathy For the Devil」で、彼は何度も自分を見てくれるように、オーバーリアクションで歌っている。皆が音楽を聴くことに専念すれば、暴力事件は起きないはずだった。
 しかし、次の曲、「Under My Thumb」にて、殺人事件は起きた。ストーンズのメンバーは死者が出たことを、コンサート後に知ったという。


 ヘルズ・エンジェルスがミック・ジャガーを恨むのは、この後にストーンズは、この暗殺事件の検証を含めたビデオを発売するからである。

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 そもそも、このフリーコンサートは、ビデオ作品のフィナーレを飾るものとして企画された。殺人事件は起きたが、ストーンズは計画どおりに販売する。事件の検証を含めた音楽作品という前代未聞の形で。
 もちろん、ベストセラーになった。なにしろ、暗殺現場の映像が含まれているのだ。

 この映像作品に、本物の狂気がある。殺されたメレディス以外にも、傷をおった観客が少なからずいた。泣き顔で暴力を訴える女性の叫びがある。何とか音楽にひたろうと必死な女性がいる。全裸になってステージに上がろうとした女性もいる。混乱に満ちたコンサートの中で、ヘルズ・エンジェルスの怒りはストーンズのメンバーに向けられている。憎悪に満ちた暴走族の表情を、カメラは映しつづける。彼は何に怒っているのか? 僕はこの映像を見ながら考える。

 ストーンズは「愛と平和」に満ちたフリーコンサートを行おうとした。しかし、「狂気と憎悪」に満ちた無責任なフリーコンサートしか映すことができなかった。


 1969年12月6日、米国オルタモントでコンサート中に殺人事件が起きた。ある人はこれを「オルタモントの悲劇」という。加害者、主催者を含め、罪に問われた者は誰もいなかった。以降、ストーンズは、大型スタジアムによる、エンターテイメント型コンサートに移行する。


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