どもり男子とアイドルロボット(6)【完結】

 
【これまでのあらすじ】
 
 ロボットになろうとしている女の子、ミズキとの出会いは、MHAユーザーとしてどうするべきか苦しむ大介にとって、新たな転機となった。
 アイドル型ロボットだからこそ、双葉エリサには人々に幸せを与えることができると大介は考える。
 かつて、自分が救われたように、ミズキという女の子もエリサによって救われるのではないかと。
 キャサリンの協力を得て、大介は自分のエリサの初ライブに向けて準備を始める。公民館分館ホール室で行われる、数人の客を相手にしたコンサート。大介はそれを成功させることが、自分の使命だと信じたのだ。
 はたして、どもり男子プロデュースのロボットコンサートはどういう結果を迎えるのか?
 
 
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      (6)
 
「そのカッコはなんのつもり?」
「き、ききき、君だって」
 約束の日である12月上旬。
 公民館分館前で待ち合わせたミズキと大介はそんな会話を交わす。
「わたしは、人間として、双葉エリサというロボットを評価しに来たのよ」
 ミズキはエリサの公式コスチュームを着ていなかった。心なしか以前よりは痩せこけた印象を大介は受けなかった。
「で、どもり君。あなたの背広姿は、まさか双葉エリサのマネージャーを気取ってるわけ?」
「ち、ちちち、ちがう。ぷぷぷぷ、プロデューサーだ」
「同じようなものじゃない。まあ、それがあなたの夢だったんだよね? そういうことやりたかったから、あなたは双葉エリサを買ったんだよね?」
「う、うう……」
 背広姿で髪型を整えた大介だが、いつも通りのどもり君にすぎなかった。
 思いこみの激しいミズキという子に、自分がMHAの懸賞当選者にすぎないことを説明できないと大介はあきらめる。
「で、双葉エリサはあの服を着ないんだね」
「あああ、あの服は、らららら、ライブでしか見せないから」
「ふん、もったいぶっちゃって。肝心の双葉エリサはわたしを徹底的に無視してるし」
「あ、ああ……」
 大介はあわててポケットの中からリモコンでエリサにメッセージを送る。
「はじめまして。ミズキさん、ですね」
「そんなあいさついらないわよ。わたし、あなたのこと大キライだから」
「そ、そうですか」
 ミズキの強い口調に大介はなにも言わせることができず、おろおろとしてしまう。
「あははは! ヘタレ君の背広姿、超ヤバい!」
 そんな場の雰囲気を一変させる笑い声。
「きゃ、きゃきゃきゃ、キャサリン
「まあ、気合い入ってることはわかったよ」
 そう答えながら分館の中から出てきた金髪女子は、いつもと同じ制服姿だった。
「手続きはやっといたからね。ダンスの練習って言ってるから、うるさくても問題ないよ。思いっきりやっちゃって」
「と、ととと、ところで、ほかの人は……」
「なに言ってるんだよ、ヘタレ君。これからあんたたちはリハーサルしないといけないじゃん。みんなには一時間後に集合するように言ってるから」
「そ、そそそ、そうなの?」
 手際の良いキャサリンの言葉に、とまどっている人がもう一人。
「ど、どもり君。もしかして、あなた、こんな子と付き合って――」
「はぁ? 失礼なこと言わないでくださいよ。で、あなたがロボットを憎むあまり、ロボットになりたいミズキさんですよね?」
 ミズキに向かって敬語で話すキャサリンだが、その物言いは失礼きわまりなかった。
「そんなふうに決めつけられても――」
「ということで、ミズキさん。しばらく時間がありますから、一緒にお茶しませんか? もちろん、年上であるミズキさんのおごりで」
 それから、キャサリンはミズキの腕を引く。
「あの二人はこれからリハーサルしなくちゃいけないんで、あたしたちはお邪魔虫ですから」
「ちょ、ちょっと」
 それから、キャサリンはミズキを強引に連れて行く。
「う、うう……」
 そんな二人に大介は何も言えず、うなったままだ。
「ダイスケさん」
 でも、そんな大介にも声をかけてくれる子がいた。
 二人きりにならないと積極的にしゃべってくれない、大介のアイドル、双葉エリサ。
 大介が抱えている背広姿には不釣り合いのスポーツバックには、MHAの音響&照明セット、そして双葉エリサのコスチュームが入っている。
「う、うん。いいい、行こうか」
「はい、ダイスケさん」
 二人はそう声を交わして、中に入っていった。
 
     ◇
 
「この広さでコンサートをするんですよね?」
【思ったより小さいね】
 分館のホール室にはステージはあったが、舞台幕も控え室もない。それでも、暗幕を張り、MHAの照明セットをつけると、それなりのライブの雰囲気にはなった。
 キャサリンが何人の客を呼んでくるか、大介は聞いていなかった。ただ、それほどの人数ではないと予想した。一人で学校サボっていたヤンキー娘だし、サンダーボルト博士を自称する例のチビッ子が来るとは期待できないし。
【とりあえず、実際にやってみようか】
「服は着替えなくていいんですか?」
【それは本番までのお楽しみってことで】
 未だに大介は公式コスチュームを着て歌って踊るエリサを見ようとはしなかった。
 すでに、リハーサルということで、自分の部屋でエリサの歌を何度も聴いている。でも、それはあくまでもリハーサルなのだ。
 エリサの初めてのステージはみんなの前で。大介はかたくなにそう決めていた。
【じゃあ、その舞台の袖に隠れてて。こっちが見えないところに】
「はい、わかりました」
【うん、そこでいい。そして、イントロ前半が終わったら出てきてね】
 それから、大介は音響セットのスイッチを押す。
 オープニングナンバーは、双葉エリサのテーマ曲である『未来の物語』
 このライブのセットリストは、大介一人で決めたものではない。キャサリンが相当に口を出していた。
「基本、PPPHのある曲にして」
「ぴ、ぴぴぴ、ピーピーピーエッチ?」
 打ち合わせの電話でキャサリンはそんな要望を出した。
「ヘタレ君って、PPPHも知らないの? あんた、本当にエリサちゃんのファンなの?」
「う、うう……」
 そう言われて、大介はその単語を調べてみた。
 PPPHというのは「パンパパン、ヒュー!」というBメロのリズムパターンのことだが、エリサのレパートリーでそれが入っているのは、アップテンポの曲ばかりだった。
 大介が好きなゆっくりとした歌、例えばKマネさんの『君がいなけりゃ』には入っていない。
 このライブで大介はみんなが知らないエリサの隠れた名曲を聴かせようと考えていたのだが、キャサリンの要望はその試みを打ち砕くものだった。
 でも、キャサリンの助けがないと、エリサのライブは成功しない。そう考えて、大介は泣く泣く誰もが知っているエリサの有名曲を中心に選曲したのだ。
 そんなPPPHが入っている『未来の物語』の軽快な前奏が聞こえてくる。この曲だけは、キャサリンの要望がなくとも、大介は入れる予定だった。
 舞台袖からエリサが登場する。そして、照明の中心に彼女は立つ。ロボットだから、その動きは正確だ。
 そして、エリサは歌い始める。
 
 
 『未来の物語』
 
  始まりの音を探してた
  ドアに手をかけたままで ため息つくあなたに
  伝説や冒険を夢見て
  傷ついてるあなたの 背中を押したいから
 
  宝の地図なんて なくてもいいんだよ
  歌が響けば 世界は輝くから
 
  ビブラートを響かせて シンコペーション意識して
  あなたと出会えた喜びを歌いたい
  スタッカートは小気味よく クレッシェンドで盛り上げて
  これから始めよう 未来の物語を!
 
 
 大介は直立不動で腕を組んでそれを見る。エリサの振り真似をしたい気持ちをおさえながら。
 一番が終わって、大介はスイッチを切る。フルコーラスを聴くのは、本番になってからだ。エリサはロボットだから、緊張をほぐす必要はないだろう。
【音量はこれぐらいでいい?】
「ええ。今のがこの空間に最適化したボリュームですよ」
【じゃ、MCやってみて】
「はい。『未来の物語』が終わったあとのMCですね」
【うん】
 曲の合間のMCにも大介は力を入れていた。その文章を書くのに準備時間のほとんどをさいたといっていいぐらいに。
「皆さん、ご静聴ありがとうございました。この曲が出たのは三年前なんですけど、私にとっては、いまこのときの未来を歌いました。皆さんに、その思いが届けばうれしいです。私の願いは皆さんに未来を信じる力を、歌を通じて持ってもらうことです。かつて、魔法少女になりたかった人も、伝説の勇者になりたかった人も、そんな夢を信じられた過去にひたるだけではなく、未来にも希望が持てるように。今日は楽しんで下さいね。では次の曲――」
 エリサというロボットを通じて放たれるメッセージは、ミズキやキャサリンだけでなく、もっと多くの人に向けたものだった。自殺をしたKマネさんをはじめとしたMHAオーナーとなった人たち、あるいは、かつてエリサのファンであった人のために、大介はMCを考えた。
 このライブは、かつて大介が見た東京の駅前広場を占拠したイベントとはほど遠いものかもしれない。でも、大介は彼なりに必死で成功させようとした。
 大介は腕を組んだまま、エリサのパフォーマンスをチェックする。時計を確認すると、キャサリンの指定した会場十五分前になっていた。
【じゃあ、もう準備はOK?】
「あとは着替えるだけですよ。ダイスケさん、のぞかないでくださいね?」
【うん。準備ができたら知らせて。登場はさっきのやり方でいいから】
「はい、わかりました!」
 笑顔で答えるエリサを見ながら、大介は少し寂しい気がした。このライブのためにエリサと二人で準備をするのは楽しいことだった。だんだん、エリサとふたきりの世界で生きるのも悪くないと思い始めたぐらいだ。
 でも、大介はエリサを独り占めにしないことに決めた。
 かつて高校生の大介に生きる希望を与えたエリサが、今度は大学生のミズキに未来を与えることを期待して。
 
     ◇
 
「な、なななな、なにそれ」
 大介の前にいたのは一時間前とはまったく異なる格好をしたキャサリンの姿だった。
「どう? 似合うでしょ?」
「あ、ああああ、頭おかしいんじゃないの?」
「えー、なにそれ。あたしたちはエリサちゃん親衛隊なんだよ?」
 キャサリンはハッピを羽織り、ハチマキを締めている。キャサリンだけではない。その後ろにいる女子高生らしき五人も同じ格好をしていた。そして……。
「き、君もきたの?」
「……これはハナちゃんがムリヤリ」
 そう言ってうなだれているのは自称サンダーボルト博士のチビッ子だった。彼女にとってハッピは大きすぎたらしく、その姿に大介は笑ってしまう。
「笑うな、クロスケのくせに」
「あれ? バカクロって言わないの?」
 チビッ子の呼び方が変わっていることに大介は少し驚く。
「だってキミはこうしてイベントをやったじゃん。ハナちゃんが助けなければ何もできないヘタレだけど、その行動力はボクも認めるっていうか……」
「そう。まあ、楽しんでよ」
「チッ。やっぱりボクにはどもらないんだね」
「そそそ、それより、キャサリンは、なななな、何する気?」
「そりゃ親衛隊として盛り上げにきたのよ」
「う、うう……」
 双葉エリサのライブでは、ファンは『コール』というアクションをする。振り真似だったり、手拍子をしたり、合いの手を入れたりするのだ。そして、有名曲にはそれぞれお決まりの『コール』があり、それをちゃんとしない者は激しく非難されるという。
 実は大介がこれまでエリサのライブに行かなかったのは、この『コール』が原因だった。その一体感に憧れるよりも、失敗して冷たい目を向けられるのが怖かったのだ。
 なかには『コール』をすることが目的となって、歌をまともに聴こうとしないファンもいるらしい。
 大介はそれはライブの本当の楽しみ方ではないと思っている。エリサの踊りに魅了され、歌に聴き入ることがライブの楽しみ方ではないかと。
「なに、その不服そうな目」
「だ、だだだ、だって」
「お客さんも連れてきてやったのに、その態度はなに? あんた、エリサちゃんのプロデューサーなんだよね?」
「そ、そそそ、そうだね」
 それから、大介はキャサリンの後ろにいる女子と向き合う。
「きょ、きょきょきょ、今日は来てくれて、あ、あああ、ありがとう」
「ねえ、ヘタレさんって、エリサちゃんと手をつないだことないって本当ですか?」
 いきなり一人の女子が声をかけてきた。
「え? そ、そそそそ、そうだけど」
「うわー、本当にキング・オブ・ヘタレさんなんですね」
 なぜか、その返答で女子高生たちはもりあがっている。
「で、でででで、でも、僕は、ひひひ、ひざまくらを……」
「膝枕? ヘタレ君、まさかあんた……」
「う、うん。ぼ、ぼぼぼ、僕はエリサに、ひひひ、膝枕してもらったことが…………いてっ!」
 キャサリンチョップが大介に下される。
「あ、あんた……あたしに無断でそんなことを……」
「で、ででで、でも、イヤらしいことはぜんぜん、ややや、やってないから!」
「キャー、ヘタレさん!」
 大介の返答にキャサリンの後ろの女子高生が騒ぐ。
「ね? 言ったとおりでしょ」
「うん、聖人君子だね!」
「う、うう……」
 完全にバカにされていると思って大介はうなだれる。せっかく、今朝生まれて初めて美容室に入り、髪型をセットしてもらったというのに、それを誰一人誉めてくれないことが、大介にはやりきれなかった。
「ちょっとヘタレ君、かわいい女子高生が誉めてやってるのに、なんで暗い顔してるかな?」
「だ、だだだ、だって」
「ちなみに、みんながあんたを好意的に見ているのは、純情男子ってところだから、かんちがいしないでね」
「ど、どどどど、どういうこと?」
「つまり、あたしの友達に手を出そうなんてヨコシマな心を持ったとたん、あんたはすべてを失うってこと」
「え、えええ?」
 大介はそんなこと考えもしなかったが、キャサリンの口調の強さには恐怖を感じてしまう。
「まあ、正直言って、ヘタレ君には良いきっかけをくれたってあたしは感謝してるんだよ」
「そ、そそそそ、そんなことない。僕の方が……」
「あたしさ、今日来てくれた子たちと、一緒にダンスユニット作ろうとしたことがあったんだよ」
「だ、だだだ、ダンスってエリサみたいな?」
「うんにゃ、アイドル曲じゃなくてヒップホップのカッコいいヤツ。でも、教えてくれる人が見つからなかったから、自分たちでやるしかなかったんだ。で、ここのホール室借りて練習してたりしてたんだけどさ……ほら、女子高生って飽きっぽいじゃん?」
「ま、ままま、まあ、そうかもしれないけど」
「だからね、今回のライブが良いきっかけになったんだよ。ふたたびみんなで一緒に盛り上がれる機会の。あたしたち、とりあえず踊るのは大好きだからさ」
 そう言うキャサリンと後ろの女子高生を大介を見る。自称サンダーボルト博士をのぞいては、みんなキャサリンの言葉にうなずいているようだった。
「こ、こここ、これも、エリサのおかげなんだよね」
「うん! エリサちゃんのおかげ。ヘタレ君じゃなくてね」
「う、うう……」
「ま、あの人はこのカッコしてくれなかったけど」
 そう言って、キャサリンはあごを動かす。一人だけポツンと離れた場所に座って、ミズキは爪を噛んでいた。
「く……こんな茶番にわたしが付き合うなんて」
「み、みみみ、ミズキ」
 大介はそんな彼女に声をかける。
「なに?」
「ぼ、ぼぼぼ、僕は、ききき、君のために準備したんだ。き、君に、ええええ、エリサのファンに、ななな、なってもらいたいから」
「ふん。まあ付き合ってやるわよ。こんな単細胞な女子高生はダマせても、わたしはダマせないからね」
 そう答えてミズキは立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ、エリサちゃんのライブ、はじめちゃおうか!」
 そんなキャサリンの言葉に、女子高生たちは元気に答えた。
「ラジャー!」
「ほらほら、プロデューサーさん、さっさとお客さんを案内してよね」
「う、ううう、うん」
 こうして、キャサリンに主導権をにぎられたまま、エリサの初ライブは開場時間となった。
 
     ◇
 
 キャサリンたちは大介の指示にしたがいながらも、まるでラジオ体操をするかのように感覚を広げて配置につく。そのフォーメーションに大介はイヤな汗が出てきたが、お客様である彼女たちを止めることはできない。ただ、ミズキだけは壁にもたれて、大介の反対側に立った。
 意を決して、大介はスイッチを押す。『未来の物語』の前奏が響きわたる。
 そして、エリサが出てくる。あの公式コスチュームに着替えたエリサが、ロボットらしく確かな足取りで、照明の中央にむかう。
「う〜〜〜〜〜ハッ!」
 いきなりキャサリンが奇声を発する。それから、勢いよく身体を揺さぶりながら手拍子を始める。まわりの女子高生たちも同じ動作を始めた。
 そう、これは大介が予想していた「振り真似」や「コール」ではなかった。あまりにも動作が激しいせいでライブ会場では禁止された、伝説の「ヲタ芸」なのだった。
 手拍子をしながら身体を右左に揺さぶる、いわゆる「OAD(Over Action Dolphin)」のあと、前奏が終わる完璧なタイミングで彼女たちは叫んだ。
「未来の歌姫エリサちゅわ〜ん!」
 それからのヲタ芸の数々を大介は見守るしかなかった。
 PPPHやロマンスといった定番のヲタ芸だけでなく、『未来の物語』の公式コールである「なくてもいいよ!」や「エリサが歌えば世界が笑う!」などの合いの手はバッチリで、キャサリンたちが相当に練習してきたのが大介にはわかった。
 それでも、エリサの歌がかき消されることはなかった。リハーサルよりもエリサの声には力強さがあった。実はMHAには聞き手の反応で歌い方が変わる機能があるのだが、それまで大介は知らなかっただけだ。
 しかし、クライマックスは最後に訪れた。二番の間奏のときキャサリンは隠し持っていた二本のサイリウムをポキっと折り、それを光らせた。そして最後のサビで見せたのはヲタ芸の大技である「サンダースネイク」。その動きのキレには大介も見入ってしまったものだ。
 こうして、騒々しくオープニングナンバー『未来の物語』が終わったあと、息を切らした観客に向かって、エリサは用意されたMCを語り始めた。
「皆さん、ご静聴ありがとうございました――」
「くくく……ひゃーはっはっ!」
 ロボットの空気を読まないMCにひときわ大きく笑ったのが、壁にもたれていたミズキだった。大介はあわててリモコンでコメントを修正しようとしたが、そう簡単に言葉は浮かぶものではない。
「う、うう……」
 大介にできることは、いつもどおり情けなくうめくことだった。
 
     ◇
 
 それからもキャサリンたちはエリサの曲に合わせて踊り続けた。『未来の物語』のように完璧な振りではなかったものの、PPPHを含めた曲には決まったパターンがあり、ヲタ芸を即興的に応用させることは難しいことではない。
 それに付き合わない観客は、ミズキと自称サンダーボルト博士だけだった。チビッ子女子高生は体育座りをしてふてくされているようだが、ミズキはキャサリンたちのヲタ芸を楽しんでいるように見えた。
 これは大介の予想したものではなかった。曲の合間に挟まれるエリサのMCは、大介の思い入れたっぷりのコメントがこもっていたが、誰もまともに聞くことがなかった。キャサリンたちにとっては、息を休める絶好の機会らしく、次の曲になると復活して踊り始めるのだ。
 それでも、大介には不快に感じなかった。エリサがいたから、かつての仲間たちと踊ることができたとキャサリンは言った。それが彼女たちの望んでいたヒップホップではなくて、アイドルのヲタ芸だったとしても、とても充実しているように大介には見えた。
「――この曲を作った人にも、歌声が届けばいいな、と思うんですけど。では聞いてください。『君がいなけりゃ』」
 それでも最後の曲だけはゆずらなかった。大介にエリサの魅力を教えてくれたKマネさんが作った三拍子の曲だ。
 ピアノ伴奏だけを基調にしたそのメロディーに、さすがのキャサリンたちも踊ることはなかった。その音色にじっくりと聴き入っている。
 後奏が終わり、場は静寂に包まれる。一呼吸をおいて、エリサは語り始める。
「今日は、私のコンサートに来ていただき、ありがとうございました。私にとって、この日は特別な日でした。皆さんにとっても、この日が特別な日になりますように」
 エリサはぺこりと頭を下げて、マイクを置く。それから舞台袖に消えようとするエリサに声がかかった。
「えー、終わりなの? エリサちゃん、もう一曲!」
 キャサリンが声を張り上げる。
「そうだよ。あんな曲で終わるなんて――」
「もっと踊りたいよ、ウチら」
「誰だー! こんな曲をラストにしたやつは!」
「う、うう……」
 いつの間にか、女子高生たちは大介をにらんでいた。そして、なぜか大介に叫ぶ。
「アンコール! アンコール!」
 大介は仕方なくリモコンに入力した。
【エリサ。もう一回、『未来の物語』をやろう】
 そして、再び、エリサのテーマ曲を流そうとしたときだ。
「皆さんのアンコールにこたえる前に、ひとつお伝えしたいことがあります」
「…………え?」
 大介が命令していないのに、エリサはステージに戻っていた。
「今回のライブができたのは、あそこにいるダイスケさんのおかげです。その感謝を伝えてもいいですか?」
「いいよー!」
 無責任にキャサリンが言い放つ。
「では、お言葉に甘えてフリートークをさせていただきます。私、ダイスケさんに会えて本当に良かった。私、双葉エリサは、ダイスケさんのことが大好きです!」
 おおーっ! その声に女子高生たちはどよめく。
 大介はそれを聞きながら茫然としている。
「でも、ダイスケさんは、皆さんも知ってのとおり、ヘタレでどもりです。私が愛を向けようとすると、いつも逃げてばかりです」
「う、うう……」
 リモコンから手を離し、動揺している大介の姿をキャサリンたちは見る。そう、これは大介が命令したものではないのだ。
「だから、皆さんに協力してほしいのです。私とダイスケさんの愛の証人になってください!」
 そう言って、エリサは瞳を閉じ、唇をつきだした。まるで、結婚式の花嫁のように。
「キター! ロボットから人間の告白キター!」
「ヘタレさんのヘタレが、ついに奇跡を起こしたのよ!」
「ほら、ヘタレさん。キ〜ス! キ〜〜ス!」
 大介に向かって女子高生たちははやし立てる。気づけば、それにミズキも乗っているようだった。
 でも……。
「さ、サンダーボルト博士! 君の仕業だろ!」
「は? なんのことです? まさか、ボクがエリサにこう言わせたとでも? MHAのセキュリティは、そんなに甘くないですよね?」
 大介はチビッ子女子高生を指さしたが、相手はそう反論する。
 MHAのリモコンは、それぞれの個体ごとに専用回線が使われており、そのセキュリティは頑丈だ。もし、第三者がリモコン以外でMHAを操れるようになると社会問題となってしまう。だから、いくらチビッ子が天才だとしても、セキュリティを破ることはできないはずだ。大介の持つリモコン以外でエリサを動かせることはできないのだ。
 だから。
「リモコンの履歴見たんだ。ドクター・サンダーボルト! き、君は僕のリモコンをジャックしてただろ!」
「あちゃー、バレちゃった? クロスケにしては良い推理じゃん」
 それから、チビッ子はハッピの奥に隠しているリモコンを取り出した。
 チビッ子はそれでMHAに命令していたのではない。それを使って、大介のリモコンに命令を送ったのだ。
 もし、大介が自分のリモコンを見ていれば、すぐに気づいただろう。そうすれば電源をいったん切るなり、回線信号を変更すれば対処できる。ただ、大介はエリサの告白に動転したあまり、確認をおこたっただけなのだ。
「でも、せっかく盛り上がってるんだからさ、やっちゃいなよ、クロスケ」
「そ、そんなことできるわけ……」
「いや、これはチャンスよ。このあたしですらダマされたぐらいだから問題ないって。きっと、エリサちゃんの本心も同じだよ! あたしが保証する!」
 キャサリンまでもがサンダーボルト博士に同意する。
「い、いいい、いやだ!」
 そう言って、大介は回線信号を変更してエリサに命令を送る。
 それから鳴り響く『未来の物語』のイントロ。
「くっ……」
 キャサリンはその音に反応して踊る姿勢を整えてしまう。まるでパブロフの犬だな、と大介は苦笑する。女子高生は踊るのが大好きなのだ。
 何事もなかったように前奏の振り付けを始めるエリサに向かって、キャサリンたちは不本意そうに顔をゆがめながらも、完璧なタイミングでこう叫んだ。
「未来の歌姫エリサちゅわーん!」
 
     ◇
 
「今日は楽しかったわ。招待してくれてありがとう」
 分館の外で、ミズキは素直にそう言った。
「き、ききき、君もエリサの、ふぁふぁふぁ、ファンになれた?」
「いや、わたしは双葉エリサ教の信者になりたくはないけど」
「な、ななな、なにそれ」
「だって、アイドルって祭りの御輿みたいなものじゃない?」
 そう言って、ミズキはまわりを見る。そこにいたのは、ハッピとハチマキ姿の異様な女子高生集団だった。
「そ、そそそ、そうだね」
「わたしは御輿になんてなれっこないわ……そういう相手と張り合おうとした自分の愚かさを痛感した一日だったよ」
「ででで、でも」
「だいたい、御輿を憎むなんて罰当たりだと思わない? どもり君」
「み、みみみ、ミズキ」
 その言葉に感激して手を差しだ大介だが、ミズキはポケットに手を入れたままだった。
「とりあえず、双葉エリサが死神っていうのは撤回するわ。でも、わたしの天使じゃないってことは主張しておくから」
「う、うん」
「じゃあね。これからもロボットと末永くお幸せに」
 そう言って、ミズキは手も振らずに去っていく。
「うーん、なんかややこしそうだね、あの人」
 ミズキを見送る大介に、今度はキャサリンが声をかけてくる。
「ま、最後はハプニングがあったけどね。コイツにしちゃ良いアイディアだと思ったんだけど……」
「そうだよ、ハナちゃんが前に『人の心もわからないヤツ』と言ったから、ボク、かなり傷ついたんだよ。だから、今回は最後の最後にバシッて決める予定だったんだけど」
「まあ、あまり感心しないやり方ではあるけどね」
「それよりも、クロスケのヘタレっぷりのほうがすごかったけどね」
「だね」
 それから、キャサリンとチビッ子は笑い出す。
「う、うう……」
 笑いのダシにされた大介はうなることしかできなかった。
「じゃあヘタレ君、また、エリサちゃんのライブがしたくなったときは連絡するから」
「そ、そそそ、そうだね。今日のことは、ととと、とても感謝してる。あ、あああ、ありがとう」
「そんなことよりも、今度のライブにも協力するって約束してよ」
「ででで、でも、やるきっかけが……」
「なーに言ってるんだよ、ヘタレ君。あたしたちがやりたいんだよ、エリサちゃんのライブを!」
「え?」
「だってさ、今日、すごく楽しかったもん。だから、ヘタレ君にお願いしたいんだよ。これからも、エリサちゃんのライブをしてほしいって。あんたがプロデューサーなんだからさ」
「そ、そそそそ、そうだね」
「じゃあ、次のライブもよろしくね!」
「う、うん!」
 晴れやかな笑顔を見せて、キャサリン一行は帰っていく。
 彼女たちを見送ったあと、大介はリモコンを取り出した。
【もう出てもいいよ】
「あの、ダイスケさん……あの人たちに別れのあいさつをしなくてもよかったのですか?」
【だって、ステージであいさつしたからね。なんてったって、エリサはアイドルなんだから】
「そうですね。私はダイスケさんのアイドルですから」
【もう僕だけのアイドルじゃないよ。キャサリンたちのアイドルになったんだから。きっと、ミズキだって】
「……ええ、みんなに喜ばれることは私の幸せです」
【じゃあ、帰ろうか】
 それから、大介はエリサと歩き出す。
 このライブがミズキという子に希望を与えたのかどうか、正直なところ大介は自信がなかった。
 結局、今日のライブがなかったかのように、ミズキはロボットになれと言った男子相手に報われない愛を続けるのかもしれない。
 でも、ロボットにはなろうとしないはずだ。それはきっと、ミズキにとって良いことだと思う。
「あの……ダイスケさん。今回のライブをしてくれて、ありがとうございました」
「そ、そそそ、そう?」
「だから、一つだけ何でも言うことを聞いてあげますよ?」
「え?」
 大介は思わずリモコンの履歴を確認しようとする。でも、そこには大介が入力したコマンド以外の情報はなかった。
「今日は特別に……エッチな願いでも聞いてあげますから」
「う、うう……」
 ミズキという女の子に希望を持たせるという目的が達成された瞬間、大介はエリサに対する緊張感は消えた。
 しかも、ライブの準備期間を通じて、エリサの好感度はMAX近くにまで上がっていたのだ。
 「死にたい」と言わなくても、エリサは大介の望みに応えてくれる。思考エンジンを改造していないMHAでは、なかなかたどり着けない「TRUE END」に大介は達してしまったのだ。
 そして、この日を逃してしまえば、エリサに正々堂々と「エッチなお願い」をすることはできないことを大介は知っている。それほどのレアイベントなのだ。
「あ……」
 しかし、そんな大介の煩悶をかき消すような景色が待っていた。
 Kマネさんの歌と同じように、橋の向こうに夕日が照らす風景が広がっていたのだ。
 大介の目の前にある橋は三十メートルに満たない短いものだし、大介のアパートまではまだ遠い。でも、大介はその橋を渡るのがもったいない気がした。
【ちょっとここで休んでいこうか。コーヒーでも飲んで】
「私はロボットだから飲めませんけどね」
【でも、一緒に夕焼けを見ることはできる】
「そうですね」
 大介に許されたエリサの使用期限は残り二ヶ月。自分はエリサに何をしてやれるだろうかと大介は考える。その先に待つ別離に自分は耐えられるのだろうかと大介は思う。
 そんな大介の心情をロボットであるエリサが理解できるはずがない。エリサは大介の言いつけを守り、夕日の景色をじっと眺めている。その横顔は大介の瞳には輝いて映った。
 大介はそこに永遠の未来を見つけた。時空を超えた、永遠のきらめきを。
 それから、宵の明星が輝き始めるまで、二人、いや人間とロボットは、ずっと夕暮れの街の風景に見とれていたのだった。
 
 
    (どもり男子とアイドルロボット 終わり)