僕達の友情は儚い(8)「お、お前にソラの何がわかる?」

 
※この作品は、ライトノベル僕は友達が少ない10』の続きを書いた二次創作小説です。

 
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     (8)
 
 それは12月上旬、夜空が理科と『密約』を交わした日の放課後のことだ。
 
      ▽
 
「なんでお前こんなところにいるんだよ!」
「こんなところって……ここは私の教室だろ?」
 2年5組の教室。
 一人で本を読んでいた夜空に、血相を変えて小鷹が怒鳴りこんできた。
「夜空、生徒会の手伝いはどうしたんだよ?」
「……今日は気分が乗らないから、やめた」
「まさか、お前、日向さんの勉強を教えるのも……」
「心配するな。バカ子にはきちんと課題を与えている。その間、私は自分の時間を有効活用しているだけだ」
「それだったら、生徒会の――」
「小鷹よ、私が読んでいる本を知っているか?」
「え?」
 夜空は愛用のブックカバーを外して、その表紙を見せる。
「……なんか難しそうな本だな」
「プロ倫だ」
「ぷ、ぷろりん?」
「正式名称は『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という。著者はマックス・ウェーバー
「は、はぁ……」
「私はこのプロ倫を読むのに忙しいのだ、放っておいてくれないか?」
「……で、でも!」
「なんだ? まさか私が読んでいるプロ倫の内容にも勝る用件があるというのか?」
「今はそんな難しい本を読んでいる場合じゃないだろ、夜空!」
「ほう、私がプロ倫を読むのを邪魔するということか……」
 夜空はほくそ笑みながら立ち上がる。
「……小鷹よ、資本主義についてどう思う?」
「はぁ? そんなこと関係ないだろ、夜空」
「関係ないだと? そういってお前が見ないふりをしている間にも、経済格差は広がり、高齢者問題は深刻になり、若者の仕事離れが取り沙汰されているのだ。まあ、無知なお前にはわからないかもしれないがな」
「いやいや、そんなこと俺たち高校生が考えてもどうしようもないだろ?」
「小鷹よ、お前も愚かで無関心な若者の一人か……そんなことでは団塊世代に搾取されるだけだぞ!」
「さ、搾取って、そんな大げさな……」
「その問題を解決するべく私はプロ倫を読んでいるのだ。それに比べれは、生徒会の仕事など些細なことだ。そう思わないか、小鷹」
 と、夜空は偉そうなことを言っているが、実は『プロ倫』の内容がほとんどわかっていない。
 いちおう、文章に目を通しているものの、夜空には内容をつかむきっかけすら見えてこないのが現状だった。
 ――このウェーバーってやつ、説明下手すぎだろ。いや、翻訳者が悪いのだ。巻末の解説だって、いかにもウェーバー信者っぽかったし。だいたい、欧米知識人かぶれの「キリスト教のことは知って当たり前」っていう目線がむかつく。そもそもキリスト教自体がよくわからない。ミッションスクールに入ればわかると考えてた私が甘かった。なんだよ三位一体って。一神教にするための方便じゃないか。それよりグノーシスのほうが面白そうだよな。聖書もグノーシスの影響を受けてるとかいうし。でも、どこらへんがそうなのかくわしく教えてくれないんだよな。まあ、最大の問題はそれが現代社会と何の関係があるのかということなのだ。私がこんなことを考えたところで正直者は損をして、狡猾な悪が正義より強い社会は変わらない。小鷹だって肉が好きだし理科と仲がいいし……クソッ、クソッ。どうして世の中はこんなに不条理なんだ。そういうことをもっとわかりやすく説明してくれよプロ倫!
 そんな悪態をつきながら読んでいるのだから、当然のことながら夜空がプロ倫を理解できるはずがない。カルヴァンの『予定説』が資本主義を発展させる原動力となった理由について考察するには、夜空はまだ若すぎた。
 つまり、『プロ倫』は小鷹に自分の邪魔をさせないための夜空の盾でありハッタリにすぎない。
 夜空はそれが通用すると思っていたが、小鷹は説得をやめようとしなかった。
「……夜空、大友先輩はお前のことを誉めてたぞ。三日月さんは飲みこみが早く、仕事ができるって。できれば、これからも手伝ってほしいって」
「そ、そうか……」
 生徒会副会長の大友朱音は夜空にとって初めての「憧れの先輩」といっていい。
 姉の日向の勉強を教えるために生徒会室に入った夜空が感じたのは、内部では朱音を中心に動いているということだ。
 それでも、生徒会室を出れば、全校生徒は会長の日向がスゴいと受けとめている。朱音は日向を立たせることに専念している。
 そのやりかたに夜空が見習うところは多かった。そんな先輩に誉められたと聞いて、夜空も少し照れてしまう。
 その様子に気づいたのか小鷹はさらに夜空を問いつめる。
「幸村だってがんばってるじゃないか? それなのに先輩のお前がサボってていいのか?」
「……幸村が?」
 その言葉を聞いて夜空はカチンときた。
 小鷹が幸村について自分のことのように話すのが夜空には気に入らなかったのだ。
「幸村は葵の友達だから手伝って当然だろ、小鷹?」
「じゃあお前だって……」
「小鷹よ、お前は私と友達か?」
「……ち、ちがうって言いたいんだろ?」
「そうだ、お前と私は友達ではない。だから、手伝う理由にはならない。そもそも手伝いというのは自主性にゆだねられるものであって強制すべきものではないのだ。そして、今の私にはプロ倫を読むという大事な使命がある。わかったら、とっとと目の前からうせろ!」
 夜空はそのプロ倫を叩きつけながら言う。これで小鷹はあきらめて出ていくと思った。
「……お前はそんなやつじゃないだろ?」
「は?」
「ほら、お前って年下に面倒見がいいところがあるじゃないか。小鳩だってなついているし……だから、あの幸村が一生懸命がんばってる姿を見たら何か感じることがあるかと」
「まあ幸村ががんばっていることは認めよう。あいつは真面目なやつだ。葵もそうだ。でも、ちょっと効率が悪いと思う。昨日だって、大友先輩が私と出て行ってる間に、あいつらほとんど仕事を片づけてなかったじゃないか。あのままでは大友先輩の後を継げるのか本気で心配になってくる…………あっ!」
 思わず口をすべらした夜空に小鷹はにやりと笑って、
「そこまでわかってるんだったら手伝ってくれるよな?」
「なんだ今日はやけにしつこいな。大友先輩に頼まれたのか? うっかり大友先輩にホレちゃったのか? ヘタレでニブいくせに、ホレることだけは一人前だなお前」
「そ、そんなことはない。俺はただ……」
「バカ子の面倒はちゃんと見るぞ。あんな低脳でも私の身内だからな。だから、私は数少ない貴重な時間を『プロ倫』を読むことにあてているのだ。その過ごし方をお前にどうこう言われる筋合いはない!」
「夜空、口ではそういうけど、頭では生徒会のことを考えてくれてるじゃないか。なにを意地張ってるんだよ!」
「う…………」
 この日の昼休みに理科と話したことが、夜空の頭にはあった。
 もし、自分が生徒会の手伝いを続ければ、小鷹は安心して次のステージに進んでしまう。
 それが嫌だった。もうあきらめたはずなのに、小鷹が自分を気にせずに他の誰かと幸せになるのが許せなかった。
 だから夜空は本を読んでいるふりをしている。
「お前はそんなやつじゃなかっただろ、夜空」
「ふん、小鷹よ、お前に私のなにがわかる?」
「わかるさ。……だって、俺はソラの友達のタカだったからな」
「……い、いや、そんなことを持ち出しても、だな」
「俺の知ってるソラだったら、絶対に生徒会の仕事を手伝っていたはずなんだ。だって、生徒会ってかっこいいじゃないか。正義の味方みたいだろ? そう思わないか?」
「な、なにをいう……タ……小鷹」
 うっかり昔の呼び名を使おうとした自分を、夜空は必死で思いとどまらせる。
 そんな夜空にたたみかけるように小鷹は、
「正義の味方に憧れていたソラが、なんでこうなってるんだよ! 本なんか読んでいる場合かよ!」
「お、お前にソラの何がわかる?」
 夜空はふりしぼるように言葉にする。
「わかるさ。だって、俺たちはかつて一緒に……」
「でも、今のお前はタカではない」
「……何を言ってるんだ、夜空」
「そう、今の私たちは小鷹と夜空であって、タカとソラではない。そのことをはき違えるなっ!」
「で、でも、かつてのソラは正義感にあふれていて……」
「じゃあ、なんで私に気づかなかったのだ!」
 たまらずに夜空はそう叫ぶ。
「はあ?」
「転校してからすぐ、なぜ私がソラだと察しなかったのだ!」
「だ、だって、俺、お前のことを男子と思っていたし……」
「そ、そうだな、そのことは許してやろう。問題はその後だ! なぜ、お前はタカになろうとしなかったのだ!」
「え、あのときのこと?」
 9月1日の朝、髪を切った夜空を見て、小鷹は彼女がかつての幼なじみ『ソラ』であることに気づいた。
 その休み時間、人気のない階段の踊り場で、小鷹と夜空はこんな会話をした。
 
「これからお前のこと、なんて呼べばいいんだ?」
「――『夜空』だ。これまでどおり、夜空」
「わかった」
 
「お前がそう言ったから、俺は……」
「でも、そのあとも、肉とか、理科とか、そんな新参者にうつつを抜かしてたじゃないか? かつての友達の気持ちを知らぬそぶりで調子に乗りやがって!」
「だ、だって……それに、星奈とは……」
「あ、ああ……そうだったな」
 夜空は隣人部で唯一かつての小鷹を知っていると自負していた。その事実があるかぎり、自分は小鷹にとって特別な存在であり続けるはずだった。
 しかし、実際は小鷹と星奈は父親同士が親友で、幼い頃に会っていたらしく、なんと婚約すら交わしていたらしい。
「……小鷹よ、私のほうはいつだってソラに戻る準備はしていたのだ。問題はお前のほうにあった。お前がタカに戻る決意さえあれば、こんなことには……」
「……それは無理だよ、夜空」
 小鷹が優しく夜空に声をかける。
「あの頃とはちがうだろ、俺たちは。……それに、お前は胸とか出てきたし、きれいになったし」
「う……今さらお世辞攻撃か? 理科にでも教わったのか?」
「ち、ちがうって! だから、俺たちは昔のままじゃいられないんだよ!」
「そんなことはない! ただ、お前がタカになる決意さえあれば……」
「じゃあ、お前はなんでソラらしくふるまわないんだよ!」
「……小鷹よ、ソラらしくってなんだ?」
「ソラは正義感にあふれてかっこいいやつだった。でも、今のお前は生徒会の手伝いをせずに本を読むだけの女子になり果てている。タカじゃなくてもガッカリするさ」
「ほう、すっかりソラのことをわかった気になってるのか、このヘタレ野郎は」
 夜空は立ち上がる。身体中の血が熱くなっていく。でも、言わずにはいられなかった。
 小鷹に好かれたかったときには絶対に言えなかった本当のこと――。
「お前にいいことを教えてやろう。ソラがタカを助けた理由についてだ」
「ああ、あのとき、数人に寄ってたかってイジメられていた俺を助けてくれたのが、お前……いや、ソラだったな」
「そのときに、ソラがただの正義感でタカを助けたと思うか?」
「そうだろ? お前……いやソラはイジメを許さないかっこいいやつだったからな」
「ちがうな。だいたい、見ず知らずの少年のために、数人相手に戦おうとするなんて正気の沙汰じゃないだろ? 自殺行為じゃないか」
「いや、そんな打算的な考えで俺を助けたんじゃ……」
 ふう、と夜空はため息をつく。これ以上話してはいけない、と身体が拒否反応を起こしている。それでも、口を止めたくはなかった。
「……お前も知ってるはずだ。私とバカ子の関係を」
「あ、ああ……両親が離婚して、それぞれ別に暮らすようになったんだよな? 俺が知っているソラはアパート暮らしの一人っ子といってたけど」
「あのときの私は孤独だった……母は再婚相手のうらみ節を幼い私に吹きこむだけの女になっていた。私はそんな女と同じ性別であることが耐えられなくなった。でも、男子のふりをしたところで、相手をしてくれる友達はどこにもいない」
「ああ……だから、お前は男子として俺と友達になってくれたんだろ? わかるよ」
「わかってないぞ、全然わかってない! そんな孤独なソラが数人にイジメられている男子を見つけたとき、どう思っていたか、お前はわかるか?」
「ま、まあ、助けたあとで友達になろうとか、そういう打算的な気持ちはあったかもしれないけど……」
「ちがうな」と夜空は断言して、
「あのときのソラの頭の中にあったのは、新聞の見出し記事だ。イジメられている少年をかばおうとした正義感あふれる児童の死亡記事だ。……そう、私はあのとき死にたかったんだよ!」
「え……」
 その言葉に小鷹はひるむ。夜空はかまわず続ける。
「あのときの私にはその後のことなんて頭になかった。……死にたかったから、ヤケクソになってたから、お前を助けようとしただけにすぎない。タカは愚かにもそんな私に気づかずに、ただの正義感だと誤解したようだったがな。ハッ! これが私とお前の思い出の真相だ!」
 夜空はそう言いきったものの、胸の高まりをおさえることができなかった。自分の聖域でもあったタカとの追憶――それを踏みにじるような告白に、夜空自身も傷ついている。
「……ちがうだろ?」
「え?」
 しかし、夜空の思惑とちがって、小鷹は言葉を返してきた。
「きっかけはそうかもしれない。俺は認めたくないけどな。……でも、その後だって、ソラはタカの最高の友達だったじゃないか!」
「う……それは……」
捨て猫の面倒を見たこともあったよな。特撮ヒーローの真似事をして大ケガをしてパニックになったこともあったよな。最初に助けてくれただけじゃない。孤独だった俺に、ソラはたくさんの思い出をくれたんだ!」
(そうだよ!)
「…………え?」
(タカと友達になるためにオレたちがんばってたじゃないか!)
「な、なに?」
「どうしたんだ夜空」
「うるさい! だまれ小鷹!」
 夜空に聞こえてきた、男子ぶった少女の声。
 その言葉に夜空は耳をすます。
(……夜空。あのとき、オレたちはタカとの話題を作るために、お姉ちゃんが好きだった特撮番組をまた見るようになったり、少年マンガを読んだり、いろんな努力をしてたじゃないか?)
(……そうだな、男子になるために努力してたな、あのときの私……いや、ソラは)
(だから、タカはオレのことを認めてくれたんだ。それなのに夜空はタカとの思い出を汚すようなことを言うなんて)
(わ、悪かった)
(今の夜空だってそうだよ。過去の思い出に閉じこもるばかりで前を見ようとしない。だから小鷹に嫌われるんだよバーカ)
(う……子供のお前でもわかるのに私ときたら……)
「なあ夜空、だいじょうぶか?」
「今は会議中だ! 静かにしろ!」
 本気で心配する小鷹に夜空は怒鳴りつける。
「会議って、なんの?」
「ソラと夜空の真剣な会議だ! 部外者は口をはさまないでくれ!」
「え、なんだって?」
「やっとソラがこっちに来てくれたんだ! ジャマをするな!」
「……あ、ああ」
 小鷹を無視して、夜空は目を閉じる。
(……それに夜空、正義の味方になりたくないなんて、ウソだろ?)
(まあ、な)
(お姉ちゃんが生徒会長をしているのを見て、本当はうれしかったくせに。頼れるお姉ちゃんに甘えたかったくせに。……ま、夜空には夜空の事情があるんだろうけど、小鷹の言うように生徒会の手伝いをしてあげようよ、夜空)
(でも、そんなことをしても……小鷹はもう……)
(なーに言ってんだよ、夜空は小鷹の彼女になれなかったら死んじゃうのかい?)
(そ、そういうわけじゃないが……だけど、つらいじゃないか、小鷹が他の女子と幸せになるなんて、……私にはとても耐えられない)
(ふうん……オレのことはどうでもいいんだね、夜空)
(ソラ、お前のことってどういうことだ?)
(オレにはもう夜空しかいないんだよ。わかるだろ? だから、オレをガッカリさせないでくれよ! オレはタカと約束したんだよ、正義を忘れた大人にはならないようにって)
(それを言うなら小鷹だって、かつてのタカとは思えないぐらいにヘタレになってるぞ)
(あーもう、小鷹小鷹ってうるさいなー。そんなんだから、オレのことも忘れちゃうんだよ、夜空は)
(……そうかもな)
(いい? タカとの友情を守りたいのならば、夜空のやるべきことは一つだろ? 逃げてる場合じゃないよ)
(…………)
(オレはね、かっこよさに憧れている夜空が大好きなんだ。今こそそれを見せてくれよ!)
(……わかった)
「よ、夜空、保健室に連れて行くべきなのか? 救急車を呼ぶべきなのか? それとも精神科医を……」
 おろおろしている小鷹を見て夜空はフッとさみしく笑う。
「心配ない。脳内会議は終わった」
「なあ、それって精神的にヤバい病気なんじゃ……」
「そんなことはない! 私はわかったのだ。お前のいうとおり、ソラは今の私に失望している」
「そ、そうなのか」
「だが、安心するがいい。私はそんなソラの甘ったれた幻想に乗ってやることにした」
「ということは、生徒会の仕事を手伝ってくれるわけか。……頭の病気をかかえたままで」
「だから、病気ではないと言っているだろ! それに大事なことだから今のうちに言っておく」
 夜空は小鷹を指さす。
「私が手伝うのはお前のためではない。言うまでもなくタカのためでもない。ただ、私の中のソラがもっと輝けとささやいているからなのだ!」
「……お、おう」
「だから、私は正義の味方の真似事をしてやる。こう見えても演技力には自信があるからな。ただし、期間限定だ。……そうだな、クリスマス会が終わるまでは、がんばってみせよう」
「そ、そうか。まあ、がんばってくれ」
 
     △
 
「――ということで、私は生徒会の仕事に真面目に取り組むようになったのだ。私の中のソラが喜ぶようなかっこいいやつを演じてな。……でも、肝心の小鷹がこのことを忘れているのは困った。クリスマス会でも、私が必死で演技をしていることに気づかなかったからな」
「……ねえ理科、これって何の病気なの?」
「いちおう、ドクター林にたずねてみようと思いますが」
 夜空の独白を無視して、星奈と理科が神妙な顔で相談している。
「なんだ理科、そのドクター林っていうのは」
「ネットで有名な精神科医です」
「なっ……お前も私を精神病あつかいするつもりか?」
「まあ、日常生活に支障をきたさなければ、問題ないんですけどね、そういう病気でも」
「ふん、精神科医に私の何がわかる。……それにクリスマス会で化けの皮が剥がれたわけだし……」
「あれ? そのクリスマス会で夜空先輩は星奈先輩を助けたじゃないですか? それこそが……」
「でも、あれは正義の味方のやることではない。正義の味方というものは、言うなれば人類全体の幸福のために動いているスゴいやつなのだ。……認めたくないがバカ子のように」
 あのとき夜空は激情にかられていて周囲が見えていなかった。だから言葉をとどめることができなかった。
 夜空はそれこそが正義感だと思っていたが、まわりを敵に回す正義はきっと通用しない。これまでも、これからも。
「……だけど、あたしはうれしかったわよ、夜空」
 星奈がぽつりと言う。
「そ、そうか」
「だから、友達として認めてやったんだし」
「ああ、そして私は気づいたのだ。どうやら私はみんなを幸せにするよりも、近くの知ってる者だけを幸せにすることしかできないスケールの小さなやつだということに。……生徒会を断ったのもそんな自分の限界を知ったからだな」
「いいじゃないですか、そんな夜空先輩のほうがかっこいいですよ。理科だって天才的な頭脳で画期的な大発明をして人類の平和に貢献していますが、個人としてはBL好きの腐女子にすぎないわけで」
「お前、そんなたいそうなものを発明していたっけ?」
「そうなんですよ夜空先輩。例えば理科の発明した『全自動カブトムシ飼育箱』なんてですね、カブトムシ界に一石を投じた大革命であって、あのラジコンピッチャーからも感謝のメールが届くぐらい……」
「……つまり、夜空が復活したのは、小鷹がお節介を焼いたせいなんだよね」
 理科の自慢話をさえぎって、星奈がぽつりと口に出す。
「まあ、結果的にはそうだな。あまりあいつは役に立ってなかったが」
「じゃあ、そんな小鷹がなんであたしにあんなことを言ったの?」
「う……」
「ねえ夜空、どうして小鷹はあたしじゃダメだったのかな?」
「そ、それは……」
 ――ガチャッ。
 そのとき、部室のドアが乱暴に開く。
 夜空だけでなく、星奈も理科も一斉に入り口に目を向けた。
 そこにいたのは。
「やっとババアの魔の手から逃れたぞ、お兄ちゃん! ……あれ? お兄ちゃんいないのか?」
 あまりにも場違いな発言をするシスター服を来た10歳少女の姿だった。
 
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