僕達の友情は儚い(11)「チョロすぎるぜ、マリア先生」

 
※この作品は、ライトノベル僕は友達が少ない10』の続きを書いた二次創作小説です。

 
初めから読む
 


 
     (11)
 
 理科は椅子の上に体育座りになって膝に顔を埋めている。
「…………ちぇっ」
 まるで少年のような幼い舌打ちを鳴らす。
 抱き合って泣いている二人の先輩の姿を理科は直視することができなかった。
(……ちくしょう、僕にも百合属性があったらなあ……腐女子の僕が見ても萌えることはできないし……うぅ……こだかぁ……会いたいよぉ……)
 理科は声に出さずに泣いている。
(……こだかぁ……見捨てないでよ……僕を一人にしないでくれよ……僕たち友達だろ……こんなときこそ、なぐさめてくれるのが友達だろ……こだかぁ……うぅ……)
「理科、オマエももらい泣きしてるのか?」
 そんな彼女を揺さぶる幼い声がする。
「ま、マリア先生? ……そ、そんなんじゃありませんし!」
 急いで涙をぬぐおうとする理科に、マリアは得意げな口調で言った。
「ごまかしたって無駄なのだ。意外と涙もろいヤツだったのだな、理科は」
「そ、そういうマリア先生だって……」
 理科はマリアの顔を見る。もらい泣きこそ子供の特権であるはずだった。
 でも、マリアは平然としている。
「泣いてない、……ですね」
「ワタシは涙を見るのは慣れてるからな」
「そういえば、聖職者でしたね」
「まだ見習いだけどな。ババアに連れられて、いろんなミサに参加しているから、悲しみに包まれた人をいっぱい見てきたのだ」
「なるほど、意外と宗教って役に立つんですね」
 無神論者だった理科にとって、この場でのマリアの落ち着きは予想外のものだった。
「当たり前なのだ。こういう涙の場面でも冷静でいるのが、神様の仕えるシスターの役目なのだ」
「……でも、星奈先輩の涙は、神の力でも止められないんですよね?」
 理科は意地悪くそう言ってみる。
「それは仕方ないことなのだ。人間は罪深い生き物だからな。だけど、神様は悲しみを涙で流す力を人間に与えてくださったのだ」
 マリアはよどみなくそう答える。
「このまま泣いたところで、星奈先輩が救われるとは思えないんですけど」
「でも、明けない夜はないし、やまない雨はないのだ。生きてさえいれば、いつかは星奈も悲しみから抜けだすことができるのだ」
「……じゃあ、神って何のためにいるんですかね?」
「神様は正しい道を照らすゆるぎない光なのだ。涙をふりきったとき、きっと星奈にもその道が見えるはずなのだ。神様に仕えるシスターができることは、その道へと導くことなのだからな」
「……へえ、マリア先生もそれなりにいいことを言うんですね」
「それなりとはなんだ! それなりとは!」
 マリアは不服そうに頬をふくらませたあとで、
「それはそうと、やっぱり今日はお兄ちゃんは来ないのか?」
「はぁ?」
 理科はマリアの質問に間の抜けた声を返す。
「まあ、今日はこういうことがあったからな。また明日かー。仕方ないなー」
「……あのうマリア先生、明日もあさってもそのあとも、小鷹がここに来ることはないんですけど」
「あはははっ! なにを言っているのだ理科! お兄ちゃんが幸村と付き合っても、ここに来るには問題ないではないか?」
「ま、まさか……そんなことすら考えずに偉そうなこと言ってたんですか……」
 理科は机の上にあったプリントをマリアに差し出した。
「マリア先生、これを見てください」
「……た、退部届? な、なんなのだ、これは……ギャー! お兄ちゃんの名前が書いておるやんけ! これは何のイタズラなのだ? 悪魔か? 悪魔の仕業か?」
「あなたのいうお兄ちゃんの直筆ですよ」
「……つまり、どういうことなのだ?」
「小鷹は二度とここには来ないということです。退部したので」
「で、でも……ワタシのために弁当を作ってくれたりとか、そういうことはあるんじゃ……」
「顧問じゃなくなったマリア先生に、小鷹が弁当を作る必要があると思いますか?」
「な、なんでだ? ……だいたい、顧問であるワタシの許可がなければ退部できないはずなのだ! こんなこと、ワタシが絶対に許さないぞ!」
「いや、許可しようがしまいが、小鷹が自分の意志でやめたんですから、来るわけないじゃないですか」
「そ、そうなのか? ……つまり、ワタシはお兄ちゃんのお弁当をもう食べられないということか……」
「あれえ? マリア先生は小鷹には餌付けされてないって言いませんでしたかぁ?」
 理科の意地悪い声にマリアは反論すらしなかった。
「……明日からワタシは何を頼りに生きていけばいいのだ……」
「なに言ってるんですかぁ? こういうときこそ、神の光を頼りに歩いていけばいいじゃないですかぁ?」
「でも……お兄ちゃんに頭をなでなでしてもらえない世界なんて……ぐすっ……」
「マリア先生、だいじょうぶです! 『明けない夜はないし、やまない雨はない』んですから!」
「びええええええええん!」
「あはっ、やっぱり泣いちゃいました?」
 思わず笑みを浮かべた理科に、マリアは泣きながら駄々をこねた。
「イヤなのだ! イヤなのだ! ワタシはお兄ちゃんにもっと甘えたいのだ!!」
「でも、マリア先生は小鷹の妹じゃないし」
「そんなことないのだ! ワタシはお兄ちゃんの妹なのだ! 妹じゃなかったら、ワタシはなんだというのだ!!」
「赤の他人です」
 理科は即答する。
「そ、そんな……びええええん! お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」
「……ふっ、所詮は幼女。チョロすぎるぜ、マリア先生」
「おい理科、いったいこれはどういうことだ?」
 泣きじゃくる星奈をなだめていた夜空が、場の異変に気づく。
「マリア先生に現実を教えてやっただけですよ、夜空先輩」
「これ以上事態を厄介にしてどうする? 相手は幼女なんだから、うまくごまかせばよかっただろ? しばらくの間、夢ぐらい見せてやれよ」
「理科はそういうサンタ系のウソは嫌いですので。合理的な性格ですから」
「ったく、これだから理系女子は! なんでも証明すれば解決すると思ってやがる!」
「理科は国語の問題みたいな作者の気持ちを考えろみたいなのが大っ嫌いなんですよ。だいたい、マリア先生は子供のくせに調子に乗りすぎたんですよ。なーにが『明けない夜はないし、やまない夜はない』ですか。そんな言葉、何の助けにもならないことを思い知らせてやっただけです!」
 理科はそう主張してみたものの、さすがに泣き声が二つになったのは耳ざわりだった。
「びえええええん! お兄ちゃん!」とマリア。
「うわああああん! こだかぁぁ!」と星奈。
「ええい! ここは野戦病院か!」と夜空。
 そのたとえに理科は首をかしげる
「なんですか、その野戦病院って」
「こいつらの泣きわめいている様子を、戦場の病院と同じぐらい騒がしいとたとえてみたのだが」
「いや、そういうことじゃなくて……なんでそういう表現が出てきたのかを聞きたかったのですが」
「ああ、最近読んだ小説のなかで出てきて印象に残ったからな……ついつい使ってみた」
「さすがパクリの女王ですね、夜空先輩」
「いいではないか、気に入った表現はすぐに使う。そうすることで忘れないように記憶されるのだ。そもそも、芸術というものは模倣から始まったもので……」
「びええええええん!」
 そんな夜空の芸術論もたちまちマリアの号泣で消されてしまう。
「って、ムダ話をしている場合じゃないな。ちょっと待ってろ。マリアにポテチを与えてやれば…………うっ!」
 思わず立ち上がろうとした夜空を引っ張る強い力。
「よぞらぁ、手ぇはなさないっていったよね? ひとりにしないでよぉ、夜空!」
「ちっ、この傷心肉が!」
 夜空は星奈に舌打ちしながらも、抱きしめる手に力をこめる。
「……ということで理科、そこの棚にあるポテチを適当にマリアに与えてやれ」
「それで泣きやみますかね?」
「ああ、泣いている幼女は腹一杯にさせるのが鉄則だ。そうすりゃいつかは寝る!」
「……それって、赤ちゃん対処策のような気がするんですが」
 理科はそう答えたものの、ほかに案があるわけではない。
「はいはーい、マリアちゃんの大好きなポテチですよー」
 しかし、マリアは理科の手を払いのけた。
「イヤなのだ! お兄ちゃんのタコさんウィンナーじゃないとダメなのだ!」
「くそ! 小鷹のやつが甘やかしたばかりに!」と夜空は唇をかむ。
「……で、夜空先輩、どうしましょう?」
「仕方ない。こいつの友達を呼ぶしかないだろう。泣いている者をなぐさめるのは友達の役目だからな」
「それって、こば――」
「理科、その名前を口にしたらダメだ!」
 小鳩の名を出そうとした理科を夜空がさえぎる。
 そして、視線を星奈に向けた。
 それは『パンドラの箱』なのだ。
 その名を出せば、たちまち星奈は豹変し、ただでさえ始末に終えないこの状況がどうしようもなくなる可能性がある。
「そうですね、名前の出せないあの人がいれば、なんとかなるかもしれません。でも……」
「理科よ、私はあいつはここに来たがっていると思うのだ。もしかしたら、私がそう信じたいだけかもしれないが……」
「でも、名前の出せないあの人がこの部に入ってきたのは、名前の出せないあの人の兄がいたからですから……」
「そう決めつけるのは、あいつに電話をしてからだ……おい肉、電話をするからちょっと離れろ……ああだいじょうぶ、手は放さないぞ、貴様が泣きやむまで私はどこにも行かないからな……っと」
 夜空は片手で器用に携帯電話を取り出して、小鳩への短縮ダイヤルを押す。
 チャーチャーチャラララー♪
 近くから曲が聞こえてくる。
「……これって『くろねく』二期のエンディグテーマじゃないですか?」
「おお、理科もわかるのか?」
 くろねく――正式名称『鉄の死霊術士』というアニメは、その独特の世界観から熱狂的なファンがいる。
「……ていうか、これ、こば……」
「そうだ理科、この着メロこそがすめ……」
 その『くろねく』に触発されて『レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌(すめらぎ)』と名のっている女の子こそが、二人が諸般の事情により名前を出せない子のことだ。
 ――ダダダッ!
 部室のドアの向こうで足音がする。それとともに音色が弱まっていく。
「まずい理科! 今すぐ追いかけてくれ!」
「……理科が、ですか?」
 思わず理科はたずねる。
 小鳩にダークナイトとして慕われている夜空に比べれば、理科には小鳩との接点がまるでない。
 小鳩を追いかけたところで説得する自信なんて、理科にはなかった。
「ああ頼む。このときを逃せば、あいつは二度とここに来れないかもしれない」
「そうですね……」
 理科は星奈と手をにぎり続けている夜空を見る。
 夜空には星奈がいるし、小鳩もいる。
 それなのに、今の理科には誰もいなかった。
 でも、理科には夜空の気持ちが痛いほどわかる。
「わかりました!」
 そう言って、理科は部室から飛びだしていった。
 
続きを読む