僕達の友情は儚い(10)「友達だから、できること?」

 
※この作品は、ライトノベル僕は友達が少ない10』の続きを書いた二次創作小説です。

 
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     (10)
 
 讃美歌を歌い終えたマリアは、充実感に満ちた瞳で聴衆の様子を見る。
 夜空と理科がヒソヒソ話をしているのは不快だったが、星奈が真剣に聴いてくれたことにマリアは満足した。
「……うぅ……ぐすっ……」
 その結果、星奈は嗚咽をもらしている。これは、マリアにとって自分の歌に感動してくれたということだから、喜ぶべきことだった。
「うん、星奈は見こみがあるぞ! それに比べて、オマエら二人はなんだ? この曲をちゃんと聴けば、フラれたばかりのオマエらも敬虔な気持ちになるはずなのに! お兄ちゃんに捨てられたカスのオマエらでも、神様を信じる気持ちを失わなければ……」
「……こだかぁ……みすてないでよぉ……」
 目が宙をさまよいはじめた星奈に夜空がかけよる。
「おい、落ち着け肉。あんな曲はただのプログラミングにすぎないんだ……理科によれば」
 しかし、そんな頼りない夜空の言葉は星奈の耳には届かなかった。
「……こだかぁ……こだかぁぁぁ! うわあああああん!」
 堰を切ったように、星奈は泣き叫ぶ。
「あちゃー、完全にスイッチが入っちゃいましたね」と理科。
「このクソ幼女のせいでな」と夜空はマリアをにらむ。
 それでも、マリアは平然としている。
「だって、泣かせたということは、ワタシの歌に感動したということだから、大成功じゃないのか?」
「うわああああん! こだかぁぁ! こだかあぁぁぁ! こだかああぁぁぁぁぁ!」
 星奈の号泣は止まらない。
「……こいつは無理しすぎていたのだ」
 夜空がぽつりと理科に言う。
「身体中に矢を受けながらも、こいつは部室にとどまっていた。……その苦しみがわかっていながら、こいつを家に帰さなかった私は――友達失格なのかもしれない」
「そんなことありませんよ。星奈先輩は自分が納得するまで意地でも帰らなかったと思います。星奈先輩はそういう人ですから……」
「……そうだな、こいつは強い。ただ、その強さゆえにより深く傷ついてしまったのだ。私のように自分の妄想に逃げこむことができずに、現実を受けとめようとしたばかりに……」
「……で、どうします? 夜空先輩」
「どうするって……」
 夜空は理科の言葉にうつむく。
「この理科だって相当無理してここにいるんですよ? できれば、星奈先輩の同じように泣きわめきたいぐらいなんですから。……もう、星奈先輩が泣きつづけるのを見ることに僕は耐えられない、と思います」
「そ、そうか」
「そうかって、夜空先輩?」
 ハッキリしない夜空に、理科は荒々しく叫んだ。
「あんた星奈先輩の友達じゃねえのかよ! え?」
「ま、まあ、そうだが……でも」
「でも、ってなんだよ、でもって! え?」
「だ、だって、さっきみたいに……『同情するな』って言われたら……」
 弱々しい夜空のつぶやきに、理科の怒りはおさまった。
「……夜空先輩、こういうときこそ、友達だからできることがあるじゃないですか?」
「友達だから、できること?」
「ええ、手をにぎってあげるのですよ。そして言うのです。『君はひとりじゃない』って」
「そ、それって……恋人がやることじゃないのか? 私と肉は女子同士だし、そんなこと……」
「なーにを言ってるのですか、夜空先輩」
 理科はあからさまにあきれてみせる。
「失恋した友達をなぐさめてあげることこそが友情ではないですか? 恋人とは別れても友達とは別れることはない。だからこそ、夜空先輩は友情を大事に考えてるんじゃなかったんですか?」
「そ、そうだな……で、手をにぎって『泣くな、泣くな』とあやしてやればいいのか?」
「いやいや泣いている友達に『泣くな』は禁句ですよ。『泣いてもいいんだよ』と優しくささやいてあげるんです。友達というのはどんなときでも味方だって、夜空先輩言ってたじゃないですか?」
「ああ、私はそんな友達が欲しかったのだ! 悲しみによりそってくれる、決して裏切ることのない友達が!」
 理科の言葉に導かれて、夜空は号泣する友達を見る。
 かつて、親友を探し求めていた自分。小鷹と再会し、友情を取り戻そうとした自分。その試みは失敗に終わった――はずだった。
 でも、そうではなかった。今こそが、三日月夜空の真価が問われるときなのだ。
 夜空は気づく。もう逃げるわけにはいかないと。
「ありがとう理科。私は大事なものを失うところだった」
「そんなお礼はいいですから、早く星奈先輩を……」
「いや、一言いわせてくれ。私はお前を見くびっていた。私よりも友情のことをそんなに考えていたとは知らなかった、それというのも…………あっ!」
 夜空は理科を見る。その瞳は涙をたたえながらも笑っていた。
「お、お前は……必死で小鷹と友達になろうとがんばってたのに……こんなときこそ、友達の助けが必要なのに……」
「夜空先輩、そこまでわかっているのなら、星奈先輩をなぐさめてあげてくださいよ。……僕は小鷹と友達になる道を選んだのだから……後悔してないです」
「わかった」
 それから、夜空は星奈に近づく。
「こだかぁ! こだかあぁぁ! うわああああああん!」
 星奈は泣いている。
 夜空は一瞬ひるんだものの、その肩に手をかけた。
「肉よ、泣くな、泣くんじゃない」
 思わずそんな言葉が口から出てしまう。
「うわああああああん! こだかぁ! こだかあああぁぁぁ!」
 星奈の泣き声は変わらない。
「……夜空先輩、なにしてるんですか?」
 夜空の背後から後輩の冷たい声が聞こえてくる。
「いや、いつものクセというか……ついつい言ってしまったというか……」
「夜空先輩?」
「あ、ああ……ほら、肉。手を貸せ」
 夜空は星奈の手を強引に動かして、自分の手と重ねる。
「うわあああああん! …………っ!」
 そのぬくもりに星奈は少しだけ嗚咽を止める。
「いいか肉よ、ちょっとだけ話を聞いてくれ」
「なによ! あんたになにがわかるっていうの? ほっといてよ! ひとりにしてよ! あたしのジャマをしないでよ!」
 泣き顔で訴える星奈から、夜空はもう逃げなかった。
 つないだ手を、さらに強くにぎる。
「私は貴様の悲しみの深さを誰よりもわかっているつもりだ……星奈」
「…………よぞら?」
 いつもとちがう夜空の呼び方に星奈は静まる。
「星奈、よく聞け。さっきあのクソ幼女が、貴様の小鷹への愛が足りないとか言っていたが、あれはウソだ。貴様がどれだけ小鷹を愛していたのかは、私が一番よく知っている……だから、あんなバカげた告白をしたのだろ?」
「……うん、そうなの。小鷹のことが大好きだから、つい言っちゃったの。……でも、そのせいで……」
「今もそうだ。貴様は私や理科とちがって、小鷹の悪口を一言もいわなかった。こんな状況になってもだ。……それは、小鷹が嫌いになれないからだろ?」
 夜空は気づいていた。あのような電話を受けたのに関わらず、その後も星奈が決して小鷹を責めようとしなかったことを。
「そうよ! あたし、小鷹が嫌いになれないのよ! あんなひどいことをされたのに……嫌いにならなくちゃいけないのに……今でも好きで、好きで! どうしようもないのよ!」
「……そうだな。あいつにはいっぱい良いところがある。だから……私もあいつが好きだった……貴様だってそうだろ? 憎もうとしているのに、楽しかったときの思い出しか頭に浮かんでこないのだろう?」
「うん……小鷹が優しくしてくれたことや……好きだって言ってくれたこと……忘れなくちゃいけないのに……忘れたいのに!」
「星奈、そんな大事な思い出を忘れちゃダメだ。それに……忘れたふりをしたところで、心から消えることはないからな」
「じゃあ、どうするのよ! 忘れなければ、あたし、どうやって生きていけばいいのよ!!」
「……星奈、私はそのとき自分が小鷹に値しない人間だと思いこもうとしたのだ」
 12月はじめ、夜空は失踪騒ぎを起こしたあと、部室でこんな自虐発言を繰り返していた。
 
「私はもう! 堕ちるところまで堕ちた! どん底だ!!」
「今の私は、ヘドロの底を漂うみじめなボウフラにも劣るうんこだ!」
 
「……私は自分が最低女子であると何度も表明することで、その悲しみから逃れようとした……それは他者から見れば痛々しかっただろう……迷惑きわまりなかっただろう……でも、それは私の自己防衛だったのだ……私はそうせずには生きることはできなかったのだ。……こうして、私は悲しみから抜けだすことができた。……まあ、今でも心が痛むことはあるけどな」
「……でもあたしは!」
「ああそうとも。貴様はそんなことができまい。貴様は自分が大好きだからな。自分が小鷹の彼女に値しないと思いこむなんて、貴様には死んでも無理だ。……だから、貴様はその悲しみから逃れることができないのだ……」
「…………じゃあもう……死ぬしかないのかな、あたし」
「馬鹿っ! 冗談でもそんなことを言うんじゃない!」
 夜空はつなぐ手に力をこめて星奈を見る。
 星奈はそんな夜空を鋭い眼光でにらみ返した。
「冗談じゃないわよ! だって、あたしは小鷹が大好きだし! でも、小鷹はあたしの彼女にはならないし! 幸村をどうかしたって、その愛を奪うことはできないし!! ……もうダメなの……どう考えても無理……こんなのもう耐えられない……それならばいっそ――」
「友達の私を放って死ぬなんて許さんぞ、星奈!」
「………………よぞら?」
「貴様は私にはもったないぐらい優しい友達だ。あのとき……誰もがこの部室から逃げだしたときも、貴様はここに残ってくれたよな? もし、貴様までもいなくなってしまったら、このような私の居場所は残されていなかったのだ。……そして、貴様が小鷹との関係を我慢してくれたのは、私のためでもあったのだろう? ……その思いがたとえ小鷹に届かなかったとしても……私には届いている」
「でも……でも、あんたに小鷹の代わりなんて!」
「わかってる! だけど、貴様はこんな私を信じてくれた! ……かつて、私は貴様さえ消えてしまえばいいと言った。貴様がいるから小鷹と一緒になれないと思いこみ、何度も憎んだ。それでも、貴様は言ったらしいじゃないか? 『夜空がいなくなったらいいと思ったことは一度もない』と」
「そ、それは……あんたがいてくれたほうが楽しいってことで……そんなに深い理由なんて……」
「だが、それが生きるということではないのか? 私は貴様だけではなく、何度もこの世界を憎んだものだ。なぜ、この世界は私の思い通り動いてくれないのかと。……しかし、私たちはそんななかで生きていかなくてはいけないのだ」
「イヤよ! あんたがそんな生き方に満足しても、あたしは絶対に認めない! あたしを誰だと思っているのよ!」
「ああ、貴様は誇り高き柏崎星奈だ。だから、私ができるのはこうやって……」
「………………あっ!」
「貴様を抱きしめてやることしかできないのだ……わかるか、このぬくもりが……死んでしまえば、これを失ってしまうのだ……星奈、そんなこと、私が絶対に許さない!」
「……でも……でも!」
「星奈、貴様は必死で自分の愛を貫こうとした。その愛は、たとえ世界中の誰もが認めなかったとしても、私が認めてやる……だから、生きてくれ! このぬくもりを消さないでくれ!」
「……でも、小鷹と結ばれない世界なんて……」
「星奈、友達の私を見捨てて死ぬというのか?」
「わからない! わからないのよ! あたし、どうすればいいのよ、夜空!!」
「……私にもわからない……私にもどうすることができない……星奈よ、貴様はその強さゆえに、私のように悲しみから逃れることができず、失恋の痛みと向き合わなければならない……つらいだろうな……でも、私は裏切らないぞ。貴様が生きているかぎり、ずっとそばにいてやる……だから、泣け! 泣くしかないのだ。思いぞんぶん泣くがいい……私ができるのは、その涙を受けとめることだけなのだから」
「……よぞら……よぞらぁぁ……」
 それから星奈は再び泣き始めた。
「うわあああああああああああん!!」
 でも、それはみじめではなく、哀れでもなく。
 星奈は友達の夜空に抱かれながら、初恋に破れた悲しみを流し続けていた。
 
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