【若干P】「たくろく!」 ―ひとり宅録バンドの全国デビュー秘話【KNOTS】
人気アニメ「けいおん!」を見て、少なからずの人がこう思っているはずだ。
「ケーキ食べてるばかりで、音楽の話が全然ないじゃん!」
そんな「かわいいが正義」の「けいおん!」に対抗すべく、一人の宅録ミュージシャンが立ち上がった。
彼の名はKNOTS(ノッツ)
山口県に在住しながら、「宅録ひとりバンド」による活動を行っている。
「宅録」とは「ひとりで自宅で多重録音」の略である。
パソコン内での作業が中心の「DTM(ディスクトップ・ミュージック)」と違い、楽器の多くが「生演奏」であることが、宅録ミュージックの魅力である。
そんな「宅録ひとりバンド」ノッツさんが描いたシャーペン4コマ作品が「たくろく!」である。
動画のBGMを聴いて、浅井健一(BLANKEY JET CITY)を思い出す人がいるかもしれない。
もちろん、歌っているのは、KNOTS本人。
ボーカルだけではなく、カッティングのきいたギターサウンドの心地よさが、KNOTS作品の魅力である。
そのノッツさんが描いた「たくろく!」は全40話のうち、10話がpixivで公開されている。
→「たくろく! 1話〜5話」 - pixiv
→「たくろく! 6話〜10話」 - pixiv
せっかくなので、その一つを無断転載。
バンドを組む友達がいない我々にとっては、時々「けいおん!」の世界は、眩しすぎて、やりきれなくなるものだ。
そんなときは、この「たくろく!」を読めば、心が休まるのではないかと思う。
→「たくろく!」購入ページ 【とらのあなWEB】
さて、このKNOTS(ノッツ)という宅録ミュージシャンは、山口県で地道に活動をしていたが、pixivとニコニコ動画の人気のおかげで、全国デビューまで果たしてしまった人である。
今回は、そんなノッツさんの全国デビューに至るまでの流れを紹介してみよう。
(1) 四つ打ちリズムと初音さん
彼は、ニコニコ動画では、KNOTSというよりも、「若干P」の名称がよく知られている。
「ボーカロイド」初音ミクによる楽曲発表で、多くのファンを獲得したのだ。
その代表曲のひとつが「アイシンクアイシン」
DTM中心だった「初音ミク」関連楽曲の中で、確かなギターの技術があるノッツさんこと「若干P」の作品は、初音ミクファンには新鮮に聴こえたのだ。
↑ワウペダルを踏んでギターをかき鳴らす初音ミクが見られるのは若干P作品だけ!
この味があるアニメもまた、ノッツさんの自作である。
もともと、ノッツさんが注目されたのは、その楽曲よりも、pixivで公開された「シャーペンマンガ」にあったのだ。
その中で、「四つ打ちリズムと初音さん」は、彼がボーカロイドによる楽曲発表をする契機となった、重要な作品である。
→「4つ打ちリズムと初音さん」 - pixv
一部、その内容を無断転載してご紹介。
↑やけに卑屈な「初音さん」と、いい人っぽい「宅録さん」
↑ずいぶんと不遇な扱いを受けてきた「初音さん」
今度こそは、自分の才能を生かすことができると期待していたが
↑なんと「宅録さん」はマック使いであったのだ。「初音さん」はマックに非対応なのである
(実は、ニコニコ技術部から、マックで「初音ミク」を動かせる「MikuInstaller(ミクインストーラー)」というフリーソフトが公開されているんですけどね)
↑それでも、歌うために生まれてきた「初音さん」にとって、「宅録さん」の作る曲の素晴らしさは、語らずにいられないものだった
↑ついつい卑屈になる「初音さん」に、あたたかい言葉をかける「宅録さん」
↑だが、「宅録さん」が「初音さん」を購入したのは、友人からの曲の依頼があったからだった。
締め切りがせまり、「初音さん」を歌わせる環境が整わないこの状況で、「宅録さん」は知人女性にボーカル録りを頼むことになる。
↑その後輩の女性のことを、ウダウダと説明する「宅録さん」
そんなに気をつかわなくていいのに、と思う「初音さん」
↑その後輩の女性は、「かわいい」声質の持ち主だが、歌はうまくなかった。
歌うために生まれてきた「初音さん」にとって、うまくない人が歌っていることは、良い気持ちがするものではなかった。
↑もちろん、そんなことは「宅録さん」も承知。
「Melodyne」を使って修正される歌声を見て、もしかして自分は必要ないのでは、と危機感を覚える「初音さん」
↑こうして「Melodyane」で修正されたボーカル曲は、ネットで大評判。
次の曲も後輩女性がボーカルを担当することになった
↑どんどん傍観者になっていく「初音さん」……
と、かわいそうな初音ミクを描いた「四つ打ちリズムと初音さん」は、pixivで大評判となった。
それは、わかりやすいタッチの画風や、切なさ全開の作風だけではない。
宅録描写の細部にリアリティがあったからこそ、読者に感情移入させることに成功したのだ。
しかし、作者のノッツさんは、この人気にかなり焦る。
なぜなら、ノッツさんは、初音ミクのことをほとんど知らずに、このマンガを描いたからだ。
後に書かれた「CDデビュー誕生秘話マンガ」によると、実はかなり不純な動機で、この「四つ打ちリズムと初音さん」を描いていたらしい。
しかし、悪い人にはなりきれないノッツさんは、このマンガの評判で、ボーカロイド「初音ミク」を購入することを決意。
そう、ノッツさんが若干Pとなったのは、pixivでのマンガ「四つ打ちリズムと初音さん」での反響がきっかけだったのである。
(2)テレパステレパス
CD全国デビューアルバム「ヘルメンマロンチック」の販促として描かれた四コママンガでは、そんなノッツさんの音楽遍歴が描かれている。
→ヘルメンマロンチック特設ページ - ノッツクリーム
それでは、無断転載で、CD全国デビューに至るまでのノッツさんの足跡を簡単にご紹介。
↑趣味で描いたマンガの評判の良さに、ノッツさんは自我崩壊寸前だった
↑何度もこう言い聞かせるノッツさんだったが
↑ついに、ヨコシマな思いつきで「四つ打ちリズムと初音さん」を描いたしまったせいで
↑ボーカロイド「初音ミク」を購入してしまうことに
すでに、自主制作CDを出していたノッツさんは、自作品からボーカロイド「初音ミク」に歌わせるにふさわしい曲をチョイスする。
アニメによるPVをつけて公開したところ、これがまた、大ヒット。
↑先に紹介した「アイシンクアイシン」は、自主制作盤では、まったく注目されなかった不遇の曲。
しかし、ロックサウンドが足りなかったボーカロイド界隈では、大評判となり、むしろ、不安で眠れなくなったノッツさん。
こうして、ノッツさんは、ニコニコ動画で「若干P」として知られるようになったが、あくまでも、ボーカロイドによる作品発表は、一時的なつもりだったらしい。
↑KNOTS名義の活動では、ニコニコ動画の評判を無視しようしていたのだが
↑ミュージシャンとしての欲望が、ノッツさんをボーカロイド業界に引き寄せてしまう
↑そんなこんなで、とある企画に参加して、一曲作ってしまったノッツさん
それが、「捻れたアヒル」による企画盤「アヒルアルカナ」に収録された、この「テレパステレパス」
女の子の嫉妬を、パワフルなギターサウンドできかせた、この曲は大ヒット。
公開から二日後には、マイリスト総合ランキング3位にまでのぼりつめてしまう。
それまで、ノッツさんこと「若干P」に注目していた人たちも、その楽曲が過去の自主制作盤の使い回しが多かったことから、評価をひかえていたところがあった。
しかし「テレパステレパス」は納期どおりに、テーマに合わせた新曲で、それまでの期待を裏切らないサウンドを聴かせてくれたのだ。
この作品で、ノッツ株は急上昇。
そして……
↑まさかのCD発売の提案に、ノッツさんもビックリ!
その提案は、ボーカロイド作品を精力的に発売している「LOiD」によるものだった。
→LOiD公式サイト
「LOiD」はインディーズシーンではなく、全国流通で商品を発売しているレーベルである。
つまり、ノッツCDを全国のCD屋で販売するということだ。
↑よく考えなくとも、こんなチャンスめったにない、とCD全国発売を決意したノッツさん
↑しかし、「LOiD」担当者の思惑に反し、あまり前評判が高くないノッツさんCD
↑それでも、こんなことを言ってしまうのがノッツさんクオリティ
こうして、平日はフツーに仕事をしているノッツさんが、空いた時間をフルパワーに使って、何とか仕上げたのが、こちら。
- アーティスト: KNOTS
- 出版社/メーカー: HATCH
- 発売日: 2009/11/25
- メディア: CD
- 購入: 6人 クリック: 98回
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この「ヘルメンマロンチック」は、これまでの自主制作盤に収録された楽曲を撮り直したものが大半だが、「若干P」のボーカロイドではなく、すべてノッツさんボーカルで聴くことができる。
こうして、ネットで新曲を公開しても、1年で100再生にすぎないほどの宅録ミュージシャンが、pixivとニコニコ動画で人気を博して全国デビューにまで至ったのである。
もちろん、その一番の理由は、ノッツさんのセンスにあるだろう。
それは、ギターのテクニックだけでなく、そのマンガの作風にもある。
社会で報われず、まるで現実逃避のように、趣味にすべてを注ぎこもうとする人たちが、ノッツさんのマンガの登場人物たちだ。
そして、それは彼の曲の歌詞でも変わらない。
ノッツさんの楽曲は、「理想の自分」を追いかけるのに疲れた人たちにとって、「自分のテーマソング」と思えてきたのだ。
評判の良さに恐縮するノッツさんの姿にも、ファンはむしろ愛着を持った。
そんな人たちの背中に押されて、ノッツさんは全国デビューまで果たしてしまったのだ。
(3)ガールミーツガール
先ほど紹介したマンガにあるように、CD発売のために、ノッツさんは上京し、メディアのインタビューを受けるなど、ノッツさんなりに販促活動にがんばったのである。
そのインタビュー記事がこちら。
それでは、そんなノッツさんの「ヘルメンマロンチック」から一曲。
この「ガールミーツボーイ」を音楽を聴いて、BLANKY JET CITYを連想した人もいれば、アジアン・カンフー・ジェネレーションや、フジ・ファブリックを思い起こす人もいるだろう。
ノッツさんのロックンロールは、まるで、聞き手の音楽背景を映し出す鏡のような魅力がある。
そんなノッツサンがYoutubeで公開しているカバー作品は、椎名林檎からスピッツまで、と、かなり節操のないラインアップである。
しかし、その節操のなさは批判すべきことだろうか。
だいたい、我々だって、アニソン聴いたり、洋楽聴いたり、J・POPを聴いたりと、かなり節操なく音楽を聴いているはずである。
バンド・ミュージシャンよりも、宅録ミュージシャンが優れた点が一つあるとすれば、その音楽性の幅広さにある。
バンド活動をするならば、その音楽性は定まっていないといけない。
そのために、何度も解散劇がくりひろげられている。
だが、宅録ミュージシャンにはそんなイザコザはない。
宅録ミュージシャンは、モチベーションを維持することが大変だろう。
その一方で、自分の好きな音楽性を追求できるという自由さがある。
ノッツさんがニコニコ動画から一定の距離を置いているのも、そんな音楽性の自由度を失いたくないからでは、と僕は考えている。
そして、ノッツさんは「音楽が本業」と言っているが、彼のマンガだって、音楽と同じように楽しめる作品である。
我々はたぶん、音楽だけを聴きたいのではなくて、その音楽から「人間性」を感じ取りたいのだろう。
山口在住の宅録ミュージシャンが、どうして全国デビューを果たしたか。
それは、時勢のせいもあるだろうが、ラジオやマンガなどを通じて、一人で宅録しながらも、誰かとコミットしたいという、ノッツさんの欲求があったからだろう。
それに触れた人たちがファンになり、その声が大きくなり、一つのCDが発売されたのだ。
そんな「人間性」にふれたい方は、ぜひ、ノッツさんCD「ヘルメンマロンティック」を聴いてもらいたいと思う。
【関連リンク】
・KNOTS公式サイト 「ノッツクリーム」
曲が視聴できるほか、WEBマンガを読むことができます。
個人的オススメは「ツンデレレコーディング」
・http://ascii.jp/elem/000/000/408/408228/
こちらは、CD発売前のインタビュー。
宅録機材など、突っ込んだことを話しています。
・ストンクさんのマイリスト
ノッツさんこと「若干P」のマイリスト。
多彩なスタイルの楽曲が、若干用意されています。
【追記】 その他、楽曲紹介
こちらはサークル「捻れたアヒル」の3rdアルバム「アヒルホスピタル」提供曲。
ストーリー性のある歌詞が、まるで一つのアニメ作品のように描かれている。
ここでの「初音さん」は、語り部のように、ホスピスで人々の最期をみとる看護婦の心情を歌っている。
この「サボテンと蜃気楼」は、歌い手としての「初音さん」を生かした曲である。
この曲に思わず泣いてしまう人は、サイトで公開されているWEBマンガ「マイ・ブラッディ・バレンタイン」も楽しめるはず。
・マイ・ブラッディ・バレンタイン - ノッツクリーム「WEBコミック」
こちらは「アイシンクアンシン」のカラオケバージョン。
僕は思わず、ジミ・ヘンドリックスの「FIre」を思い出すんだけれど、それぞれの人のロック魂をかりたてる曲だと思う。
歌詞はビックリするぐらい繰り返しが多いが、だからこそ、この曲を作った心境がうかがえる。
相当へヴィーなときに、この曲を書いたのだろう。
もともと、ストーリー性のある歌詞が大好きなノッツさんが、あえて、歌詞を1コーラスの繰り返しに終始させたことを考えれば、この曲の「どうしようもなさ」がよりわかるはずだ。
若干Pが最初にニコニコ動画で公開したのが、この「キミリサイクル」
男女関係を醒めた視点で歌う初音ミクのことを、pixivの影響もあってか、皆「初音さん」と呼ぶようになった。
初音ミクはすばらしい高音を歌うことができる一方で、感情表現なんててものは苦手である。
だからこそ、若干Pは「初音ミク」というボーカロイドを、当事者ではなく第三者として、つまり離れた視点で歌わせているように感じる。
そんな「初音さん」に最初に歌わせたのが、こういう曲であることに、ノッツさんの美意識を感じる。
「キミリサイクル」の歌詞はこんな感じ。
やさしさとからだを 混ぜ合わせて
やらしさになって それだけのおとこのこ
せつなさとからだを 混ぜ合わせて
せわしさになって されるだけのおんなのこ
こういう歌詞をボーカロイドにうたわせる人は、これまで少なかった。
そんな自分の持ち味を知っているからこそ、ノッツさんはニコニコ動画と距離を置こうとしているわけだし、ファンに支持されているのだと思う。
こちらは、ノッツさんの曲ではない。
知る人ぞ知る、現代の問題作の作り手ミュージシャン「ミドリカワ書房」の作品。
ノッツさんは、アレンジとPV制作を担当。
「ミドリカワ書房って何者?」という人は、とりあえず、ノッツさんのマンガによる紹介を読むべし。
→ノッツさん挨拶マンガ - みんなのうた4"ever"特設ページ
この曲はネットでつながりを感じる引きこもりの男が、女の子に「だいじょうぶ」と何度も語るストーリー。
ニコニコ動画ユーザですら、「これはひどい」「ダメすぎる」というコメントを書かずにはいられない歌詞に注目。
こちらは、前の記事でも紹介した、よよPの「恋するロードランナー」のカバー。
ご機嫌なロックナンバーだが、「たくろく!」を読んだあと改めて聴くと、「手拍子」が涙なしに聴けないんですけど。