生田緑地に行く(後)日本民家園編

 

 
 前編はこちら。 
 →生田緑地に行く(前)
 
【目次】
(1) 生田緑地四天王の最弱?
(2) 500円のベンジョ・ツアー
(3) ワオ! ジャパニーズ・ミンカ!
(4) ボランティアさんの憂鬱
(5) 雪国の民家はなぜ見栄えが良いか?
(6) 長い階段、その果てにあるものは
(7) スタンプ制覇の代償とその報酬と
(終) 日本好きガイジンの本音と500円払う価値
 
 

(1) 生田緑地四天王の最弱?

 
 今回話題にしている、【生田緑地】へのアクセスは次の通り。
(1)小田急線[向ヶ丘遊園駅]から徒歩約13分
(2)JR南武線登戸駅]から徒歩約25分
 
 この生田緑地、入場は無料だが、有料施設が4つある。
 名づけて「生田緑地四天王」である。
 
 

 
 まず、川崎市青少年科学館内のプラネタリウム(400円)
 ここには、ギネス記録となった世界最高水準のプラネタリウムメガスター」の最新機種が置いてある。
(作者が川崎市出身在住のため)
 あまりにも高性能なので、肉眼だけでは見ることができず、入場時に双眼鏡が渡されるぐらいだ。
 天の川が星の粒であることがわかるほどの精度が高いプラネタリウムで映し出された満天の星空は、圧巻のひとこと。
 映画ではない、本物のプラネタリウム体験がしたい人に。
 

 
 続いては、川崎市出身の芸術家、岡本太郎の美術館。
 「芸術は爆発だ!」などの奇天烈発言や、大阪万博の「太陽の塔」で、国民に広く知られている岡本太郎
 その「作品」だけでなく「生涯」をも追っていく美術館みたいだ。
(僕は行ったことない)
 観覧料は一般900円(2017年1月9日まで)
 
 

 
 そして、「ドラえもん」作者である藤子・F・不二雄ミュージアム
 藤子不二雄の二人は、富山県出身だが、川崎市に長く在住していた。
 そんな藤子・F・不二雄のマンガ世界を再現するべく、三鷹の「ジブリの森」を参考にして作られたのが、このミュージアム
 土管のある空地を再現した屋上広場のほか、オリジナルフィルムを上映していたり、生原稿があったりと、ファンにはたまらないミュージアムらしい。
(僕は行ったことない)
 入館料は1000円だが、ローソンでの事前予約が必要。
 
 

  
 残る四天王が今回話題にする「日本民家園」である。
 入園料は500円。
 
 

 
 こうして並べてみると、日本民家園はかなりショボい。
 他の四天王の宣伝文句である「世界最高水準」「芸術は爆発だ!」「ドラえもん」に比べると、なんとも地味であることか。
 
 僕は2008年10月から、8年あまり登戸に住んでいる。
 自宅からは徒歩20分ぐらいで生田緑地に行ける。
 それにも関わらず、これまで「日本民家園」に行ったことがなかったのは、何の楽しみもないと思ったからだ。
 
 だが、僕の「日本民家園」初体験は、なかなか楽しいものだった。
 
 今回の記事は、そんな「生田緑地四天王最弱」といわれる「川崎市立日本民家園」の紹介である。
 

(2) 500円のベンジョ・ツアー

 

 
 日本民家園はかなり広い。
 昼1時半に入って閉園の4時半まで僕は楽しんだ。
 所要時間は、2〜3時間ぐらいだろうか。
 
 中にはその名の通り、全国各地の古民家が移設されている。
 

 

 

 
 こんな写真が撮れる。
 
 被写体は民家だけではない。
 

 
 順路には、道祖神が多く祀られている。
 

 
 馬頭観音庚申塔があったりする。
 

 
 こんな小さな石橋にも、
 

 
 それなりの歴史があったり。
 
 と、芸が細かく、見る者を飽きさせない。
 
 しかし、金を払って見るほどのものか、ほとんどの人が首をかしげるだろう。
 民家の維持のために入園料が有料であるのはわかる。
 民俗文化は保存しなければならない理由もわかる。
 でも、自分が金を払って見る必要はあるのかと。
 
 その意見をひるがえすほどの新鮮な驚きは「日本民家園」にはない。
 テーマパークというには地味すぎる。
 アトラクションなどの面白い要素などない。
 

↑特別企画「全国の正月しめ飾り展示」(地味)
 
 ただし、本物の民家の展示だからこその発見がある。
 

 
 それがこれ。
 

 
 便所である。
 

 
 この小屋も、
 

 
 ベンジョである。
 

 
 馬屋の前にも、
 

 
 小便所がある。
 

 
 当たり前だが、どの民家にもあるのが、べんじょ(Benjo)。
 
 入口に小便所がある民家もある。
 

 
 この民家(長野の佐々木さんち)は、18世紀初頭の名主(庄屋と同義)の住宅である。
 名主なのに、というべきか、名主だからこそ、なのか。
 
 
 もちろん、これは展示用トイレ。
 我々が用を足せるトイレは現代便器がきちんと備えられている。
 

 
 それぞれの民家のどこに便所があることを見ることは、たしかな生活の匂いを感じることができる。
 
 そして、便所を通じて、当時の人々がどのような日常をしていたかを感じることができるはずだ。
 この追体験こそが「日本民家園」に行くことでしか味わえない貴重な経験である。
 
 500円払って便所巡りかよ、と思われるかもしれないが、作り物のテーマパークにはないリアルさが、日本民家園の便所にはあるのだ。
 
 

(3) ワオ! ジャパニーズ・ミンカ!

 

↑武蔵小杉の「原さんち」の玄関(GENKAN)

 
 上の写真のように、案内板はローマ字併記である。
 この日本民家園は外国人をかなり意識した展示となっている。
 つまり、日本好きのガイジンをターゲットにしているのだ。
 
 僕は「日本の民家を見たい」と言うガイジンは、よっぽどの物好きだと思っていた。
 なぜなら、地震が多く、火事がなりやすい風土の日本の民家には、あまり歴史がないからだ。
 法隆寺清水寺などの寺院とは違うのである。
 
 この「日本民家園」で、もっとも古い建物は1687年、つまり江戸時代初期のもの。
 世界的に見れば、この民家園の建物は、さして古いものではない。
 そんなものを見に来るガイジンなんて本当にいるのだろうか?
 
 ともあれ、外国人の日本好き願望を満たすべく選ばれた、日本民家園最初の民家がこちら。
 

 
 武蔵小杉(神奈川県)の「原さんち」である。
 この「原さんち」はもともと、明治後期(1911年)に建築されたもの。
 民家園ではもっとも新しい、20世紀の建物なのだ。
 
 なぜ、古い民家より新しい民家を先に見せるのか。
 それは、この「原さんち」がガイジンの「日本民家の写真を撮りたい願望」を満たす、完成度の高い民家だからだ。
 

↑こういう床の間とか
 

↑読書室として解放している部屋もあるし
 

↑トイレもあるよ
 
 ただし、残念なことに、「原さんち」の二階は立ち入り禁止である。
 
 「日本民家園」の最大の弱点は、二階を見ることができないことである。
 理由は地震や火災時の避難の問題であろう。
 

↑どの民家も二階を見ることはできない
 
 二階というのは、それぞれの家族のパーソナルスペースだ。
 だからこそ、かつて住んでいた人々の生活の匂いが感じられるはずだ。
 それを伝えるやり方が、民家園にはあったはずだ。
 間取り図だけでなく、せめて写真ぐらいは見せてほしかったと思う。
 
 ただ、一階だけでも昔の民家を見るのは楽しいものだと、この「原さんち」で味わった。
 明治後期・20世紀初めという、比較的新しい民家であるからこそ、想像力を働かせやすい。
 まさに「原さんち」は最初にふさわしい入門編民家なのだ。
 

(4) ボランティアさんの憂鬱

 
 「原さんち」の次は「宿場町の民家」が並んでいる。
 

↑福島の鈴木さんち(奥州街道沿い・19世紀初期)
 

↑奈良の井岡さんち(柳生街道沿い・17〜18世紀)
 

↑長野の三澤さんちは工事中
 
 「福島の鈴木さんち」では、ボランティアの人が囲炉裏(いろり)を炊いていた(時間限定で)。
 そして、それに一眼レフを構えるガイジンさんがいた。
 民家園を訪れる日本好きガイジンは実在したのである。
 

↑鈴木さんちの土間とガイジンさんの後ろ姿
 
 このガイジンさん、日本語が僕より達者で、「この囲炉裏、日光が差し込んできて、とても美しい写真が撮れますね」とか玄人っぽいことを言っていた。
 

↑僕も隣で写真を撮ってみた。
(もちろんスマホである)
 
 ガイジンさんにそう言われて、ボランティアのおじさんたちはハッスルハッスルで、うれしそうに囲炉裏を炊いていた。
 なんていうか、日本人はチョロい。
 
 向かいの「奈良の井岡さんち」に行くと、そこにもボランティアのおじさんがいた。
 男一人の僕に、親切にいろいろ説明してくれたものだ。
 
 「井岡さんち」は油を売っていたが、婿に入った人が線香屋で、寺院の多い柳生街道にあったこともあり、線香メインの商売に切り替えたこと。
 家の規模に比べて入口が狭いのは、当時は入口の幅で税金が決まっていたということ。
 東日本の民家には囲炉裏があるが、西日本の民家にはそれがなく、火鉢でしのいでいたこと。
 天井裏には砂があって、火事のときには延焼を防ぐために、その砂を使っていたこと。
(江戸時代は火事を起こしたり、延焼させるのは重犯罪だったのだ)
 
 と、このボランティアさんは博識で、なるほどなるほどと相槌をうちながら10分ぐらい話を聞いたものである。
 その間、ほかに話を聞く人は誰もいない。
 さすが、生田緑地四天王最弱である。
 
 日本の民俗文化を伝えようとしているボランティアの方々には頭が下がる思いだが、さて、我々はその継承者になることはできるのだろうか。
 誰かがその後を継がなければ、伝統が消えてしまうことはわかっているのに。
 
 我々は、日本好きのガイジンさんを感心させるほどの知識も技量もないくせに「日本文化が素晴らしい!」という言葉に喜んでいいものだろうか。
 人通りのまばらな民家園で、ボランティアさんの話を聞きながら、僕はそんなことを考えていた。
 

(5) 雪国の民家はなぜ見栄えが良いか?

 
 さて、この民家園でもっとも多い民家は関東地方のものなのだが、見栄えがよく、写真で使われているのは富山や岐阜白川、つまり雪国の民家である。
 なぜ、雪国の民家が写真に使われやすいのか?
 実際に比較してみよう。
 

↑富山の江向さんち(18世紀初頭)
 

↑川崎の伊藤さんち(17〜18世紀)
 
 江向さんちと伊藤さんち、どっちが美しいかを問えば、おそらく100%に近い人が、江向さんちと答えるだろう。
 その理由は2つある。
 (1)屋根の高さ、と(2)木の壁、である。
 

↑富山の江向さんち裏側
 
 なぜ、屋根が高いのかというと、雪が積もったときの入口になっているからだ。
 江向さんちは、二階まで雪が積もっても、三階から入ることができる。
 
 民家には様々な屋根の造りがある。
 代表的なものが次の通り。
 

↑日本民家園パンフレットより
 
 しかし、もっとも見栄えが良いのは、雪国専用の合掌造であろう。
 建築において、屋根の形は大事である。
 僕もマインクラフト(というゲーム)に活用したいものだ。
 
 また、ほとんどの民家は土壁であるが、土壁は雪に弱い。
 だから、雪国の民家は木造建築なのである。
 
 厳しい豪雪で生き残らなければならなかったからこそ、雪国の民家は頑丈であり、それゆえに美しい民家となったのだ。
  
 と、こう説明すると土壁がダメかという話になるが、雪国以外の民家が土壁なのは、建築が容易だったことと火事を防ぐだけではない。
 
 これは実際に民家に入らないと体感できないが、土壁には保温作用があり、四季の豊かな日本でも、比較的快適に過ごせたらしいのだ。
 なにしろ、日本民家のほとんどの部屋は、土間と板間である。
 

↑土壁に囲まれた伊藤さんちの土間


 畳をしいているところは客間だけの民家がほとんどだ。
 
 この民家園で展示されている民家は、ほとんどが庄屋クラスの豪農といっていい民家であるはずなのに、畳間は限られている。
 どの民家も、家族は板間で寝ていたのだ。
 
 江戸時代の農民は質素倹約であった。
 人生に悩む余裕なんてあまりなかったのであろう。
 
 古民家を見て回ると、ベッドの毛布にくるまって冬の寒さをしのいでいる自分がずいぶんと甘えていると感じるものだ。
 機械がなく、肉体労働をするしかなかった江戸時代の人々に比べて、なんと現在は恵まれていることか。
 
 しかし、その便利さのあまり、我々は昔の人々の「生活の知恵」を葬ろうとしているのかもしれない。
 
 土壁特有の匂いは僕にはくさいのだけど、昔の人はその中に安らぎを感じていたのかもしれないし。
 

(6) 長い階段、その果てにあるもの

 
 民家園にある建物は、民家や便所だけではない。
 

 
 例えば、この小屋。
 なんと「持ち運びできる」小屋なのだ。
 

↑こうやって持ち運ぶらしい。
 

↑小屋の内部はわりとしっかりしたつくり。
 
 また「蚕影山祠堂」というお堂もある。
 

 
 何を祀っているのかというと、養蚕の神である金色姫である。
 中の宮殿(くうでん)には、その金色姫の4つの苦難の場面が彫刻されている。
 

↑「蚕影山祠堂」内彫刻
  
 案内板の解説を引用すると――
 

中でも注目に値するのは、金色姫(こんじきひめ)伝説を表現した側面の彫刻です。金色姫は天竺(てんじく・現在のインド)に生まれ、四度の大苦難ののち、馬鳴菩薩(めみょうぼさつ)の化身として日本に養蚕を伝えたといいます。この彫刻は養蚕の起源を説くもので、四度の大苦難は蚕の四回の休眠(食事前の動かなくなる脱皮前の時期)を象徴しています。

 

 
 養蚕信仰については、以前に連載していたオリジナル小説『夢崎町の竜探し』(未完)でネタにしたものだが、近所にこんな貴重な資料があるとは知らなかった。
 養蚕の豊作を願った人々の願いが感じられるお堂である。
 
 このように、民家園の景色を楽しんだあとに、待ち構えている難関がある。
 長い階段だ。
 

 
 海抜84メートルの枡形山をはじめとして、生田緑地の山道は平坦だが、この階段はちょっと険しい。
 

 
 こうして辿り着いたのがこの入口である。
 いったいどこに通じているのか、その答えは……
 
 


 奈落である。
 
 この奈落で回しているものは、
 

 
 「回り舞台」なのである。
 

 
 この建物、三重の志摩半島の漁村で実際に歌舞伎芝居が演じられていた「船越の舞台」なのだ。
 

↑花道や回り舞台を完備した本格的な舞台
 
 歌舞伎というと、街でしか行われないものかと思っていたので、漁村でも演じられていたとは驚きだ。
 
 この民家園、江戸時代の庶民の質素倹約さを思い知らされる展示ばかりだと感じたが、最後にこんな文化娯楽施設が待っていた。
 やはり、昔の人も楽しく生きる方法を知っていたのだ。
 

(7) スタンプ制覇の代償とその報酬と

 

 
 こうして、僕は「日本民家園」を制覇した。
 それが、このスタンプラリー全制覇の証である。
 
 最後の右下のスタンプは、事務員に押してもらう。
 だから、事務員のおじさんに話しかけなければならない。
 
 おじさんは僕がスタンプを差し出したのを見ておおいに驚いていた。
 どうやら、このスタンプ、30代男性が一人で集めるものではなかったらしい。
 
 その証拠に、スタンプ制覇と同時にプレゼントされたのは、折り鶴だった。
 ガイジンさんに喜んでもらうためにボランティアがせっせと折ったものであろう。
(その写真がこの記事に載っていないということは、僕が紛失したということである)
 
 最初から最後まで、「日本民家園」はガイジンさん向け施設であった。
 

↑12月17日のセーブポイント
 
 こうして、「日本民家園」で三時間を過ごして、気づけば4時半。日没の時間となった。
 なお、生田緑地四天王のうち、「岡本太郎美術館」と「藤子・F・不二雄ミュージアム」はまだ未見である。
 
 まだ、僕の生田緑地制覇の旅は終わらないのだ。
 

↑また来るぜ、生田緑地!
 

(終) 日本好きガイジンの本音と500円払う価値

 
 日本の文化が好きな外国人(特に欧米人)の誉め言葉を、我々日本人は喜ぶ。
 それを聞いてこの国に生まれたことを誇りに思う。
 ところが、外国人に日本文化の良さを説明できる人はどれくらいいるだろうか。
(言語の問題ではない)
 
 生田緑地の「日本民家園」には、外国人の姿が多かった。
 彼らは確かに日本文化に興味を持っているのだろう。
 では、彼らは今の日本人を見て、どう思っているだろうか?
 祖先の生活の知恵を捨て、便利さを追求する我々現代日本人を、日本好きの外国人はどう見ているだろうか?
 
 「日本好き」を公言する外国人は、それと同じぐらい日本人に不満を持っていたりする。
 しかし、そんなガイジンの本音はテレビでは編集でカットされる。
 万人を楽しませるためのテレビに、耳の痛い話はジャマだからだ。
 
 こうして、我々は「日本はスゴい」という誉め言葉だけに耳を傾け、その裏の本音を知ろうとせず、日本に生まれて良かったと言い聞かせながら生きていく。
 その間にも、日本の民俗文化は継承者を失い、消えていく。
 
 では、どうすればいいのか? ボランティアをすればいいのか?
 そんな余裕のある人なんて、ほとんどいないだろう。
 だから、500円払って「日本民家園」を見ればいいのだ。
 
 実際に目にすると、テレビでは放映できないような部分を知ることができる。
 それぞれの民家にある便所だって、その一つ。
 生活するには便所が必要だ。
 でも、テレビではそんなものは映さない。
 だから、自分の足で歩き、目で見て、匂いを嗅ぐ必要があるのだ。
(写真なんてものは記録にすぎない。大事なのは記憶することである)
 
 「日本民家園」にはボランティアの人たちもいる。
 彼らの声に耳を傾けてみるのも良いだろう。
 そういう経験ができるのは、別に生田緑地だけではなく、全国のどこにだってあるはずだ。
 
 せっかく日本人に生まれたのだから「日本民家園」のような場所に行かないともったいない。
 自分の金で入園料を払い、自分の目で見ることが大事である。
 そうすることによってはじめて、文化というものは続いていくのだ。