追憶の名古屋

 
 仕事で名古屋に出張中である。せっかくの機会なので「飲みに行くぞ!」という同僚の誘いを断り、追憶に浸りながら、名古屋散策をしてみた。
 
 かつて、僕は名古屋に来た。クズ時代の頃である。どれぐらいクズだったかというと、
 
(1)大阪の兄貴の家から逃げ出して、無一文になって、
(2)即日でできる派遣の仕事を探したら、トヨタ車体のライン工になって、
(3)研修ののち、トヨタ車体いなべ工場で働くものの、一週間で逃げ出して、
(4)名古屋に着いて無一文になって、錦(という繁華街)のキャバクラで働くものの、一週間たたずに逃げ出して、
(5)東京の元職場に土下座をして戻るものの、半年ぐらいで逃げ出す
 
 ちなみに、これは概略というものであって、詳細を語れば、シャレにならないクズになるので省略。
(武勇伝のつもりで書いたのではない)
 
 さて、(4)のキャバクラで働くようになった経緯は、名古屋テレビ塔の下にあるセントラルパークの「もちの木広場」という吹き抜けのレンガ作りの場所でオッサンに声をかけられたからだ。
 ツイッターではホームレスのオッサンと書いたが、よく思い出してみると、日雇い労働者を募集するために声をかけていた人だった。
「兄ちゃん、昨日もここでおったけど、なにしとるん? 仕事せんか?」
 そのオッサンに「あー僕、こういう経緯で名古屋に来たんですけど」と、自分の来歴をしゃべっていると、オッサンはあきれかえって、こう言ったのだ。
「じゃあ、風俗関係の仕事せえや。寮ついてるところあるから」
 なるほどそうかと納得したものの、さすがに風俗はレベルが高すぎるので、キャバクラの仕事を無料求人誌で見つけて、とりあえず行ってみて即採用された。
 寮つきとは言われたものの、すぐに部屋を貸すわけにはいかないと言われたので、しばらく野宿だった。たぶん、ネットカフェに泊まるお金もなかったはずだ。
 そこで、一緒に入った同僚が、なかなか面白かった。
「おまえ、フィリピン人と結婚せんか? 籍入れるだけで、一緒に暮らさんでええから。そうすれば、20万円もらえるで」
 つまり、20万円で戸籍を売れ、というような話である。こういう誘いは底辺じゃないと味わえない。
 さすがにその誘いは断ったものの、僕にキャバクラ仕事ができるはずもなく、またもや逃げ出した。
 僕にとって名古屋とはそういう街である。
(ちなみに、僕は名古屋弁というのがわからないので、関西弁っぽく書いている。実際の口調とは異なる)
 
 そんな僕が今回ひそかに行きたかったのは「オアシス21」
 バスターミナルに、店や広場がある空間である。
 以前は自分のクズさには似合わないと足を向けなかったのだ。
 
 この「オアシス21」の屋上は「水の宇宙船」という水のしたたる散歩道。
 タダで行けるわりには良い場所である。名古屋に行ったらぜひ。
 ただし、名古屋城は見えない。
 エレベーターと階段で行けるが、エレベーターは事実上カップル限定であろう。男一匹で来る愚か者は階段を使わなければならない。良い運動になる。
 
 その下では、ちっちゃいスケートリンクがあって、今日はその特設ステージでアイドルがコンサートをしていた。
 毎週木曜日の19:00〜19:50までのライブで、なんと今日が初日だという。
 このライブ、別にチケットを買わなくても見ることはできる。横からも後ろからも。
 じゃあ、チケットを買って見ている人はバカなのか? バカである。その証拠にサイリウムを振り回し、ヲタ芸に励んでいる。
 そのアイドルの歌声やパフォーマンスは、ステージの外からでも十分に味わえる。つまり、チケットを購入するのは、そのアイドルを見るためではなく、一緒に踊るため、そして応援するためのものなのだ。なかなか面白いビジネスモデルである。
 客は30人ぐらいだろうか。熱心に叫んでいた。PPPHとかやってた。
 調べてみると「dela」という名古屋アイドルユニットのようだ。
 僕が見たかぎり8人組と見えたが、ウェブサイトによると9人組らしい。
 ともあれ、一週間に一度の定期的パフォーマンスの機会があるのは良いことであろう。
 言うまでもなく、ユニゾンで歌っているので歌唱力もクソもないのだが、ダンスはがんばっていた。これを学芸会レベルという人は目がおかしい。
 ライブが終わると、別場所に移動して物販かサイン会かをやっていた。
 名古屋のアイドルヲタクは、これから2月まで、週に一回のライブが楽しめるわけだ。良い話ではないか。
 
 ちなみに、僕は近くのマクドナルドで、チーズバーガー2個とポテトSとホットコーヒーSを買って、ステージに近いテーブルに座って、パクパク食べながら見ていた。
 オアシス21には、テーブルが多く置いてあって、勉強したりしている人も少なくなかった。彼らはアイドルライブにも負けずに、勉強したりおしゃべりをしていた。
 うちの街にもこういうスペースがあったらいいなと思うのだが、わざわざ出かけるほどではないだろう。これからどんどん寒くなるし。
 学生時代だったら、ここで小説一本書いただろうと思う。地方アイドルのライブを聴きながら、マクドナルドのチーズバーガーをかじって書いた小説。読む価値はなさそうだが、書く分には楽しそうだ。
 
 ということを、栄(という名古屋の中心街)のネットカフェで書き連ねてみた。