どもり男子とアイドルロボット(3)

 
【これまでのあらすじ】
 
 ロボットには人権がない。だから、ロボットに痴漢しても許される。
 そんな信念を抱く男たちからMHAのエリサを守ったのは、持ち主の大介ではなく、金髪の女子高生だった。
 貧乳のくせにキャサリンと自称する彼女を、大介はいちおう信頼し、エリサの普段着を選んでほしいとお願いする。
 しかし、ロボットにとっては、オーナー以外の第三者であるキャサリンとの行動はリスクが高すぎるものだった。その危険性をエリサは訴えるが大介は無視する。
 大介は「双葉エリサを清く正しく活用」しようと心がけていたものの、内実はエリサに欲情する自分を抑えるので精一杯だった。だから、キャサリンという女子高生がロボットに興味を持ち、エリサと友達になってくれることで、MHAと距離がとれると期待したのだ。
 そんな大介の甘い期待は、アップデートによって、もろくも崩れ去る。
 オーナーに奉仕することと、他の人間に危害を与えないことだけが求められるMHA双葉エリサのプログラムは、キャサリンという女子高生をどのように判別したのか?
 
 
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     (3)
 
 翌朝、アラームで目を覚ました大介は、MHAリモコンに表示されたメッセージを確認し、その意味を考えていた。
 しばらくして、エリサの部屋の襖(ふすま)が開く。
「あの、ダイスケさん、キャサリンさんってどんな人でした?」
「わ、わわわわ」
 大介はあわててリモコンに入力する。
【忘れたの?】
「いえ、外見的特徴や声紋は残っているんですけどね。ただ、どういう関係かよくわからないんですよ」
【友達だったはずなんだけど】
「でも、友達として記憶されていないんです。キャサリンさんのデータは」
 まるで他人事のようにエリサは言う。
【ほかに忘れてることってない?】
「ダイスケさんのことは問題ないですよ。ただ、ダイスケさんの友達ではない、つまり第三者にすぎないキャサリンって人の情報が多いのが気になって」
【キャサリンは君の友達だよ】
「だから、ダイスケさんの友達ってことですよね?」
【ちがう。君の友達だ】
「へえ、そんなことあるんですか。私、ロボットなんですよ?」
 大介の入力する手が止まる。エリサにどう説明すればいいのかわからなくなる。
 MHAは人間の個体データを、オーナーとの関係を基準にして分類する。オーナーと親しければ味方で、それ以外は敵。ロボットであるMHAはオーナーに無断で人間関係を築くことが許されない。
 それでも、昨日の出来事をなかったかのように話すエリサが大介には信じられなかった。
 いや、昨日にエリサは――。
「に、にににに、日記!」
「日記? もしかして、私のですか?」
「そそそそ、そうだ」
「でも、4ケタの暗証番号がかかってるんですよ、これ」
【君は昨日、困ったことになれば、それを見ていいと僕に言ったんだ】
「本当にそんなこと言いましたっけ? だいたい、オーナー権限でも、私の日記を見ることはできないはずです」
【だけど、君は】
「まあ、パスワードは4ケタですから、おのずと答えは見えてくるんですけどね。MHAの傾向によれば、暗証番号の有力候補は……」
【それは僕が解く】
「うーん、それはあんまり好ましくないことだと思うんですけど。私だけじゃなく、ダイスケさんにとっても」
【だから、昨日に君はそう言ったんだ。本当に忘れたの?】
「大変申し訳ありませんが、昨日のアップデートはかなり重要なもので、記憶の配置換えを行わなければなりませんでしたから……ただし、ダイスケさんのお手伝いをするのにこれといった支障は――」
「僕には問題あるんだ!」
 大介はどもらずにそう叫んだ。
「……わかりましたよ。今回だけですからね」
 ため息をついてエリサは大介にモバイル端末を渡す。
 しかし、それを手にしたものの、大介はパスワードが何であるか見当がついていなかった。
 昨日のエリサは大介に解けると言った。
 大介は思い起こす。昨日、エリサと交わした会話の数々を。
 でも、暗証番号となるようなキーワードはなかった気がする。
 とりあえず、大介が入力したのは、エリサの誕生日だった。
 三年目、エリサが一般発売された日。ファンならば知って当然の記念日。
『暗証番号が違います。あと二回の誤入力でデータは消去されます』
「そ、そそそそ、そんな……」
 無情のメッセージに大介は言葉を失ってしまう。
 あと二回失敗すれば、昨日のエリサが自分に伝えたかったメッセージは奪われてしまう。
 それは、おそらく今日のエリサには残ってない言葉。
 そして、そこには昨日と今日のエリサの違いを知る手がかりがあるはずだった。
「解けました?」
「う、うう……」
 大介はうなりながら、モバイル端末をエリサに渡す。
 記憶を掘り起こしても、決定的な4ケタの番号が大介には思い浮かばなかった。
 もし、自分がわからないのならば、別の――。
「そ、そうだ! キャサリンだ!」
 大介は気づく。鍵を解くヒントはキャサリンと名乗った金髪女子にあるはずだと。
 昨日、エリサと会話をしたのは自分をのぞけばキャサリンしかいない。きっと、エリサはキャサリンに何かを伝えたに違いない。でも……。
「ダイスケさん、もしかして、キャサリンさんと連絡をとりたいのですか?」
 頭をかかえる大介にエリサが声をかけてくる。
「でででで、電話番号、知ってるの?」
「はい、これがそうです」
 エリサが差し出したモバイル端末に表示された電話番号を、大介はすぐさま入力する。何を話すか考えてもいないのに、その通信音が大介にはもどかしく感じる。
「朝に電話するのってよくないんじゃないですか? キャサリンさん、高校生ですよね?」
「そ、そそそそ、そうだった」
 エリサにさとされて、大介は正気に戻る。彼自身、そろそろ通学の準備をしなければならない。
「ぼぼぼぼ、僕も学校に行くから。それまでエリサは寝てて……」
「いや、寝なくてもだいじょうぶですよ」
 エリサは昨日とは異なる口調で答える。
「それより、いろいろ調べたいことがあるんです」
「しししし、調べたいこと?」
「だって料理道具の場所とか全然知りませんから。今のままだとお手伝いができませんし……」
「そ、そそそ、そんなことしなくても」
 大介はエリサの手料理を期待しているわけではなかった。ロボットであるMHAに理想的な台所を作るには、それなりに専用道具が必要となるし、物を食べないエリサに料理してもらうことに大介は違和感を抱いていた。
 しかし、昨日までのようにエリサの手伝いを断ることが大介にはできなかった。
「き、ききき、君は本当に僕のエリサなの?」
 たまらずにそうたずねた大介に、エリサは満面の笑みを浮かべて答えた。
「私はダイスケさんのアイドルですよ。昨日も今日も明日も変わりなく」
 
     ◇
 
 大介はマジメな大学生である。他人に頼るコミュ力のない彼は、レポートなどの課題を自力でしなければならない。だから、講義はマメに出席していた。
 そんな大介の生真面目さをあてにしている男子は少なくなく、ゆえに大学キャンパスで彼は孤独ではなかった。もっぱら利用される立場であったが、それをうらめしく感じることはなかった。口下手な自分に話しかけてくれるだけでもありがたいと感じる性格なのだ。
 だが、午前の講義が終わって、学食に向かおうとする大介に話しかけてきたのは予想外の人物だった。
「ねー、どもり君。ミズキさんとつきあってるってマジ?」
 顔だけは知っている女子学生に声をかけられて、大介はあせる。
「な、なななな、なんのこと?」
「ミズキさんと一緒にいたよね? 昨日」
 基本的に、大介は同世代の女子の言葉をまともに聞くことすらできない。自分とは関係のない話ばかりだし、話しかけてくるときはまちがいなく自分が損をすることだけだったからだ。
 このときも大介がとった行動は逃げることだった。ところが、話しかけてきた女子学生は一人ではなかった。
「ねえねえ、教えてよ。今ウチらの中では大問題なんだから」
「だって、どもり君とミズキさんが一緒に街を歩いてるんだよ? 天変地異の予兆みたいなもんじゃん」
 女子学生の失礼きわまりない言葉の数々に大介は怒るよりも混乱していた。
 だいたい、ミズキなんて名前聞いたことがないわけで、そんなウワサを流されても……。
「あ! キャサリン!」
 金髪女子の本名を聞きそびれたことに大介は気づく。
 ミズキというのが名字か名前かわからないが、キャサリンはかなりの有名人らしい。あんな髪の染め方しているからだろう。
「で、でででで、でも、僕はキャサリンと付き合ってるわけじゃなくて」
「キャサリン? なにそれ?」
「ウチらが知りたいのはミズキさんのことなんだよ」
「だだだだ、だから、彼女が、きゃきゃきゃ、キャサリンって呼べって」と大介。
「うわっ、何それ、キモっ」
「あんたたち、どんなプレイしてるのよ」
「ぼ、ぼぼぼぼ、僕が呼びたいんじゃなくて」
「でも、呼んでるじゃん」
「どうして、ミズキさんがキャサリンになるわけ?」
「そそそそ、そんなこときかれても……」
 どもりながらも大介は考える。彼女たちはキャサリンのことを知っている。そして、エリサの暗証番号を解くためにはキャサリンの助けが必要なのだ。逃げている場合ではない。
「と、とととと、ところで、キャサリンって、どこの高校なの?」
「はぁ? 高校?」
「まさか、女子高生って設定なの? マジでキモいんですけどー」
「ちちちち、ちがうの?」
「ミズキさんはこの大学に通ってるじゃん」
「あんた、マジでそんなことも知らなかったの?」
「……もしかして、コイツ、ダマされてるのかも」
「あー、あのミズキさんだからねえ。ありえるね」
「なんか、かわいそうになってきたな」
「そうだね、ミズキさんが女子高生でキャサリンとか言ってるもんね」
「じゃあね、くれぐれも金とられないでね」
「そうそう、詐欺には注意してね」
「ま、まままま、待って!」
 大介は呼び止めようとするが、女子学生たちは勝手に納得して去っていく。
 自分がどう思われていようが大介はあまり気にしてなかったが、キャサリンの手がかりがもっとほしかった。
 大介に残されたのは電話番号だけだ。大介は時計を見る。もし、彼女たちの言うようにキャサリンが自分と同じ大学生ならば、今度は電話に出てくれるはずだ。
「も、もももも、もしもし!」
 電話はすぐにつながり、大介はどもりながら声をかける。
『おっ、この番号、やっぱりヘタレ君のか? 朝も電話してきたよね?』
 昨日と同じ調子のキャサリンの声が聞こえて、大介は一安心する。
「う、うん」
『なんかあったの? まさか、エリサちゃんに手を出したら拒否られて、傷心してるとか?』
「そそそそ、そんなことない!」
『まあ、エリサちゃんにはいろいろ助言したからね。いつまでも忠犬エリサちゃんのままじゃ問題だって』
「そ、そそそそれより、君は大学生だったんだね?」
『はぁ?』
「そそそ、そして、ミズキって名前だろ!」
『……なんか悪い夢でも見たの? ヘタレ君』
「…………あれ?」
 キャサリンの口調に動揺した気配は見られない。
『いくらあたしがオトナっぽいからって大学生じゃないって。まだ高2だよ? JK2だよ?』
「や、やややや、やっぱり」
 さっきの女子学生よりもキャサリンの言い分を大介は信じることにした。
 なにしろ、エリサを痴漢から救ってくれた恩人なのだ。
 きっと、あの金髪のせいだろうと大介は思い直す。この大学の金髪女子とキャサリンが一緒にされただけなのだと。
『そんなタワゴトはさておき、あたしもヘタレ君に話があったんだよ。実は、エリサちゃんに会いたいヤツがいてね』
「どどどど、どういうこと?」
『ロボットに興味があるヤツがいるってことだよ。いいよね? エリサちゃんの服を選んであげたんだからさ、そのお礼に』
「そ、そそそそ、それってオトコ?」
『うんにゃ、女の子。あんまりかわいくないけどね』
「か、かかかか、彼氏とかじゃないんだ」
『残念ながら、あたし今フリーなんだよ。ただし、ヘタレ君、あんたはお断りだけどね!』
「そ、そそそそんなこと期待してない」
『で、家、教えてくれる?』
「え、ええええええ!」
 思いがけないキャサリンの提案に大介は大声を上げてしまう。
『うっさいなあ、耳痛いじゃん』
「う、ううううう、うちに来るの? なんで?」
『だって、そいつ、エリサちゃんのカプセルがみたいって』
「で、ででで、でも!」
『あんた一人暮らしなんだよね?』
「そ、そそそそそうだけど」
『じゃあ、エリサちゃんに掃除させとけばいいじゃん。だいたい、エリサちゃんのために多少はキレイにしているはずだし、エリサちゃんには掃除のお手伝い機能もついているんだよね?』
「う、うううう、うん」
『それじゃ、放課後になったら連絡するから、駅に迎えにきてね!』
「で、でででで、でも!」
 大介が反論する前に電話は切られる。
 どうやら、女子高生二人が自分の部屋に来ることになったらしい。これまでの大介の人生からすれば、信じがたいほどの幸運だった。
 だが、大介はそれをラッキーととらえるほど余裕がある男子ではない。
 むしろ怖かった。キャサリン一人でも精一杯なのに、さらなる女子高生を相手にする自信がなかった。
 でも、大介にはエリサのことがあった。キャサリンに会わなければ、エリサが自分に伝えようとしたメッセージの鍵を解くことができないはずだ。
 そう、これはエリサのためなのだ。エリサとキャサリンが友達になるための。そう言い聞かせて、大介は自宅のエリサに来訪者が来ることをリモコンで知らせた。
 
 
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