骨太な世界観が魅力のファンタジー学園ノベル ― 石川博品『耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳』(評価・A−)

 

 

耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳 (ファミ通文庫)

耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳 (ファミ通文庫)

 

 従者を引き連れた王女や、妻帯者の王族。そんな連中がクラスメイトである高校生活をあなたは想像できるだろうか?

 それを可能にしたのが、このファンタジー学園ライトノベルである。今作でデビューした作者は、知名度は高くないが、世界観の構築には評価が高い。

 今作の世界「活動体連邦」は、大きく「本地」と「王国」に分けられている。そして、各地の王族の子弟は、本地で高等教育を受けることが連邦法で義務づけられている。主人公が通う「八高」は、そんな王族の子弟を受け入れるために、付き添い二人まで認められている。

 こう説明すると「なんだか難しそうだなー」と感じるかもしれないが、要はクラスメイトが三人一組でグループを結成していることなのだ。

・砂漠の王国出身の粗野なお姫様 + 従者(♂) & 親衛隊兵士(♀)

・一夫多妻制で子供が王になる風習の元国王+ 妻 & 異母妹

 主人公のクラスは計12人。男4人女8人というバランスの悪さはラノベのお約束。今作を楽しむためには、この12人をすべて覚える必要があるのだが、グループ分けすれば、読みながら理解することは簡単だ。3+3+3+(1+1+1)=12である。

 本地民である主人公を通じて語られる各地王国民の奇妙な風習の面白さは、ファンタジー小説ならではの魅力であろう。

 砂漠の移住国家であるシャーリックの次期国王であるネルリとその付き添いは、ところかまわず「ナラ―!」と叫ぶ。これはロシア文学でおなじみの「ウラ―!」のパクリだが、喜怒哀楽関係なく「ナラ―」と叫ぶ彼らのおかしさに、読者は引きこまれるだろう。

 マルマイチ王国から来たサンガはすでに妻帯しているのだが、新たな嫁探しに余念がない。一夫多妻制である彼の祖国にとって、各地の王族の子女を一人でも多く妻とすることは正義だからだ。既婚者である彼の女性へのふるまいは見事なものだが、一夫多妻制を理解されずに徒労に終わるところがいい。憎めないイケメン野郎なのだ。

 さらには、本地民による強権的な「自治委員会」、それに対抗すべく王国民が結成した「学生防衛隊」の対立も描かれている。ラノベ特有の「委員長」の権威も、今作はその綿密な設定のために違和感がない。

 

 ただ、本書の展開には残念な部分が多い。

 一つは展開の慌ただしさ。今作の期間は二週間足らずであるが、もっと長くしたほうが物語に説得力があったと感じた(文字数の分量ではなく、時間経過が足りないという意味だ)

 もう一つは、主人公の妄想まみれの語り口。「FPL(最終パンチラ防衛戦)」などの造語や「謝肉祭か!」というツッコミは楽しめたが、共感性に乏しく、感情移入しにくいところがあった。

 骨太な世界観と、そこから派生する各種イベントは面白いのだが、小説としての「読む面白さ」には物足りなさが残る一冊だ。

 

【本書を手にした理由】

 

 今年の初め、近所の海先輩が数冊のラノベを貸してくれたが、そのなかで気に入ったのが、今作の作者である石川博品の『ヴァンパイア・サマータイム』だった。人間と吸血鬼が共存する現在日本を描いたその恋愛小説は、その世界観のリアリティが読んでいて楽しめた。吸血鬼にまるで興味なかった僕も「おれも吸血鬼の彼女が欲しいぜ!」と感じるようになったぐらいである。

 だから、海先輩に「石川博品の別の本貸して」というと、彼の作品の中では本書がオススメと渡されたのが、このデビュー作である。

 『ヴァンパイア・サマータイム』の魅力は、その世界観のリアリティと、ラノベらしからぬしっかりした文体にあった。それに比べると、本書のラノベを意識しすぎた語り口は「やりすぎ」という印象を受けた。

 

【本書の展開について】

 

 本書の期間はあまりにも短い。それゆえに、とある事件に対して、クラスメイトが団結するところに違和感がある。具体的にいえば、担任の横暴な授業に反発し、勉強会を結成してから、次のイベントまでは1ヶ月ぐらいの猶予は置くべきではなかったか。わずか数日で、別の王国のクラスメイトのために奮闘する彼らの姿には、リアリティに欠ける。

 これはおそらく、ノベルゲームのシナリオを意識したせいだろう。ノベルゲームでは「それから一週間後」と期日を空くことが許されない。だから、ギャルゲの主人公は獅子奮迅の動きを見せるのだが、その短所が本書に如実に出ている。

 王国民の分断を防ぐための策略についても、ちょっと説明不足だと感じた。読者からすれば唐突な印象を受ける。それが理にかなった作戦であることは、その後の展開で明らかになるのだが、視覚的にも見栄えのあるハイライトとなる場面なのだから、ワンクッション入れてほしかった。

 最大の不満点は、本書のラスボスである。このラスボスが「黒幕」でないところが残念である。フィクションにおけるリアリティとは、現実的なことではなくもっともらしさであって、一連の事件をクライマックスにしているのだから、その後に対峙するラスボスは「黒幕」にすべきだったはずだ。

 ただし、それぞれのイベントの道具は効果的に活用されている。「耳刈ネルリ」という仰々しい通り名をいかしたその展開は、見事というほかない。

 世界観構築だけでなく、それぞれのキャラ立ても成功しているだけに、今作の展開の拙さは残念というほかない。

 

【本書で印象的なところ】

 

 本書ではヒロインだけでなく、主人公の同性友達(ラノベにおいて友達は異性を指すことが多いのでこう表現する)も魅力的である。

 ネルリの従者であるワジは、主君への忠誠を何よりも優先するものの、お調子者の「愛すべきバカ」である。序盤では、ただのバカにしか感じないが、中盤以降はその忠誠さゆえの行動力に、主人公だけではなく読者も感心することに成功している。物語を通じて、彼は「むくわれない」のだが、それにも関わらず、みずからの信念をつらぬくところは偉大といっていい。

 妻と同じ高校に入学しながらも、女口説きに余念がないサンガもいい。ラノベのイケメン枠である彼だが、残念ながら一夫多妻制を理解してもらえず、彼の女性への気遣いがほとんど通用しない。それどころか、本国を離れて気を良くした妻に小言を刺されるようになる。そんな彼の「妻に会いに行くから」という女性寮へのパスポートを、主人公は大いに活用することになるのだが。

 一方で、語り手である男主人公の魅力は乏しい。

 彼の言動の背景は説明できている。彼は本地の田舎者だが、父親は中央活動委員会に属している大物である。いわば、田舎の官僚の息子である。だから、王国民に会ったこともなかったので、王族に対しても気後れすることがない。野外排泄をする砂漠の王女ネルリに「そんなこと、本地では誰もしない」と偉そうに説教したりできるのだ。

 ただ、物語の転機となる彼の「逆上」について説明が足りないのが問題だ。妄想文体に花を開かせる余裕があるのだったら、もう少し、主人公の「逆上」っぷりを、過去のエピソードを交えて説明すべきではなかったかと感じる。

 タイトルにもなっているネルリに主人公が惹かれていく過程も、やや物足りない。本書では新入生歓迎会のダンスが冒頭でイラスト化されているが、この場面は読んでいてもっともつまらなかったところである。イラストレーターが「これは挿絵にせねば!」と感じるようなインパクトなる場面が、主人公とネルリがらみで、その他にもなければなかったはずだ。

 

 タイトルにもなっている絶対ヒロインであるネルリの描写は申し分ない。彼女は指で編み物ができるのだが、その編んでいるものが毛糸のパンツだったりする。序盤で、主人公は彼女の下着を拝むべく奮闘するのだが、それが毛糸のパンツであることにがっかりする。それは、肌着ではなく、いわばアンダースコートと同じようなものだからだ。ところが、彼女らシャーリック王国は貧乏なので、ものを再利用する。ネルリは自身の毛糸のパンツすらリサイクルしてしまうのである。こういうのに萌えないのは男ではない。

 ただ、彼女の「ネルリズム」は、物語の上では印象がうすい。ネルリのとった行動は、きわめて大胆なのだが、それを伝える主人公の語り口がその魅力を半減させている。

 言っちゃなんだが、ラノベのヒロインはファンが薄い本を求めるぐらいのエロティシズムがなければならないと感じる。そして、その妄想を語り手の男主人公には語らせてはならない。匂わせるだけにとどめておく。そういうラノベの「寸止めの美学」が、今作には欠けていると感じた。

 

【本書の評価とその理由】

 

 今作の世界観はたまらなく魅力的である。次期女王や妻帯者がクラスメイトの高校生活なんて、この作品でなければ読むことはできないし、物語に没頭できるだけの確固とした世界観が構築されている。

 

 ただ、本書はその骨太な世界観をいかしきれていない欠点がある。繰り返しになるが、次の五点である。

 

(1)主人公の語り口が妄想まみれである。ラノベらしい「軽さ」を目指した結果だろうが、むしろ読みにくい。

(2)物語の期間が短い。ゲームのシナリオじゃないんだから、1週間あまりではなく、1ヶ月あまりにすべきだった。それゆえに、登場人物の心境の変化に説得力を欠く。

(3)絶対ヒロインであるネルリの存在感の弱さ。物語での役割は申し分ないのに、その存在感を裏づけるイベントに乏しい。挿絵画家に「描かねば!」と思わせるシーンがないせいである。

(4)主人公の「逆上」に至る動機付けに欠く。過去のエピソードを交えて「田舎の官僚の息子」である彼の背景を、もっと打ち出すべきではなかったか。

(5)ネタバレになるが、ラスボスが「黒幕」ではない点。一連の事件の締めくくりにふさわしい人物にしたほうが、読者に爽快感を与えることができたはずだ。

 

 と、このような欠点を指摘してしまうのは、本書の設定が物語としての可能性に満ちているせいか。評価はA−。