僕達の友情は儚い(4)「なあ理科、これって病気なのかな?」

 
※この作品は、ライトノベル僕は友達が少ない10』の続きを書いた二次創作小説です。

 
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     (4)
 
 星奈が泣き続ける部室で、理科はスマホと呼ぶには大きすぎるタブレットを所在なくいじっている。
 この日、久しぶりに理科は眼鏡をかけて部室に入った。そのレンズは偏光性のもの、つまり見えにくくなる眼鏡だ。
 理科は自分の見えすぎる視界が嫌だった。特に人混みの中ではそうだ。彼女にとっては意味のないはずの人々の動作が目に入り、そのざわめきがもたらすものを考えてしまう。偏光レンズを応用した見えにくい眼鏡をかけていれば、つまらないことに気をわずらわせずにすむ。
 久々の理科の眼鏡姿を見て、星奈はさして驚かなかった。一方の夜空は何かを感じ取ったものの、来るべき修羅場を察するまでには至らなかったようだ。
 まあ、気づいたところでどうしようもなかったと理科はあきらめている。
 理科はちらりと夜空をのぞき見る。夜空は神経質そうに前髪をいじりながら二枚の退部届をながめている。穴が空くほどにらんだところで事実が変わるはずないのにと理科は思う。しかし、よく観察すると、夜空の視線は宙を漂っている。きっと自分の時間に逃げこんでいるのだろう。
 そんな夜空の逃避癖が理科にはうらやましく思う。
 理科が操作しているタブレットには、小鷹とメッセージをやりとりしたLINEアプリの画面が表示されている。あの日以来、返事はない。理科の発言に既読表示がついたままで。
 小鷹とはたくさんの思い出を作ったはずだった。でも、修羅場が終わった部室で理科が思いだすのは、夜空と交わした『密約』のこと。
 
     ▽
 
「夜空先輩、どうしてここに?」
「あ、ああ」
 12月上旬の昼休み。
 理科室のある特別教室棟で、理科は夜空とバッタリ会った。
「偶然ですね」
「そ、そうだな」
 夜空は動揺しているが、その理由を理科は深く考えようとしなかった。
「ちょうど夜空先輩に話があったんですよ」
「私に? 何の話だ」
「いや、小鷹から聞いたんですけど、夜空先輩、生徒会の仕事を手伝うようになったんですよね?」
「……まあな、バカ子の勉強を教えるついでだが」
「小鷹のやつ、喜んでましたよ」
「そ、そうか?」
 その頃、理科は小鷹と一緒に理科室で弁当を食べるようになった。友達だから、という理由で。
 この日、小鷹は上機嫌で夜空の話をした。これで夜空も復活するだろう、と小鷹は楽しそうに語ったものだ。
 理科は相づちを打ちながら考える。もし小鷹との「夜空先輩を何とかしよう」イベントが終了したら、自分の立ち位置はどうなるだろうと。
 小鷹が去ったあと理科が廊下に出たのは、夜空と一度話をしたかったからだ。
 すると、そこに夜空がいた。
 もちろん、これは偶然でもなんでもない。夜空は小鷹のクラスメイトだから、彼が浮かれた様子で昼休みにどこに出て行くのか気になって後を追いかけたせいだ。
 実は夜空は昼食を口にしていない。理科と弁当を食べ終えて理科室を出たときの小鷹の表情を見ずにいられなかったからだ。夜空の目に映る小鷹はあいかわらず調子に乗っていた。それを見届けて、夜空はため息をついて自分の教室に戻ろうとした。そのときに、理科に声をかけられたわけだ。
 普段の理科ならば、昼休みの特別教室棟に夜空がいる理由について少しは頭を働かせるはずだが、このときは偶然の一言で片づけた。幸せな者は不幸な者の事情に無頓着なものだ。
「で、夜空先輩は、このまま生徒会に入ったりするんですか?」
「そんなことはない……と思うが」
 理科の質問に夜空は曖昧に答えた。
「まあいいですよ。そうやって立ち直っていけばいいんですよ、夜空先輩は」
「……なんかトゲのある言い方だな、理科」
「べっつにー。これで小鷹は安心するだろうって」
「い、いいことではないか。お前にとっても友達の小鷹の機嫌が良くなるのは悪いことではあるまい」
「本当にそう思ってるんですか?」
「う………」
 脈絡あり。たじろぐ夜空の様子に理科は心の中で笑みを浮かべる。
「夜空先輩、どうして小鷹が星奈先輩と付き合わないか知っています?」
「な、なんでだろうな。……あいつら、相思相愛なんだろ? 誰に遠慮してるんだ?」
「本当に知らないんですかあ? 夜空先輩」
「ま、まあ、知らないっていうか、知らないふりをしているっていうか」
「小鷹はね、『隣人部を守るために』星奈先輩とは付き合わないって宣言したんですよ」
「……そ、そうか」
「隣人部の雰囲気が元通りになるまで、誰とも付き合うつもりはないってことですよ」
「……あ、ああ」
「つまり、夜空先輩のことですよ」
「わ、わかってる」
 理科は自分でも意地悪だと思う。でも、ここまで言わないと夜空は自分の殻に閉じこもってしまうだろう。
 星奈の告白以来、夜空は一貫してあきらめムードの負け犬を気取っていた。かといって、小鷹に未練がなくなったわけではないと理科はにらんでいた。
 どうやら小鷹は自分が恋人を持つことに引け目を感じている。隣人部の雰囲気がこれ以上悪化することを恐れているらしい。そんな小鷹の臆病さに理科は腹が立つこともあるけれど、おかげで彼はそばにいてくれている。
 もし、夜空が復活すれば、今のニュートラルな人間関係が崩れてしまうのではないか。
「……だから、夜空先輩が立ち直ったら、小鷹と星奈先輩が付き合う障害はなくなるってことですよ」
 理科は思いきってそう言ってみた。夜空はそれに口をにごす。
「ま、まあ、……そうだろうな」
 夜空の返事ははっきりしないものだったが理科は満足した。
 そして、わざと心にもないことを口にする。
「じゃあ、夜空先輩、生徒会の手伝い、がんばってください!」
「う……うむ」
 理科はきびすを返して歩きだす。理科は言いたいことは言いつくした。夜空はきっとうまくやってくれるはずだ。
 それなのに、翌日の昼休み、小鷹はこう話してきた。
「昨日、夜空のやつさ、生徒会の仕事ほっぽりだして、教室で本を読んでたんだよ。あいつは本当にダメなやつだな。……まあ、俺が説得したら手伝うようになったんだけど」
「へ、へえ」
 得意げな小鷹の話を聞きながら、理科は考える。夜空が小鷹の説得に応じるわけがない。口下手な小鷹の説得なんて、夜空の舌の鋭さにかなうはずがないじゃないか。
「そのとき、あいつ、自分の中のソラと脳内会話を始めたりしたから焦ったよ」
「ソラって、小鷹が夜空先輩と仲良しだったときの呼び名だよね?」
「ああ、どうやら別人格になってたみたいだった……なあ理科、これって病気なのかな?」
「……思い出の美しさを守るために、別の人格まで作っちゃったんですね、夜空先輩」
「え、なんだって?」
「なんだってじゃねーよ、バーカ」
 理科は余計なことを夜空に言ったのかもしれないと思った。
 小鷹に一番近い立場であることを守るために、夜空に星奈の名を出したことを理科は後悔したのだ。
 もし、小鷹の友達ならば、小鷹の幸せを願うのならば、そんなことをするべきではなかったはずなのに。
 
     △
 
 小鷹からの返事がいつまでも来ないLINEの画面を見ながら、理科はそのことばかりを考える。
 
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