僕達の友情は儚い(3)「あんたになにがわかるのよ、夜空!」

 
※この作品は、ライトノベル僕は友達が少ない10』の続きを書いた二次創作小説です。

 
初めから読む
 


 
     (3)
 
『ゴメン!』
 星奈がかけた電話の向こうで、小鷹はいきなりそう告げていた。
 夜空の耳にもその謝罪の声が届く。
『ゴメン! ゴメン! ゴメン! ゴメン!』
「こ、こだか?」
 星奈がしゃべる前から小鷹は叫びつづけている。
『星奈、信じてくれないかもしれないが、いま俺は電話をしながら土下座している!』
「だ、だから……」
『この音が聞こえるか? 俺が頭を打ちつけている音だ! 俺はそれぐらい真剣に土下座をしている!』
 ゴン! ゴン! ゴン!
 そんな鈍い音が電波を通して響いている。
「な、なななな、なんであやまってんの? 小鷹」
『だから俺が幸村と付き合うようになったことだ』
「いや、そういうんじゃなくて」
『え? そういうことじゃないって、どういうことだよ?』
 小鷹の声に戸惑いながら、星奈は言葉を止めることができなかった。
「あんた、あたしと結婚するんじゃなかったの!?」
『は? そんな約束した覚えないけど』
「で、でででで、でも、でも!」
『おい、星奈、はっきりさせておくけどさあ……俺たち付き合ってなかったよな?』
「でも、あんた、あたしのこと好きって言ったよね?」
『だから、付き合ってはなかったよな』
「う、うん。…………で、でも!」
『星奈には悪いと思ってるよ。だけど、俺は気づいたんだ。幸村じゃないとダメだって』
「だから、そういうんじゃなくて……」
『何が言いたいんだ、星奈』
「だ、だだだ、だから、なんで……なんで、あたしの告白にOKの返事を出したのよ!」
『そ、それは……俺が恋愛をナメてたからだと思う。ホント、ゴメン!』
「今だってあたしをナメてるじゃない! なんでこういうことを電話で伝えようとするのよ! これだからあんたはダメなのよ! そういうところを結婚するまでに直していこうと思ってたんだけど……」
『いや、お前とは結婚しないぞ。話聞いてるのか、星奈?』
「聞いてる! でも、そういうのは心の準備が必要っていうか……」
『それは早合点だと何度言ったらわかるんだよ、星奈!』
「なに逆ギレしてんのよ! 怒らせてんのはあんたでしょうが!」
『だから土下座してるって言ってるだろが! 俺の人生でこれほど真剣な土下座をしたことはないっ! 誠心誠意をこめて俺は土下座をしているっ! 聞こえるか、この音が!』
 ゴン! ゴン! ゴン!
 小鷹が頭を打ちつけているらしい音が再び聞こえる。
「そ、そんな…………なに言ってんのよ……」
 星奈は沈黙する。それに気を良くしたのか小鷹は口調を改めた。
『……なあ星奈。お前ほどの美少女を俺は知らない。俺が会った女の子の中で、お前は文句なしにブッチギリのナンバー1だ』
「そ、そうよね? そうだよね!」
『外見だけじゃない。お前の魅力はその内面の強さだ。お前は誰よりも強い。他人に流されない強さがある。まわりを気にせず、自分が信じるものへと突き進む意志の強さが、お前にはある!』
「うん、うん!」
『だから、俺よりずっといい男が見つかるって!』
「…………はぁ?」
『俺のことは忘れて、新たな恋をするんだ、星奈!』
「わ、わわわ忘れろとか、何言ってんの? ……まさか、あたしに好きって言ったこととか、一緒に買い物したこととか、部屋で勉強したこととか、家に泊まりにきたこととか、プールのこととか……そそそ、そういうのを全部忘れろって?」
『あ、ああ、……俺はお前の期待にこたえられないダメ男なんだ。ヘタレでニブくて、傷つくのが怖いくせに、知らぬ間に誰かを傷つけるサイテー野郎なんだ。だけど、ダメな男にはダメな男なりの幸せってやつがあるんだよ!』
「……あ、あたしはそういうところも含めて好きっていうか」
『だから、俺のことは忘れてくれって何度も言ってるだろが!』
「そ、そんな……」
 星奈の手から携帯電話がすべり落ちる。
 そのことに気づかないまま、星奈は口を泳がせている。
 床に転がる携帯電話を見ながら、夜空はその機種を選んだ星奈のことを思いだす。
 あれは夏休みに入ったばかりのことだった。
  
「あれ? それ俺のと同じだな」
「へ、へえ……そうなんだ、き、奇遇ねっ!」
 
 機種だけでなく色も小鷹と同じ。偶然であるはずがなかった。
 夜空は無意識のうちにそれを握って思わず叫んでいた。
「おい小鷹、フザけるなっ!」
『……夜空? どうしたんだよ?』
「どうしたもクソもあるか。なぜこんな大事なことを肉にいきなり言うんだ!」
『で、でも……そこに理科、いるんだろ?』
「理科が?」
 夜空は白衣姿の後輩のほうを見やる。
 理科はびくんと身体を震わせる。そして、すぐに視線をそらす。
『理科はこのことを知ってるよ。だから、あらかじめ言ってくれたんじゃないかって……』
「お、お前、まさか……」
 夜空は小鷹の一番の友達になりたかった。だから、理科と小鷹の友情は嫉妬すべきものだった。
 でも夜空は理科を憎むことができなかった。ある放課後、バス停で小鷹と理科は親しそうに話していた。その光景はとても美しかった。夜空の好きな青春映画の一場面のように輝いていた。まるで結晶のようだと夜空は思った。
 そんな友情を小鷹は――。
「お前は友達を盾にして、こんな卑怯な真似をするようなヤツだったのか! 小鷹っ!」
『い、いや友達っていうか、理科とはもう……』
 言い訳じみた小鷹の口調を聞くことに、夜空はもう耐えきれなかった。
「野垂れ死ね、クズっ!」
 夜空は腹の底からそう叫んで、電話を切る。
 目の前には星奈と幸村が対峙している。
 星奈の呼吸は荒々しい。幸村の表情は変わらない。
「……おい肉、これ」
 夜空は星奈に携帯電話を返そうとする。
 しかし、星奈は夜空の存在を忘れたかのようだった。まっすぐに幸村だけをにらんでいる。
「幸村、あんた、小鷹に何をやったのよ?」
「わたくしはあにきに告白しただけです。星奈のあねご」
「それだけじゃないよね? ねえ言ってみなさいよ!」
「わたくしの告白にあにきは『はい』と答えられました。星奈のあねごのときはそうでなかったときいていますが」
「そ、そうだけど……それは!」
「星奈のあねごの告白に、あにきはとまどい、理科どのにそそのかされて、あのような返事をしたのです。でも、わたくしのときはちがいました。……この意味がわかりますか、星奈のあねご」
「くっ…………」
 星奈は何も言い返すことができずに顔をうつむかせる。
 紅潮した頬からひとすじの涙が流れていた。
「……幸村、ひどいよ。ひどすぎない?」
「なにがですか? 星奈のあねご」
「あんたさぁ、知ってたよね? あたしが告白したときに部室にいたよね? あたしが小鷹のことをどう思ってるのかわかってたよね?」
「もちろん、承知のうえです」
「じゃあなんでこういう抜けがけをするのよ! どうしてあたしのジャマをするのよ!」
「抜けがけをしたのはあなたのほうではないですか?」
「う…………」
 あの日、星奈が部室で小鷹に告白したとき、隣人部は崩壊した。
 そのことで夜空は星奈を恨んではいなかった。
 それはやがて来るべきカタストロフだった。運命だったと思う。
 でも、幸村は許してなかったのだ。あんな形で告白した星奈のことを。
「星奈のあねご、わたくしにはあにきしかいなかったのです。そのことは何度も申しあげたはずです」
「あ、あたしだって……」
「心配いりませんよ、星奈のあねご」
 それから幸村は笑みを浮かべて言った。
「あねごにはゲームの美少女たちがいるではありませんか? 彼女たちになぐさめてもらえばいいのです」
「…………っ!」
 星奈の肩が再び震え始める。その異変に気づかなかった夜空ではなかった。
「こんなものがっ!」
「やめろ、肉っ!」
 夜空の声よりも早く、星奈は近くにあったゲームのケースを幸村に投げつけていた。
 それは幸村をかすめて、後ろのドアに当たる。
 幸村は動かない。
「へえ、よけないのね、幸村」
「ええ、こうなるのは覚悟のうえです」
「あたしを怒らせるとどうなるかわかったうえで挑発してるのね。幸村ごときのくせに」
「おい肉、暴力だけはやめろ!」
 夜空はさらにケースに手を伸ばした星奈の前に立ちはだかる。
「幸村も! さっさと出て行ってくれ!」
「なぜ止めるのです? 夜空のあねご」
「お、お前、星奈に殺されていいのか?」
「ええ、本望です」
 幸村は夜空の背後でたじろくことなく言う。
「星奈のあねごから傷を受ければ受けるほど、あにきのわたくしへの愛は増すでしょうから」
「……こ、この……調子に乗りやがって!」
「やめるんだ肉!」
 夜空は幸村につかみかろうとした星奈を必死でおさえる。
「もういい。ここから去ってくれ、幸村」
「夜空のあねごには関係ありません」
「……頼む、部長としての最後のお願いだ」
 夜空は怒りに燃えた星奈の瞳を見ながら幸村に言った。
「これ以上……こいつに傷を負わせないでくれ」
 その言葉に、星奈の動きは一瞬止まる。
「……わかりました。それではしつれいします」
 幸村は足音を立てずに去っていく。
 そのドアが閉められた瞬間。
「死ねええええええっ!」
 星奈が夜空を払いのけてドアにケースを投げつけていた。
「おい肉、今のはヤバいぞ。もし幸村が戻ってきていたら……」
「はっ! そんなトンマなやつだったら死んじゃえばいいのよ! 死んで当然よ、あいつは!」
「物騒なことを言うな、落ち着けって」
「あんたになにがわかるのよ、夜空っ!」
 星奈の叫びに夜空は黙る。
 その瞳からは涙がとどまることなく流れていた。
「いや……私は私なりに……」
「そうだよね。あんたは負け犬気取ってたからね。いい? そんなあんたにはあたしに同情する権利なんてないから」
「う…………」
 夜空は何も言い返せない。
 それから星奈はよろよろとゲームを並べている棚に足を運ぶ。
「はははっ! あんたたちになぐさめてもらえって言われちゃった! あんたたちを小鷹の代わりにしろって言われちゃった! ……って、そんなわけないじゃない!」
 星奈は手に取ったゲームをケースごと真っ二つに叩き割る。
「そんなつもりでやってたんじゃないわよ! あたしは! あたしは!」
 そう叫びながら、星奈は自分のゲームをどんどん破壊してゆく。
 それは星奈の私物だ。だから夜空にそれを止める権利はない。
 ……ただ、そんな星奈を見るのは、夜空にはとても痛々しかった。
「結婚するって言ったくせに! 好きだって言ったくせに! 小鷹は! 小鷹は! 小鷹は!」
 もう星奈に夜空の姿は見えていないようだった。
 夜空は星奈の友達であるはずだった。
 でも、星奈は怒りのままにゲームを破壊し、夜空はそれを見ることしかできない。
「小鷹! 小鷹! こだか! こだかぁ!」
 気づけば、星奈は小鷹の名前だけを連呼するようになっていた。
 数十本のゲームの残骸に囲まれて、星奈はへたりこむ。
「……こだかぁ……こだかぁ……こだかぁ……うわああああああん!」
 それから星奈の号泣が始まった。
 手で顔を覆いかくそうともせず、幼児のように星奈は泣き叫ぶ。
 そんな星奈の姿を夜空は直視することはできなかった。
 ――肉よ、貴様は誇り高き柏崎星奈ではなかったのか?
 星奈は隣人部に入ったときから傲岸不遜だった。
 決して小鷹がいたから星奈は強かったのではない。
 はじめから星奈は唯我独尊だったのだ。
 そこが自分との違いだと夜空は考えていた。
 夜空は小鷹を気にしてその言動に一喜一憂してしまう。
 星奈はそうではない。小鷹がいくら優柔不断でも自分のペースを貫いていた。
 焦って盗作騒ぎを起こして人望を失った夜空と、小鷹に対しても正々堂々と接してきた星奈。
 そんな星奈を認めたからこそ夜空は友達になった。
 では、小鷹に捨てられて泣いているこいつは何なのだ、と夜空は思う。
 星奈の涙は珍しいものではない。夜空に言い負かされて星奈が泣きながら部室を出たことは何度もある。
 でも、これほどみじめではなかった。これほど哀れではなかった。
 それもこれも小鷹を好きになったからなのだ。
 誰かを失うことで自分をも失ってしまう。それが『愛』なのか。
 星奈の嗚咽を聞きながら、夜空は考える。
 ――これじゃ、愛なんてないほうがいいじゃないか。