僕達の友情は儚い(2)「ですから、じょうだんではありませんが」

 
※この作品は、ライトノベル僕は友達が少ない10』の続きを書いた二次創作小説です。

 
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     (2)
 
「しつれいします」
 お辞儀をして部室に入ってきた幸村の格好は、言うまでもなく女子の制服だった。
 幸村が女子制服を着て隣人部部室に入ったことはほとんどない。もともと男子だと言い張っていた幸村は、星奈の父親である理事長の粋なはからいによって、男子制服での通学が認められていたからだ。
 それが許されたのは幸村が華奢な体つきだったこともある。星奈とは正反対の中性的な体型をしていた幸村は男子の格好をしても目立たなかったのだ。
 ともあれ、女子が女子の制服を着るのは当たり前のことなのに、星奈だけでなく夜空もガッカリしていた。
 というのは、夜空がこの隣人部を訪れる前に寄った生徒会室で、遊佐葵にこう聞かされたからだ。
 
「三日月さん、あの、退部の話をするゆっきーに、驚かないでくださいね」
 
 だから、夜空は幸村が何かをたくらんでいると思っていた。星奈がいう紋付き袴を着て現れるというような。
「……夜空のあねご、本日はだいじな話があります」
「うむ、話は聞いている。何か渡すものがあるのだろう」
 夜空は妄想を打ち払いながら、部長らしくふるまおうとする。
「はい、これをお渡しするべく」
 幸村はそう言って夜空に二枚のプリントを渡してくる。
 ――二枚?
 一枚目の紙には、夜空の予想通り退部届と記されていた。
 すでに幸村の名前は書かれていて、その下に部の代表者と顧問が署名する欄がある。
 こんなものをマジメに提出する生徒は少ないと、夜空は生徒会で聞いた。
 トラブル防止のために作られた意味合いが強く、そのほとんどは体育会系の部活で起こる問題だという。
 幽霊部員や自然消滅が当たり前の文化系部活では、退部届を提出するほうが珍しいらしい。
「なあ幸村、なにも退部することはないじゃないか」
 いちおう夜空は部長らしく言ってみる。
「ですが、双方のことを考えると、こうするのが一番よろしいかと」
「籍だけ置いていてもいいじゃないか。火輪なんて生徒会役員をしながらボドゲ部部長もやってるし」
 夜空は生徒会書記の神宮司火輪を引き合いに出す。
「夜空のあねご、わたくしはわたくしです」
「……そうか」
 夜空は幸村の返事に重々しくため息をついてみせる。
 しかし、それほど寂しさがこみあげてこないことが、自分でも不思議だった。
 引き留めたところで、頑固な幸村の決意をひるがえすことはできないと、最初からあきらめていたせいかもしれない。
「夜空のあねごには、いろいろお世話になりました」
「そ、そうか?」
 夜空は幸村の常套句に疑問形で答えてしまう。
 正直いって夜空は楠幸村という女子のことを好ましく思っていなかった。男子だと誤解していたときは問題なかったが、女子だと判明してからはうとましく感じていたぐらいだ。
 幸村が小鷹を『あにき』と呼び盲目的に従う姿は、夜空の嫌いな「男の言いなりになる女」そのものだったからだ。
 幼少時に両親の離婚を体験した夜空にとって、男に依存する女性の末路は悲劇しかないと信じていた。
 だから、幸村が生徒会の手伝いを始めてから同性の葵と友達になり、小鷹の後をつきまとわなくなったことは、夜空にとって好ましいものだった。
 そして、この隣人部の退部だ。
 夜空からすれば拍手で送ってやりたいぐらいだった。
 ――さらば幸村、私の知らないところでがんばってくれ。
「……星奈のあねごも、お世話になりました」
「え? あたし、あんたに何もやってないし」
 星奈は幸村に正直な反応を返す。
「ですが、いろいろと教わることがありました」
「そ、そう? まあ、あたしは完璧超人だから、存在するだけで模範となったかもしれないけど」
 思わず顔を赤らめる星奈に夜空は冷や水を浴びせたくなった。
「肉よ、これが俗にいう誉め殺しというやつなのだが」
「なにをいってるのよ夜空。幸村は本心で言ってるのよ。そうよね?」
「そうです。星奈のあねごの後ろに立っているだけで、非常に多くのことをわたくしは学びました」
「は? それって……」
「はい、えろげーのことです」
「って、おい!」
 夜空は思わず叫び声をあげる。
 神妙だったはずの退部シーンが一発で台無しである。
「あ、あんたさぁ、あたしの背後でじっと見てて気味悪かったんだけど、まさかマジメにテキスト読んでたの?」
「はい、それがどれほど有意義だったことか」
 幸村は星奈に真剣な面持ちで答える。そんな二人に夜空は口をはさまずにはいられなかった。
「だから、部室でいかがわしいゲームをするなと言ったのだ、この変態肉がっ!」
「ちがうわよ! 悪いのはのぞき見をしていた幸村のほうよ! プライバシーの侵害よ!」
「肉よ、幸村はつい最近まで自分の性別すら知らなかったほどのウブな女の子なのだ。そんな幸村にエロゲーで教育とか、変態の理科でも自重してたことだぞ!」
「心配いりません、夜空のあねご」
 幸村は先輩二人が騒ぐ中でも口調を変えずにこう言う。
「たしかにえろげーは勉強になりましたが、あまり実用的ではないのです。それよりも女性誌の特集記事のほうが……」
「そ、そうなの?」
「ですから星奈のあねごもご注意なされますよう。男子の性器というものはえろげーのように都合良くは……」
「す、ストップ!」
 夜空は幸村のまさかの性器発言に取り乱す。
 その反動で夜空が持っていたもう一枚の紙が、はらりと机に落ちた。
「あ、…………それ」
 理科のつぶやきが聞こえてくる。
 そう、夜空はおかしいと気づくべきだった。
 みずから変態と称する理科が、こういう話に乗ってこないことに。
「なによ、二枚も持ってくるなんて、そんなに退部したかったの、幸村?」
「ちがいますよ、星奈のあねご。その退部届はわたくしのではありません」
 落ち着いた幸村の言葉を聞きながら、夜空は身体中が震えてくるのを感じた。
「こ、これは……どういうことだ?」
「そちらにも夜空のあねごの署名が必要ですので」
「だ、だから…………」
 夜空は必死で呼吸を整えようとする。
「なんで……お前が小鷹の退部届を持ってきているのだ?」
「代理として持ってきました。あにきが停学中で学校に来れませんゆえ」
「だから、なんでお前がっ!」
 机をたたきつけながら叫ぶ夜空に、幸村は微笑みながら答えた。
「……わたくしは、あにきのカノジョですがゆえ」
 夜空はもう一度プリントを見る。
 そこに書かれているのは、明らかに幸村とはちがう、不器用な男子の筆跡。
 ――羽瀬川小鷹
 まちがいない。何度見てもまちがいない。
 小鷹の退部届を幸村が持ってきたということだ。
「なに言ってんのよ、夜空、貸しなさい!」
 星奈はぼうぜんとする夜空の手から、乱暴にプリントをひったくる。
「はあ? 何これ? なんの冗談?」
「じょうだんではありませんが」
 幸村の調子は変わらない。
「で、幸村。さっき、あんたなんて言ったの? 自分が小鷹のカノジョとかなんとかって……あのねえ、そういうサプライズはいらないから! あんたは紋付き袴着て切腹してりゃいいのよ! 最後の最後だからって、やっていいことと悪いことがあるのよ。ママが教えてくれなかった?」
「ですから、じょうだんではありませんが」
「じゃあ、何でこんな手のこんだものを持ってきたのよ?」
「さきほど申しあげたように、わたくしはあにきとトクベツな関係ですので」
「なにいってんのよ、あんた!」
「おい幸村、正気か?」
 夜空は立ち上がった星奈を制しながら幸村に言う。
 混乱しているのは夜空も同じだった。
 ――たしかに冬休みの間、夜空は小鷹に会っていない。
 夜空だけでなく、星奈も理科もそうだという。
 でも、それで小鷹と幸村が付き合っている証拠になるのか?
 だいたい、小鷹は星奈のことが――。
「ふふふ、あたしたる者が、ついムキになってしまったわ」
 星奈が平静をよそおいながらそう口にする。
「おみとめになるのですね、星奈のあねご」
 幸村の言葉はあいかわらず落ち着いている。
「なに言ってんのよ! こんなタチの悪い冗談にダマされるほどあたしはバカじゃないってことよ!」
「ですから、じょうだんではありませんが……」
「あーもう、幸村っていつもこう! 同じ言葉ばっかりくりかえして話にならないのよね!」
「わたくしはウソをつかないように心がけているだけなのですが」
「いい? 最後だから言ってあげるわ」
 星奈は幸村と距離を置いてから、びしっと指をさす。
「あんたのそういうところ、あたしは大キライだったから!」
「……そうですか、ざんねんです」
 幸村はあまり残念がらずにそう言う。
 そんな二人に夜空は口を出せないでいる。
 星奈の言い方はあんまりだが幸村を信じられないのは夜空も同じだった。
 でも、冗談だとしたら、もう一人の部員が黙っていないはずだ。
 どうして理科はずっと沈黙している?
 そもそも、理科はなぜ白衣を着ている?
 まるで小鷹と友達だった期間をすべて否定しているみたいじゃないか。
「まあ、あたしは寛大な心の持ち主だから許してあげる」
 星奈は挑発的な物言いをやめようとしない。
「なにをゆるすというのですか、星奈のあねご?」
「だってさぁ、つい最近まであんた、おちんちんついてないくせに、自分のこと男の子だと思ってたんだよね?」
「おい肉、そういう言葉は口にするなって」
 夜空があわてて間に入るが星奈は止まらない。
「いや夜空、これ大事なことだから! そう、幸村はおちんちんすら知らなかったのよ!」
「……それはむかしのことですが」
 さすがの幸村もこの星奈の発言にはムッとした顔をする。
 その表情が好ましかったのか、星奈の口調は熱を帯びてくる。
「でもね、おちんちんのことを知ったところで、あんたにおっぱいがないことに変わりないから!」
「……むねの大きさは、女子力に関係ないとおもいますが」
「あるわ! 大アリよ! 男子とまちがわれる幸村ちゃんにはわからないかもしれないけどさあ、男の子はみんなおっぱいが大好きなのよ!」
「……むねだけが女子のみりょくではありませんが」
「つまり! あたしが言いたいのは! あんたのようなコドモの身体で、カノジョになったとか、色気づいたことを言うのは十年早いってことよ! フザけたことを言うな! この貧乳のおちんちん知らずがっ!」
「肉よ、ちょっと落ち着け」
「……ならば、あにきに電話でたずねてみてはどうでしょう?」
 それでも幸村は平然と言う。その冷静さが夜空にはだんだんと恐ろしくなる。
 ――もし、幸村の言っていることが本当だとしたら?
 ありえない。夜空は自分にそう言い聞かせようとする。
 目の前の二人を見ればわかるじゃないか。官能美がただよう星奈の身体に比べれば、幸村の体型なんてスレンダーというか未発達というか貧相というか――。
「言われなくてもそうするわよ! ……ったく、いくらあたしに勝てないからって、最後の最後にこんな嫌がらせをするなんて」
 そうつぶやきながら、星奈が携帯電話を取りだしたときだ。
「あの……星奈先輩」
 白衣姿の理科のか細い声がする。
「……やめといたほうがいいと、思いますよ?」
「はぁ? あんたもなに言ってんのよ!」
「……だから……その」
 理科の言葉はあまりにも弱々しかった。
 その様子を見て夜空は思いだしたのは、入部したときの人慣れしていなかった頃の理科の姿だった。
 浮き沈みが激しくすぐに自分の世界に引きこもる。
 そんな理科の表情を豊かにしたのが小鷹だった。
 気づけば隣人部でもっとも小鷹と仲良くなった理科。先輩の中で小鷹だけを呼び捨てにするようになった理科。
 こうして変わったはずの理科が、初めて会ったときの表情が乏しい女子に戻っている。
 その理由は――。
「ちょっと肉、理科の言うとおり……」
「はぁ? あんたまでダマされてどうすんのよ夜空。これは一年コンビが共謀して、完璧なあたしをおとしいれようとしてるブザマな作戦なのよ。……いい? あんたたちに大事なことを教えてあげるわ!」
 それから星奈ははちきれんばかりに豊満なバストを揺らしながら言った。
「小鷹があたし以外の女の子を好きになるはずないじゃない!」
 
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