二度と戻れぬブラックホール観光ツアー! ― 二間瀬敏史『ブラックホールに近づいたらどうなるか?』(評価・C)

 

ブラックホールに近づいたらどうなるか?

ブラックホールに近づいたらどうなるか?

 

親しみやすい文体とイラストで、3次元空間の限界《ブラックホール》に迫る。
日進月歩の宇宙論を反映してか、やや急ぎ足でまとまりのない入門書。
 

 トンネルの中を車で疾走するような光景。
 ブラックホールに飲み込まれるギリギリの距離(半径1.5倍)を光速に近い速さで回ると、そのような光景を目にできるという。
 我々の銀河系の中心にあるブラックホールに、いま、巨大なガス雲が近づいている。今年2014年春、そのガス雲がブラックホールに飲み込まれ、爆発的に輝くと期待されている。何しろ、史上初めてのブラックホールの直接的証拠が得られる絶好の機会なのだ。
 だから、本書で語られているブラックホールの姿は、理論上の仮説にすぎないところが多い。
 ブラックホールの解明は天文学だけに話はとどまらない。かつて、相対性理論ニュートン力学を時代遅れのものとした。その発見は、GPS機能をはじめ我々の生活に大きく寄与している。ところが、この相対性理論を過去の遺物とする新たな重力学が、今さかんに取り上げられている。我々の世界はまだ解明されておらず、そのカギをにぎるのがブラックホールなのだ。
 本書はそんなブラックホールの謎を、一般向けにわかりやすく紹介している。太字強調や挿絵があり、あたかも、大学の一般教養講義を聞いているように楽しめるだろう。「ブラックホール観光ツアー」を具体例として演出するなど、理論解説書では味わえない面白さがある。
 ただし、読みやすいが、まとまりに欠けた内容である。太字箇所が多すぎるし、イラストはわかりにくい。あくまでも入門書として楽しむのがいいだろう。
 



 

◆ 紹介

 

(1)我々の世界は3次元ではない?

 

 我々の世界は3次元ではない、と最近の学説では主張されている。
 「超弦理論」(超ひも理論)というものがある。そこでは、10次元時空(時間1次元、空間9次元)であるとされる。さらに、最近の「M理論」では、空間が10次元で、超弦理論の弦の中にもう一つ次元が隠れているという。
 一方で「ホログラフィック原理」というものもある。これは《3次元空間の出来事は、2次元面の「境界」上に書き込まれた情報に現れた現象にすぎない》という見方だ。つまり、我々の認識する3次元空間は幻で、無限の遠方にある2次元面の境界が本当の現実だという予想である。
 わけがわからない。そんなの、どうでもいいじゃないか。
 僕は中世の人々に共感する。「地球が回ってるって? そんなことを俺が知ってどうなるっていうんだ?」
 

 そんな「超弦理論」を提唱する「量子力学」の解明のためにも、ブラックホールが注目されている。
 なぜならば、ブラックホール相対性理論の限界を示したものであり、その正体を知ることで、我々の認識する3次元空間を超えた発見が導きだされるかもしれないからだ。
 

(2)アインシュタインブラックホールを信じなかった

 

 相対性理論は「特殊」と「一般」がある。
 光の速度は絶対および最速、というのが特殊相対性理論
 重力は時空をねじ曲げる、というのが一般相対性理論
 つまり、光はあらゆるものより速く、重力は時間や空間をもねじ曲げる、というのが相対性理論である。
 そんなバカな、と思われるかもしれないが、そう仮定すると、ニュートン力学では不可能だった精度の高い予測が導きだされたのだ。
 

 では、ブラックホールはどのようなものか?
 光の速度は秒速30万キロメートルである。これより、速いものは、相対性理論では存在しない。
 そんな光でも重力にはさからえない。
 だから、光の脱出速度を上回る重力の星があれば、あらゆるものが脱出できなくなる、つまり、飲み込まれるのだ。
 これは、地球よりも重力が強い星でのロケットの火力を想像するとわかりやすいと思う。
 

 この仮説を、相対性理論提唱者アインシュタインは一笑に付した。
「それはない」
 その重力を、地球でたとえるならば、地球をそのままの重さで半径9ミリメートルに圧縮すれば可能となる。太陽だと半径3キロメートルだ。
 アインシュタインでなくとも「そんなものありえない」と答えるだろう。
 ところが、そういうものが宇宙にはあったのである。
 

(3)原爆の父オッペンハイマーと、ブラックホール研究

 

 このブラックホール研究を語る上で、欠かせない物理学者がある。
 原子爆弾の父、オッペンハイマーである。
 ブラックホールと原爆と関係があるのか、と思われるかもしれないが、物体のエネルギーを考える上で、宇宙現象は格好の材料なのだ。
 彼が発見したのは「重力崩壊」という現象である。
 原子核というものがある。その構成要素が、陽子と中性子である。この中性子だらけの天体を中性子星という。もし、この星が支えられる限界の重力を突破するとどうなるか。一点に収束するのではないか。これが、オッペンハイマーの主張した「重力崩壊」である。
 それを元に導きだされたのが「特異点」である。この特異点では時空が無限に曲がるのだ。
 これがブラックホールの源である。
 今では、ほとんどの銀河の中心にブラックホールがあり、1つの銀河には何百万というブラックホールがうようよしていることが明らかになっている。
 

 相対性理論の帰結として導きだされたブラックホールは、同時に相対性理論の限界を示しているといえる。
 相対性理論は、ブラックホールという存在を明らかにした。しかし、その実態がどうであるかを語ったものではない。
 提唱者のアインシュタイン自身ですら、ブラックホールが仮説である段階では否定していたのだ。それらしきものが宇宙で観測されるようになって、受け入れざるをえなかったわけである。
 

(4)3次元空間では説明できないブラックホールの謎

 

 いっぽうでミクロの世界でも解明されていない謎がある。
 電子をはじめとした微粒子では、あるかないかの中間状態があるということだ。粒子が分裂したのではなく「ある場所に1個の粒子として存在する確率が1以下」になることが明らかになったのだ。
 これを「量子力学」という。アインシュタインは終生これを認めなかった。しかし、この量子力学半導体やレーザーなどで実用的に使われている。我々の生活は、そんなものに取り囲まれているのだ。
 

 さて、ここでクエスチョンがある。
 ブラックホールに飲み込まれたものは、いったいどこにいってしまうのか?
 3次元空間で考えるならば、「無限に時空がねじ曲がる特異点」としか説明できないのだ。
 そこで、世界を多次元空間とする「超弦理論」などが提唱されるようになったのである。
 相対性理論の限界であるブラックホールの正体を知ることは、我々の認識する3次元空間の限界を知ることでもある。
 そのために、ミクロの世界を研究する学者も、いま、銀河系中心のブラックホールに飲み込まれつつあるガス雲に注目しているのだ。
 もしかすると、その観測結果によって、かつてニュートン力学を時代遅れのものとした相対性理論に代わる、新しい重力学が立証されるかもしれない。
 

 かつて、人々は言った。
「地球が回ってるって、そんなバカな話があるか」
 おそらく、我々は言うだろう。
「世界が3次元じゃないって、そんなバカな話があるか」
 



 

◆ 感想

 

 宇宙物理学は、まさに「日進月歩」で発展している。
 本書の最後に「重力波」を日本チームが人類初めて観測したという予想が書かれているが、今年3月に早くも否定されてしまった。詳しい検証が必要とはいえ、米国チームによる重力波観測が発表されたのである。
 4月13日の日経新聞の特集記事によれば、専門家ですら「2020年ぐらいまでかかると思っていた」という。
 2014年2月に発行された本書は、早くも「時代遅れ」となってしまったのだ。
 

 本書はそんな物理学の進度を反映してか、いささか急ぎ足で出された感がある。
 個人的に不満点は二つ。
1.各章に「小括」などのまとめが欲しかった
2.挿絵が文章そのままのイラストばかりだった
 

 1について。
 大事なところは太字強調しているのでわかりやすいと思いきや、それをまとめた文章がないのである。これは、締め切りまでに最新理論を取り入れようとした著者の柔軟な執筆姿勢を裏づけるものかもしれないが、それゆえに「これ一冊でわかる!」という説得力に欠ける。
 

 2について。
 親しみやすい絵柄だが、文章の理解を補うものではない。「○○○だって」という他人事である。どうも、挿絵画家自体、本書が書いている内容をわかってないみたいである。
 締め切りにあわせて「とりあえず書いてみました!」という印象が強い。
 

 一見すると、好奇心旺盛な中高生でも楽しめそうな本だと感じるが、その中身は練りこまれていない。本書で「よし、俺も物理学者を目指すぞ!」と志す中高生は出てこないのではないか、と考える。
 宇宙の最新理論を知ることはできるが、強く惹きつけるものはなかった。評価はC。
 

ブラックホールに近づいたらどうなるか?

ブラックホールに近づいたらどうなるか?