石川博品『ヴァンパイア・サマータイム』 (評価・B)

 
 
人間と吸血鬼の恋愛物語なのに、ファンタジーらしさは皆無!
ういういしい高校生の初恋模様を、うらやましながら読め!
 

 
 太陽の光を受けると灰になる。そんな吸血鬼が、日本の人口の半分を占める世界。
 その設定以外は現代と変わらない世界に生きる、高校生の恋愛を描いたのが、この『ヴァンパイア・サマータイム』である。
 
 吸血鬼にまるで興味ない僕だが、今作の世界設定は楽しんで読めた。
 人口の半分を占めるのだから、人間と吸血鬼が共存するインフラは整っている。
 ほとんどの学校は24時間体制である。人間は昼間部で、吸血鬼は夜間部。同じ教室を使っているものの、両者の接点はない。だから、昼間に座っている自分の席に、夜は美少女吸血鬼が座っている可能性があるのである。
 ただし、人間の登校時間は同じだが、太陽の光を浴びることができない吸血鬼の登校時間は季節によってマチマチである。夏は夜が短く、吸血鬼の活動時間はかぎられている。だから、吸血鬼は冬が好きなのだ。
 すでに法律によって、吸血鬼が人間の血を吸うことは殺人に匹敵する重罪となっている。血を吸われた人間は吸血鬼になってしまうからだ。だから、薬局では吸血鬼用の血液パックが売られている。ただし、学校で吸うのは禁止。人間に見られるのもマナー違反とされる。
 電車だって24時間運行である。公園も、夜になると、吸血鬼の子供たちがハシャぐ遊び場となっている。吸血鬼用のマンションはあるし、仕事もある。日光を浴びることのできない吸血鬼には残業ができず、どうしても仕事が終わらない場合は会社に泊まるしかないのだが、何しろ人口の半分を占めているのだから、それを当然のものとした世界になっているのだ。
 自分が中学生だったら、こういう設定を信じられたかもしれない。夜の住民たちが半数いる世界。彼らとは接点がないだけで、スポーツ美少女吸血鬼や、巨乳少女吸血鬼が身近にいたりするのだ。そう妄想することは楽しいことではないか。
 
 詠み始めたときは、奇想天外な設定と最初は感じたが、リアリティのある、もっともらしい世界観が形成されていて、違和感なく昼の住人である男子高校生と、夜の住人である女子高生との恋愛劇を楽しむことができた。
 人間と吸血鬼の恋愛小説のわりに、読んでいてファンタジーらしさを感じることはなかったのだ。
 それは、作者の性格によるものではないかと考える。
 なにしろ2ページ目で「あがりかまち」という単語が出てくる。まさか、挿絵つきのラノベの冒頭から、辞書で調べる言葉が出るとは思いもしなかった。
 なお、玄関で腰掛ける段差のあるところを「あがりかまち」というらしい。たいていの人ならば「玄関に腰掛けて」と表現するだろうが、この作者はさらに正確な文章を書くように心がけているのだろう。
 なじみのない言葉を使うことは、決してプラスではない。ラノベだと特にそうだ。しかし、この作者の表現は一般的ではない単語であっても、しっくりとなじんでいるのだ。おしゃれ用語に関してもそうで、ネットで調べただけの情報にとどまっていない。
 だからこそ、吸血鬼についてロクに考えなかった僕にも、彼らが人間と共存する世界を、違和感なく受け入れることができたのだろうと考える。
 
 今作はラノベにしては珍しく三人称である。人間男子の視点と、吸血鬼女子の視点が交互になって話は進むが、あくまでも三人称のままだ。
 こうなると、登場人物に感情移入できないのではないかと考えられるかもしれないが、むしろ客観的な視点であるからこそ、主人公たちの初々しい恋愛模様を描くことに成功している。
 
 ただし、その恋愛模様が主題になっているのは、どうであろう?
 本作の構造は全四章+エピローグである。
 第一章では、吸血鬼と共存する世界が描かれているだけではなく、昼間部と夜間部をめぐるトラブルが発生する。それを、昼の人間と夜の吸血鬼が互いに協力して解決するのだ。僕はこの時点で、すっかり今作はミステリーだと考えていた。
 ところが、第三章以降は、主人公たちの恋愛劇となる。とにかく、二人とも恋愛経験がないから、わきあがる感情を制御できず、自分の部屋のベッドで枕をうずめて足をバタバタさせるほど悶絶するのだ。その光景は微笑ましいが、一方で思う。
「これ、人間と吸血鬼でやる必要あるの?」
 
 また、主人公男子がオシャレ人間であることも個人的に残念だった。ラノベの主人公男子は、ファッションにうといのが定番ではなかったか。序盤は冴えないと思わせて、実は女子からの人気者という展開は、ちょっと騙された気になってしまう。
 
 あと、三人称ゆえであろうが、主人公の内面のセリフで、ときどき、空行をはさんでいる場面があった。そのセリフは、個人的にあまり強調するほどのものでいと感じたので、読む興をそがれる気分になった。
 この作者の文体は、わかりやすく知識もあると感じさせる理想的なものだが、空行スタイルはどうも違和感を覚えた。
 
 総括すれば、人間と吸血鬼の初々しい恋愛小説だが、その世界設定はスパイスにすぎない。読んだときは楽しめたが、続編を読みたいという動機には欠ける。
 ただ、吸血鬼にまるで興味がなかった僕にも、そういう世界もアリだと想像させる力が、この作品にはある。