三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』(評価・A)

 
「よどみなさ」と「いさぎよさ」。ラノベ文体で気軽に読める文学案内ミステリー
 

 
 この『ビブリア』をライトノベルと分類するかはさておき、作者は電撃文庫ラノベを発表してきた作家である。
 ラノベの特徴は、(1)キャラ立ちしている(2)話の展開がわかりやすい(3)読みやすい、ということがあげられる。この『ビブリア』では、それは長所であり、短所でもある。
 
 
 本作は「古書ミステリー」である。古本なんて、ブック・オフでしか買わねーよ、という人も、本作に出てくる数十万円や数百万円する古書の存在には興味を持つはずだ。
 また、題材としているのは、漱石全集であったり、哲学書であったりするのだが、読書経験のない人にも、楽しめる工夫をしている。数百万円する古書が存在する理由、100円でしか売れない本を大事にしている理由は「本の虫」ではない人にも納得できるはずだ。
 出てくる登場人物も、一見、文学っぽくないところがいい。ヒロインの篠崎栞子をのぞくと、図書館であまり見ることのなさそうな顔ぶればかりだ。そんな彼らが、どんな思い入れをそれぞれの本に持っているか、の動機づけがうまくされている。
 そして、ミステリーの形式をとっているが、ヒロインである古書店店主の篠崎栞子は「よどみのない」推理で、完璧に物事を当ててゆく。その鮮やかさには読んで溜息が出るほどだ。それゆえに、読んでいる者は、語り手の男性とともに感嘆するほかない。
 また、キャラは使い捨てではない。全4話の体裁をとっているが、第4話では全員が集結するのである。なにしろ、本作には続編を匂わせる下心はない。この一作で伏線はあらかた解決されているのだ。
 続編を期待させるよりも、篠崎栞子というヒロインについて一冊だけであますことなく描く。その作者の「いさぎよさ」ゆえに、本作は完成度が高いのだ。
 
 ただ、料理にたとえるならば、おいしいけど食べごたえがない作品ではある。
 その理由の一つが、舞台としている鎌倉の描写である。たしかに、それなりの描写がされているのだが「生きた街」として想像できないのだ。篠崎栞子をはじめ、キャラクターは魅力的であるが、話がうまくできすぎていて、「作られた世界」という負の印象がぬぐえない。栞子さんは古書を見るだけで、たいていのことは言い当ててしまうので、物語に無駄がない。だから、料理における隠し味が足りないのである。
 しかし、それゆえに文学案内書としても楽しめるだろう。「漱石全集」を題材にしてるといっても、村上春樹の『海辺のカフカ』のように、わざわざマイナーな『抗夫』を話題にすることはない。本作には4作品が登場するから、一冊読んだだけで五冊読んだ気になれる。Wikipediaを読めばわかるような概略ではなく、登場人物に託して、その思い入れをたっぷり語っている。僕も本作を読んで、小山清の『落穂拾ひ』を読みたくなった。
 また、本作の面白さは街の古本屋に足を運ばせるだけの力がある。これまで僕は、古本があまり好きではなかった。前の持ち主が線引きしていたりするからだ。僕はそれを見ると「いやいや、そこじゃねえだろ、線引きするところは」といらだつ性格である。でも、それは「前の持ち主がどのようにその本を手にしたか」の痕跡であるのだ。本作のヒロイン栞子さんならば、その線引きから多くのことを言い当てるのだろう。「人の手から手に渡った本そのものに、物語がある」。そうかもしれない。現実では、その労力は徒労に終わるだろうけど、そうじゃない可能性だってあることを、本作は教えてくれる。
 
 本作はシリーズ化されて、最近五巻が発売された。はたして、二作目以降はどんな物語になっているのか。この一巻を読んでも、まったく見当がつかない。もしかすると、本作では物足りなかった、舞台となる鎌倉の「生きた」描写も出てくるかもしれない。
 そんな期待もしつつ、評価はAとした。