東野圭吾『探偵ガリレオ』(評価・B)

 
湯川助教授のキャラクターが光るものの、展開の鮮やかさに欠ける中編推理小説
 

探偵ガリレオ (文春文庫)

探偵ガリレオ (文春文庫)

 
 福山雅治主演のドラマで話題を博したドラマの原作である。僕はドラマは未見だが、話題作ということで読んでみた。
 読んで驚いたのは、カセットテープやビデオテープという表現。そして、喫煙に対する社会の風当たりがないことである。巻末を見ると、1996年〜98年まで連載されていたものらしい。果たしてドラマでは、これらの20世紀的表現はどのように改変されたのであろうか。
  
 探偵ガリレオこと、物理学科助教授湯川が、草薙刑事では手に負えない不可思議な事件を、その分析力と推理によって解き明かすという筋書きであり、本作はそのシリーズの第一作である。計五編がおさめられている。
 それにしても、ミステリー中編の登場人物を覚えるほど面倒なものはない。ありふれた名字ばかりであるし、草薙と湯川以外の名前は覚えても次の作品にはつながらない。しかし、読み飛ばしてみると、肝心の種明かしの際、驚きがうすれてしまう。推理小説が好きな人は、登場人物の名前を覚える能力が僕よりも優れているのであろうか。個人的には、わかりやすいあだ名をつけてもらいたかったと思う。警察だって、捜査の際には、被疑者をマジメくさって本名で呼んだりしないはずだ。「田中さん」や「鈴木さん」で意思疎通できるとは考えられない。せめて、僕のような、推理小説初心者にも配慮した工夫をすべきではなかったのか。
 また、本作の肝である、化学反応や物理現象の描写が、どうも想像できなかった。この作者は、電気工学科卒でエンジニア勤務経験があるが、このシリーズでは、理系オンチの草薙刑事という視点から語ることで、文系人間にもわかりやすく表現しようと工夫している。しかし、文系人間には頭の痛いトリックであるがゆえに、真相解明されても「なるほど、なるほど」とわかった気になるだけの読者も少なくないのではないか。僕のように。
 本書は五編収録されているが、それぞれ展開が異なるという面白さはある。ただ、このシリーズでは「犯人は誰か」だけではなく「怪奇現象の真相はなにか」という、二重の謎解きとなっているために、読者として物語についていけなかったところがある。
 例えば、中学の文化祭で展示されていた仮面が、行方不明になっていた男のデスマスクであったという怪事件がある。そのデスマスクの型を拾った中学生の証言により、その男の死体が発見される。この話の場合「犯人は誰か」と「なぜ死体の男のデスマスクがあるのか」という二つの謎がある。湯川助教授は、草薙刑事の依頼を受け、その真相を解明する。それがきっかけで犯人が誰であるかわかるのだが、読者としては「デスマスクができた理由」を知りたいのに、物語では先に「誰が犯人か」が語られる。改めて読み返すと、納得の展開ではあったが、読んでいたときは肩透かしを受けた気がしたものだ。
 結局、種明かしがされてから、読み返して「おお、こういうことか」と感じる話が多かったのは、僕の理解力不足のせいなのか。それぞれの話の構造を分析してみると「推理小説の書き方」の格好の手本になるかもしれないが、どれほど作者が計算しても読者がついてくるわけではない。このような、中編作品だと特にそうだ。
 だいたい、推理中編小説には、登場人物に感情移入する余裕がない。殺人の動機となるのは、だいたい、恋愛とか仕事とか金銭がらみなのだが、読者の納得させる道具にすぎないのだ。いわば、使い捨ての犯人と被害者である。
 このシリーズでは、物理学科湯川助教授による「怪現象解明」が売りである。ゆえに、通常の推理小説に比べると、種明かしでは、驚きよりも納得が先に立つ。だからこそ、使い捨ての犯人や被害者たちとはいえ、もう少し、読者の頭に残るような工夫が必要ではなかったか。ありふれた名前で表記するだけではなく。
 まあ、これは、僕が推理小説を読むほど頭が良くないせいかもしれないが、それがゆえに、本作では「鮮やかさ」に欠けるという不満点があるわけだ。
 ただし、話題になったドラマは、見てみたいという欲求にかられた。理系オンチの草薙刑事を驚かせるための湯川助教授のイタズラ実験の数々は、ドラマでどれぐらい実現されているのだろう。それは、かつて、でんじろう的実験番組に目を輝かしていた僕には、推理本編よりも楽しめる要素となるのではないか。