伏見つかさ「エロマンガ先生」感想(評価・B)

 
 『俺妹』作者の新作は、ラノベ業界での作家と絵師の関係を妄想成分120%で物語に仕立て上げた意欲作!
 

 
 

◆ ライトな感想

 
(1)設定がありえない。頭上に隕石が三個落ちたほうがマシなレベル。
 
 主人公はラノベ作家をしている男子高校生で、彼は血のつながらない妹と二人暮ししていて、その妹はずっと引きこもっているが、実はネットで活躍しているイラストレーターで、彼のラノベの挿絵を担当している絵師「エロマンガ先生」の正体だったのだ!
 と、ここまでがプロローグ、約30ページで語られる(全350ページ中)
 
 
(2)ラノベ業界ネタがもりだくさん
 
 『俺妹』作者だけに、妙に説得力のあるラノベ業界ネタが満載。
 鬼のように厳しい編集者、そのくせ都合の悪いことはすぐに忘れる編集者、担当絵師は顔を合わせたことはなく、アニメ化して浮かれる人気作家にバカにされ、わずかな出版枠を勝ち得るためにプロット作りに邁進する。そんなラノベ作家の日常が物語として描かれているので、ラノベ作家志望者はもちろんのこと、業界に興味がある人も楽しめる内容になっている。
 
 
(3)すこぶる読みやすく笑える内容だが、消化不良の読後感
 
 ありえない設定であるのに関わらず、頭カラッポにして笑いながら二時間程度で読めるのは、この作者の筆力のなせる業か。作者の妄想力の偉大さに感服すること間違いなしである。
 ただ、「続編に期待!」な伏線が多く、一巻単体では読後感がスッキリしないのが残念。
 
 
 以下、ディープな感想。
 
 

◆ 俺が『エロマンガ先生』を買った理由

 
 あまりラノベを読まない俺だが『俺妹』は全十二巻そろえた。
 しかも、すべて新作で購入した。
 
 そのきっかけは、『俺妹』一巻を読んだときのことだ。
 当時、アニメ化が決定して、話題になったので、軽い気持ちで読んでみた。
 
 これが、なんと、予想以上につまらなかったのである。
 
 普通、アニメ化となったシリーズの初作には、何らかの面白さがあるはずだ。
 しかし、『俺妹』一巻にはそれがなかった。
 ブレークスルーがなかったのである。
 
 そして、俺は、その「つまらなさ」ゆえに興味を持ったのである。
 
 実は『俺妹』がシリーズ化したのは、作品の面白さが話題を呼んだからではない。
 とある仕掛けが話題を呼んだからである。
 それは、人気サイトを実名で、作品内に登場させたことだった。
 今では、全然めずらしくないが、当時は画期的だったのである。
 
 この第一巻が発売された2008年には、大手サイトがネット世論に与える影響力は、今よりも強かった。
 また、ラノベの権威も高かったのである。
 「サイト名を作品中で使っていいか?」という電撃文庫編集部の問い合わせに、大手サイト管理人は無邪気に喜び、『俺妹』を紹介したのである。
 そして、その長いタイトルの新鮮さもあって、予想以上に売れたのだ。
 
 そもそも、『俺妹』一巻は、プロット至上主義がもたらした、典型的作品といっていい。
 ラノベでは、企画が通らなければ、出版にこぎつけることはできない。
 だから、ラノベ作家は、他人の目をひくような、ムチャな設定をするようになる。
 そして、そのプロットに縛られながら、作品を書き上げなければならないわけだ。
 『俺妹』一巻は、そういう努力が感じられる作品ではある。
 
 しかし、二巻目以降に、『俺妹』は壁をぶち破る。
 「黒猫」という中二病オタク少女のキャラクターを確立したからだ。
 もともと、「黒猫」は、作者が同時期にシリーズ化を目指していた『ねこシス』という作品のキャラをもとにしたものだ。
 だから、『俺妹』一巻では、黒猫はゲスト出演に近い形をとっている。
 ところが、話題を集めたのは『ねこシス』ではなく『俺妹』だった。
 作者はいさぎよく『ねこシス』続編をあきらめて『俺妹』シリーズに本腰を入れるようになる。
 
 こうして、肉付けされた「黒猫」は、新鮮なヒロインとして、読者の注目を集めた。
 だが、『俺妹』はそのタイトルが示すとおり、ヒロインは主人公の実妹「桐乃」であることが宿命づけられている。
 だから、「黒猫」はサブヒロインである立場から逃れられないのだが、それゆえに、ファンの間では「黒猫こそメインヒロインだ!」という同情論が出てくるようになる。
 こうして、ファンの間では「黒猫派」「桐乃派」「あやせ派」「地味子派」といった派閥が生まれた。
 そんなファン心理を、作者は大いに活用した。
 数多くの修羅場が『俺妹』では描かれたのは、そんなファンの対立を盛り上げるためである。
 
 結果として、『俺妹』は、巻を経るごとに面白さが増すという異色のシリーズとなった。
 特に、圧巻なのが十巻、十一巻、十二巻である。
 このラスト三巻の構成の巧みさと面白さは、ラノベの中でも屈指の出来ではなかろうか。
(あんまりラノベ読んでないけど)
 
 その十一巻では、櫻井秋美という、魅力的なヒロインが登場した。
 アニメでは、まるまるカットされているのが、もったいないほどのキャラクターである。
 ただし、従来のファンは、黒猫やあやせといった、旧来のヒロインの活躍を期待していたし、作者はそれにこたえなければならなかった。
 ゆえに、櫻井秋美というキャラは、『俺妹』シリーズの中では、あまり輝くことができなかったのである。
 
 だから、俺は新作に期待したのだ。
 『俺妹』から解放された作者は、どんなヒロインを描くのだろうか、と。
 櫻井秋美という新たな可能性が感じられるキャラクターを、また見せてくれることを、俺は待ち望んでいたのである。
 
 

◆ タイトルについて

 
 『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』という作品の最大のセールスポイントは、その長ったらしい題名にあるだろう。
 『らきすた』や『けいおん!』の影響で、四文字タイトルが流行したのと同じように、『俺妹』以降は長い題名がやたらと目立つようになった。
 
 その作者の新作が『エロマンガ先生』である。
 
 一発ギャグにしてもやりすぎだろ、と思ったものだが、どうやら、シリーズ化を予定しているらしい(もちろん、アニメ化もねらっている)
 もし、売れると、ファン(のうち女子中高生)や書店員(のうち女子)は、この作品のタイトルを恥ずかしながらも、口に出さざるをえなくなる。
 
 そして、それこそが、(おそらく)この作者の最大のモチベーションの源なのだ。
 
 『俺妹』作者は、我々が想像する以上に、キモい変態野郎だったのである(誉め言葉)
 
 

◆ 無茶苦茶な設定

 
 この作品のプロローグは怒涛ともいえる展開である。
 
(1)主人公は高校に通いながら、ラノベ作家をしている
(2)血のつながらない妹と二人暮し
(3)その妹は引きこもりで、ずっと部屋から出ない
(4)とある事件がきっかけで、妹が自分のラノベの挿絵を担当している「エロマンガ先生」であることが判明する
 
 これが、350ページ中30ページほどで語られる。
 しかも、物語として、きちんと描かれているのだ。
 
 他のラノベだと、
 
(1)空から女の子が降ってくる
(2)謎の組織に追われる女の子を助ける主人公
(3)女の子が身の上話を始める
 
 ぐらいの分量である。
 
 隕石換算だと、三個ぐらい頭上に落ちないとありえない展開なのだが、それでも、ついつい読み進めてしまう筆力が、この作者にはある。
 
 『俺妹』で数多くの修羅場を描き、実妹エンドにこじつけた作者の経験値がいかされた文章は、序盤だけでも読む価値あるだろう。
 もし、奇想天外な設定を用いたラノベを書きたい人は、大いに参考にすべきである。
 
 読者からすれば、バカな設定のこじつけほどウンザリするものはない。
 そういうものは、パパッと書けばいいのだ、この作品のように。
 
 

◆ ラノベ業界ネタ尽くし

 
 この作品が出版されている電撃文庫は、新人賞の応募がついに一万作を突破したらしい。
 ラノベは、その敷居の低さゆえに流行したが、だからこそ、「誰でも作家になれる」と錯覚させることにも成功した。
 そんな彼らを相手にするだけでも商売になりえるレベルになったのである。
 
 今作はラノベ業界のネタ満載である。
 主人公と編集との打ち合わせ、ボツの数々、出版枠をめぐる攻防など、ラノベ作家志望者が読むと、楽しめること請け合いである。
 また、登場するラノベ作家たちの、執筆スタイル・ネタ出し方法や、その信念は、参考になるのではないか。
 
 そして、ラノベで対決する、という前代未聞の筋書きは、「天才型」と「努力型」という、古典的な構図で描かれていて、わかりやすい。
 どちらのポリシーが正解というものはないが、小説を書いた者ならば、そのどちらにも共感しながら、勝負の顛末を追いかけたくなるだろう。
 
 ただ、作中の作家たちが、ゲームとアニメとラノベだけでネタ出ししているのはいかがなものかとは思う。
 流行ばかり追いかけると、言葉がどんどん閉鎖的になってしまう。
 世代間での共通言語は、独立した作品としての魅力に乏しく、それこそがラノベ業界の問題点ではないか。
 まあ、これも、作者が同業者を油断させるための方便かもしれないけれど。
 
 

◆ 担当絵師がミスキャスト?

 
 ここからが不満点である。
 
 タイトルは『エロマンガ先生』だが、内容はそれほどエロくない。
 というか、挿絵が全然エロくないのである。
 
 ラノベで、どの場面が挿絵になるかについて、作者の権限はあまりないらしい。
 で、この『エロマンガ先生』においては、作者の渾身の場面(全裸ピアノ、とか、弓を構えるウルフ、とか)が、ことごとくスルーされちゃっているのである。
 
 なぜかというと、挿絵を描く人が、エロい絵が苦手だからだ。
 人選ミスである。
 
 とはいっても、担当絵師を変えることなどできなかっただろう。
 『俺妹』を人気作品に押し上げたのは、そのイラストに拠るところも大きい。
 今回の『エロマンガ先生』の表紙イラストも、構図を『俺妹』一巻に似せている。
 そうでないと『俺妹』作者の新作であると主張できないわけだ。
 
 『俺妹』に関しては、同人誌でいっぱいエロい絵があるので、そんな同人作家に任せても良かったんじゃないかと思う。
 ただ、ラノベの作家と担当絵師は切っても切れない関係である。
 そして、この「エロマンガ先生」は、そんなラノベ業界の特殊事情をいかした物語作りをしているのだ。
 
 なので、エロ同人作家にとっては、可能性がある作品だと思う。
(おそらく作者は、今作の薄い本を、かなり待ち望んでいるに違いない)
 
 ただし、エロ同人作家は人気作しか書かないものだ。
 残念ながら、現時点では、『エロマンガ先生』をネタにして書くよりも、従来の『俺妹』を書いたほうが、同人作家にとって飯の種になるはずである。
 
 

◆ 続編を意識しすぎて消化不良な内容

 
 この『エロマンガ先生』、サクサク読めるわりには、読後感は消化不良である。
 
 理由は簡単で、第一巻で明らかにされない要素が、かなりあるからだ。
 果たして、これが作者の意図なのか、編集部の指図なのかはわからないが、失敗だと思う。
 
 この作品中の主人公たちは「次がない」思いで、必死でラノベを書いていた。
 それなのに、当の作品は「続編のお楽しみ〜」と、肝心な部分をカットしているのである。
 
 シリーズ初作とはいえ、その作品単体で完結すべきではないかと思う。
 伏線だと思って読んでいたものが、最後まで明らかにならない、というのは、読者にとって納得できない。
 次回作への購入の動機にはなるかもしれないが、その消化不良ゆえに、一巻が話題に上らないリスクのほうが大きいのではないか。
 
 おかげで、肝心のヒロインである「エロマンガ先生」の造形も、この一巻だけでは曖昧模糊としている。
 また、エロエロ中学生、神野めぐみも中途半端である。
 桐乃と黒猫のハイブリットとも言うべき「山田エルフ先生」というキャラクターの印象は絶大だが、展開にあざやかさというものがない。
 この一作目に全力を尽くしてほしかった、と思う。
 
 この読後感では、読者が「面白かったよ!」と宣伝するかどうかは、きわめて難しいのではないか。
 
 

◆ それでも、俺は楽しめた

 
 と、不満点を並べてみたが、俺はこの『エロマンガ先生』を読んで、三回以上声に出して笑った。
 作者は「二回以上笑わせたら勝ち」といっているので、俺の負けである。
 
 そして、バカげた設定は、心地よい現実逃避になった。
 よくぞ、ここまで妄想できるものだ、と感嘆しながら、俺はそのありえない設定を楽しんだものである。
 
 この『エロマンガ先生』、二巻以降は出るのだろうか。
 というのは、『俺妹』十巻以降の作者の文体は、一つの頂点をきわめているからだ。
 読みやすくあるけれど、ひどくはない。
 クドさもなければ、つまるところもない。
 このような筆力を持った作者を、編集部がずっと不人気のシリーズを書かせるとは思えない。
 だから、一巻の評判いかんでは、別シリーズを書かせる可能性もあるのではないかと心配している。
 
 『エロマンガ先生』というタイトルで、人気作になるという変態的目標を掲げた作者の目論見は、はたして成功するのか失敗するのか。
 とりあえず、俺はそれを生温かく見守ることにしよう。