僕は友達が少ない ダークネス(6)

 
 
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     (6)
 
 俺の妹、羽瀬川小鳩は、いわゆる邪気眼使いである。
 あるアニメの登場人物になりきって、カラーコンタクトを入れてゴスロリ服に身を包み、中学に通うような問題児だ。
 しかし、よその娘さんに下着の色をたずねるほど常識はずれではないはずだ。兄としてそう信じたい。
「もちろん、神のしもべであるシスターなんだから、ワタシのパンツは純白だ。ワタシの心のように真っ白なのだ!」
 こう言って、スカートをひるがえそうとするマリアを、俺はすばやく制止する。
「おい小鳩、なにをいってるんだよ。マリアだって、そんなこと……」
「あんだなんか、パンツが汚れて怒られたらいいんじゃ、あほー!」
 その小鳩の言葉を聞いたとき、俺の封印されし記憶の扉がゴゴゴと開きはじめた。
 そう、あれは、小鳩が小六だったときのことだ。
 このときのマリアのように、小鳩は俺の足に馬乗りになることがあった。
 そして、最初はひかえめに体を動かすようになった。俺がそれに気づくと、すぐに動きを止めて、そしらぬ表情をしていた。でも、だんだんと「だるまさんがころんだ」状態は適当になり、動く時間が長くなった。
 俺は気づかないふりをした。でも、そんな妹の様子に、ひそかな焦りを感じていた。あらっぽい呼吸が肌にふれるたびに、これまでの兄を慕ってじゃれつく行為とは異なる匂いが、俺の胸をかけめぐった。
 こうして、父さんの前でも、小鳩はそんなことをするようになった。もともと、父さんは小鳩を溺愛しすぎたせいで、すっかり嫌われていたのだが、その日の表情はいつもとちがっていた。小鳩に好かれている俺に対する嫉妬のまなざしとは異なる光を放っていた。
 その夜のことだ。父さんが小鳩の下着をあさっていた。
 父さんは完全な人間とは言いがたかったものの、考古学者として世界を飛び回る父さんのことを俺は尊敬していた。母さんが死んでからも再婚しようとしないことも、俺は小鳩に申し訳ないと思いつつも、ありがたいと感じていた。
 そんな俺にとって、その光景はあまりにも忌まわしく、見なかったふりをするしかないはずだった。それでも、父さんは何かを言いだした。
「小鷹、最近になって、小鳩が新しい下着が欲しいとか言っただろう?」
 不思議なことに、父さんの声は落ち着いていた。泥棒の言いのがれのようなやましさを見せることはなかった。それでも、俺は何もこたえなかった。いや、言葉を発することができなかった。
「その理由が、これだ」
 そして、父さんは妹の下着の内側を俺に見せた。
 この出来事は、そのとき中三だった俺には、あまりにもショッキングなものだった。
 俺は俺であるために、その記憶を忘れることにしたのだ。
 こうして、俺はその事件を今日になるまでは思い出さなかったのだ。その後の、父さんの言いつけをのぞいて。
「う……」
 そんなタイムトリップを味わっている間に、マリアの動きは止まっていた。表情がすっかり曇っている。
「そんなことやってると、すぐパンツにシミができてバレるんじゃ、あほー!」
「うぅ、卑怯なのだ。お前はうんこ吸血鬼だから、パンツの色は何でもいいけど、ワタシは神のしもべだから……」
「ククク……」
 泣き顔になったマリアを見て、小鳩の口調がいつもの大仰な物言いに戻ってくる。
「真祖たる我は、そのような業を克服しておるわ」
「お兄ちゃん、コイツのパンツは白じゃないよな!」
 マリアはそんな常識はずれなことを俺にたずねる。だが、洗濯係である俺は残念なことにそれを知っていた。俺は無言で、マリアに向かって首をふる。
 そして、これが情けないことに父さんの言いつけなのだった。
 あの恐るべき夜、父さんは俺にこう言ったのだ。
「俺は小鳩の下着は白以外は認めない。白の下着を履くかぎり、小鳩の純潔は保たれるのだ!」
 思考能力が止まっていた俺は、とりあえず、二度と父さんのあんな姿を見たくないために、それを守ることにした。父さんは小鳩も説得したらしく、その後、小鳩はオシャレな下着を買うようになっても、あくまでも白基調の下着しか手にしなかったのだ。
 そして、小鳩は二度と俺の足にまたがることはなくなった。
 俺はぼんやりと、父さんのやりかたはともかく、その言い分はまちがっていないと思ったものだった。母親がいない俺たちの家庭にとって、女性として成長してゆく小鳩の存在は未知なるもので、だから、父さんはあんなやり方で小鳩の過ちを阻止するしかなかったのだろうと。
 そうすると、小鳩の言葉だって、ずいぶんとヤバイものではあるけど、女性として成長するマリアにとっては大事なものであるかもしれず、もし、ここで小鳩が諌めなければ、マリアは理科のような変態になってしまったのかもしれない。
「だいじょうぶですよ、マリアさん
 だが、帰ってこなくていい人物がそこにいた。妙にすっきりした顔をした理科が、優しい口調でマリアに話しかけていた。
「生理がきたと言えばいいのです。ナプキンつけておけば、いくら激しいオナニーをしても純白のパンツが汚れることはありませんよ」
 そんな理科の言葉に、敏感に反応する声があった。
「なんでそんなこと言うんじゃ、あほー!」
  
 
僕は友達が少ない ダークネス(7)【完結】