僕は友達が少ない ダークネス(2)

 
 
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    (2)
 
 隣人部の部室となっている『談話室4』に向かいながら、俺は夜空の様子がいつもと違っていたことについて、いろいろ考えをめぐらせていた。
 夜空が部室に行かないことは、めずらしいことではない。読んでいる本の新刊発売日とか、そんな理由で来ないことは何度もあった。それでも隣人部の活動に支障をきたすことはなかったし、夜空がそのことに不満をもらすことはなかった。
 もしかすると、夜空は自分が部長らしい態度をとっていないことを反省しているのかもしれない。たしかに、最近の隣人部活動をふりかえると、夜空はみんなをまとめているどころか、いつも星奈と張りあって共倒れをしている印象ばかりだ。
 でも、夜空が独裁者よろしくふるまうようになったら、これまでの居心地のいいフリーダムな隣人部の雰囲気は悪くなってしまうだろう。だいたい、隣人部のメンバーは夜空の言うことに従うような健気な連中ではなくて、とくに問題なのが……。
「こんにちは、小鷹先輩っ!」
 扉をあけると、ラブコメのようなさわやかなあいさつをして、志熊理科が立っていた。
「ああ」
 俺は適当に答えて、ソファに座る。
「ちょっとちょっと」
 あわてて理科が近づいてくる。
「今日の理科の髪型について、何かコメントはないのですかっ!」
 この後輩は、最近、毎日のように髪型を変えて、それを誉めるように俺に強制する。これがじつにウザいのだが、あらためて今日のヘアスタイルを見たとき、俺は霧が晴れたときのように、はっと目を開いた。
 いつもの理科は髪を結んでいることが多いが、今日は素直におろしている。
 黒髪ロング。
 それは、清純な女性の代名詞とも言うべきベーシックな髪型だ。
 そして、それが悔しいことに、理科にはとても似合っていたのだ。もともと、理科の顔は悪くなく、それどころか、夜空や星奈といった眼力で人を黙らせるような美人顔に比べれば、愛嬌のあるあどけなさを秘めているのであって、それはもう、高原に咲いている朝露にぬれた白百合のような可憐さが……。
「ふふふ、そんなに見つめられたら、照れるじゃないですかぁ」
 そんなことを思っているうちに、理科は清純少女からはほど遠いニヤケ面になっていた。
「やっぱり先輩はこういうのが好きなんですね。プリン頭のくせにっ!」
 そして理科は肘で俺をつつきだす。じゃれあっているつもりなのかもしれないが、これがかなり痛い。力の加減というのを知らないのだ。この志熊理科って子は。
「だから、俺の髪の色は関係ないだろ!」
 俺はすばやく理科の攻撃範囲から脱する。黙っていればそれなりに美少女なのに、すぐにこんなことを言うのが、理科の残念なところなのだ。
 だいたい、理科の変態性を知り尽くしている俺にとって、そんな外見は清純派AV女優のようにウソくさいものであり、もはや、食虫植物の匂いのようなトラップとしか思えないものなのだ。
「ていうか、『やっぱり』ってなんだよ。俺は黒髪ロングが好きだと言ったことはないし、そのおぼえもないし。そんな知ったふうな口をきかれてもだな」
「でも、先輩って、髪を切ってからの夜空先輩に、冷たくなってませんか?」
「……そんなこと、ないと思うけど」
 あの夏祭りのイザコザのあとで、夜空は髪をバッサリ切った。俺はそんな夜空を見て、小学生の頃の親友で、男の子だと信じていた「ソラ」が、三日月夜空という女の子だったことに気づいたのだ。
 だから、髪を切ってからの夜空との関係は、前よりも深くなったはずであって、冷たくなったとかそんなことはけっして……。
「まあ、理科からすれば、そのほうがありがたいんですけどね。夜空先輩のようにショートにしても、理科には似合わないと思うし」
「たしかに」
 俺はうなずく。変態的なことばかり考えているくせに、ときどき乙女チックないじらしさを見せたりするのが、志熊理科の不思議なところだ。
「もう、そこは否定するところですよっ! 『そんなことないよ。理科にはショートヘアだって似合うはずさ。でも、俺は今の理科のほうが……』なんて気のきいたことを言ったら、それだけで乙女心はメロメロ! 差分含むCG大量ゲットのHシーン一直線なんですけどねっ!」
 そんなわけのわからないことを叫んで、理科はため息をつく。相手にするのも面倒なので、無視することにする。
「でも、先輩が部室に来てくれたことだけでも、理科は感激しているのです」
「そうか」
「なんで、とたずねてくれないのですか?」
「興味ないし」
 そんな俺のそっけない返答に、理科は「むぅ」とすねる。
「それにしても、来ているの、理科だけなのか?」
「ええ、幸村くんはクラスの用事があると言ってましたし」
「幸村が?」
 楠幸村という武士らしい名前を持つ女の子は、ヤンキーを現在の武士であると誤解して、さらには俺をヤンキーだとかんちがいして、俺の舎弟を自称している困った後輩である。
 しかし、学校では男で通している幸村が、どんなクラスの用事をしているというのだろう。あいつ、根本的にまちがっているところはあるけど、わりと常識っぽいところもあるからな。やるべきことをきちんとやってるから、ああいう態度でも許されているのかもしれなくて、もしかして俺よりもクラスにとけこんでいるんじゃ……。
「だから、理科としては千歳一遇のチャンスなのですよ!」
「チャンス?」
「ええ、夜空先輩も星奈先輩も来ない。そして、幸村くんも遅れるとなれば、これはもう、理科のターン確定なのです!」
 そういえば、夜空はみんなにメールを出したとき、星奈が来ないこともわざわざ書いていたな。いかにも夜空らしい嫌味たっぷりな文面で。
 ということは、しばらく理科と二人きりということらしい。まあ、理科は俺には理解できない薄い本やゲームを見て、わけのわからないおたけびをあげて興奮するだけだからな、と俺は読みかけのラノベを取りだす。
「ちょっとちょっと、なんで本を取りだすのですか!」
「だって小鳩が来るの、まだ時間かかりそうだし」
「いやいや、せっかくの理科と二人きりなんですよ。ここは禁断の秘密トークに花をひらかせるところでしょう! 『ぐひひ、おまえの今日のパンツは何色じゃ〜』とか!」
「だから、俺を勝手に変態に仕立てあげるのはやめろって」
「いいじゃないですか。どうせ先輩だって中身はヘンタイなんでしょ? 高校生男子なんて、性に飢えたケダモノ。心の中では女の子を襲いたくてウズウズしているくせに」
 やたらとハイテンションにそんなことを言う理科を見ていると、俺はなんだか同情したくなってきた。
 志熊理科という子は、この高校で特待生として招かれている。『理科室』という、彼女専用の部屋を与えられて、授業に出る義務は一切免除されているのだ。なぜなら、彼女は企業に技術協力をしているような天才少女で、前途有望な女子高生発明家だからだ。
 でも、そんな待遇のおかげで、理科は同級生と交際することはなく、彼女が高校生相手に話すのは、この隣人部部室だけに限られている。だから、理科にとって、男子高校生というのは、近くて遠い未知なる存在なのであって、その知識のほとんどは、理科の趣味である、いかがわしい本で学んだ、きわめて歪んだものなのだ。それがゆえに、俺にもこんな偏見をいだいているわけである。
 そういえば、初めて理科と会ったときは、その表情の乏しさにおどろいたものだった。隣人部に入って、俺たちと話すようになって、理科の表情はどんどん豊かになり、今ではコロコロ髪型を変えて、それを見た人の反応を楽しむようにまでなっている。
 そう、今の理科は残念な変態少女だが、まだ更生の余地があるのかもしれない。せっかく二人きりなんだし、このチャンスをいかさねば、と俺はマジメに語りかける。
「まさか、お前って、自分が変態であることを、あまり自覚していないのか?」
「そんなことはないですよ。理科の趣味が一般とズレていることは認めています。理科の大好きな同人作家さんなんて、コミケでは島中に埋もれている人たちばかりですし。それでも、先輩は知らないかもしれませんが、そんな作品には、理科以外にも根強いファンはいるわけで、その中には女子高生だってめずらしくないのですよ。マイノリティではあるかもしれませんが、アブノーマルかもしれませんが、先輩がそれに興奮するようになる可能性だって十二分にあるわけで、例えば……」
「おい、俺を変態世界に引きずりこむのはやめろ!」
「いいじゃないですか。だいたい、先輩は女子高生に幻想をいだきすぎてるんです。マジメにふるまっているように見えても、頭の中ではみんないやらしい妄想で……」
「いや、ふつうの女子高生は、学校であんなことはしない」
 理科の言葉をさえぎって、俺は力強く言った。
「あんなことって?」
「俺、見たんだよ。理科室でお前がやってること」
「何を見たというのですか?」
 俺はそれを口にすることにためらいを感じつつも、二人きりであることに力を得て、はっきりとこう言った。
「お前、今日、理科室でオナニーしてただろ!」
 
 
僕は友達が少ない ダークネス(3)