ビフォア・ザ・超平和バスターズ(後編)

 
あの花登場人物六人(少年期)
  
 このエントリは、アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』(略称『あの花』)の二次創作小説です。
 
 
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     *
 
 こうして、オレはめんまと友だちになったものの、特に親しくしようとは思わなかった。
 友だちなんだから、めんまがからかわれたとしたら、オレとぽっぽは全力でそれを止める。でも、オレはめんまに話を合わせようとはしなかったし、話をふろうともしなかった。
 オレとぽっぽの会話を、めんまはただ聞いていた。もう仲間はずれではなくなったのだから、女子と仲良くすればいいのに、とひそかに思ったものの、めんまはオレたちのグループにとどまりつづけていた。
 オレにとって、それはちょっと困ったことだった。なぜなら、オレは男子と女子は絶対に仲良くなれないという偏見をいだいていたからだ。
 かつて、オレには幼なじみの女子がいた。
 その子と親しくなった原因は、親同士の仲が良かったからだ。幼稚園の送迎で一緒になったときに、オレの母さんとその子の母親は意気投合してしまったらしい。
 そして、おばさんは気前のいい人だった。オレと母さんは何度もその子の家にお邪魔した。そこで、大人は大人同士でぺちゃくちゃしゃべり、子供は子供同士で仲良くしろと言われた。
 こうして、オレはおばさんの娘である女の子と、同じ部屋で遊ぶようになったのだ。
 その子は、最初、人形遊びやママゴトといった、女子特有の遊びをオレにすすめてきた。オレはにべもなくそれを断った。男子は、魔法少女アニメみたいなものは見てはならず、正義のヒーローを愛さなければならないと信じていたオレにとって、女子のマネごとなんて絶対にしてはならないことだったのだ。
 その子が口ベタだったこともあり、遊びの主導権はオレがにぎるようになった。オレは好きなゲームを求め、その子は親にたのんでそれを手に入れた。オレが面白いマンガの話をすると、その子はそれを全巻そろえた。
 しかし、結局のところ、男子と女子では、感性が決定的にちがうのだ。対戦ゲームで、その子がオレに勝つようになると、とたんにそのゲームがつまらなくなった。同じマンガであるはずなのに、その感想はまるでちがった。そのうち、オレはその子と仲良くなるのをあきらめた。
 小学生になると、親の送迎はなくなる。だから、その子の家に遊びに行くことは、ほとんどなくなった。こうして、その子とクラスが一緒になっても、幼なじみである関係を他人に知らせることはなかった。その子とは、ただ、母親が仲が良いだけの関係なのだ。
 そりゃ、その子がオレと仲良くなろうとがんばっていたことはわかってる。それを「合わない」と否定するオレのことを、ひどいヤツだ、と思われても仕方ない。ただ、そういうことがあったからこそ、オレは女子と仲良くなりたくなかったのだ。
 大人になれば、オレたちは結婚する。つまり、赤の他人である女性で家庭を作るようになるということだ。でも、それは遠い未来のことであって、子供だったオレにとって、もっとも大事なことは、男子と「ズガガーン」という意味不明な効果音を口にしながら、正義の味方を気取ることだったのだ。
 
      *
 
 そんなわけで、ぽっぽが秘密基地を見つけたとき、めんまをその中に入れようとは、オレはまったく考えてなかった。
 山を少しのぼったところにあるそのほったて小屋は、かつて、林の管理人が住んでいたらしい。ぽっぽはおぼろげながら、そういう記憶があると言った。
 でも、オレとぽっぽがそこに行ったとき、人が住んでいる痕跡はきれいさっぱりなくなっていた。オレたちは大いによろこんだ。
「ぽっぽ。これはオレたちの秘密基地だ」
「秘密基地?」
「ああ、正義の味方の隠れ家だ。これは、オレたちだけの秘密だからな」
「うん、じんたん!」
 で、次の日、学校に用があって、おくれて秘密基地に向かったオレは、ぽっぽ以外の人影を見つけて、面食らってさけんだ。
「ちょっと、ぽっぽ。なんで、コイツが……」
「だって、めんまもおれたちの友だちじゃん」
「いや、でも、コイツは女子だから」
 そう言って、めんまの顔を見る。その表情はくもっていた。やばい、これは泣く兆候だ、と思った。
 オレはめんまと友だちになるときに、二度と気持ちの悪いあいそ笑いをしないように言った。めんまはそれを忠実に守った。しかし、あのにへら笑いは、感情をかくすために作られた、めんまの盾だったのだ。
 それをなくしためんまは、ただの泣き虫になってしまった。たまに一緒に帰るときも、オレが大声で何かを言うと、すぐに泣いてしまう。まあ、わんわん泣いて、大人たちにイジメと誤解されるようなことはなかったけれど、泣く女子ほど面倒なものはないわけで、それが、オレがめんまと距離を置くようになった理由の一つでもある。
 そんなめんまが、オレたちの秘密基地にいたのだ。どうやら、ぽっぽにとって、オレたちだけの秘密とは、めんまをふくめた三人のものであったらしい。
 まあ、めんまの立場からすれば、ぽっぽにさそわれたということは、オレも歓迎していると思っていただろうから、オレのセリフに困惑するのは当然だ。でも、オレとしては、昨日、布団の中で思いめぐらせた秘密基地計画が、めんまという存在によって、粉々にくだかれてしまうのは勘弁してほしかった。
「なんで? なんで、女子だったらいけないんだよ、じんたん」
 そんなオレにくいさがるぽっぽ。たいていは、オレの言うことを無条件で賛同するヤツなのに、時にはやけにしつこくなることがある。
「だって、ここは正義の味方の隠れ家なんだぜ。それに、こんなヤツを連れてきても」
「でも、特撮ヒーローには、女の子だっているじゃん。イエローとかピンクとか」
「ま、まあ、そうだけど、でも、コイツみたいな泣き虫は」
 そんなオレの言葉を否定するように、めんまは必死でこらえていた。泣きそうになるのを、手をギュッとにぎりしめて。
「なあ、じんたん。めんまだって、オレたちと同じ友だちだろ?」
「そ、そうだけどさ」
「そのめんまにだけ秘密だなんて、友情に反していると思う」
「あ、ああ」
 ぽっぽの言うことはまちがっていない。だいたい、この隠れ家は、ぽっぽが見つけたものなのだ。それに、めんまって女子は、たしかにたよりないし、泣き虫なんだけど、他人を裏切るようなヤツじゃないわけで。
「わかったよ。めんま、おまえも、この秘密基地のメンバーだ」
 オレは鼻をこすりながら、目をそらしながら、そう言った。すると、めんまはとたんに顔をほころばせて言う。
「うん、ありがとう、じんたん!」
 オレはその笑顔に見とれそうになった。うん、女の子がいてもいいじゃないか、とオレは思いなおした。こういう変わり身の早さは、たぶん、あきっぽいぽっぽと付きあうようになったせいだと思う。
 
     *
 
「ところで、松雪くんのことだけど」
 秘密基地で、ぽっぽはマジメな顔をして語る。
「おれは松雪くんは、こっち側じゃないかと思うんだ」
「こっち側って?」とめんま
「うん、最近、よく思うんだ。おれ、松雪くんと仲良くなりたいって」
「本気か?」
 ぽっぽのつぶやきに、オレは反射的にそうたずねた。
 でも、ぽっぽがそう考えるのも、不思議なことではないと思った。
 ゆきあつ、つまり、松雪集との決闘は、勝敗がついたものではなかった。どちらかというと、オレの負けだった。たまたま奇跡的に、一発だけクリーンヒットしただけで。
 ただ、それを見ていないクラスメイトは、オレが勝ったと信じた。二日間学校を休んで、ふたたび登校したとき、ゆきあつのまわりには誰もあつまらなかったのだ。
 それから、ゆきあつの相手をするのは、つるこぐらいなもので、我がクラスは、委員長と副委員長が孤立するという、先生からしても、子供からしても、ちょっと面倒な事態になってしまったのだ。
「そうだな。ぽっぽ、オレもあいつのことを誤解していたと思うんだ」
「誤解って?」
「オレはあの決闘で、何とかあいつを改心させたいと考えたんだ。でも、あいつが仲間はずれみたいになってからも、オレたちに卑怯なことをやったりしないのを見て、もとから悪いやつじゃないと気づいたんだ」
「そうだよ、じんたん。悪い子なんていないよ」とめんま
 そのあまりにも楽観的な言葉に、オレは思わず突っこんでしまう。
「おい、めんま。最近までみんなにいじめられてたのに、そのことを忘れたのかよ」
「……いや、それだったら、おれだって悪いやつだったし」と、ぽっぽがぽつりと口をはさむ。
「おれも、めんまのこと、みんなと一緒にからかったりしてたし」
「やだなあ、ぽっぽ。もう、そのことは気にしていないよ」とめんま
 気にしてない、か。つまり、めんまはそのことを覚えてるんだな、と思った。
 そう、あの日まで、オレはぽっぽのことを見くだしていた。でも、ぽっぽがせいいっぱいの勇気を見せたから、オレはその苦しみを知り、それから友だちになって、そのあきっぽさにあきれながらも、良いところをいっぱい知った。
 クラスのみんなだってそうだ。きっかけがないだけで、わかりあえれば、きっと良いやつばかりなんだろう。ただ、そのわかりあえるまでが大変だったりするわけで。
めんまね、じんたんに友だちになろうといわれて、すごくうれしかったの」
 めんまが身をのりだしながら言う。
「すごく、すごく、ほんとーに、すごく!」
「あ、いや、わかったから」とオレはちょっと照れてしまう。
「そんなじんたんだから、きっと、松雪くんとも仲良くなれると思うんだ」
「そうだそうだ、じんたんはオレたちのリーダーなんだから」とぽっぽ。
「リーダー?」
「うん、ぽっぽとめんま、二人できめたの」とめんま
「オレがいない間に、なんでそんなことを?」
「だって」
「だってね」
 二人は顔を見合わせて、うれしそうな顔をする。
「だいたい、友だちなんだから、リーダーなんていらないんじゃないのか」
「じんたん、ここは正義の味方の隠れ家っていったじゃん。ヒーローにはリーダーがいるもんだよ」とぽっぽ。
「そうそう」とめんま
 まあ、つまり、二人はオレが松雪集に話しかけることを望んでいるということなのだ。
 たしかに、オレが適役だろう。なぜなら、オレがヤツに決闘をいどんだ張本人だからだ。
「もし、松雪くんとじんたんが組めば、おれたち、絶対に最強だよ!」
「そうだよ、さいきょーだよ」
 そんな調子のいい二人の言葉を聞きながらオレは考える。あいつより頭の悪いオレが、ヤツを言葉で説得させることはできないだろう。ということは、やっぱり、前と同じ作戦でいくしかないということだ。
 
     *
 
「おそいなあ」とめんまがつぶやく。
 オレは前と同じように、ゆきあつの靴箱に手紙を入れたのだ。前回の「果たし状」とはちがって、今度は「案内状」となったわけだけれど。
 朝、それを見たゆきあつは、前と同じように、オレに近づいて言った。
「本気か?」
「ああ」と、前と同じように、オレも答えた。
 こうして、オレたちは、学校が終わると同時に、秘密基地にあつまって、ゆきあつが来るのを待っているのだった。
「やっぱり、あの地図がまずかったんじゃない?」と不安そうなぽっぽ。
「だいじょうぶだよ」と根拠のない自信を見せるめんま
 やがて、人の歩く音が聞こえてくる。こんなところに来るやつの目的地は一つしかない。ぽっぽやめんまだけでなく、オレも思わず駆けだす。
「待たせたな」
「来てくれたのか」
 えらそうな口調のゆきあつの言葉にも、頬がゆるんでしまうオレだったが、その後ろの人影を見たとき、思わず叫んでしまった。
「おい、どういうことだ?」
 その人影は、特に悪びれもなくこう言う。
「どうも」
 ぺこりを頭を下げている、つるこの姿だった。
「やっぱり、二人とも来てくれたんだあ」
 めんまはうれしそうに言う。もしかすると、めんまのやつ、オレには内緒で鶴見にも案内状を出していたのか、とオレはあせる。
「ちょっと待ってくれ。おい、おまえら」
 オレは歓迎ムード一色のぽっぽとめんまを、隠れ家の内部に引きよせる。
「どういうことだよ。オレは松雪は入れるといったけど」
「だって、そういうことじゃなかったの?」とめんま
めんま。おまえ、リーダーはおれだと言ってたよな。それなのに、おれに無断で、鶴見なんかに」
「べつに何もやってないよ」とめんま
「で、ぽっぽ。おまえはどうなんだよ?」
「どうって」
「鶴見にこの場所を知られたってことだよ。アイツ、すぐに先生に告げ口するじゃないか」
「そんなことないって」とぽっぽは笑う。
「だって、松雪くんが味方になるんだ。だったら、鶴見さんだって味方になるってことじゃないか」
「でも、鶴見って、絶対に性格悪いと思わないか? あの、帰りの会のときだって……」
 そのとき、めんまがきびしい顔をして、オレとぽっぽの間にわりいった。
「じんたんって、あの子の絵を見たことないでしょ?」
「絵?」
「うん、あの子、とっても絵が上手なんだよ。知らなかったの?」
「知るわけないよ、そんなの」
「あー、じんたんって、調子のいいこといつも言ってるけど、やっぱりみんなのこと、ぜんぜん知らないんだね」
 めんまはしたり顔でそんなことを言う。
「やっぱりってなんだよ、やっぱりって。だいたい、絵の才能が何の関係があるんだよ」
「だって、あの絵を見たら、じんたんだって気づくはずだから。あの子が良い子だって」
 そんなこと言われてもなあ、とオレは思う。あの決闘以来、見かけ上はともかく、オレの心のなかでは、松雪集とのわだかまりはなくなっていた。でも、それが、つるこという女子に向けられてしまったわけで。
「なんだ、たいしたものないじゃないか。これで、秘密基地とはな」
「おい、勝手に入るなよ」
「だって、案内状はもらったし、すっかり歓迎されていると思ったんだけどな」
 あいかわらずえらそうな口調のゆきあつと、当然のようにその後ろにしたがう、つるこ。
 まだ話は解決してないんだよ、と言おうとしたときに、めんまの声が先にひびいた。
「わぁー、つるこ、麦茶持ってきてくれたんだ」
 つるこ? まさか、鶴見のことか? 鶴見が何かを持ってきたという事実よりも、そのあだ名がオレには気になってしまう。もう、そういう関係になっているのか。
「うん、紙コップもあるから」
 それを差しだそうとするつるこを、めんまはさえぎった。
「あのね、ここの仲間には、みんなそれぞれコップがあるから。これ、つるこの分。そして、これが……」
「ゆきあつ」と、つるこは言う。
「松雪くんのこと、これから、そう呼んで」
「あ、ああ」
 あまりにも準備のいいつるこの言葉に、オレはうなずくしかない。
「はい、じゃあ、これがゆきあつの分」
「ふん」
 鼻を鳴らすだけだったものの、ゆきあつはめんまからそのコップを律儀に受け取る。
「おお、これで面白くなったぜ」
 そんな緊張感をふきとばすように、ぽっぽは言った。
「じんたんとゆきあつが組んだら、もう敵なしだぜ!」
「おいおい敵ってなんだよ。おまえら、誰かと戦ってるのか」
 そう言いながら、ゆきあつはあだ名で呼ばれることによろこびを感じているようだった。
 ああ、そうか。おまえもそんな態度をとりながらも、友だちがほしかったんだな、と思った。
 
     *
 
「ところでさ」
 二人が帰ったあと、オレはぽっぽとめんまに言った。
「鶴見って、ゆきあつのなんなんだろう?」
「つるこ!」とめんまは、すぐさま訂正する。
 相手にするのもつかれるので、もう一度、オレはくりかえす。
「ああ、つることゆきあつのことだけど」
「恋人っていうんじゃないよなあ」とぽっぽ。
「幼なじみ、でいいんじゃないの?」とめんま
「でも、あの帰りの会のとき、つるこはゆきあつを悪者にさせないためだけのために、おまえらにとてもひどいことをやったわけだしさ。そんなつるこを、素直に受け入れられないっていうか」
「じんたん、それはちがうって」
 ぽっぽが口をはさむ。
「あのとき、一番つらかったのは、ゆきあつだったと思うんだ、おれ」
「へ?」
 ぽっぽの言葉が理解できずに、オレは戸惑う。だって、あのときは、ゆきあつは沈黙してばかりで、だから、つるこが代わりに、ぽっぽに反撃したんじゃないのか。ゆきあつはつるこに感謝することはあっても、それでつらいなんてことはあるはずなくて。
「それに、あの決闘のときだって、手出し無用だったはずなのに、わりこんできたりさ。正直いって、オレ、つるこのことが不気味なんだよ」
「まあ、女の子は、誰かのために生きたいって思うものだから」
 めんまはそんなことをあっけらかんと言う。
「でもさ、もし、ゆきあつがまちがったことをしたときにも、つるこって、同じことをやるわけだろ? そういうのって、正義の味方としては、どうなのかなって」
「そのときは、じんたんにお任せします」とめんま
「ああ、おまえがゆきあつと話しあえば、どうにかなるよ」とぽっぽ。
「じゃ、なくて。そのときに、つるこは止めなくちゃいけないんじゃないのか、とオレは思うんだよ。もし、おまえらが悪の道に走りそうだったら、オレは絶対にそれを止める。それが仲間にやることじゃないのか」
 そんなオレの言葉に、めんまはふぅとため息をついた。
「わかってないなあ、じんたんは」
「なにが?」
 得意げなめんまにちょっと腹を立てながらも、オレは言う。
「オレ、まちがったこと言ってる?」
「うん」とめんまは力強くうなずく。
「じんたん。本当に大事な人にはね、言えないことだってあるんだよ」
「どういうことだよ」
 そんなオレの言葉に、クスクスとめんまは笑う。それは、いつものめんまよりもちょっとおとなびていた。
「くわしいことは、ヒミツ」
 
     *
 
「ゆきあつ。ロケモンの隠しキャラのことだけどさ」
「はぁ? 僕がロケモンのことを知ってると思ったのかよ、ぽっぽ」
「知らないのかよ。おれ、ゆきあつなら、何でも知ってると思ってたんだけどなあ」
 クラスで、ぽっぽとゆきあつがそんなふうに話しているのを、ほかのみんなは不思議そうな目で見ていた。正反対の二人が親しげに会話している光景は、一ヶ月前にはとても信じられないものであったにちがいない。
 もちろん、ぽっぽはそういうクラスの視線を意識していたわけではない。ぽっぽは本気で、ロケモンというゲームの隠しキャラのことが知りたかったのだ。もっともらしいことを言ってたけど、ゆきあつを仲間にしようとした理由の半分ぐらいは、まちがいなくそれだ。ぽっぽはそんなヤツなのだ。
「じんたん、ゆきあつも知らないって」
「だよなあ」
 実はオレもかなり期待していたので、それにはガッカリだった。
 秘密基地に集まったといっても、オレたちに戦うべき悪者がいるわけではなく、ただ、マンガを持ちこんだり、携帯ゲームをプレイしたりしていただけだ。まあ、それはそれで楽しいことなんだけれど。
「あ、あの」
 そのとき、聞き覚えのある女子の声がした。まさか、とふりむくと、そこには、かつての幼なじみがいた。
「ロケモンのことなら、あたし、知ってるよ」
「あ、安城?」
 ぽっぽは、その子の名字を疑問形でつぶやいた。
 安城鳴子。母親同士が仲がいいだけの幼なじみとオレは、クラスが一緒になっても、ほとんど会話したことはなかった。だから、ぽっぽからすれば、完全に赤の他人にすぎなかったのだ。
「あたし、金も銀も持ってるよ。うん、全部のキャラの出しかただって」
 口早に安城はつぶやく。オレのほうも見ないまま。
 ぽっぽはこの状況にとまどっていた。なぜなら、ぽっぽとオレは友だちで、これは友だち同士の重要な会話であって、よそ者がわりこんではならないものだったからだ。
 でも、この状況はオレにはいたたまれないわけで、だから、助け舟を出す。
「そういや安城って、ゲームとか、くわしかったよな」
「うん」
「あれ? この子とじんたんって、知り合いなの?」
「幼なじみなの」と、たずねられてもいないのに、安城は答える。
「そうそう、母さんが仲良くてさ、昔はよくゲームをしたり、マンガを見せてもらったりしたんだよ」
「マンガ?」
 やばい。そのキーワードに、ぽっぽがくらいついてきた。
「じゃあ、ボーボボって知ってる?」
「全巻持ってる」
「たけしは?」
「全巻持ってる」
「おい!」と、ぽっぽはオレの肩を力いっぱいにたたく。
「こんなすばらしい幼なじみがいたことを、なんで、じんたんは教えてくれなかったんだよ」
「いや、まあ」
「それで、知りたくないの? 隠しキャラのこと」
「もちろん!」
 ぽっぽは満面の笑みを浮かべて、そう答えた。
 
     *
 
 その日、秘密基地で、ぽっぽは安城鳴子のことを宣伝した。
「じんたんの幼なじみでさ、ゲームとかマンガとか、いっぱい持ってるみたいなんだよ」
安城さんが?」と、つるこは首をかしげる
 安城鳴子はクラスではとびきり地味な子だった。クセッ毛が強くて、太い黒縁のメガネをかけていて、表立って何かを言うことはない。目立った個性がなにもない女の子。
「すごい、すごーい」と、一方のめんまは気楽なものだった。
「おれはさ、その子をここの仲間に加えてもいいと思うんだ。なあ、じんたん?」
 オレは不安だった。だって、安城鳴子とは、幼稚園のときにいろいろあって、結局、仲良くなれないってあきらめたじゃないか。ふたたび、そんな子と仲間になるなんて、おかしいんじゃないのか。
「僕は反対したいんだけどね」とゆきあつは言う。そして、つるこのほうに顔を向けた。つるこはそんなゆきあつの態度に、肩をすくめる。
 いや、ゆきあつとつるこの関係と、オレと安城鳴子の関係は、まるでちがうじゃないか、とオレは言いたかった。
 ただし、オレは幼稚園のときに、安城鳴子に自分勝手な態度をとっていたことで、後ろめたさをずっと感じていた。そして、ここには、めんまがいれば、つるこもいる。男子と女子とはわかりあえないかもしれないが、今は女子の仲間がいる。女子のことは女子に任せればいい。
「そうだな。みんなが賛成というのなら、安城を入れても……」
「じゃあ、あだ名を決めないとな」と、気の早いぽっぽ。
「じんたんはさ、幼なじみだったんだろう。なんて呼んでたんだ?」
 オレはちょっと恥ずかしかったけれど、小学校に入ってからずっと口にしていなかった、安城鳴子の呼び方を口にした。
「あなる。そう呼べばいいんじゃないかな」
 
     *
 
「あなる! ようこそ、秘密基地へ」
 めんまのハツラツとした声に、安城は戸惑っているみたいだった。すかさず、オレは口をはさむ。
安城、ここの仲間は、みんなあだ名で呼んでるんだよ。こいつがめんまで、こいつがぽっぽ。そして、ゆきあつと、つるこ。オレのことは、前みたいに、じんたんって呼んでくれたらいいからさ」
「あー、じんたんこそ、あなるのことを、あだ名で呼んでないじゃん」
 めんまはオレの言葉に不満そうな顔をする。でも、オレは自分で教えたのにかかわらず、その呼び名を言うことに恥ずかしさがあった。
「うん」
 そんなオレたちの会話に、安城は短くそう答えた。そして、背負っていたリュックをおろして、そこから何かを出そうとする。
「マンガ、持ってきたから」
「おお!」
 たちまち、ぽっぽが歓声をあげる。
「自由に読んでいいから」
 それを机に並べながら、うつむきながら言う安城
 そんな彼女の様子を見て、つるこは誰を見るわけでもなくつぶやいた。
「べつに、マンガを持ってきてほしいから、ここに呼んだわけじゃないと思うんだけどなあ」
「そうだな」と、それに応じるゆきあつ。
「なんだか、友情を売ってるみたいで、僕はきらいだな」
 そんな二人の言葉に、安城の手はとまる。オレはかつて、二人で遊んでいたころの記憶がよみがえる。安城が買ってきたゲームを、当然のようにプレイして、面白くないからやりたくない、とわがまま言っていた自分のことを。
「だから、あなるにも、プレゼントがあるんだよ!」
 そのとき、めんまが妙なことを言った。プレゼント? そんな計画があったなんて、オレは聞いてないんだけれど。
「はい、これ」
 そうして、めんまが差しだしたのは、なんてことはない、ただの花だった。しかも、花屋で売っているような立派なものではなく、そこらへんに生えている雑草だ。中央の黄色い花のまわりに、たくさんの白い花弁がついている、ありふれた花。
「どう、あなる? きれいでしょ、これ」
「うん」と、安城はとりあえず、それにうなずいている。
「ねえ、あなる。この花の名前、知ってる?」
 めんまの質問に、安城はちょっとおびえたような顔をしていた。そして、小さく答える。
「……知らない」
 その返答に、めんまはうれしそうな顔をした。
「ふふふ、ロケモンの隠しキャラは知っていても、この花の名前は知らないんだね、あなる」
「じゃあ、なんて名前なんだよ、めんま」と、ぽっぽは当然のように口をはさむ。
めんまも知らない。でも、きれいでしょ? この花」
「おい、めんま。自分が知らないのに、そんなことたずねてどうするんだよ」とオレ。
「だって、知らないから、たずねてるんだよ。べつに、友だちを試すつもりはないし」
 めんまのそんなあっけらかんとした言葉を聞いているうちに、いつの間にか、あなるの顔から険しさがなくなっているのに気づいた。
「なあ、ゆきあつは、この花の名前、知らないのか?」とぽっぽはたずねる。
「たぶん、野菊のひとつじゃないのかな。ハルジオンとか」
「へえ、ハルジオンっていうのか、この花」とオレ。
「雑草のくせに、意外とカッコいい名前じゃないか!」とぽっぽ。
「いや、野菊はいろいろな種類があるからな。花の形だけじゃなくて、茎や葉のちがいとかあるし。なかなかむずかしいんだよ。花の名前を特定するってことは」
「なんだ、ゆきあつも知らないのかあ」とぽっぽ。
「まあ、帰ってから図鑑で調べておくよ」
 ゆきあつは優等生らしく、そう答える。
「ね、ねえ」
 そんなオレたちの会話に、安城はつぶやくように言った。
「あたし、この花、ここにかざりたいんだけど」
「えー、せっかくのプレゼントなのに」とめんま
「だって、あたしたちの、……友情のあかしに」
 照れくさそうに安城は言った。
 そんなセリフにはオレも笑ってしまう。
「おい、安城。それだと、オレたちの友情は、この花が枯れたら、終わってしまうということになるぜ」
「じんたん、あなるだよ、あなる!」
 めんまはそう言いながら、花をいける容器をさがしてる。
「じゃあ、このコップに……」
「それって、あなるのコップじゃない?」とつるこ。
「この牛乳瓶、使えるんじゃないのか」とゆいあつ。
「そうだね。じゃあ、ここに入れとこうよ。この、みんなが名前を知らない花!」
「うん」
 安城はそんなめんまの提案に笑ってうなずいてみせた。
 
     *
 
 こうして、オレたち六人の友情は始まったのだ。
 結局、その花の名前を、オレたちが知ることはなかった。もっと楽しいことが待ちかまえていたからだ。季節は六月の終わり、夏が近づいていた。林には虫のざわめきが満ちはじめ、オレたちは夢中でそれを追いかけた。
 たぶん、ゆきあつはその日の夜に、図鑑でその名前を調べていたと思う。オレがもうちょっと気がきいていたら、そのことをたずねて、ゆきあつに華をもたせることをしていたのにと思う。
 でも、子供なんてそんなものだ。オレたちは多くの大事なものを知らなくても、新しいものを求めて冒険してしまうのだ。昨日のことを置き去りにして、明日に胸をふくらませて。
 そのときのオレは、そんな毎日が終わることが来るなんて思わなかった。牛乳瓶にさした名の知らない花が枯れても、オレたち六人はずっと仲間で、一緒にやっていけるって。
 
 

 
 
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