【あの花】ビフォア・ザ・超平和バスターズ(中)

 
*完成させることを最優先して書いているので、下書き程度の文章力です。
 読みにくい、わかりにくい、矛盾した箇所があると思いますが、気合でカバーしてください。
 あとで書きなおすと思うので、まともな文章が読みたい人は、それまで待ったほうがいいかも。
 
はじめから読む
 
 

◆ ビフォア・ザ・超平和バスターズ(中)

 
 ぽっぽが、めんまがゆきあつにイジメられている、と言ったとき、オレは驚いたあと、胸にグサってくるものを感じた。
 昔、オレは正義のヒーローとか、そんなものに憧れていて、低学年のときは「へんしん!」なんてポーズを決めたりしたものだった。
 もし、正義のヒーローがこのクラスにいたら、めんまをからかうクラスメイトのことを許さなかっただろう。それをだまって見ていたオレは正義失格なのだ。
 オレなんかより、ずっと、ぽっぽのほうが勇気があった。
 「さよなら」のあいさつのあと、ぽっぽは逃げるようにクラスを出て行った。オレはその小さなうしろ姿を見送ることしかできなかった。本当にこれでいいのか、と思いながら。
 やがて、先生が出て行くと同時に、男子が何やら打ち合わせをはじめる。そして、一気に走りだした。
 とてもイヤな予感がいた。そこに、ゆきあつの姿がなかったとしても。
「おい、待てよ、久川」
 帰り道にある橋のたもとで、ぽっぽはクラスの男子に囲まれていた。
「なんで、あんなこと言ったんだよ」
「おまえ、松雪くんだけじゃなくて、俺たちも悪者にしたかったんだろ」
 ぽっぽは何も言えずにうつむいたままだ。
 決して、ぽっぽを寄ってたかって殴ったり蹴ったりすることはない。オレたち子供はそこまでバカじゃない。もし、大人に注意されたとしても、言い逃れができるように予防線を張りながら、彼らはぽっぽを追いつめてるのだ。
「だいたい、なんで、おまえが、あのユーレイ女の味方をするんだよ」
「おまえだって、俺たちとユーレイ女、バカにしてたじゃんか」
「あー、もしかして、あんなユーレイのことが、おまえ、好きなのか?」
「ち、ちがう」と、ぽっぽは初めて口を出した。
「じゃあ、おまえ、前のときみたいに、ユーレイ女にケツ出せよ」
「そうだよな。それが、おまえのアイジョウ表現だから」
「おかげで、おまえは女子から毛虫みたいに嫌われてるけどな」
 そして、彼らはいっせいに笑う。その笑い声を聞いた瞬間に、オレはようやくすべてがわかったのだ。
 ぽっぽはクラスメイトに、自分の好きな女子のことを打ち明けたのだろう。でも、その秘密はたちまち知れわたり、彼らはぽっぽに、その女子に何かをするように強制したのだ。
 あのケツ出し事件は、ぽっぽがバカだからやったんじゃない。そうやるように仕向けられたものなのだ。そして、その結果、ぽっぽは女子からまったく相手にされないようになった。
 そんなぽっぽには、めんまの心の苦しみがわかったのだろう。めんまが泣いたり怒ったりせず、あの気持ち悪い愛想笑いしかできなかったことを。それを何とかしてやめさせたかったのだ。
 もちろん、ぽっぽはすべてがうまくいくとは期待していなかっただろう。でも、ぽっぽはそれで自分が仲間はずれにされてもいいと思ったのだ。自分なら耐えられる。でも、めんまは女の子なのだ。それだけは、何とかしてやめさせなければ、とぽっぽは思い立ち、あんなことを言ったのだ。
 たいしたやつだ、と思った。オレなんかより、ずっと、すごいヤツだったのだ。久川鉄道ってやつは。
 オレだって、そんなことに気づいていた。本間って女の子が、ユーレイとからかわれて、それに苦しんでいないはずがないのだ。でも、オレはそこまで考えまいとしていた。それはおくびょう者のやることだった。正義の味方を愛するオレには、許されることではなかった。
「じゃあ、久川、今度はあのユーレイ女に、何かやってやれよ」
「ああ、今度はフルチンがいいな」
「そうすりゃ、チャラにしてやるよ」
「そうそう、俺たちと友達にもどりたかったら、それぐらいのことはしろよな」
 友達、か。小学生になったときぐらいは、クラスメイトはみんな友達だと思っていたときもあった。でも、クラスメイトと友達はやっぱりちがう。
 そして、友達関係っていうのは、決して見返りを求めることじゃなくて、ひとりぼっちになりたくないからとか、イジメられたくないとか、そのための友達っていうのは、まやかしみたいなものだと思っていた。
 そう、たとえ、そいつが一人になったとしても信じてやる。クラス中が敵になったとしても味方になる。それが、友達じゃないのか。
 追いつめられたぽっぽが、何かをふりしぼるように、口を動かした瞬間、オレはかけ出していた。
「やめろ、おまえら!」
 オレはぽっぽの前に立つ。そんなオレの姿に誰もがおどろいていた。
「な、なんだよ、宿海」
 彼らの一人が口を出す。
「だから、久川のことをいじめるのは、やめろ」
 オレはそんなことを言ったと思う。でも、彼らにそんな言葉は通じなかった。
「ちがうって。イジメじゃないって」
「だって、俺たちは友達なんだからな」
「そうだよ、宿海は知らねーかもしれないけど、俺たち仲いいんだよ。そうだよな、久川?」
「ちがう!」
 オレはぽっぽの返事を聞く前に、そう叫んだ。久しぶりに出した大声だった。
「おまえらよりも、オレのほうが、ずっと、久川と友達なんだからな!」
 その言葉には、さすがの彼らも面食らったようだった。
「……や、宿海くん?」
 ぽっぽも信じられないような表情でオレを見ている。でも、オレはもう後にはひけなかった。
「だから、おまえらは久川からはなれろ」
「チッ」
 彼らの一人が舌打ちをした。
「そうか、おまえ、こんなケツ出し野郎と友達なのか。へー」
「まあ、仲良くやれよ。久川、バカだけどな」
 そんな捨て台詞を残して、彼らはポツポツと俺たちから離れていく。
「あの、宿海くん、ごめん」
 ふたりきりになったとき、ぽっぽはそんなことを言った。
「あやまるのはこっちのほうだって。ずっと、おまえのことゴカイしてたよ。ごめん、久川」
 そう、ぽっぽはオレよりもずっと偉いヤツなのだ。そんなぽっぽの勇気に比べれば、オレがやったことなんて、ちっぽけなものだと思った。
「ぽっぽって呼んで」
 そんなオレに、友達になったばかりの男子はそう言った。
「おれ、ずっと、そう呼んでほしかった。友達に」
「ああ、そうだな。オレたち友達だもんな。よろしくな、ぽっぽ」
 興奮状態のためか、そんなぽっぽのあだ名を、オレは素直に受け入れた。
「じゃあ、宿海くんのことは、何と呼べばいい?」
 そうだ、友達なんだから、君づけっていうのは、おかしいよな、と思う。でも、オレのあだ名なんて、過去に一度しかなかったのだけれど。
「じんたん、で」
「じんたん?」
「そう呼んでくれていた幼なじみがいたんだよ。今じゃ、全然仲良くないんだけど」
「じゃあ、その子のぶんまで、おれが仲良くするよ。よろしくね、じんたん」
「ああ」
 その幼なじみが同じクラスにいることを、オレはぽっぽには話さなかったけれど、ぽっぽはそんなことを気にしてなかった。
 それから、仲良くなってわかったんだけれど、ぽっぽってヤツは、かなりあきっぽい性格だった。たとえば、好きな女子についてもそうで、オレに打ち明けた一ヶ月後には、そのことを忘れているという始末で。
 だから、学校の成績も良くなかったけれど、そのぶん、一つのことに集中すると、それをとことんつきつめる性格だったのだ。
 たぶん、このときは、オレと友達になったってことが、ぽっぽにとっては最優先事項で、それ以外のことは、わりとどうでもいいみたいで。
 それは、オレにとっても悪いことではなかった。なぜなら、オレは正義の味方に憧れる、ぽっぽと同じぐらいバカな男子だったからだ。
 
「本間さんのことを何とかしなくちゃいけないと思うんだ」
 休み時間、ぽっぽはオレにそう話しかける。
 翌日、クラスの勢力図は一変としていた。オレとぽっぽは、クラスのほかの連中からは完全に無視されていた。
 それはそれでオレには困った事態で、その状況を早く何とかしなくちゃいけないと思っていた。
 それなのに、ぽっぽはめんまのことが一番気になると言う。
 クラスメイトは、めんまのことをからかわなくなった。また、ぽっぽやオレが何かを言いだすのではないかとおそれていたのだ。
 だから、誰もめんまに話しかけなくなった。それはどこからどう見ても仲間はずれであって、事態はさらに悪化しているとしか思えなかった。
「ねえ、じんたん。それを解決できる方法があるんだけど」
「へえ、ぽっぽ。言ってみろよ」
「本間さんと友達になれば、いいんじゃないかな!」
 ぷっ、とオレは思わず吹き出した。
「なんで、あんなオンナと友達にならなくちゃいけないんだよ」
「だって、そうしたら、本間さんは仲間はずれじゃなくなるし」
 いや、友達っていうものは、そんな簡単になれるものじゃないんだよ、とオレは思った。ぽっぽと友達になるっていうのは、オレにとっては一大決心だったんだ。それは、ぽっぽのことを、すごいと気づいたからであって、同情してるだけで得体の知れない女子を相手にするのとはちがう。
「なあ、ぽっぽ。昨日のやり方はまちがってたと思うんだ」
「うん、それは反省してる」
「ああいうことで、大人を頼っちゃいけない。あくまでも、子供で解決しなくちゃいけないんだ」
「さすが、じんたん。いいこという!」
 ぽっぽは素直に感心してる。その単純さにあきれながら、オレは考える。
 つまり、すべての元凶は、ゆきあつなのだ。ゆきあつが、みんなの前でひとこと「本間芽衣子のことを、からかったり仲間はずれにするのはやめろ」と言えば、今の状況は改善されるはずなのだ。
「わかった。松雪集と決闘する」
「へ?」
 さすがのぽっぽも、この言葉にはおどろいた。
「それって、まさか、松雪くんとケンカするってこと?」
「それ以外に、方法がないじゃないか」
「で、でも」
 ぽっぽは戸惑いながら、こう言った。
「じんたん、松雪くんに勝てると思ってるの?」
「ああ」
 オレは意を決したように言った。
「オレには奥の手がある」
「すごい、じんたん! 正義の味方みたい」
 そう、TVの正義の味方は、いつも奥の手というものがあった。正義は悪に負けてはならない、という子供の幻想を守るためのご都合主義にすぎないわけだけれど、それでも、オレはぽっぽに対してはそう言うしかなかった。
 
 もちろん、奥の手なんて、あるはずがなかった。
 ゆきあつの靴箱に「果たし状」を入れたあと、オレは「明日の準備のため」と、ぽっぽと別れて、家に直行した。
 自分の部屋に入って考える。あの、スポーツ万能・成績優秀な松雪集という男子に勝てる方法はあるのか、と。
 実をいうと、秘策はあった。その秘策のために、オレは夕食のあと、こう言った。
「父さん、大事な話があるんだ」
 当時、オヤジのことを、オレは父さんと呼んでいたと思う。
 オレのオヤジは、物分りのいいオヤジだった。近所のおばさん連中への腰も低くて、だから、なかなか人気があった。
 でも、オレはそんなオヤジの姿があまり好きではなかった。ペコペコ頭を下げるオヤジよりも、黙って俺についてこい、と背中を見せつけるオヤジのほうが、オレの好みだったのだ。
 一度、オレは母さんに、そのことで不満をもらしたことがある。すると、母さんはそう言った。
「今じゃ信じられないかもしれないけど、父さんって昔、とってもワルだったのよ。ケンカじゃ負けなしで、みんなに恐れられていたぐらいで」
 オレは愚かにも、そんな母さんの言葉を信じた。
 だから、ゆきあつと決闘するとき、オヤジの助言を頼みにしていたのだ。
 母さんが出ていって、オヤジとふたりきりになったとき、オレはいきなり土下座した。
「父さん、お願いがあるんだ」
「な、なんだよ、仁太くん」
 オヤジはそんなオレの態度におおいに戸惑っていたが、オレは気にせず続ける。
「ケンカで勝てるやり方を教えてほしいんだ」
「ケンカ?」
「うん、絶対に負けられない戦いがあるんだ」
 そう、明日のゆきあつとの決闘で、オレが負けてしまったら、ぽっぽの勇気はムダになってしまう。ぽっぽの正義は認められず、めんまを仲間はずれにするクラスの雰囲気が改まることはない。
「絶対に負けられないって、そんなことってあるのかな?」
「ある!」
 オヤジの柔らかい言葉に、オレは力強くこたえる。
「勝つためなら、たとえ、どんな卑怯なやり方でもいいんだ。負けてしまえば、オレはすべてを失ってしまうんだ」
 そんな小学生とは思えない、オレの鬼気迫る言葉にも、オヤジは優しく微笑んだだけだった。
「卑怯なやり方で勝つのは、良くないよ」
「だって、そうじゃなくちゃ、勝てないぐらい強い相手なんだよ」
「でも、仁太くんは自分の信じる正義のために、ケンカするんだろ?」
「うん」
「だったら、卑怯なやり方をするのは、いけないんじゃないかな」
「だって……」
 オヤジの言葉は優しいけれど、それはとてつもなく正論だった。
「ねえ、仁太くん。人間はホンネを出さないとわかりあえないことがあるよね」
「うん」
 オヤジが話題をそらしたことに戸惑いながら、オレはうなずく。
「仁太くんがケンカするっていうのは、そのホンネを見せたいからだと思うんだよ」
「……そうかもしれない」
「だったら、卑怯なやり方はするべきじゃないよ。それに、仁太くんにだって、その相手に負けないぐらいのものがあるんじゃないかな」
 オヤジは今の壁を見回した。そこには、オレの賞状があった。校内マラソン大会で3位になった、オレの賞状。そうだ、たしかに、そのマラソンで、オレはゆきあつに勝ったんだ。
「ホントは、こんなこと言うと、母さんは怒るだろうけどね。母さんは、仁太くんがケンカをするのは、絶対に許さないと思うけどね」
「うん」
「でも、父さんは仁太くんがホンネをぶつけたい気持ちがわかるから。だから、勝っても負けてもいいと思うんだ。本気になるのを見たら、きっと誰もが気づいてくれるはずだよ。仁太くんの本当の思いに」
「わかった」
 オレは立ち上がる。そう、砂で目つぶしにしようとか、そんなことを考えていたオレは、とてもバカだったんだ。正々堂々と戦うしかないじゃないか、と。
「ありがとう、父さん」
 そして、オレは来たるべき決闘にそなえることにした。とにかく、最初は逃げまくろう。そして、ゆきあつが疲れたときに、トドメをさせばいい。オレは、そう単純に考えながら、布団の中に丸まった。
 
 勝敗は一瞬でついた。ゆきあつとの決闘がTVで放映されたら、十秒もたたずに終了していたかもしれない。
 「果たし状」を入れた翌日、ゆきあつはオレに一言いった。
「本気なのか?」
 オレは答えた。「本気だ」
 なぜ、決闘しなければならないのか。そんな理由を、ゆきあつはたずねることはなかった。ゆきあつだって、わかっているのだ。ぽっぽと友達になった時点で、この戦いは避けられないものであったことを。
 そして、放課後。オレたちは約束の公園に向かう。付きそいは最小限だった。オレにはぽっぽ。そして、ゆきあつにはつるこ。
「なんで、鶴見を連れてくるんだよ」
 ぽっぽはそれを聞いて不満そうに、ゆきあつに言う。
「だって手出し無用なんだろ。女子のほうがいいと思わないか。まあ、おまえらは、二人がかりでくるかもしれないけど」
「そんなことはない!」
 オレはそんなゆきあつの挑発に反発しながらも、彼のことを見なおした。
 ゆきあつは確かに悪いヤツだ。めんまが仲間はずれになった元凶は、すべて、ゆきあつにあるといってもいい。でも、オレとの決闘に、ほかの連中を連れてくるようなヤツではない。とことんプライドが高くて、だからこそ、クラスで存在感を持っているのが、松雪集という男子の厄介なところなのだ。
 こうして、オレの望む決闘の舞台は整った。ところが、オレはゆきあつを完全になめていた。
 開始早々、ゆきあつはオレにタックルをしかけてきた。後で聞いた話によると、レスリングの入門書を買って、夜遅くまでその特訓をしていたと言う。マラソン大会の賞状をニヤニヤ見つめて、持久戦に持ち込めば勝てる、と思っていたオレは完全に甘かったのだ。
 そして、ゆきあつはオレに馬乗りになった。勝負の決着には、十秒もかからなかった。
 まもなく、オレの視界がくらんだ。ゆきあつは本気でオレを殴りはじめたのだ。
 目の前には、ゆきあつの顔があったが、やがて、はっきりと見えなくなった。目がやけどしそうなほど熱くなる。ああ、オレは泣いているんだ、と思った。
「まいったと言え! まいったと言え!」
 そう叫びながら、ゆきあつは殴りつづけていた。痛みがマヒするというのは、どうやらウソみたいで、目だけではなく、鼻からも口からも、何かしらの液体が流れているようだった。
 ぽっぽはどんな表情をしていたのだろう。あとで聞いたら、こんなことを言った。
「助けに行こうと思った。でも、そうすれば負けるかもしれないって」
 まったく何を期待していたのかのだろうか。空から隕石が降ってきて、それを直撃するぐらいしか、逆転する望みはなかった。オレとぽっぽのゆきあつへの反逆は、圧倒的なまでに惨めな敗北で終わろうとしていた。
「まいったと言え! まいったと言え!」
 それでも、ゆきあつは殴るのをやめない。そして、オレはそれでも、まいった、と言うつもりはなかった。もはや、勝ち負けなんてものは関係なかった。
 オヤジは言った。ホンネでぶつかりたいんだろ? でも、開始数秒で決着がついたこのケンカで、オレが本気を見せるならば、気絶するまで敗北を認めないことしかないと思った。だから、オレは絶対にそれを言うことがなかった。
 気が遠くなるような痛みのなかで、はっきりとゆずれない「まいったと言わない」という気持ちをかかえていると、気づくと、ゆきあつの手はとまっていた。
 さすがに、ずっと殴りつづけることに疲れたのだろう。そう、あのマラソン大会のとき、ゆきあつに勝つことができたのは、ゆきあつにはなくて、オレにあるものがあったわけで、それは。
「うおおお!」
 そんなよくわからないおたけびとともに、一瞬のすきをついて、オレはゆきあつに殴りかかった。それは、あまりにも見事に、ゆきあつの鼻を直撃した。ゆきあつの体は放物線を描いて、オレの足にのしかかるように倒れる。
 あまりにも痛みがひどかったせいか、その殴ったという感触がうまくつかめなかった。でも、目の前のゆきあつは、さっきまでの威勢がまるでウソのように、倒れている。鼻から血が出ていた。もちろん、そんなことで手をやめるオレではなかった。
 オレは反射的に、ゆきあつに馬乗りになる。そう、まさかの形勢逆転だ。子供のケンカは、相手が「まいった」と言うまで勝敗はつかない。まだ、オレは負けていないのだ。
「やめて!」
 そのとき、オレとゆきあつの間にわりこんだものがあった。つるこだ。
「おい、ちょっと待てよ。手出し無用と言ったじゃんか」
 そんなつるこに、思わず、ぽっぽがかけよってくる。オレも何か言いたかった。すでに口が切れて、言葉になるかどうかはわからなかったけれど、まだ決闘は終わっていないはずで、だから、つるこがわりこんではいけないはずだった。
 でも、つるこはそれにひるむような女子ではなかった。つるこは手ににぎっていたものを、オレたちに見せつける。ケータイ電話だ。
「センセイ、呼ぶから」
 その言語はいつわりではなかった。すでに番号は用意していたのだろう、すばやく、発信のボタンを押す。ぽっぽはそれを取り上げようとするけど、つるこは華麗にかわす。
「あの、ケンカなんです。いそいで来てください。タイヘンなんです!」
 それは、オレとぽっぽにとっては、困った事態だった。大人たちにわりこまれたら、どういうことになるか。それは、あの帰りの会で証明済みだ。
「やばい、じんたん。逃げるぞ」
 そして、ぽっぽはオレを引きずるように逃げはじめる。オレはそれにしたがいながら思った。結局、この決闘はどうなったのだろうか。オレは勝ったのか、と。
 
 次の日、オレは学校に行った。ゆきあつは学校を休んでいた。
 ぽっぽがオレを家に連れていって、それから、母さんに小言をいわれながらも、オレはゆきあつの拳にも負けないぐらい痛かった消毒をされて、絆創膏だらけの顔のまま、登校した。
 教室に入って、真っ先に見えたのが、つるこだった。つるこはオレをにらんでいた。なんで来たのよ、と言いたい気持ちをおさえるように。
 傷だらけのオレに話しかける者は誰もいなかった。ぽっぽをのぞいて。
「じんたん、だいじょうぶなの」
「ああ」
 クラスメイトはしばらく戸惑っていた。でも、先生が来て、朝のあいさつをしたときに、納得したようだった。
 学校に来た者と休んだ者。勝者が誰であるかを、彼らはその事実で認識したようだった。
 そして、ざわつく教室の中で、一人、調子のいいことを言っていたやつがいた。
「そこで、じんたんがクラスカウンターを決めて!」
 ぽっぽだ。さっそく、昨日の決闘を、あからさまな脚色とともに、クラス中に言いふらすつもりらしい。
「ぽっぽ!」
 オレはそんなことに耐えられずに、ぽっぽを大声で呼んだ。
「どうしたの、じんたん」
「あのな、ぽっぽ、昨日の話をするのは、やめろ」
「えー、なんで。じんたん、カッコよかったじゃん。それに、じんたんは勝ったわけだし……」
「勝っちゃいない」
 そうだ。ゆきあつは休んだだけで、オレに「参った」とは言っていない。だから、あの決闘の勝敗は決まってはいないのだ。
 それに、クラスの雰囲気が気に入らなかった。昨日まで、ゆきあつを恐れていたのに、どうやら、今日からはオレがその立場になりそうだった。別にクラスの支配者になりたくて、オレはゆきあつと決闘したわけじゃなくて。
「あ、あの」
 そんなオレに声をかける子がいた。ふりむくと、そこには、ほとんど話したことのないクラスメイトの姿があった。本間芽衣子だった。
「おい、じんたん。本間さん、連れてきたぜ」
 とまどうオレに、いいことをしたつもりのぽっぽがいた。
 本間芽衣子は何かいいたそうにモジモジしている。どうやら、ぽっぽに、自分のために決闘したと吹き込まれたらしい。
 でも、それは間違いだ。とんでもない間違いだ。オレは本間芽衣子を仲間はずれにするクラスの雰囲気がイヤになっただけであって、ちょっとは同情してたところもあるけれど、本間芽衣子に何か言ってほしかったわけじゃなくて。
「あのな、ぽっぽ。こいつは関係ないだろ」
「おい、じんたん。せっかく、傷だらけになって戦ったんだぜ。女神からの祝福ぐらいは」
「なんだよ女神って。だいたい、オレは正義のために戦ったんだ。こんなオンナなんて」
「そ、そうだよね」
 そして、本間芽衣子は、あの気持ちの悪い愛想笑いをした。
「ご、ごめん」
 そのうしろ姿を見つめる。さらさらの長い髪、細くしなやかなくるぶし。そうだ、オレはこんな子のことを、ユーレイだと言う奴らのことが許せなかったんだ。オレからすれば、本間って子は、ユーレイなんかじゃなくて、どっちかっていうと、妖精とかそういう感じの……。
「おい、じんたん!」
 オレのぶっきらぼうな態度に、ぽっぽは怒っていた。
「じんたんは正義の味方じゃなかったのかよ! 正義の味方は女の子に優しくしなくちゃいけないんじゃないか」
「そりゃそうだけど」
 そうだ。本間芽衣子を仲間はずれにしているのは、ゆきあつがユーレイあつかいしたからで、そして、そのゆきあつに誰もさからえなかったから、そのからかいが進行したせいなのだ。そのゆきあつの圧倒的存在感が、オレとの決闘によってなくなったとしたら、本間芽衣子のクラスでの立場は、オレにかかっているのだ。
 もし、オレがそれまでの同じように、本間芽衣子に話しかけないとしたら、今後もその状況が改まることはないわけで。
「わかったよ、ぽっぽ」
 それから、オレは席について、うつむいている本間芽衣子に近づいた。
「本間、オレと友達にならないか」
「へ?」
 その言語におどろいたのは、めんまだけではなかった。でも、オレはそれを気にせずに続ける。
「ただし、オレと友達になりたいのならば、気持ち悪い、にへら笑いをやめろ」
「にへら笑い?」
 それを聞いて、めんまは笑ってみせる。それは、これまでずっと見せたことのなかった笑顔だった。
 ああ、こいつはこんなふうに笑えるんだ、と思った。
「ああ、それでいいんだよ。そういう笑い方をするんだったら、友達になってやる」
 あまりにも一方通行で、ぶっきらぼうなオレの言葉に、本間芽衣子はうなずいた。
「うん、わかった」
「じんたん、やっぱり、めんまと友達になりたかったんだ」
 そんなオレたちに近づいてくる、ぽっぽ。
めんま?」
「ああ、友達となったからには、あだ名で呼ばないとな」
「あだ名って誰の?」
「本間さんのだよ。本間芽衣子だから、めんま。いいネーミングだろ?」
「はあ?」
 もしかして、こいつ、オレと本間芽衣子が友達になると思って、そのときのために、わざわざあだ名を用意していたというのか。
「なあ、本間さん。めんまって、どう思う?」
「あたし、これから、めんまになるの」
「ああ!」
「うん。それでいい!」
 そんなオレの気持ちなんて考えずに、本間芽衣子は素直にそれを受け入れる。
「ちなみに、オレのことは、ぽっぽと呼んでくれよな。じんたんの友達だったら、オレの友達だからさ」
「わかった。よろしくね、じんたん、ぽっぽ」
 まるで茶番劇のようだと思った。でも、きっと、ぽっぽはオレ以上にめんまのことを考えていたはずだ。みんなにからかわれても、泣きもせず、怒ることもせず、大人に相談せずに、じっと耐えていためんまのことを、きっと、ぽっぽは信用していたのだと思う。
 こうして、オレは数日で友達を二人増やすことになった。ぽっぽとめんま。ともに、クラスメイトからバカにされたりからかわれていたりした子。でも、オレはそんな二人と仲良くなることに抵抗はなかった。
 それは、ゆきあつの顔色をうかがいながら、誰かがからかわれているのを黙って見ているよりも、ずっと素晴らしいことで、オレにとってはずっと居心地のいいものだった。
 
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