【あの花】ビフォア・ザ・超平和バスターズ(前)

 
 まもなく、最終回を放映する話題のアニメ「あの花」(『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』)だが、どうやら僕が一番気になっていた「少年期に、男三人女三人というグループは、いかにして形成されるのか」という謎は明らかにならないようである。
 仕方ないので、自分で妄想補完することにした。なお、公式設定資料など、アニメ以外の情報を僕は知らないので、本編とは矛盾する内容もあるかもしれないが、そこらへんは我慢してください。
 

◆ ビフォア・ザ・超平和バスターズ(前)

 
 あの日、そう言ったオレは、めんまが怒るか泣きだすかと思っていたんだ。
 でも、めんまは決まり悪そうに「にへら」と笑うだけだった。
 その表情がオレには許せなかった。そんな笑い方をするめんまがキライで、そして、そんな顔にさせた自分のことが、もっとキライで。
 めんまと仲良くなってから、超平和バスターズを結成してから、めんまはあんなふうに笑わなくなったはずだった。
 そう、あのにへら笑いがきっかけだったんだ。オレたち六人が秘密基地に集まるようになったのは。
 
 その年、オレたち六人は同じクラスだった。
 それは奇跡でも何でもなくて、一学期の始業式のとき、オレたちは仲良しでもなければ、友達でもなかった。
 ただのクラスメイト。それがオレたちの出発点だった。
 正直いって、オレはそのクラスになじめなかった。なぜなら、ゆきあつがいたからだ。成績優秀でスポーツもできて、先生のお気に入りの優等生。オレはそんなゆきあつを毛嫌いしていた。ゆきあつもオレと仲良くしようとはしなかった。
 しばらくして、本間という女子が、クラスでよくからかわれるようになった。本間芽衣子、つまり、めんまは、母さんが外国人で、だから、めんまはハーフだったわけなんだけれど、母親ゆずりの色白さを「ユーレイみたい」とバカにされるようになったわけだ。
 そのきっかけを、クラスメイトの誰もが知っていた。ゆきあつだ。ゆきあつが「本間ってユーレイみたいだよな」とみんなに聞こえるように口にしたのが、すべての始まりだったんだ。
 ゆきあつは、大人たちから一目置かれていた。先生たちも、ゆきあつの言うことならば、たいてい信じた。オレたち子供がそんな大人たちのひいきに気づかないはずがない。だから、ゆきあつが、めんまをユーレイあつかいしたということは、ほかのクラスメイトも同じようにしてもいいことを意味していたのだ。
 オレからすれば、そんなことはバカらしくて、他の男子と一緒に、めんまをからかおうだなんて考えもしなかった。だけど、めんまを助けようとも思わなかった。
 オレはこれはイジメじゃないと言い聞かせていた。なぜなら、めんまは「ユーレイ」とバカにされても、へらへら笑っているだけだったからだ。もし、めんまが泣きだしたり、怒ったりしたのならば、何とかしなければとあせっただろう。でも、めんまは笑ってばかりで、それに反抗することはなかった。
 だから、何の問題もないはずだった。でも、オレはそんなクラスの雰囲気がイヤでイヤでたまらなかった。それを変えるにはどうすればいいのかをよく考えた。
 オレの結論は、ゆきあつが何とかするしかないというものだった。ゆきあつが何か一言いえば、クラスメイトはめんまのことをからかうことはなくなるだろうと。
 ゆきあつがめんまについてしゃべったのは、あの一言だけだったと思う。クラスメイトと一緒に「ユーレイ、ユーレイ」と、ゆきあつがめんまをはやしたてていたわけじゃない。でも、クラスの誰もが、めんまをからかっていいのは、ゆきあつのせいだと感じていたはずだ。良くも悪くも、ゆきあつって奴には、存在感があった。オレは、そんなゆきあつに対して、何も言うことはできなかった。面倒なことになりそうだったし、イジメというほど、めんまは傷ついてないと思っていたからだ。
 
 きっかけは、予想外の男子がもたらした。ぽっぽだ。
 帰りの会で、ぽっぽは手をあげた。クラスの誰もがおどろいた。ぽっぽ、つまり、久川鉄道って男子のことを、たいていの子はバカだと思っていた。オレもそうだった。正直いって、その日まで、オレはぽっぽのことを見下していたぐらいだ。
 たとえば、五月の遠足のとき、弁当の時間で、ぽっぽは自分のケツを女子に見せて、大パニックをひきおこしたことがある。
 それを見たオレの思いは、怒り半分あきれ半分といったところだ。そこまで自分を捨てられる久川って男子を、つくづくバカだとあきれながらも、わざわざ、遠足でそういうことをする神経が信じられなかった。
 でも、ぽっぽは、オレが思っているようなバカな奴ではなかった。
 その帰りの会、手をあげたぽっぽのことを、担任も不思議そうな目で見ていた。やがて、ためらいがちに「久川くん、何かあるのですか?」とたずねる。
 オレは見た。ぽっぽの体は震えていた。だいたい、ぽっぽは授業中でも挙手するような奴ではなかった。ぽっぽを指名したところで、授業の進行のジャマになるだけだ。そういうのは、成績のいい、ゆきあつとか、つるこに任せればよかった。そうすれば、万事うまくいくのだ。
 それでも、ぽっぽは、いきおいよく立ち上がった。そして、はっきりとこう言った。
「先生、本間さんをいじめている子がいるので、何とかしたらいいと思います」
 オレは耳をうたがった。まさか、ぽっぽがそんなことを言うとは思わなかった。何しろ、食事中の女子にケツを出すようなバカなのだ。ぽっぽってやつは。
 先生は言う。「それは本当ですか? 誰が本間さんをいじめてるのですか?」
 ぽっぽはそれから、うつむきながら、顔をそむけながらも、はっきりと一人の男子を指差した。クラス委員長をつとめている、ゆきあつこと、松雪集に向かって。
「松雪くんが、本間さんをいじめてます。なんとかしてください」
 なぜ、ぽっぽがそんなことを言う必要があるのか、オレにはしばらくわからなかった。それは、ほかのクラスメイトも同じことで、教室は一気に騒然とした。
「そうなのですか? 松雪くん」
 先生の声が響く。ゆきあつは、その質問になかなか答えようとはしなかった。仲良くなってからわかったことなんだけれど、ゆきあつってやつは、いつもえらそうにしているけれど、こういう不意打ちには弱いところがある。オレはすぐに「違う」と否定するかと思っていたのに、その沈黙は実に長かった。
「先生」
 そのとき、手をあげた子がいた。つるこ、つまり、鶴見知利子だ。
 クラスの副委員長であったつるこは、ゆきあつの後ろをついてくることが多くて、クラスではひそかに「ゆきあつの金魚のフン」と言われていた。そんなつるこの挙手に、クラス中の視線が集まる。
「鶴見さん、なんですか?」
「先生、わたしは、久川くんがウソをついていると思います」
 はっきりと、つるこはそう言った。
 オレたち子供は誰もが知っていた。めんまがからかわれているのは、ゆきあつが原因であることに。ただ、オレのように、ほとんどのやつが、それはイジメではないと思っていた。めんまはへらへら笑うだけで、それに傷ついていないじゃないかと。イジメっていうのは、もっとキツイもので、クラスメイトから誰も口をきかれなかったり、ばい菌あつかいされたりするものじゃないかと。まあ、いつもユーレイといわれて、給食のときも、めんまの机はいつも数センチあいていたんだけれど、それでも、オレたちはイジメではないと思っていた。
 めんまを直接からかっていないオレですらもそう考えていたのだ。めんまのことを「ユーレイ、ユーレイ」と言っていたクラスメイトにとって、つるこの言葉は救いを得た心地だっただろう。
「わたしは、松雪くんが、本間さんをイジめていたところを見たことがありません。先生、久川くんに、いつ、松雪くんがそんなことをしたのかたずねてみてください」
 つるこの発言を聞いて、ぽっぽの顔はどんどん青ざめていく。そう、まつゆきは直接手を下しているわけではないのだ。イジメというからには、その証拠がなければならない。
 そして、ぽっぽはそんなことまで考えるようなやつではなかった。
「あの、その……」
「久川くん、言えないのですか?」
「先生、その」
「久川くん!」
 ぽっぽは泣きそうな顔をしていた。オレはそんなぽっぽの表情が直視できなかった。そうとも、ぽっぽはまちがっていない。でも、こういうことは、先生に告げ口するようなことじゃなかった。子供のことは、子供でしか解決できないものがある。
 ぽっぽの沈黙は、それがウソであるように先生に思われても仕方なかった。でも、それだけで終わらせるような、つるこではなかった。
「先生、本間さんにもきいてみたらどうでしょうか? 松雪くんにいじめられていたかどうか」
 ひどい、と思った。でも、そのつるこの提案に先生は納得したようだった。
「そうですね。では、本間さん。あなたが松雪くんにいじめられたというのは、本当ですか?」
 めんまも、ぽっぽと同じように、プルプルとふるえながら、それでも、立ち上がった。そして、あの気持ちの悪い愛想笑いを浮かべながら、言った。
「そんなことは、ない、です」
「そうですか、では、イジメはなかったのですね」
「……はい」
 言葉ではそういったけれど、そのとき、オレは胸にズシリときたんだ。そうだ。この本間って女子が傷ついていないなんて、そんなことあるはずないじゃないか。ユーレイ、ユーレイとバカにされて、それでも味方は誰もいなくて、だから、愛想笑いをするしかなかったんじゃないか。
 それでも、話の流れは収束へと向かっているようだった。先生は自分の教室でいじめが起きているなんて思いたくはない立場にある。だから、つるこのような発言を信じてしまうのだ。大人はいつもそうなのだ。
「では、先生」
 つるこはそれでも口をとめない。
「久川くんは、ウソをいって、松雪くんを傷つけました。あやまらなければいけないと思います」
 ふざけるな、とオレは立ち上がろうと思った。ああ、つるこの言っていることはまちがっていないのかもしれない。でも、子供たちは誰もがわかっていることだ。正しいのはぽっぽで、ごまかしているのがつるこのほうだって。
「うん、……そうですね」
 さすがの先生も、このつるこの提案には、ためらいがちだった。ただ、先生という立場からすれば、つるこの言っていることは、もっともらしいことだった。だから、先生は言った。
「久川くん、松雪くんにあやまってください」
 もう、オレは誰も見ることもできなかった。体中が熱くなっていた。こんなことが許されていいのか、と。そりゃ、ぽっぽだって、めんまだって、そのときは、友達でも何でもなくて、ただのクラスメイトだったわけなんだけど、こういうことを黙って座って聞いている自分っていうのが、オレにはとても許せなかったのだ。
 できれば、耳をふさぎたかった。だけど、オレはぽっぽが嗚咽しながら、こういうのをはっきりと聞いた。
「ごめんなさい……松雪くん」
 ぽっぽの反逆は、あまりにもみじめに失敗に終わった。
 そして、そのむくいは、当然のことながら、その放課後に待っていた。
 
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