魔法少女さやかのソナタ I(2) 

 
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     (2)

 
「なんなのよ、あの転校生!」
「まあまあ、さやかちゃん」
「まあまあ、美樹さん」
 次の日、学校帰りに寄ったハンバーガーショップで、私は怒りを爆発させていた。向かいの二人は、そんな私をなだめている。でも、良い子すぎる二人に代わって、私は派手に怒らなくちゃいけないと思った。
「せっかく、あたしたちが親切にしてやったのに、あの態度は信じられなくない? クラスになじもうとか、みんなと仲良くなろうとか、そういうそぶりをちょっとでも見せてくれたら、まだ可愛げがあったんだけどさ」
「そういう言い方はよくないよ、さやかちゃん」
「だから、まどかは甘いんだって。あの体育の時間、見たでしょ? 見学するかと思ってたら、フツーに参加してるし。しかも、まどかや仁美にならまだしも、あたしよりもずっと脚が速かったし! あんなの病み上がりじゃないよ、ゼッタイ」
「たしかに、そう感じられるところはありましたよね」
「でしょでしょ! おかしいよね、入院してたなんて怪しいよね? 仁美、そう思わない?」
「でも、わたくしたちの知らない病気というのも、たくさんあるわけですから」
「えー、どうして、仁美もかばうのよ。あんなヤツのこと」
「だって、そういう大事なことでウソを通せるはずありませんし」
「そうだよ、さやかちゃん。あの子がウソをついているとは、あたし、とても信じられない」
「……まったく、優しいのね、あんたたち」
 私はあきれながら、目の前の二人を見る。
 ツインテールをしていて、赤いリボンがバッチリ似合っている、制服を着ていないと小学生と間違えられそうな子、鹿目まどか
 ウェーブのかかった髪が大人っぽくて、ハンバーガーを食べる仕草にも上品さが感じられる子、志筑仁美。
 私、美樹さやかは、中学二年になってから、こんな正反対な二人とグループを組んで、一緒に行動することが多かった。仲良くなったきっかけは、よく覚えていない。まどかはともかくとして、仁美のようなお嬢様が、なぜ私たちと共にいるのか、正直いって、ときどきわからなくなることがある。
 仁美は成績優秀で、合唱のときはいつもピアノ伴奏をつとめていた。何をやっても華がある子で、だから、男子の憧れの的だった。ラブレターをもらったことは、一度や二度ではない。
 仁美がそのラブレターを私たちに見せてくれることはなかったけれど、さりとて、誰かと付き合うつもりはないようだ。それよりも、私たちといるほうが楽しいと言う。
 まどかにそのことを話すと、さやかちゃんがいるからだよ、と答えてくれた。さやかちゃんがいるから、仁美ちゃんは自然体になれるんだよ、とまどかは言う。
 それはきっと、私が上条恭介という厄介な幼なじみを相手にしてきたせいだろう。だから、仁美に対しても、私は気後れすることはなく、言いたいことを口にするように心がけた。そうすれば、仁美だって、お嬢様の殻を破って、私たちにもっと心を開いてくれるようになると。
 残念ながら、生まれ持った気品というものはどうしようもならないらしく、私はいつもしゃべりすぎて、仁美と言い争いをして勝った試しがない。そういう日の夜は、自分の短気さや性急さに、落ち込むこともあったけれど、仁美のような子が友達であることは、幸せなことだといつも思っていた。
 今回の転校生の件は、そんな友情を深めるチャンスだったはずなのだ。何しろ、引っ込み思案で人見知りする、あのまどかが積極的になったのだ。仁美も、そんなまどかに協力すると誓った。いつも特別扱いされている仁美も、転校生の目からすれば、見知らぬクラスメイトの一人にすぎないわけで、だからこそ、仁美の本当に良いところをみんなに知ってもらえるのではないかと私は期待していたのだ。
 そんな私の計画は、しかし、あの転校生の冷淡な態度によって、粉々に砕かれた。だから、私は怒っているのだ。怒って当然だと思う。
「そりゃ、あの転校生にはあの転校生なりのペースとかあるかもしれないけどさ、初日であれはないよ。病気がちで、か弱くて、だけど、心優しい子をイメージしていたのに、あれじゃまったく逆じゃない!」
「でも、美人ですわ」
 私のグチをさえぎって、仁美はそう言った。
「あ、ま、そうかも……」と、私は思わず同意してしまう。
「それに、あの髪。とても長くて、まっすぐで、綺麗で。わたくし、恥ずかしながら、とてもうらやましいと思いましたもの」
「いやいや、仁美のほうが全然かわいいよ、あんな転校生に比べたら」
「美樹さん、そんなことありませんわ。それに、あの人って、何か不思議な雰囲気がしませんか? それが長い入院生活によるものかどうかは、わかりませんけれど」
「たしかに、あたしたちとちょっと違うところはあるよね」
 私は仁美の言葉にうなずく。あの転校生は、私たちに比べると、ずっと大人っぽくて、しかも美人で。だから、同級生であるはずの私たちを子供扱いしているような態度が見えかくれして、それに私は腹が立って……。
「うん、ほむらちゃんって、不思議な子だよね。ミステリアスだよね」
 ずっと黙っていたまどかが、小さくそうつぶやく。
「ほむらちゃん?」と、私は反射的にたずねる。
「あ、だって、ほむらちゃんが名前で呼んでくれって言ってたから」
「へー、いつの間に仲良くなってたの、あんたたち」
 私は意地悪くそうつぶやく。そういえば、暁美ほむら、とか言ってたな、あの転校生の名前。
「い、いや、そんなつもりじゃなくて」
「そういえば、鹿目さん」と、あわてるまどかに、仁美が声をかける。
「あの人、自己紹介のとき、鹿目さんのことを、ずっと見てましたよね。もしかすると、知り合いだったりするのですか?」
「違うよ、ただ……」
「ただ?」
 私たちの疑問に、しばらくの間、まどかはうつむいて手をモジモジさせたあとで、ぽつりとつぶやいた。
「夢の中で、会ったような気がしたの」
 その言葉を聞いて、私は思わず吹き出してしまった。
「ちょっとちょっと美樹さん、はしたないですわよ。こんなところで」
「だって仁美、こんな真剣モードのときに、そんなこと言われたら仕方ないじゃない」
 そうたしなめる仁美も、手で口元を隠しているけれど、半笑いになっている。
 そんな私たちの態度に、まどかは口元をとがらせる。
「やっぱり、信じてくれないんだ」
「そんなことないよ。あたし、まどかの言うことは何でも信じるもん。たとえ、妖精が見えたと言ってもね」
「だから、本当にそうなんだってば」
 まどかの必死な表情に、私は冗談をやめる。
「もしかして、まどかだけ、あらかじめ和子先生から写真を見せてもらったりしてたんじゃない?」
「そんなことないよ。今日が初対面のはずなんだよ、ほむらちゃんとは」
「なるほどね」と私は腕を組んで、意味なく三度うなずいた。
「つまり、前世で、あの転校生とまどかは、浅からぬ関係にあったと、そういうことですな」
「は? 前世って」と、あきれるまどか。
「よくいうじゃない、夢の中で前世の記憶がよみがえるとかさ。覚えがないんだったら、そりゃもう、前世での出来事だと思うのが、フツーじゃん?」
「いやいや、フツーじゃないよ、さやかちゃん」
「でもね、あたしはそんなこと許さないよ。だって、まどかはあたしの嫁になる運命にあるんだから。あの転校生に、まどかは絶対に渡さないからね!」
「えー」
 身を乗り出して、こんなことを力説する私に、若干引き気味で答えるまどか。うん、そういう困惑した顔も可愛いじゃないか、と思わず本気になってしまう自分が情けない。
「もしかして、本当に会ったことがあるのかもしれませんよ。鹿目さんが覚えていないだけで」
 しばらく黙っていた仁美が、真面目な顔つきで言う。
「うーん、覚えがないんだけどなあ」と、まどか。
「夢の中では、無意識下の記憶があらわれることがあるそうですよ。わたくしたちの記憶は実にあやふやなもので、忘れたくないことも忘れることがあるし、嫌なことも覚えていたりするのですけれど、夢の世界はそういう自意識に縛られることがありませんから」
「へえ、そういうものなんだ」
 仁美の博識な言葉に、私は感心してしまう。
「そういえば、夢を分析する心理学の本とかあるよね。仁美、読んだことあるの?」
「まあ、わたくしは専門的なことは知りませんけれどね。鹿目さん、よろしければ、その夢の話をきかせてくれませんか? 忘れていたことを思い出すきっかけになるかもしれませんから」
「でも……」と、まどかは苦笑いする。
「どうせ、話したら笑われるだけだし」
「いやいや、笑わないって」
「そういうさやかちゃんが、一番信じられないんだけどね」
 そう言いながら、まどかは目を閉じる。夢の景色を思い出そうとしているのだろう。そんな真面目な仕草を見ると、私も今度は茶化さないようにしようと気をひきしめる。
「あのね、世界が終わりそうだったの、夢の中で」
 しかし、まどかの夢は、私の想像力の遙か上をいっていた。
「世界が終わる? なんで?」
「わからないよ、そんなの。とにかく、街もグチャグチャに壊されて」
「それって、なんかの映画の光景じゃない」
「違うって。あの、上条君のいる病院あるよね」
「恭介が? 夢に出てきたの?」
「ううん。そういうんじゃなくて、あの病院がね、こうグシャーンってぶつけられて」と、まどかは意味不明な手振りで世界の終わりを説明する。
「そんななかで、ほむらちゃんが遠くにいて、そして、あたしがいて……」
 まどかの夢に恭介の病院が出てきたことに、たぶん、深い意味はないだろう。この個性のない見滝原市で、もっとも目立つ建物が、その総合病院というだけだ。市役所ではなく、ショッピングセンターでもなく、病院がランドマークというのは、自慢はできないけれど、そんなに悪いことじゃないと私は思う。
 つまり、まどかのいう世界の終わりとは、この見滝原市の終わりであって、日本とかアメリカとか、地球レベルのものではないわけだ。でも、ニュースでどこかの国が滅んで、何百万もの人が死んだと言われるよりも、自分の街の建物が壊されたほうがずっと怖いはずで、だから、私の世界も、まどかの世界と似たような狭いものかもしれないと思う。
「だからね、あたし、世界を救うために、魔法少女にならなくちゃいけないのかなって」
「なんでだよ!」
 私は反射的に机をバンッと叩いて立ち上がった。
「まどかの豊かな想像力に感心して聞いていたのに、どうして、いきなり、魔法が出てくるわけ?」
「だって、夢で見たんだし……」
「ねえ、あたしたち、もう中学生なんだよ、ティーンエイジャーなんだよ」
「でも、アニメの魔法少女には、中学生の子だっているじゃん」と、まどか。
「それは、小学生のお友達に、憧れをいだいてほしいから、中学生という設定にしているだけだよ。ねえ、仁美?」と、私。
 しかし、仁美は私たちの言葉に首をかしげていた。
「あの、美樹さん。わたくし、あまりアニメは見ていませんから。そういうのは、ちょっと」
「あー、ごめんね。こういう話、付き合わせて」
「……やっぱり、話すんじゃなかった」
 まどかは、すっかりしょげている。これでは、せっかく仁美も連れて、この店に来た目的が果たせない。私は口早に、話しかける。
「いやね、そういうのは、魔法少女じゃなくて、伝説の勇者がやるべきことだと思うんだよね」
「ちょっと、さやかちゃん。そっちのほうが、子供っぽいって」
「そんなことないよ。悪の魔王に立ち向かうのは、伝説の剣を持った勇者だと、相場で決まってるじゃん。彼らの勇気が世界を救うと信じて、みたいな。そうだよね、仁美」
 私の問いかけに、仁美が答えることはなかった。またもや、口元を手でおさえている。
「ほら、仁美ちゃんだって、笑ってるじゃん。さやかちゃんのほうが、ずっと子供だよ」
「違うって。魔法少女よりも伝説の勇者のほうがイマドキなんだって」
「あの、お二人とも」と、仁美は口をはさむ。
「せっかく、あの人のことを話していたのに、どうして、魔法少女とか勇者とか、そういう話になるのでしょうか?」
「あ、そうだったね」と、私。
「そうだよ。さやかちゃんが余計なことばかり言うから」と、まどか。
 仁美はそんな私たちを見て、やれやれ、というふうに、ため息をつく。
「まあ、転校してすぐ、心を開いてくれると思っていたわたくしたちが甘かったということでしょうね。わたくし自身、おしつけがましい態度をとっていたと反省するところがありますし。だから、わたくしたちは、あの人のことを知る努力をしなければいけないと思いますの」
「おお」と私は感心する。
「うん、ほむらちゃんは、きっと良い子だよ。そのうち、あたしたちにもいろんな話をしてくれるようになるって」とまどか。
「そうですわ。わたくし、あの人に髪のトリートメントのこととか、いろいろたずねてみたいと思いますもの」
 そんな二人の会話を聞くと、まったくもって、うらやましいものだ、と私は思う。今日、冷淡な態度をとられたのに、早くも立ち直るなんて、どこまで良い子なんだよ、あんたたちは。
「ねえ、さやかちゃんも協力してくれるよね」
 そして、私に念を押すまどか。その表情はあまりにも可愛くて、私は反射的に答えてしまう。
「わかったよ、まどかとの友情に誓って、約束する」
「ありがとう、さやかちゃん」
 そんなまどかの笑顔を見て、私は仁美と目を合わせてうなずいた。帰り道、ずっと、思いつめた顔をしていたのが嘘のように、まどかの表情は晴れやかになっていた。そう、私は転校生のことを話したかったんじゃなくて、まどかを励ましてあげたかったから、仁美と一緒にここに来たのだ。
 これでいいんだ、と私は思う。私はバカで向こう見ずなところがあるかもしれないけれど、ただ怒ったりしてるんじゃないんだ。いちおう、私なりの考えというのもあったりするわけで。
 まあ、それで必ずしもうまくいくとはかぎらないのだけれど。
 
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