日本・欧州・米国による、新たな「宇宙補給輸送機」開発競争
2010年2月1日、米国政府は「コンステレーション計画」の中止を表明した。
☞コンステレーション計画 - Wikipedia
これにより、スペースシャトルの後継機として期待されてきた「オリオン宇宙船」は開発を中止。
そして、30年近くにわたって活躍したスペースシャトルは、今年2010年をもって運用を終了することが、すでに発表されている。
2011年以降の「国際宇宙ステーション」への有人飛行は、しばらく、ロシアの「ソユーズ」が唯一の手段となるだろう。
さて、本日6月5日、米国「スペースX」社による「ドラゴン宇宙船制限ユニット」を搭乗した「ファルコン9ロケット初号機」が打上げられた。
☞http://www.sorae.jp/030807/3926.html
この「ドラゴン宇宙船」は、NASAによる「民間企業による商業軌道輸送サービス」(COTS)の代表格として知られている。
本日の打上げでは、必要最小限の装備しか搭載されていないが、今年の夏には早くも「COTS」計画最初のデモフライトを開始するとのことだ。
「ドラゴン宇宙船」は、当面の間は「国際宇宙ステーション」(ISS)への物資輸送を目的としているが、将来的には有人飛行船を目指している。
スペースシャトルの後継機として「ドラゴン宇宙船」は期待されている。
しかし、その実用化には数年かかるだろう。
スペースシャトルが運営を終了すれば、輸送手段ですら他国に頼らざるをえなくなるのが、米国宇宙開発の現状なのだ。
現在のところ、スペースシャトルをのぞき、「国際宇宙ステーション」への輸送に成功している宇宙船および補給機は、次の四種である。
開発 | 名称 | 種別 | 積載量 | 運用 |
---|---|---|---|---|
FSA(ロシア) | ソユーズ宇宙船 | 有人宇宙船 | 乗員三名(手荷物は60kgまで) | 1967- |
FSA(ロシア) | プログレス補給船 | 使い捨て無人輸送船 | 2.2トン | 1978 - |
ESA(欧州) | 欧州補給機(ATV) | 使い捨て無人補給機 | 7.7トン | 2008 |
JAXA(日本) | HTV | 使い捨て無人補給機 | 6トン | 2009 |
ロシアの二種は、すでにソ連時代から運用されているものだ。
そして、欧州のATVと、日本のHTVは、まだ一度しか輸送に成功していないのが現状である。
ESA(欧州)によるATV運用計画は次の通りである。
ミッション名 | 打上げロケット | 機体名 | 打上げ日 |
---|---|---|---|
ATV-001 | アリアン5 | ジュール・ヴェルヌ | 2008/3/9 |
ATV-002 | アリアン5 | ヨハネス・ケプラー | 2010/10(予定) |
ATV-003 | アリアン5 | エドアルド・アマルディ | 2011年(予定) |
ATV-004 | アリアン5 | 未定 | 2012年(予定) |
ATV-005 | アリアン5 | 未定 | 2013年(予定) |
ESAが世界に誇る「アリアン5」ロケットは、2003年4月9日から、2010年5月21日まで「36回連続成功」という途方もない記録を更新中である。
「アリアン5」の打上げを管理する「アリアン・スペース社」は、人工衛星ビジネスの勝利者といわれているが、それは「アリアン」シリーズの絶対的な信頼性があってのことだ。
その「アリアン5」から打上げられるというだけでも、ESA(欧州)のATVには抜群に信頼度があると期待されている。
いっぽうの、JAXAのHTV運用計画は次のようになっている。
機体名 | 打上げロケット | 打上げ日 |
---|---|---|
HTV初号機 | H2Bロケット初号機 | 2009/9/11 (成功) |
HTV二号機 | H2Bロケット二号機 | 2011/1 (予定) |
HTV三号機 | H2Bロケット三号機 | 2011年度 (予定) |
「H2Bロケット」とは、17回の打上げで16回成功している「H2Aロケット」の後継ロケットである。
なぜ、H2AロケットでHTVを打上げないのかといえば、積載量が足りないからだ。
H2Bロケットは、H2Aロケットの優れた信頼性を引継ぎ、なおかつ、積載量を増やすことによって、より経済的に人工衛星を打上げられるように開発されてきたものだ。
このように比較してみると、ESA(欧州)のATVのほうが有利であろうと感じるかもしれない。
世界一の信頼度を誇るロケットで打上げられるESA(欧州)のATVと、新型ロケットで打上げられるJAXAのHTVとでは、勝負にならないのではないかと考える人が多いだろう。
しかし、ATV計画は、予想に反して、大きく遅れている。
その一つが、使い捨てロケットなのに、わざわざ機体名をつけるという、寄り合い所帯ならではの事情であろう。各国の利害が一致しないと開発を進められないのが、ESA(欧州)の弱点である。
さらに、ギリシャの通貨危機による影響で、欧州中がパニックに陥っているという現状。
国民の不安をやわらげるためにも、ESAは新たな宇宙開発よりも、すでに成功している人工衛星関連技術に集中するのではないかと考えられている。
だからこそ、ATV-002の打上げは、予定より大幅に遅れて、今年の10月になろうとしているのだ。
日本のJAXAが、NASAの十分の一、ESAの半分の予算で運用されているのは有名な話だが、それゆえに年度予算の枠組みはキッチリと決められている。
着実に、JAXAはHTV計画を推し進めているのだ。
それでは、今度は、ATVとHTVの機能を比較してみよう。
名称 | 開発 | 積載量 | 持続性 | ドッキング方法 |
---|---|---|---|---|
ATV | ESA(欧州) | 7.5トン | 六ヶ月間 | 自動結合 |
HTV | JAXA(日本) | 6.0トン | 30日間 | ロボットアーム操作による結合 |
こうしてみれば、補給機単体でも、ATVのほうが有利であるかと思われるかもしれない。
しかし、「無人補給機」であることに特化するならば、自動でドッキングする必要はないし、国際宇宙ステーション(ISS)に六ヶ月間も滞在する必要性もないだろう。
欧州(ESA)は、このATVを発展させて有人宇宙飛行を実現しようとしているが、それがゆえに、高機能となってしまい、コストが高くなっているのだ。
宇宙開発において、「高機能」とは、それだけリスクが高いということである。
ソ連時代からの「枯れた技術」の宇宙船が世界の主戦力であるという、宇宙開発の事情からすれば、輸送目的に特化した「HTV」に利があるのではないかと僕は考えている。
使い捨て輸送機なのに、わざわざ各国持ち回りで機体名を決めているESA(欧州)に比べて、「イカロス君のtwitter」など、擬人化が大好きなJAXAスタッフは、あえて、このHTVプロジェクトには機体名をつけようとしない。
それだけ、合理化と経済性を追求しているといえるだろう。
まだ、双方とも一度しか実証機を成功させてはいないが、日本が不利な状況ではない。
ドラゴン宇宙船
貨物型(左)と有人型
本日打上げられた、米国スペースX社の「ドラゴン宇宙船」は、これまた、有人宇宙飛行ができることを前提として設計されたものだ。
「無人輸送機」としてならば、「ドラゴン宇宙船」より、「HTV」のほうが利便性が高いだろう。
それに、有人飛行を成功させるには、技術力よりも「人材育成」が欠かせない。
莫大な費用で運営されていた「スペースシャトル」の二度にわたる事故も、NASAは「人災」であると結論づけている。
「スペースシャトル」運用で多くの人材が育っているとはいえ、昔の「アポロ宇宙船」を意識した「ドラゴン宇宙船」の運用となると、勝手が異なるのではないかと思う。
「ドラゴン宇宙船」の有人飛行実用化には、想定以上に時間を要するのではないだろうか。
おそらく、2011年以降もスペースシャトルの運用は続くのではないかと僕は思う。
「コンステレーション計画」中止に関わらず、NASAの予算は増額されている。一度や二度ならず、数回にわたって、2011年もスペースシャトルは打上げられると考えたほうがいいだろう。
ただ、米国民は巨額を費やす「スペースシャトル」計画の存続には否定的だ。
そして、その後継機は、ようやく打上げロケットに搭載されたばかりである。
「ドラゴン宇宙船」の運用状況にもよるだろうが、今後、NASAは、JAXAの「HTV」を利用せざるをえない状況になるはずだ。
思えば、日本の宇宙開発は、これまで、米国の忠実な家来のように、世界的には見られていた。
しかし、ここ十年のめざましい業績により、NASAが日本に輸送を要請する状況にまで至っているのだ。
かつて、米国が二度も失敗したソーラーセイル型宇宙機は、JAXAの「イカロス」が順調に運用中である。
小惑星探査機「はやぶさ」といい、この「イカロス」といい、そして、金星気象衛星「あかつき」といい、スペースシャトルの運用に追われていたNASAに比べて、日本のJAXAは21世紀に入ってから、大きな躍進をしているのである。
果たして、日本の希望の星「HTV」は、無人宇宙輸送機の主軸となりえるのか。
衛星打上げビジネス勝利者である、欧州(ESA)相手には及ばないのだろうか。
はたまた、米国スペース社の「ドラゴン宇宙船」が、猛烈な追い上げを見せるのか。
それには、日本国民の認知が欠かせないだろう。
JAXAの年間予算は約1800億円。高額だと思われるかもしれないが、一人あたり1500円である。
その1500円分の見返りにふさわしい成果を、JAXAは出しつつあると思う。
小惑星探査機「はやぶさ」のドラマだけでも、どんな映画にも勝る感動がある。
僕は、JAXAの新たなチャレンジを、これからも応援していくつもりだ。
今後の宇宙開発では、日本は主役の一つとなるだろう。大いに期待すべきである。
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