有人宇宙飛行の現状と、日本の宇宙開発の可能性

 

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ソユーズTMA
運用期間:2003年 - 現在
 
 昨日のエントリで、僕は次のように書いた。
 

 以降、20年以上にわたって、「ソユーズ」による離陸および着陸にて、目立ったトラブルが発生したことはない。
 
http://d.hatena.ne.jp/esu-kei/20100603/1275514927
 
 だが、これは僕の認識不足であったようだ。
 
 2008年4月、韓国人として、初めて宇宙に旅立ったイ・ソヨン飛行士(宇宙飛行関係者)が搭乗した「ソユーズTMA-11」は、機器の故障により、通常とは異なる「弾道突入」コースで大気圏に突入。
 イ・ソヨン飛行士は着陸後に激しい背痛を訴え、入院している。
 
韓国初の宇宙飛行士、帰還時の後遺症で入院 国際ニュース : AFPBB News
 
 現行のソユーズTMA」シリーズは、2002年から運用を開始した。
 今年6月2日の野口飛行士の帰還までに、17回の離着陸が行われているが、そのうちの三回の着陸ミッションでは、通常の大気圏突入コースから外れた「弾道突入」となっている。
 「弾道突入」は通常突入よりも激しいGに晒される。また、目標地点とは数百キロも離れた地点に着陸することになる。
 

ミッション名 着陸日 目標地点からの距離
ソユーズTMA-1 2003年5月4日  460km
ソユーズTMA-10 2007年10月21日  340km
ソユーズTMA-11 2008年4月19日  475km

 
 現行の「ソユーズTMA」は、17回のミッションで、三度にわたり数百キロ離れた地点に着陸しているのだ。
 それにも関わらず「問題ない」と主張できるところが、ロシアの雄大さというか、偉大なところなのであろう。
 
 今回のエントリでは、そんな有人宇宙飛行の「ヒストリー」を僕なりに簡潔にまとめてみたので、興味があればご一読願いたい。
 
【目次】
ソユーズ一号の悲劇と、国威掲揚のための宇宙開発
アポロ計画を信じない子どもたち
・日本の有人宇宙飛行の可能性「HTV」
・日本の宇宙開発の「変態的」な実力とは?
 


ソユーズ一号の悲劇と、国威掲揚のための宇宙開発

 

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ソユーズ1号」で訓練中の
コマロフガガーリン

 1967年4月23日、ソビエト連邦(現ロシアなど)の新型宇宙飛行船「ソユーズ一号」が打ち上げられた。
 乗員は、ウラジーミル・コマロフ
 バックアップ・クルー(予備乗員)は、人類で初めて宇宙に旅立ち、「地球は青かった」という名言を発したユーリ・ガガーリンが務めていた。
 
 ドッキング機能などの新技術を備えた「ソユーズ一号」であったが、それまでの試験飛行では常に何らかの問題が起こっていた。
 「まだ有人飛行を実施する段階ではない」と考えた一人が、予備乗員であるガガーリンである。
 しかし、「宇宙開発の成功によってレーニンの誕生日を祝う」という社会主義国家ならではの政治的圧力のため、彼らのソユーズ欠陥報告は退けられてしまった。
 
 打ち上げ後、間もなく「ソユーズ一号」には重大なトラブルが発生した。
 太陽電池パネルが展開せず、システム全体が電力不足に陥ったのだ。
 姿勢制御もままならず、手動による操縦も困難になった。
 コマロフは宇宙での通信で、家族に別れを告げ、絶望的な大気圏再突入を試みる。
 「ソユーズ一号」はパラシュートが開かないまま、時速145kmで地上に叩きつけられた。
 コマロフは、人類史上、宇宙飛行による初めての犠牲者となった。
 
 この惨事によって、ソユーズ計画は18ヶ月間、中断されてしまう。
 その結果、米国に対して有利に展開していた宇宙開発競争で、ソ連は大きく遅れを取ってしまう。
 米国のアポロ11号が月に着陸したのは、1969年7月21日のことだった。
 
 そんな米国の宇宙開発も、政治的圧力とは無関係ではなかった。
 
 アポロ計画で発生した重大なトラブルといえば「アポロ13号」を想起する人が多いだろう。
 「アポロ13号」は、打上げ二日後に、酸素タンクが爆発するという致命的な事故を起こす。
 しかし、クルーと管制官の不断の努力により、その困難を克服し、彼らは無事地球に生還した。
 「成功した失敗」と称されるのが、この「アポロ13号」である。
 映画化されているので、未見の方は、ぜひどうぞ。
 

 
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有人飛行で月周回移動を実現した
「アポロ8号」の微章
 
 だが、その「アポロ13号」よりも、問題視されているのが、結果的には成功した「アポロ8号」ミッション。
 1968年12月21日に打ち上げられた「アポロ8号」は、月の周回移動に成功。クルーは人類で初めて月の裏側を目撃することになった。
 しかし、少なくない天文学者が「無謀である」と批難したミッションであった。
 
 「アポロ13号」の事故の際は、月着陸船が連結していたので、それを避難場所として活用できた。
 だが、「アポロ8号」は、司令船のみの往復であったために、重大なトラブルが発生したときに、生き延びる可能性はゼロに等しかったのである。
 
 準備不足の中で強行された「アポロ8号」の背景もまた、ソ連に対抗するための政治的目的があったのである。
 
 米ソ冷戦による、過剰な宇宙開発競争が、アポロ計画による月到達という輝かしい成果をもたらしたのは事実であろう。
 
 いま、「ソユーズ」には米国とロシアの宇宙飛行士が同乗し、地球周回軌道上にある「国際宇宙ステーション」(ISS)では、各国の代表ともいうべき宇宙飛行士たちが、様々なミッションを行っている。
 冷戦があったからこそ、莫大な費用がかかる月有人飛行は実現された。
 だが、今の「国際宇宙ステーション」を利用した宇宙開発のほうが、より我々の生活に密接した技術を育んでいると僕は考えている。
 

アポロ計画を信じない子どもたち

 

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人類初の月への第一歩
(1969年7月20日)
 
 アポロ計画の月有人飛行のことを「捏造だ」と、その事実を認めようとしない人たちがいる。
 特に、最近の子どもたちは、自らの「カン」によって、アポロ計画に疑いの目を持っていたりする。
 
 アポロ11号が月に着陸したのは、1969年7月20日のこと。今より40年近く前のことである。
 40年前には、家庭にはパソコンがなく、大衆音楽ではシンセサイザーが最新技術ともてはやされていた。
 今の我々が当たり前のように享受しているインターネットによる動画配信は、当時からすれば「夢の技術」である。
 
 このように、40年もの間に技術が進歩しているのに関わらず、1972年以降、人類が月に到達したことはないのである。
 これはおかしい、と感じる子どもたちがいてもおかしくはない。
 
 そんな捏造説は、「アポロ計画」当時から唱えられていて、そのデマを利用した映画が作られているぐらいだ。
 
カプリコン・1(ワン) [DVD]

カプリコン・1(ワン) [DVD]

 
 この1977年に公開された「カプリコン1」は、NASAが有人火星飛行を捏造するという、大胆なフィクション作品である。
 
 作中にて、人類初の火星着陸を果たすはずだったNASAの宇宙船「カプリコン1号」だが、打上げ前に、生命維持システムにトラブルがあることが判明し、有人飛行は不可能になってしまう。
 しかし、政治目的のために「火星着陸」はなんとしてでも成功させなければならない、とNASAのプロジェクトリーダーは考えた。
 そのために、スタジオを借りて、離陸から火星着陸に至るまで、NASAはウソの映像を流し続けたのである。
 飛行士たちは、心ならずもそれに協力し、世界中がそのウソのニュースに熱狂した。
 NASAは偽りの火星着陸成功に気を良くしつつも、事実を知る飛行士を生かすわけにはいかないと考える。
 飛行士たちは、大気圏再突入の事故で死亡したとされた。
 そして、それを事実とするべく、飛行士たちには刺客が忍び寄る……、という実に面白い映画である。
 
 なお、実際のアポロ計画で、このような「ウソ映像」を流した可能性はゼロである。
 なぜならば、アポロ計画の月から発信された電波は、公式映像だけではなく、各国の天文台アマチュア無線家が受信していたからである。証人が無数にいるのだ。
 専門知識の至らなさから、映像の矛盾を指摘する者はいても、まともな科学者で「アポロ計画」の事実を否定する人はいない。
 
 では、なぜ、40年近くも月有人飛行が実現できないのかといえば、その莫大な費用に匹敵するだけの成果が期待できないからだ。
 地球の大きさを1とすると、地球から月までの距離は、約30となる。
 
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 月と地球の間の距離は38万4,400km、地球の直径は1万2,756km
 
 その距離を航行する技術は人類にあるが、その航行の困難さに匹敵するほどの資源が月にはないことが、すでに明らかになっているのだ。
 
 なお、地球から太陽までの距離(1天文単位)は、地球の大きさを1とすると、約12,500である。
 火星や金星は惑星で、それぞれ異なる軌道を公転しているので、地球との距離はばらつきがあるのだが、最短距離でいうならば、金星だと約3,000、火星だと約4,000となるだろう。
 我々が絵でよく見る「太陽系」のモデルは、実際の距離が反映されたものではない。
 宇宙はそれこそ、深淵の闇であり、天体の存在は「チリ」にも満たない小さなものなのだ。
 
 いっぽうで、無人探査機による、太陽系の惑星探査は成功している。
 とはいえ、「サンプルリターン」、つまり試料を持ち帰るという試みは、人類は月以外の天体では成功したことがないのが現状である。
(この6月13日に日本の小惑星探査機「はやぶさ」が帰還した際、小惑星の試料を持ち帰ることに成功すれば、人類初の快挙となる)
 
 10年がかりのプロジェクトとして、予算と犠牲を惜しまないのならば、月の有人飛行をするだけの技術は、日本にもあるのではないかと僕は思っている。
 だが、そのリスクに似合うほどの成果がないとわかっている現状では、「国際宇宙ステーション」を活用して、より地上の生活を豊かにする宇宙開発の方向性を各国がそれぞれ見つけていくのが理想であろう。
 月に到達したからこそ、より宇宙が深淵なる闇であることに、人類は気づくことができたのだ。
 

◆日本の有人宇宙飛行の可能性「HTV」

 

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宇宙ステーション輸送機 (HTV)

 昨日のエントリで僕はこう書いた。
  
おそらく、今後も、日本が単独で有人宇宙飛行を実現することは難しいと思う。
  
 しかし、それを可能とするプロジェクトは、現在進行形で行われている。
 その宇宙船は、現段階では、HTV(無人宇宙輸送機)と呼ばれている。
 

 
 2009年11月には、「H2Bロケット初号機」にて打ち上げられた「HTV初号機」は、無事に軌道導入に成功。
 目的である「国際宇宙ステーション」への、食料や衣類の輸送を果たすことができた。
 
 「HTV」は使い捨てロケットであり、輸送を果たしたあとは、不用品を搭載して、大気圏再突入すれば廃棄することができる。
 スペースシャトルが今年2010年で運用停止される現状では、「国際宇宙ステーション」への輸送手段が増えることが好ましいのは言うまでもない。
 そして、ゼロ年代後半以降、日本の宇宙開発技術は、抜群の信頼度をほこっている。
 この「HTV」を活用することにより、日本は「国際宇宙ステーション」での負担を、お金ではなく、輸送によって賄おうとしているのだ。
 
 ここで賢明な読者ならもう気づくだろう。
 「HTVに人間乗せたら、それが有人宇宙飛行になるんじゃないか?」と。
 現段階では「使い捨てロケット」にすぎないが、輸送物資を地上に届ける、というさらなるプロジェクトを進めていけば、それがそのまま、有人宇宙飛行の可能性につながるのだ。
 
 複数の衛星を搭載できることにより、打上げ費用を減らそうと開発された「H2Bロケット」といい、「国際宇宙ステーション」の負担を軽減させる目的もある「HTV」といい、日本の宇宙開発は限りある予算の中から、現実的な方向性で確実に進行しつつあるのである。
 あくまでも構想にすぎないが、2025年の有人宇宙飛行を目指しているという。
 
 そして、これらの進歩に役立ったのが、無人探査機の活躍である。
 失敗に終わったものの、多くの成果を残した火星探査機「のぞみ」、そして、この6月13日に地球に帰還予定の小惑星探査機「はやぶさ」。その二つの探査機が日本の宇宙開発に果たした功績は大きい。
 
 


◆日本の宇宙開発の「変態的」な実力とは?

 
 実は、日本の宇宙開発が世界トップレベルに達したのは、21世紀に入ってからといってもいい。
 2001年から打上げを開始した、「H2Aロケット」は、17回の打上げで、一度しか失敗していない。成功率は、94.1%に達している。
 これは欧州(ESA)の主流ロケットである「アリアン5」シリーズに匹敵し、米ロ中と比較しても遜色ない成功率なのだ。
 
 そして、小惑星探査機「はやぶさ」となしとげた偉業は、世界各国に日本技術の「変態的」な実力を知らしめた。
 それがもっともよくわかる動画がこちら。
 

 
 この「こんなこともあろうかと!」というセリフは、『宇宙戦艦ヤマト』の工場長兼技師長「真田志郎」によるもの。
(ただし、Wikipediaによると、出典は不明らしい)
 
 まさにアニメに匹敵するほど劇的だった「はやぶさ」のトラブルの克服は、限りある予算の中で最大の成果を出そうとしたJAXAの「もったいない」精神がもたらしたものだと思う。
 
 なお、この動画は、「はやぶさ」のJAXA公式サイトにて、スタッフも閲覧済であることが明らかになってしまった。
 以下、「はやぶさ」公式サイトより。
 


夜、みんなで、Webに紹介されていた動画を見ながら、盛り上がった。その動画は、「こんなこともあろうかと」というメッセージで紡がれていた。
「こんなこともあろうかと」
そこにはK中先生もいた。「凄いよ。本当に凄い。」
(いいな〜、K中先生は真田さんか〜、いいな〜。俺は佐渡酒蔵か〜。う〜ん、見栄えもキャラも、否定はできない・・・)。
 
http://hayabusa.jaxa.jp/message/message_022.html
 
 JAXAのスタッフにとっても、『宇宙戦艦ヤマト』というアニメが特別な地位にあることは、野口聡一宇宙飛行士が、すでに世界に知らしめている。
 
 
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国際宇宙ステーション」で『ヤマト』Tシャツを着こなす、野口聡一飛行士(左)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9548405
 
 そして、彼らは、みずからの夢であった宇宙探索の想いを、着実に叶えようとしているのだ。
 
 特に、小惑星探査機「はやぶさ」の偉業を知ったならば、日本の宇宙開発技術が、米国・ロシア・欧州・中国といった、宇宙先進国にも引けを取らないことがわかるはずである。
 
 宇宙開発は一朝一夕で進歩するものではない。すべてのプロジェクトは十年にも及ぶような期間をへて実現されたものばかりだ。
 日本の政局は混迷しているが、日本の宇宙科学技術者たちは成果を残してきているのだ。
 これぞ、日本の「底力」であろう。
 
 ここ十年の、日本の宇宙開発の業績には目を見張る者がある。
 もっと日本人はこの事実を知るべきだし、もっと積極的に世界に語りかけていくべきだろう。
 
 日本の宇宙開発の未来は、明るいのだ。
 
 
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