登戸ブルース(13) ―78円のサンマ

 
 仕事帰りの先輩と、ぱっとしない面接を終えた僕は、向かい合って座っていた。
 その間のテーブルには、どんぶり一杯のご飯と、サンマの焼き魚があった。
 先輩がスーパーで買ってきた、78円のサンマである。
 
 醤油をかけないまま、我々はサンマに箸をつける。食べた瞬間、忘れかけていたあの味がよみがえってくる。
 
「うまいな、これ」
「うますぎませんか、これ」
 
 そのとき、我々は知ったのだ。
 日頃、我々が居酒屋で食べているホッケなんて、78円のサンマの足下にも及ばないことを。
 
「78円でこれですか」
「うん、78円なんだよね」
 
 ガスコンロがあるのに関わらず、先輩はここ一年、焼き魚をしたことがなかったらしい。
 確かに、安いが手間がかかるのが焼き魚だ。コンロのグリルはすぐに汚くなるし、部屋は煙で充満する。
 しかし、そんなリスクなど、このサンマを食べれば、すべてが報われるのだ。
 
「いやー、ホント、うまいっす」
「君、なんだか、戦後の人みたいだね。お米を銀シャリと言ってた人みたい」
「それに匹敵しますよ、このサンマは!」
 
 先輩もそのおいしさのあまり、ご飯の配分を間違えてサンマを食べ尽くしてしまい、あわててキムチを出してくる始末だった。
 
 それにしても、78円のサンマで、これほど至福のときが過ごせたことは驚きである。焼き魚とご飯と野菜があれば、他に求めるものなんて何があろう。
 
 そんなサンマの良さをたっぷり味わった、先日の夕食である。