戦略の本質―逆転をもたらしたリーダーシップを分析する

 

戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ

戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ

  
 歴史書は正義に毒されるが、歴史を動かした戦略は、決してそうではない。
 本書は1930年以降の近代戦争から、ダイナミズムあふれる逆転をもたらした戦略を、6つの事例で分析している。
 (1)毛沢東の遊撃戦略から始まり、第二次世界大戦での(2)イギリス戦(3)スターリングラード攻防戦朝鮮戦争の(4)仁川上陸作戦、(5)第四次中東戦争、(6)ベトナム戦争を話題にしている。
 本書では、東西冷戦のイデオロギーは戦略の道具の一つにすぎない。
 
 さて、本書は読みづらい箇所が多いのが欠点だ。六人の共同執筆者のうち、三人が防衛大学教授であり、一人が防衛大学元教授である。一般向けとはいえ、なじみのない専門用語が目につく。
 戦略書として有名なのが、「孫子兵法書」と、クラウゼヴィッツの「戦争論」だろう。前者は哲学書としても楽しめる明快さがあるが、後者は未整理の遺稿をもとにした難解な書物である。そんなクラウゼヴィッツの理論を用いて解説しているものだから、頭が痛くなる部分があるのが当然なのだ。
 
 それでも、専門知識がない僕に本書が楽しめたのは、逆転をもたらした指揮官のヴィジョンと葛藤を、様々な資料をもとに浮かび上がらせることに成功しているからだ。
 本書は「失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)」の続編として書かれているが、その間には二十年もの歳月が流れている。
「逆転の本質」を描くために絞られた六つの事例は、どれも興味深く、それぞれ説得力に満ちているが、それは著者たちの二十年にわたる執念が感じられるからである。
 
 最近では、Wikipediaによって、歴史を手軽に学ぶことができる。しかし、複数のユーザが編集できるという都合上、Wikipediaで記述できるのは、一般論でしかない。Wikipediaで読む戦史の多くは「歴史的必然」という言葉で片付けられてしまう。独自解釈がWikipediaでは許されないからだ。
 例えば、第二次世界大戦でドイツ軍が敗北する契機となった「スターリングラード攻防戦」。なぜ、ドイツ軍はソ連の内部深くまで侵出したのか。なぜ、ドイツ軍は二度目の冬に備えられなかったのか。その疑問はWikipediaだけでは解決できないだろう。
 本書を丹念に読めば、その疑問に対する一つの答えを知ることができるはずだ。
 
 逆転をもたらした戦略に共通することは、勝利への展望図、将棋でいうところの投了図が明快であることだ。それらは決して「歴史的必然」としてなされたわけではない。
 もっともわかりやすいのが、エジプト大統領サダトの限定戦争戦略だが、逆転をもたらしたリーダーは、その展望図を形にするために、いかなる障壁にも屈することなく、明確な意志をもとに、着実に実務をこなし続けてきたのだ。
 だからこそ、それが形になったとき、歴史が劇的に動くことになったのだ。
 
 日本では、今年の衆院選挙で民主党が勝利し、政権交代がなった。僕は民主党の展望図に明確な未来が感じられず、自民党を支持した。
 はたして、民主政権に日本再生へのヴィジョンがあるのだろうか。僕はまだ不信感を抱いているが、選挙の結果はくつがえることはない。
 新しいリーダーたちには、民主政権の未来展望図のために、着実に歩んで欲しいと思う。
 
 どんなものであれ、明確な意志を持たない政策に、逆転の可能性はありえないのだから。