登戸ブルース(3) ―多摩川のほとりで

 
「東京に行く」
 そんな台詞を同居人である先輩に吐き捨てて、僕は北を目指すことにしました。
 
 歩くこと15分、多摩川を越えると、そこは東京。そう、僕の住んでいるところは、徒歩15分で東京都入りできる程度の神奈川県なのです。
 
 なぜ、わざわざ、多摩川を渡ったのかというと、バイト情報誌の東京版が欲しかったからです。僕の住んでいる川崎市多摩区登戸には、小田急が走っているので、急行を使えば20分少々で新宿に行くことができます。
 ということで、新宿のバイト募集がどうなのか知りたくて、多摩川を渡って、東京都のコンビニに向かったわけです。
 
 橋から見下ろすと、釣りをしている中年男性がいっぱいいます。数えてみると、20人以上。二、三人ぐらい学生っぽい者もいます。
 漫画「ハチワンダイバー」みたいに、河川敷に寝泊まりして将棋修行に励んでいる若者がいるかもしれない、と幻想を抱きましたが、テントは見えませんでした。
 そもそも、ホームレスはこんな多摩川中流までは来ないでしょうね。
 登戸には、昔なじみの商店街が多く残っています。川崎市は区画整備計画を発動させているのですが、遅々として進んでいません。そんな住民の力が強いのが、この登戸という街。
 
 そもそも、川崎市という括り自体がひどく曖昧なものです。例えば、武蔵小杉に住んでいる人に「同じ川崎市民、仲間、仲間!」と握手しようとしても、ふざけるなっと手をはらいのけられると思います。
 それというのも、横の川崎市というつながりよりも、縦の私鉄沿線のつながりのほうが、与える文化の影響力が大きいからです。
 武蔵小杉は、東急東横線溝の口は、東急田園都市線。その住民にとって、東京の中心とは、東急の本拠地「渋谷」です。
 僕がいる登戸だと、小田急線沿線でして、東京の中心とは「新宿」を指すわけです。
 この三者ともJR南武線が通っているわけですが、これが鈍行しかない路線でして、川崎駅に行くぐらいなら、新宿駅とか渋谷駅に行くほうが早いのです。川崎駅周辺はたいした繁華街ですが、さすがに新宿や渋谷には劣ります。
 だから、登戸住民からすれば、川崎駅よりも新宿駅のほうがずっと近いわけです。
 そのせいで、あんまり神奈川県という自覚がありません。
 
 だいたい、多摩川が神奈川県と東京都の境界線だと、昔の僕は信じていたんです。川崎から、鉄橋を渡ると、東京の蒲田になるわけですよ。
 ところが、川崎市多摩区より西になると、多摩川の南も東京都になるんです。町田市なんて、多摩区よりも西南にあるのに、東京都なんです。
 Wikipediaには、南多摩郡が東京都に編入されたいきさつが書かれているんですが、イマイチ真意がはかりかねます。そろそろ23区以外は、多摩県として独立してもいいと思うんですけどね。
 
 と、こんなことを考えながら、多摩水道橋を往復してきました。
 なお、東京のバイト誌はどうだったのかというと、良さそうなところは、あいかわらず募集を締め切っていたりしました。やっぱり、WEBサイト以上のことは、雑誌には書いていませんね。
 まあ、良い散歩にはなりました。ずっと運動していなかったから、マジメに体を動かさないとヤバいんです。身長169センチで68キロですから。どう見てもキモオタです、本当にありがとうございました状態から、抜け出すために、がんばろうと思いながら、ぶらぶら街を歩く僕でありました。