同人ファイターえすけい(完結編)

 
全三回の短期集中連載企画です。
 
一回目はこちら。
同人ファイターえすけい
 



 
−−執拗に夏コミ限定本をねらう男たちの背後にひそむzipの組織。その住所をつきつめたオタクえすけいは、無職童貞引きこもりの男とともに、その組織に乗りこんでいく。はたして、同人誌をzip化する組織の正体とは?
 
 
女社員: それでは、こちらでおかけになってお待ちください。
 
えすけい: …………。
 
兄: おい、えすけい。さっきの子、なかなかの美人じゃないか。
 
えすけい: …………。
 
兄: すっかり怪しいところかと思ったら、まともそうな会社じゃないか。あんなかわいい女の子もいるし。
 
えすけい: …………。
 
兄: おい、えすけい。気分が悪いのか? すっかり顔が青ざめているが。
 
えすけい: いや、気にしないでくれ。
 
兄: (……足が震えている?)
 
えすけい: あの女、相当の実力の持ち主だ。
 
兄: どういうことだ?
 
えすけい: あの女だけではない。もっと巨大なパワーを持つ者がいる。まるで、ここは万魔殿、パンデモニウムだ!
 
兄: そ、そうか。
 
えすけい: くれぐれも油断しないでほしい。その夏コミ限定A3「MikanAL」を軽はずみに渡すようなことになれば……。
 
兄: ああ、わかっているさ。オレだって、zipを憎む気持ちに変わりないからな。
 
女社員: それでは、お待たせしました。あとは、部長が話をしますので。
 
部長: よろしく。
 
兄: あ、はい、よろしくお願いします。
 
えすけい: …………。
 
部長: それでは、さっそく品物を見せてくれますか。
 
兄: え、あ、はい。
 
えすけい: ちょっと待っていただけませんか?
 
部長: どういうことでしょうか。
 
えすけい: その前に、たずねたいことがあります。
 
兄: そ、そうだ! アンタたちは、これをスキャンして、zip化して、それをネットに流すつもりなんだろ!
 
部長: ……これは心外な。私たちは、ただ、あなたのお持ちした同人誌を、しかるべき金額で購入しようと取引しているだけです。
 
兄: だから、そのあとで、zip化するつもりなんだろ!
 
部長: その証拠はどこにあるのでしょうか?
 
兄: く……。
 
えすけい: ならば、なぜ、会社として買い上げる必要がある?
 
部長: そのような質問にはお答えできませんが。
 
えすけい: そうか。ならば、交渉決裂だな。
 
部長: ほう、せっかくここまでご足労いただけたのに、もったいないことですな。
 
えすけい: ただ、疑問がある。そもそも、この会社は何をやっているところなんだ?
 
部長: 見てわからないのですか?
 
兄: たしか、入り口にはウェブコンテンツ制作会社と書かれていたようだが。
 
部長: そうです。我々の部署は主にモバイル事業、つまり携帯電話のコンテンツを創作しております。
 
兄: もしかして、同人誌を携帯サイトで、売り払っているのか!
 
部長: それならば、大きな問題となるでしょう。著作権保有者の許諾なしに、その作品を販売することは、許されることではありません。我々が公式に販売しているのは、権利者の許可を得た漫画作品のデジタルコンテンツなどですね。
 
兄: ならば、どうして、このA3サイズ「MikanAL」を求めるんだ?
 
部長: あくまでも資料として、ですよ。個人使用の目的で、それをスキャンすることを拒む法律はありません。
 
兄: シラを切るつもりか! 同人作家の著作権を侵害しているくせに!
 
部長: はて? そもそも、同人作家に著作権の訴えができる権利があると思いますか?
 
兄: 当たり前だ! 日本の法律では、あらゆる作品に著作権があるはずだ!
 
部長: あなたは、ときめきメモリアルのアダルトビデオ裁判をご存じないのですか?
 
兄: な、なんだ、それは?
 
部長: 1998年のことですが、あるサークルの同人アニメに対して、ときめきメモリアルの販売元コナミ著作権侵害の訴えをしたのですよ。
 
兄: そんな話聞いたことないが……
 
部長: コナミはこう言いました。その同人アニメは、ときめきメモリアルのヒロインである「藤崎詩織』の清純なイメージを台無しにする悪質極まりない内容であり、断固たる法的な措置をとることに」した、と。
 
兄: そ、そんな……。それが通るなら、二次創作のほとんどが否定されることになってしまうじゃないか!
 
部長: その同人アニメの売り上げは900本で、利益は84万円と計算されました。さて、判決で、どれだけの賠償額が出たと思いますか?
 
兄: コナミが勝ったのか?
 
部長: 当たり前です。ちなみに、判決では227万5000円とでました。
 
兄: ば、バカな。利益以上の額が請求されるというのか! そんなことを許してしまえば、同人文化の崩壊の危機じゃないのか?
 
部長: あなたのような歴史を知らぬ輩は「同人作家の著作権は?」などとわめいていますが、同人作家自体が既存のキャラに頼って、著作者人格権を侵害しているわけですよ。
 
えすけい: しかし、ケンカをする相手を間違わなければ、二次創作は生き残れるはずだ。
 
部長: ケンカを売る相手、とは?
 
えすけい: いくら法治主義とはいえ、親告罪である著作権侵害は、その対象さえ間違わなければ裁判沙汰にはならない。ディズニーポケモン(*)、ドラえもん(*)、そして、コナミ。そのような連中を相手にするのは賢明ではない。一方で、コミックマーケットなどの同人即売会にブースで参加している企業は増えつつある。「黙認」であることには間違いないが、二次創作を許す風潮はできているのではないか?
(*http://d.hatena.ne.jp/esu-kei/20090910/p1
 
部長: そうですね。しかし、コナミはこの9月に新たな恋愛ADVを発表するようですよ。ラブプラスといいましたかね。もし、それが流行し、同人誌が出るようになったら、フフフ、面白いことになりそうですね。
 
兄: クッ。オレたちの愛する同人文化はそれほどモロいものだったのか!
 
えすけい: しかし、あなたがたは、「転載を禁ず」と書かれているページまで、丁寧にスキャンする。住所にモザイクを入れるまでしてね。そのことに、良心の呵責はないのか?
 
部長: 仮に訴えられるとしても、誰が訴えるのです? 私の知らない同人作家の著作権を守る組織があるのですか? 同人作家の個人プレーで、著作権というデリケートな裁判を行うのは、とてつもない負担がかかると思いますが。
 
えすけい: …………。
 
部長: 同人誌即売会はすっかり肥大化してしまいました。そして、入れ替わりが激しい。一握りの者が成功し、生計を立てるほどの富を得ていますが、それも既存のキャラクターに頼った者でしかありません。
 
えすけい: し、しかし、オリジナル創作にも注目すべきものがある。蛸壷屋のオリジナル作品などは、ネットの一部でも話題になっている!
 
部長: ネットの一部、でしょうね。微々たるものですよ。あなたは、オリジナル創作限定イベント、コミティアに行ったことはありますか?
 
えすけい: コミティア
 
部長: パロディなしの同人誌即売会です。なかなか良い雰囲気ですよ。でも、一千冊以上売り上げるようなサークルはほとんどありませんね。コミックマーケットのような血走った目をした連中はほとんどいない。でも、それが当たり前なんですよ。同人で富を得るなんて、馬鹿げたことなのです。
 
えすけい: …………。
 
部長: コミックマーケットに参加するというのは楽しいことでしょうな。60万人が参加していると聞きます。ただ、その規模が大きくなったとはいえ、そのお金が動く大部分は、ニコニコ動画と同じ、パロディにすぎません。そんな文化に遠慮する必要がどこにあるのです?
 
えすけい: しかし、同人誌がすぐさまzip化されるというこの風潮は、許すべきではない! zipが当たり前になっているから、同人誌を紹介しようとするブログは廃れてしまった。同人漫画を批評する大手サイトが皆無というのが、現状ではないか。
 
部長: ブログで同人誌を宣伝する? ははは、そんなことで、人々が満足すると思いますか? そんな紹介記事、ただの自己満足にすぎませんよ。
 
えすけい: だ、だが……。
 
部長: そもそも、あなたは蛸壷屋をひいきにしているみたいですが、蛸壷屋を知ったきっかけは何ですか?
 
えすけい: そ、それは……。
 
部長: とあるブログを見たからですか? それとも、コミックマーケットに参加して、数万ものサークルの中から、蛸壷屋を見つけ出したのですか?
 
えすけい: ……違う。漫画館だ。
 
部長: ははは、漫画館ですか! ほらみなさい! 「たまたまネットで拾った」「作者の訴えがあったら取り下げる」。そんな名目のもとに、バナー広告で大いに儲けている同人漫画サイトがきっかけじゃないですか!
 
えすけい: し、しかし、今は。
 
部長: ふふふ、あなたがブログでいくら書こうが、人々はzipを求めているのです。それに、あなた、見たところ、何のコネもない一般人ですよね。
 
えすけい: コネはないが、熱意はある!
 
部長: そんなブログなんて、誰も読まないですよ。今の世代は文章を読むのは不得手です。彼らがほしがるのは、とっておきの情報だけです。何の肩書きのない一般人のブログなんて、ただの個人的見解、なれあいにすぎないのですよ!
 
えすけい: …………。
 
兄: お、おまえだって、偉そうなことは言っているが、同人に関してはただの一般人じゃないか!
 
部長: ふふふ、こういう業界にいると、いろんなことを知ることができますよ。例えば、その同人誌の元ネタである「ToLOVEる」がもうすぐ連載終了になるって知っていますか?
 
兄: な、ソースはどこだ?
 
部長: ソースがなければ信じられない、と。だから、あなたは一般人なんですよ。信じなくてもかまいませんよ。そういう話を小耳にはさんだだけで。
 
兄: ……た、確かに、その予兆はある。もし、それが事実だったら、もう美柑さんに会えなくなる! オレと週刊少年ジャンプとのつながりがなくなってしまう!
 
えすけい: だいじょうぶだ、兄さん。ジャンプには、まだ河下がいるじゃないか。
 
兄: あんな中途半端なエロ漫画が読みたくて、オレはジャンプを買っているのではない! そうさ、あんな変態連中に囲まれてもたじろがない美柑さんに会えるから、オレはジャンプを読み続けてきたのだ! そ、それなのに……。
 
部長: ふふふ。あなたが買うべきなのは、「ToLOVEる」の同人誌ではなく、ジャンプだったと思いませんか? ジャンプといえば、アンケート至上主義。同人誌を買うお金があるならば、その分だけジャンプを買い、せっせとアンケートに答えればよかったのです。そうしなかったから、「ToLOVEる」が連載終了となったのです!
 
兄: クッ……。
 
部長: キャラに夢中になるあまり、そのパロディでお金を使い果たし、肝心の本家が終了寸前なことに気づかない! これだから、オタクはダメなんです!
 
兄:…………。
 
部長: それでは、A3サイズ「MikanAL」をいただけませんか? そうそう、これだけのお金は出しますよ。
 
兄: ゆ、諭吉? 正気か?
 
部長: 一枚では足りないのですか?
 
兄: い、いや。
 
えすけい: 本当に、それで儲けになるのか? ヤフオクでもそれだけの値段がつくとは思えないが?
 
部長: ええ、夏コミ当日である今日の時点では、これだけの価値がありますよ。我々にはA3サイズをもデータ化できる設備と技術がありますからね。愚かな一般人のスキャンごときと一緒にされたら困ります。まあ、我々はあくまでも、クライアントと個人的に取引するだけですがね。それからのことは、我々の責任外ですから。
 
えすけい: …………。
 
部長: まさか、ここまで来て、嫌とはいいませんよね?
 
えすけい: 兄さん、いいのか。
 
兄: ……完敗だ。
 
部長: ははは、それでいいのですよ。もし、メールアドレスを教えていただけたら、あなたにも、最高品質のデータをお届けしましょう。もちろん、無償でね!
 
兄: …………。
 
部長: 領収書の宛先は「上様」でよろしいですか?
 
えすけい: …………。
 
 * * *
 
えすけい: 兄さん、すまなかった。俺の考えが甘かった。まさか、あそこまでの連中だったとは。
 
兄: いや、オレが世間知らずだったせいだ。アイツの言うとおり、同人誌の著作権を訴えるなんてバカげたことだったんだ。zipが正当化されるという現状を、オレは受け入れなければならないんだ!
 
えすけい: しかし、あの部長には、哀しみの瞳が宿っていた。おそらく、あの部長は、決して商売というだけで、同人誌を扱っているのではないはずだ。そうでなければ、わざわざ俺たちオタクに会うことはなかったはずだ。
 
兄: オレには他人を見下すような瞳しか感じなかったが……
 
えすけい: いや、その奥にある哀しみに俺は気づいた。だからこそ、チャンスがある。今日は何も言い返せなかったが、いつの日か、必ず……。
 
兄: また、アイツに挑むというのか? 平然と諭吉を出せるほどの組織力があるアイツに!
 
えすけい: そのために、俺は旅に出る。俺は蛸壷屋の同人誌を愛してきたが、それだけではかなわない存在があることを知った。まだまだ俺の知らない剛の者が、日本各地に散らばっているはずだ。彼らとふれ、戦うことで、俺はzip問題と再び向き合えるはずだ!
 
兄: そうだな。オレの愛した同人文化を、否定されたままにはいかないからな。
 
えすけい: だから、兄さん、ここでお別れだ。
 
兄: オレも連れてってくれないか?
 
えすけい: おまえが?
 
兄: オレはずっと引きこもりニートをやっていたが、目が覚めた。このまま、自宅警備員をしても、オレは前進できないと。
 
えすけい: ……何かの縁、かもしれないな。
 
兄: オレはおまえが気に入ったんだ。オレの大事にしている妹を、くれてやってもいいぐらいだ。あの妹、将来性があると思わないか?
 
えすけい: それはお断りだ。俺にだって女の子の好みぐらいはある。
 
兄: チッ。あのままでは、結婚できそうにないんだけど。
 
えすけい: 俺たちも人のことは言えないがな。
 
兄: そうだな。はっはっは!
 
 
 
     (同人ファイターえすけい・完)
 

 
 さて、冒頭で記したように、この作品は「強さのヒエラルキーを構築する」という記事の実践編です。
 題材がアレなので、フザけてると思われるかもしれませんが、構成自体は硬派なバトル作品となっています。
 
 それぞれの登場人物は以下のようにレベルを設定しています。
 
母   :LV0
妹   :LV1
ヲタク :LV2
兄   :LV3
不審者 :LV4
えすけい:LV5
女社員 :LV6
部長  :LV7
 
 この作品は、以下のような構成になっています。
(わかりやすいように、敵対側に(')をつけます)
 
(1)LV1がLV2'に襲われている。LV1は知人であるLV3に助けを求める
(2)正体不明のLV5が登場。LV1はLV5を誤解する。LV5は様子見。
(3)LV3が助けに来る。LV3とLV2'のバトル
(4)LV3は勝利するとともに、LV5の正体に気づく。
(5)LV2'がLV4'を呼ぶ。LV3はLV5の助太刀を断る
(6)LV3とLV4'のバトル。静観していたLV5がバトルに参加
(7)LV5とLV4'のバトル。LV5が勝利し、LV4'の背後組織を知る
(8)受付嬢LV6'に会う。青ざめるLV5と、その強さに気づかないLV3
(9)そして、ボスLV7'に会う。LV5とLV7'のバトル。完膚なきに敗れ、LV3の宝を奪われる
(10)LV5、LV7'の打倒を決意する。LV3、LV5と共に旅に出る。
 
 この次の展開は、LV5(♀)という仲間に出会うのがいいですね。
 敵はLV6。主人公(LV5)は、LV5(♀)と共に挑みますが、敗れます。
 それから、とあるイベントで、主人公はLV6にレベルアップします。
 そして、LV5(♀)のアシストを得て、敵のLV6を倒すのです。
 LV3の仲間は、LV5(♀)の高慢なところなどを描写したりと、世界観を補完する役目を任せます。
 
 
 と、別に題材は何でもいいんです。スポーツでも、サブカルチャーでも、テーブルゲームでも。
 ただ、LV7あたりだと、Wikipediaに載ってないぐらいの専門知識がなければ、その「強さ」を表現できないでしょう。
 この「同人ファイターえすけい」の場合、描写に説得力がなかったのならば、僕の勉強不足にすぎない、ということです。
 
 このように、とある題材でバトル作品を描くならば、その道のファンをうならせる知識が必須となるわけです。
 
 
 そうそう、男視点の恋愛漫画も、レベルでカテゴライズしたほうが楽だと思います。
 下はその一例。
 
LV7(♂) ヒロインが憧れている男先輩
LV6(♀) ヒロインの尊敬する女先輩
LV5(♀) 主人公をバカにする年上の女性
LV4(♀) ヒロイン(主人公の同級生)
LV3(♀) 主人公をバカにする下級生
LV2(♂) 主人公
LV1(♀) 主人公を唯一バカにしない下級生
LV0(♀) 主人公の家族。母とか妹とか
 
 主人公はヒロインに認められるべく、レベルアップをします。
 例えば、LV3にあがると、LV3のキャラに認められるといったふうに。
 しかし、ヒロインもそれとほぼ同時にレベルアップします。
 こうして、主人公とヒロインがレベルアップをしながら、憧れの存在に近づくわけです。
 こうすれば、行き当たりばったりのラブコメにならずにすみます。
 その成長する姿に、女性読者からも「愛の力は偉大だ」という感動を誘うことができるでしょう。
 あとは、説得力に足るレベルアップのイベントを考えればいいだけです。
 
 
 と、最初にLV0〜LV7を設定しておくと、その後でどのレベルで書くべきかがわかりやすくなると思います。世界観が破綻することはありません。
 フィクション作品の場合、このようなレベル分けをした方が、読者にとっては面白いのです。ただ、そのレベルを明示してはなりません。あくまでも、読者に「こいつのレベルはどれぐらいか」と推測させるものでなければなりません。
 
 
 今回の作品、題材や登場人物の名前がアレですが、バトル作品としては、きわめて真面目に書いています。
 物語を作る見本として役立てていただければ幸いです。