同人ファイターえすけい(続き)
全三回の短期集中連載企画です。
一回目はこちら。
⇒同人ファイターえすけい
−−なんとか、夏コミの戦利品を死守した兄妹だったが、通りすがりのオタクえすけいによると、なにやら背後に組織があるらしい。ただの陰謀論ではないかと一蹴した兄だったが、新たな男が立ちふさがったのだった。はたして、夏コミ限定本の運命やいかに?
不審者: フフフ……うちの者が世話になったようだな。
兄: ああ、あのヲタクのことか。おまえも、俺のA3「MikanAL」目当てで、ここにやってきたのか?
不審者: ご名答。ただし、私は事を荒げるつもりはない。
兄: じゃあ、帰ってくれ。それがお互いにとって最良の選択だ。
不審者: お金を出す、といってもか。
兄: いくらだ。
不審者: 英世でどうだ?
兄: おい、フザけてるのか? ヤフオクで売っても、五倍以上の値段で売れるだろうよ!
不審者: それでは、交渉決裂、だな。
妹: ……ねえ、えすけいさん。何が始まるの?
えすけい: シッ。黙って見てな。
兄: おまえも、あのオタクと同じように、実の妹がいるから云々で、俺の変態性を指摘するつもりなのか?
不審者: ははは、そのことについては、むしろ君を賛美したいのだよ。実の妹を持ちながらも、妹信仰(シスコン)を失わなかったとは、たいした変態ではないか。賞賛に値する。
兄: そ、そうか。照れるな。
不審者: まったく、日本人はリアルとヴァーチャルの分別にかけては偉大な民族なのだ。景観の良いパリでは、ディズニーランドは成功せず、景観の悪い東京では、ディズニーランドは成功している。日本人とは、四畳半と同人誌で幸せになれる、世界で稀有な民族なのだ! アグネスにはそれがわかっていない!
兄: (……なんだ、コイツ。やけにスケールがでかい話をしやがる)
えすけい: おい、助太刀してやろうか。
兄: 何を言う。これはオレの戦利品の問題だ。おまえには関係ない!
えすけい: そのわりには、足が震えているが。
兄: そんなことはない! とにかく、手出し無用だ!
えすけい: ……わかった。
不審者: フフフ。二人で一緒に挑んできても、私としては問題ないがな。
兄: 何を言う! 手下に襲わせたあとで、ノコノコと出てくるような卑劣な奴なんて、オレひとりで十分だ!
不審者: 手下? 違うな、アイツは、ただのファンネルだ。
兄: ……ファンネル?
不審者: そう、私はこの夏コミでファンネル部隊を使いこなし、数多くの戦利品を手に入れた。石恵の限定本など、そのひとつにすぎん!
兄: 石恵先生をバカにする気か? そんな奴に「MikanAL」を渡すなんて、オレには絶対にできん!
不審者: 私は完璧主義者だからな。設定した目標を達成しないと満足できないのだよ。なお、あいつは、オールレンジ攻撃で制裁してやったよ、ククク。
兄: (……オールレンジ? 何か聞いたことのある言葉だが)
不審者: そんなファンネルを使いこなすニュータイプが私だ。その強さはキュベレイ級といっていいだろう。
兄: (……ニュータイプ? おそらく、これはガンダム用語だな。しかし、オレは萌え専門で、ガンダムのことをほとんど知らない!)
不審者: フフフ。ファンネルなしとはいえ、私のサイコミュ攻撃には耐えられるかな? せっかくの私の提案を拒んだ俗物よ! 恥を知れ!
兄: (クッ。そんなことを言われても、どんなリアクションを取ればいいのか、さっぱりわからん! はっ……そういえば、えすけいが言っていたな)
(えすけい: おまえは言葉に頼りすぎる嫌いがあるな)
兄: (それがオレの弱点? そうだ、リアルで友達がいたならば、ガンヲタの一人や二人いてもおかしくなかった。自宅警備員をやっていたがゆえに、オレは自分の萌えを追求するのに必死で、ガンダムをおろそかにしていた、ということか)
えすけい: (……状況はきわめて不利だな)
妹: ねえ、なにやってるの、お兄ちゃんたち。
えすけい: オタク同士の意地と意地とのぶつかり合いだ。まさに、一瞬即発といっていい。
妹: でも、引きこもりニートだったお兄ちゃんが、あんなふうに立ち向かうなんて、意外。
えすけい: どうだ? 兄さんのこと、カッコいいと思うようになったか。
妹: 全然。社会的には抹殺されていいと思う。でも、あれはあれで、あたしをこの道に引きずりこんだきっかけではあるし、ね。そのことには感謝してるんだよ。
えすけい: ……そうか。
兄: (……ネットなら、こんな状況になっても、すぐに逃げだせるが、リアルではそうはいかない。そして、愚妹がオレを見ている。せめて、妹の前では、オタクとして、変態紳士として、オレは退くわけにはいかないんだ!)
不審者: フフフ……こんな所で朽ち果てる己の身を呪うがいい!
兄: (…………!)
えすけい: まだだ。まだ終わらんよ!
不審者: な……貴様!
兄: えすけい! 手出し無用と言ったはずだ。
えすけい: 何を言う。おまえには守るべき女がいるはずだ。こんなところで、身を滅ぼしていけない!
兄: あんな妹でもか?
えすけい: ああ、あんな妹さんでもだ。
兄: ……わかった。後はよろしく頼む。
不審者: チッ。余計な邪魔をしおって。
えすけい: 確かに、おまえにはキュベレイ級の強さがあるのかもしれない。ならば、俺はOUTSIDERの北条真(まこと)を気取ることにしよう。
不審者: OUTSIDER? 北条真? なんだ、それは?
えすけい: 蛸壷屋のオリジナル創作だ。そんなことも知らないのか。
不審者: 知るはずがないだろ! だいたい、蛸壷屋なんて、ただの変態エロパロサークルではないか!
えすけい: ははは。蛸壷屋の本質はオリジナル創作にあり。エロパロはそれを書くための資金稼ぎにすぎないのだよ。その本質を知らずして、二次創作のみで蛸壷屋を語るとは笑止千万!
不審者: ……な!
えすけい: さて、OUTSIDERは現在まで六巻を刊行しているバトル漫画だ。主人公は北条真。彼女はツンデレだが、蛸壷屋のデレは一般的なデレにあらずだ。俺の言っていることがわかるな。
不審者: そんなこと、私の知ったことではない!
えすけい: 北条真の強さの秘密。それは、筋肉の軟と硬だ。おっぱいのような軟らかさと、鋼のような硬さ。その飛びぬけた幅が、パワーを生み出す!
不審者: そんなことはどうでも……。
えすけい: くらえ、そんな北条真の必殺技を!!
不審者: ……かはっ(吐血)
えすけい: 勝負あり、だな。
兄: (いや、あれ、ただのキックだろ)
不審者: ま、まさか、これほどの男がこんなところにいるとはな。ぐふっ!
えすけい: ああ、今すぐ家に帰って、蛸壷屋の公式サイトから、オリジナル本を買ってみるといい。同人誌の新たな可能性に気づくことだろう。
不審者: ……それは断る。
えすけい: それよりも、だ。あんたたちは「MikanAL」をどこに持っていくつもりだったんだ?
不審者: ははは、何を言う。私はただ、みずからのファンネル部隊が買いそびれた限定本を求めに来ただけだ。
えすけい: 違うな。本当に欲しければ、千円札一枚で交渉を終わらせるはずがない。おそらく、zipが関係しているのではないか?
不審者: …………!
兄: zip、だって!
えすけい: ならば、そこに案内してほしい。
兄: おい、えすけい! もし、zipがからんでいるとなれば、こいつはとんでもないことだぜ!
不審者: それで、おまえはどうするつもりだ?
えすけい: そうであったのならば、俺はその組織を叩き潰す!
兄: やめろ! zipに関わるんじゃない! たしかに、奴らは著作権を侵害している最低集団だが、オレたちオタクが束になってかかっても、どうしようもないレベルにいるんだ!
えすけい: その実態を知りもせずに、ネットでの噂だけで、あきらめろ、というのか?
兄: …………。
不審者: フフフ。その通りだ。私はファンネル部隊を駆使し、新刊本をかき集め、あのお方が、それをzip化する。そして、しかるべき形で放流したそれがネットに蔓延しているのだ。そんな私を恨むのは当然のことだな。
えすけい: 俺は別に著作権がうんぬんというつもりはない。著作権は当事者の問題だ。ただ、そんなことが許されているこの状況では、同人文化が育つ可能性がない! 蛸壷屋のオリジナル創作のような優良本が認められない文化なのだ! だから、俺はzipと戦わなければならないんだ!
兄: えすけい! おまえってやつは……。
不審者: わかった。では、私の代わりに、A3「MikanAL」を持っていけば、面会を許してくれるだろう。住所はこの紙に書いてある。
えすけい: ああ、ありがとよ。
兄: えすけい! 一人で行くつもりか?
えすけい: もちろんだ。
兄: オレも連れてってくれないか?
えすけい: いいのか。これから俺たちが向かうところは、ネットの闇の部分だ。軽はずみに飛びこむと、自我が崩壊するかもしれないんだぞ。
兄: だいじょうぶだ。さっきの戦いで、オレは自分の力量を思い知らされた。しかし、せめて、おまえの戦いを見届けたい!
えすけい: いいだろう。ならば、ともに行こう! zipの巣窟へ!
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