テトリス神業動画

 
中学のとき、顧問の教師に言われたことがある。
「目で見て、自分と同じぐらいのレベルにいると思える人は、実際には自分よりずっとうまい。自分より下手に見える人が、自分と同じぐらいの実力の持ち主である」
つまり、目で見るのと実際にするのとは大きな差があることを常に忘れるなということだ。
これは、スポーツでもそうだし、仕事でもそう。
新人さんが「これぐらいは俺でもできる」と思っても、実務としてすること、そしてそれを維持することはずっと難しい。
特に初心者の人には、それが「どれぐらい」すごいことであることすらわからない。
だが、仕事にせよ、何にせよ、初心者に敬意を抱かれなければプロではない。「さすが」と思わせるぐらいの、圧倒的な力量差がなければ、他人をしたがえる「強さ」というのは身につかないものである。
もちろん、経験を通して、スポーツでいうと段位を取るぐらいになると、初心者のときにはわからなかったすごさというのが見えてくる。それとともに、自分の実力もきちんと把握できるようになる。


最近、ニコニコ動画の「やってみた」シリーズを見るたびに、このことを考える。
そのゲームのことを何も知らない人に「さすが」と思わせるにはどれぐらいの力量が必要か。
別に最速動画でなくてもいい。スーパーマリオの面白いプレイにせよ、初心者でもわかる「無駄な動き」を含んでいることは、時間を返せ、という苛立ちの原因となり、エンターテイメントとはなりえないのである。
最速動画に娯楽性は乏しいが、「見て楽しませる」プレイ動画を見せたいと思うなら、ある程度のレベルは必要だ。
個人的には「美学」がなければならないと思う。「俺はここはこうやってクリアしてるんだ」という確固たる信念に裏打ちされたプレイは迷いがなく、たとえ最速でなくとも、見ていてすがすがしいものである。


さて、前回の記事でTASについて説明したが、今回ご紹介する映像はTASではない。

テトリス ザ グランドマスター3 TGM3 GM認定ムービ
YouTube →ニコニコ動画

3分をこえてからが本番である。テトリスは「落ちゲー」と分類されているが、このスピードに達すると、もはや落ちていない。もはや、別のゲームと化している。

ちなみに、テトリスには「世界ルール」というものがある。上の動画のテトリスは皆さんの知っているテトリスとは違うところがあるかもしれない。
たとえば「HOLD」。この機能により、待機ブロックを一時保管できることができるのである。テトリスと呼ばれる四段消しがこれでねらいやすくなったのは言うまでもない。

しかし、いずれにせよ「これぞワールドクラス」と思えるすさまじいプレイである。まさしく「神業」と形容するしかない。
このように、TASでの最速動画のみが、もてはやされているわけではないのである。「どこでもセーブ機能を使っていない」とプレイヤーが声高に主張しても、それを信じる第三者がどこにいるというのか?
例えば、Windowsに付属している「マインスイーパー」にしろ、世界最速記録というのは、しかるべきやり方にのっとらなければ認められないのである。

こういうルールづくりをしているのは、英語のサイトがほとんどで、日本語のサイトには少ない。
日本語が厳密な基準を表記するのにふさわしくないのか、欧米の合理精神の賜物というべきかさておき、「ツールを使っているんじゃないのか?」「どこでもセーブ機能を使って何度もやり直してるんじゃないか?」と視聴者に疑問を抱かせないように、あらかじめ設定されているのだ。だから「TASじゃねえの?」という不毛なコメントが出てくる余地がない。

個人的には、よほどのテクニシャンでなければ、そのままのプレイを見せることは時間の不毛であると考える。ニコニコ動画のゲームプレイ動画の多くは、そのような配慮がされていない場合がほとんどである。別にツールを使わなくとも、動画を編集すればいいだけの話であるが「見せたい!」という思いが強すぎるのだろう。
(これは動画よりも音楽の「歌ってみた」関連のほうがひどい。タイツォン氏ぐらいのレベルになると、一発録りテイクが微笑ましくなるのだが、たいていの人の一発録りなんて聴くに耐えない)

もちろん、経験は真理にたどり着く唯一の道ではない。少年のひらめきの中には、大人たちの常識をくつがえすだけの力があるものがある。だが、それを自分のものにするには強い意志が必要である。そして、持続しなければ、その功績がその人の手にきすことはない。どれだけ他人にののしられてもそれをくつがえさないという意志があって始めて、少年のひらめきは輝く。

なお、TASとは、前述した通り、「tool-assisted speedrun」の略称だが、ニコニコ動画のTASムービーには「どこでもセーブ機能を利用した、ありえないプレイ」を指す場合が多い。そのため、日本国内限定では、TASとは「tool-assisted super play」の略称であると変更したほうが良いと考えたりする。