恋を競う女子大生の友情を美しく描く ― 泉和良『私のおわり』(評価・A)

 

私のおわり (星海社FICTIONS)

私のおわり (星海社FICTIONS)

 

同じ男に恋する女子大生の友情を、純度の高い美しさで描く。
男性作家による女一人称恋愛小説の理想形!
 

 男性にとって、女性の友情を描くことほど難しいものはない。
 個人的に、若い女性作家のマンガや小説を読むのが苦手である。その人間関係は生々しくて、あまりにもドロドロしているからだ。男性作家によるお気楽ラブコメを「ありえねー」と笑いながら読むほうがずっと楽しめる。
 泉和良星海社に「恋愛小説の旗手」として売りだされている。彼がフリーゲーム作家ジスカルドであった時代を知る者にとって違和感ある肩書だが、小説二作目『spica』で「恋愛はこの世で最もたちの悪い呪い」と断言した力強さが彼の作品にあるからだろう。流行に頼らずとも恋愛の本質をくりぬく力量のある作家である。
 そんな作者が、女性一人称という形で「恋愛」を描いたのが、この『私のおわり』だ。
 今作の魅力は、同じ男に恋する女子大生の友情を、純度の高い美しさで描いたことにある。生々しさよりも、湿っぽさよりも、その輝きが読後に残る。
 というのは、今作にはある「仕掛け」があるからだ。そのために、女主人公は自分の行動を客観的に観察できたのである。
 今作は一言でいえば「泣かせる」ための作品で、都合の良い展開が少なくないのだが、その欠点を補うだけの輝きが宿っている。
 



 

「あの世に向かって全速前進ヨーソロー!」
 

 この物語は、死神船長のその掛け声で始まり、その掛け声で終わる。
 つまり、冒頭から女主人公は死んでいるのだ。しかし、不慮の事故が原因である自分の死に、女主人公は納得できない。だから、死神船長が目を離したすきに、三途の川ならぬ比良坂の海に飛びこんだのだ。
 そこで、女主人公は死の四日前に自分が戻ったことを知る。ただし、霊的な存在となって。
 

 女主人公は想いを寄せた男の部屋の、いわば地縛霊になる。
 彼女は光景を目にすることはできるが、言葉は相手に届かない。部屋から出ることもできない。できるのは、ほんのわずかな風を吹かせることだけ。
 彼女はその部屋で起きたことを一部知っている。恋敵である友人とともに、想い人の部屋に遊びに行っているからだ。
 だから、女主人公は過去の自分を観察することになる。恋敵に無神経なことを言われても、へらへら笑うだけの臆病な自分。そのときの自分は、まさか数日後に死ぬとは考えていなかった。だから、好きな男に想いを伝えようとはせず、男2人女2人のグループで楽しく過ごすだけで満足だったのだ。
 霊的存在となった女主人公は思う。せめて、死ぬ前に自分の想いを伝えたい。そうでないと、死んでも死にきれないではないか。
 

 一方で、女主人公は恋敵について、さんざん悪態をつく。自分より美人で人気者で、ぶりっ子で、嘘つきな彼女。嫌いだけど、恋のために友達のふりをしていた彼女。
 女主人公の感情ほとばしる悪口には根拠がある。生前、女主人公と恋敵とは、紳士協定ならぬ「淑女協定」を交わしていた。想い人の部屋に遊びに行くときは必ず2人一緒でなければならない、というルールである。ところが、地縛霊となった女主人公が目にしたのは、平然と抜けがけをしていた恋敵の姿だった。自慢の手料理をふるまおうと、一人で男の部屋に行っているのである。
 その恋敵にギャフンと言わせるためにも、女主人公は限られた霊的能力で、なんとか生前の自分が先に告白するように仕向けようとするのだ。
 

 こうして、想い人をとりまく状況は、自分の記憶とは異なる方向に動きだす。そこで、女主人公は恋敵との友情について考えるようになる。自分が恋敵の悪口を並べられるように、恋敵が自分の弱点を知りつくしているのは、それだけ恋に必死であることを。そして、互いにその恋愛感情は認め合っていることを。
 

 本書の魅力は、女子大生の友情だけではない。恋愛に欠かせない「孤独」描写も印象的だ。
 ある決断をせまられた想い人は、その夜、所在なくパソコンのマウスを動かし続ける。霊となった女主人公は、その背中を見続けている。悩みを平らにしようと、何かの気持ちを固めようとする彼の表情を、女主人公はのぞき見る。
 恋愛の決断に至るまでの過程を、今作は観察者の視点で丁寧に描いている。その誠実さが、この作者の一番の魅力であるかもしれない。
 

 今作は「泣かせる」作品であるが、自分の感性が乏しくなったせいか、読みながら涙がこみあげることはなかった。だが、その純度の高さは身にしみた。
 読みごたえという点では物足りないが、それだけ物語世界に没入することができる。
 男性作家が描いた女一人称恋愛小説は少なくないが、本書はその理想形といえるだろう。生々しさや湿っぽさが苦手で、恋愛小説を敬遠している人にこそ、読んでいただきたい作品である。評価はA。
 

私のおわり (星海社FICTIONS)

私のおわり (星海社FICTIONS)