「死体が語る真実」 ―残酷な死の現場から生の証を見抜くドキュメント (評価:A+)

死体が語る真実 (文春文庫)

死体が語る真実 (文春文庫)

おすすめ度:★★★★★
著者は、死体の身元確認作業にたずさわるアメリカの法科学者の一人である。本書はそんな著者の経験が語られたノンフィクションである。9.11の同時多発テロ事件や、1995年のオクラホマ連邦ビル爆破事件(死者168人)にも関わった。著者の専門は「法人類学」といい、死体の骨の部分を担当する。
著者は、人間の骨を一目見てどの部分であるかを判別できるという。しかし「どこの骨か?」だけでは、その死体の身元は判明しない。性別、年齢、身長、体重、人種、そして、死の原因。火災を装った殺人事件も多く、著者は多くの犯罪の隠蔽を見抜いた。
1993年のカルト教団ブランチ・デビディアン教団による集団自殺事件もその一つだ。彼らは独自の終末論のために大量所有していた武器をめぐり連邦政府と対立。FBIとの銃撃戦のあと、みずから篭城していた施設に火を放った。見つかったのは80あまりの死体。この最悪の結果に、人々は連邦政府の不手際であると批判した。
著者はその遺体回収作業に参加した。そして、頭蓋骨に弾痕があることに気づく。注意深く復元されたそれは、自殺ではなく、ましてFBIの狙撃によるものではなく、内部の人間に射殺されたことを意味していた。少なからずのメディアは「FBIが爆破したのではないか」という陰謀論を支持し、カルト教団に同情的な報道をしていたが、この鑑定結果を前にしては沈黙せざるをえなかった。
また、著者は頭蓋骨をもとにした復元作業を任せられることもある。白骨から人間の顔をよみがえらせるのは、研究成果により蓄積されたデータと美的センスの二つが欠かせない。著者は目から液をたらし、それが泣いているように見えなければ、復元ではないと語る。わずかな骨の角度から肌のふくらみを判別し、死体に生命を吹きこむ。この復元により、身元が判別したエピソードも書かれている。
人間の身体は死の一日半で腐蝕し、骨格を保てなくなるという。遺棄された死体の多くは、目を覆いたくなるような惨状である。しかし、著者はわずかな痕跡も見逃さない。例えば、植物や昆虫。その場で殺されたか、遺棄されたのかは、植物の生態を調べればわかるという。ウジも重要な観察対象となる。どこに卵を産みつけたか、生まれてどれぐらいか。それにより、死亡推定時刻や、死体の損傷を知ることができる。
死体から身元をわりだすのはジグソーパズルのようなものと考えているかもしれない。しかし、すべての骨が残されているのはまれである。9.11同時多発テロでは、数千人もの犠牲者があり、多くの人の遺体は散乱していた。DNA鑑定は万能ではなく、時間も経費もかかる。あくまでも、DNA鑑定は仮説を実証する手段にすぎないのだ。その仮説を出すためには、骨から多くの情報を引き出さなければならない。それが、白人男性のものか、黒人女性のものか。それを判断するためには、相当な知識と訓練を要する。
本書では著者が法人類学を目指した理由から、どのように「死体の身元を判別する」訓練をしてきたかが語られている。アメリカのトップクラスの法人類者である彼女の言葉は、多くの驚きを読者にもたらすだろう。ミステリー小説でのトリックに納得できない経験がある人でも、本書を前にはいかなる批判もできないはずだ。
殺人事件現場というと、グロテスクなイメージしか浮かべる人は多いと思う。実際、この本で書かれている場面には、とても映像化できない陰惨なものが少なくない。しかし、著者は朽ち果てた死体に耳を傾ける。そして、万人が目をそむけたくなる残酷な死体から、あるべき姿、生前の身体をよみがえらせるのだ。
かつてシェイクスピアは書いた。「悪事は死後も残るものだ。良き行いはしばしば骨とともに葬られるが」。死体から身元を判明するという作業を通して、本書は生命の美を教えてくれているように思う。軽い気持ちで読みはじめたものの、プロローグからじっくりと精読した本である。ここ一ヶ月に読んだ本では、もっとも面白かった一冊であった。