「バーチャル工場見学」と、フリーの3Dアニメ作成ツール「MMD」 - ニコニコ技術部員たち(5)
- ポケモンに出てくる街を紙で建設した動画 - ニコニコ技術部員たち(1)
- それは、大胆すぎる素人発想から始まった - ニコニコ技術部員たち(2)
- ニコニコ動画で新規客獲得に成功した「作ってみた業者」とは? - ニコニコ技術部員たち(3)
- 技術部エンターテイナーが挑んだ、夏を清涼に過ごすアレ開発 - ニコニコ技術部員たち(4)
- 「バーチャル工場見学」と、フリーの3Dアニメ作成ツール「MMD」 - ニコニコ技術部員たち(5)
- 初音ミクのいる風景 ――フリーソフトでもできる3D実写合成映像「マッチムーブ」 - ニコニコ技術部員たち(6)
- 初音ミク、金星へ ――「あかつき」、「はやぶさ」、宇宙へのロマン - ニコニコ技術部員たち(7)
いま、フリーの3Dアニメ作成ツール「MMD(MikuMikuDance)」によって作成された「バーチャル工場見学」ムービーが人気を集めている。
↑工場の俯瞰図を見るだけでワクワクするのは僕だけでないはず!
↑業務用機械も3Dアニメ化されてるぞ!
↑まるで社会の「工場見学」のように、気軽に楽しめる内容
↑ドラマパートのキャラのかけ合いも魅力
これを見て「なぜ、初音ミクに工場見学という題材を演じさせるのか?」と疑問を抱く人がいるかもしれない。
しかし、少し考えれば、実写による「工場見学」ドラマを作るには、様々な困難があることがわかるはずだ。
「ニコニコ技術部員たち(3)」で紹介した「御社」社長のように、業務用機械を利用した動画は、ニコニコ技術部では少なくない。
とはいえ、ほとんどの人は、自分の仕事場を、趣味の動画作成のために撮影することは許されていないはずだ。
また、身元判明のリスクを考えれば、出演人物の顔出しは避けるべきである。
多人数による実写ドラマを公開することは、ニコニコ動画では難しいのが現状なのだ。
そして、この動画で使われている「MMD」という3Dアニメ作成ツールは、フリーソフトとして公開されているほか、ボーカロイドのキャラクタ―が、あらかじめ用意されている。
もともと、歌声を作成するソフトウェアであるボーカロイドだが、初音ミクなどのキャラクタ―は、音楽ジャンル以外でも活躍し、ニコニコ動画ユーザにはなじみのあるものになっている。
そして、これらボーカロイドの版権を持っている「クリプトン」が、権利者として動画削除を要請する動きは、現在のところ見られない。
だから、MMDを利用すれば「初音ミク劇団」によるドラマが、個人レベルでも制作公開することが可能なのだ。
今後、この「バーチャル工場見学」のように、自分の得意分野で、オリジナリティあふれる3Dアニメに挑戦する人がどんどん出てほしいと思う。
さて、この「MMD」という3Dアニメ作成ツールも、ニコニコ技術部発祥のフリーソフトである。
「ニコニコ技術部員たち(2)」で書いたように、様々な方法で初音ミクのネギ振りを実現するという試みに多くのユーザが参加して、続々と動画がアップロードされたのが、ニコニコ技術部の始まりであった。
そんな中、MMD作者は、初音ミクのネギ振り動作を3Dアニメとして表現できる作成ツールを公開してしまったのだ。
⇒MikuMikuDance(MMD)配布サイト「VPVP」
ニコニコ動画には、この「MMD」で作成された3Dアニメが数多く公開されている。
しかし、少なくない人が次のような疑問を抱いているのではないかと思う。
(1) MMDがフリーソフトとして公開されているのはなぜか?
(2) MMDがニコニコ動画の主流になったのはなぜか?
(3) MMDはどんなことができるのか?
(4) MMD以外に、どんな3Dアニメ作成ソフトがあるのか?
そんな疑問にこたえる形で、今回はニコニコ技術部発祥のフリーソフト「MMD(MikuMikuDance)」について、わかりやすく紹介していこう。
(正確に書くように努めましたが、僕はMMDの全機能を使いこなすほどの知識がありません。ゆえに、一部、事実に反した箇所があるかもしれません。ご了承ください)
◆ ストップモーションと3Dアニメ
「Miku Miku Dance」は、3Dアニメ作成ソフトである。
では、3Dアニメはどのように作られているのだろうか。
それをわかりやすく説明するために、ガンプラのストップモーションと比較してみよう。
このガンプラ動画がどのように作られたのかは、多くの人が直感的にわかるはずだ。
それぞれのガンプラを、少しずつズラして撮影し、それを連続再生することで、動いているように見えるのである。
作者コメントによると、制作期間は一ヶ月とのこと。
実は、3Dアニメの原理も、単純に言ってしまえば、これと同じようなものなのだ。
ただ、ガンプラのストップモーションと違い、パソコン内の「バーチャル空間」で実現できるのが、3Dアニメの特徴だ。
「バーチャル空間」では物理法則の影響を受けることはない。
ジャンプ⇒着地という動作を表現するためには、ガンプラだと見えにくい糸でつり下げるなどの工夫が必要だが、「バーチャル空間」では、どんなポーズでも一コマ(フレーム)単位で、それを設定することが可能なのだ。
そして、「バーチャル空間」では、すべてがデータ化されている。
例えば、「歩く」という動作。
それが、同じ動作であれば、角度を変えても、ズームしても、回転させても、そのような映像演出に関係なく、同じデータを流用することができる。
さらには、物理法則エンジンを活用すれば、動作と動作の間、つまり「右足を前に出す」というアクションが、それぞれの位置を設定するだけで、リアリティのある動きを実現することができる。
このように、ガンプラのストップモーションよりも、3Dアニメ作成は、作業の軽減化が可能なのである。
それでは、MMD以前は、なぜ、3Dアニメが少なかったかといえば、アニメで動かすべき3Dモデルを制作する負担があったからだ。
そのモデル作成に必要なのは、美的センスだけではない。
ガンプラ動画が、なぜ楽しめるのかといえば、ガンプラの設計が、アニメのシーンを再現できるように、細かな動きを設定できるからなのだ。
同じように、楽しめる3Dアニメを作るためには、そのモデルが、細かな動きを実現できなければならない。
MMDでは、その3Dモデルとしての初音ミクが、はじめから搭載されている。
そして、それはチャーミングなだけではなく、ガンプラのMG(マスターグレード)に匹敵するほどの、細かな動きが表現できる優れものだったのだ。
だから、MMDを入手すれば、用意されたモデルを動かすだけで、3Dアニメを作成することができるのだ。
それでは、改めて、ガンプラ動画とMMD動画を比較してみよう。
ガンプラ動画 | Miku Miku Dance | |
---|---|---|
モデル作成 | ガンプラを購入して制作 | 始めから用意されている |
動画作成 | 少しずつズラして撮影 | それぞれのパーツの動きを指定して実行 |
MMDはその名が示すとおり、もともとは初音ミクのみがモデルとして用意されていたが、今では有志によるモデルが多数公開されている。
↑冒頭で紹介した「バーチャル工場見学」に登場した某奈良県マスコットも、MMDモデル化されている
しかし、「MMD」を手にした人は、そのわずらわしさを知って、驚いたのではないか。
ガンプラのMG(マスターグレード)に匹敵するほどの細かな動きが表現できるということは、それだけのパーツを設定しなければならないのである。
MMDでは、バージョン5からは物理エンジン「Bullet Physics Engine」が搭載されているとはいえ、それだけで動きの面白さを表現することはできない。
ガンプラ動画で、1コマ1コマをずらして撮影するように、1フレームごとにそれぞれのパーツの調和を取らなければ、魅力あふれるアクションを取ることはできないのだ。
手間がかかるという点では、ガンプラ動画もMMDアニメも、あまり違いはないのである。
最初に、MMDをダウンロードして、ひとしきり動かしたとき、ほとんどの人がこう思うはうだ。
「もっとてっとりばやく動かすことはできないのか? あたかも、自分が手足を動かすように」
なかには、MMDがフリーソフトだから面倒なのであって、ちょっとぐらいお金を出せば、便利なソフトがほかにあるに違いない、と考えるかもしれない。
では、MMD以外の3Dアニメ作成ツールについて、説明しよう。
そうすれば、MMDがニコニコ動画で多くのユーザを集めている理由がわかるはずだ。
◆ Miku Miku Dance(MMD)とその他のツール
上の動画は、ニコニコ動画で大きな話題を呼んだ人気作品である。
これを見て、先に紹介した「ガンプラ動画」と同じように作成されたと考える人がいるかもしれない。
しかし、これは3Dアニメである。
しかも、フリーソフトを使って作成されている。
作者コメントによると、この動画は、「メタセコイア」(3Dモデル作成ソフト)および「Blender」(3Dモデル・3Dアニメ作成ソフト)によって作成されている。
・Blender - Wikipedia
・Metasequoia - Wikipedia
これらのフリーソフトだけでも、プロ顔負けの3Dアニメを作ることは可能なのである。
では、なぜ、MMD動画がニコニコ動画であふれ返っているのか?(*)
それは、先程述べた「3Dモデルが用意されている」ことのほかに、「低スペックでも軽快な動作性」「利用者の多さ」の二点があげられるだろう。
実は、この利点は、そのまま、MMD作者のツール制作動機につながっているのだ。
以下の記事で、そんなMMDが作られたきっかけを知ることができる。
⇒http://ascii.jp/elem/000/000/470/470260/
MMD作者は、もともと、「Blender」を使って、3Dアニメ作成をしていたらしい。
ところが、MMD作者にとって、「Blender」は非常に使い勝手が悪いツールだったのだ。
「(Blender)だと、1分の動画で振り付けをやって、実際にそれが動画になっているのを見るまでにはレンダリングだけで8時間くらいかかっていたんですね。
なので出来上がった動画を見て気にくわない部分があると、その時間はムダになりますよね」
だから、「MMD」は、瞬時にアニメ再生することができるように作られている。
たとえ作業の手間がかかっても、プレビューに時間を費やさないツールのほうが、効率のよいアニメ作成ができると、MMD作者は考えたのだ。
実のところ、「Blender」のレンダリング時間を短くする方法はある。
それは、パソコンのスペックを向上させることである。
だから、これまで、3Dアニメ制作者は、非常に高スペックなパソコンで作業していた。
多くの人は、このようなとき、「快適に3Dアニメを作成したい」と、自分のパソコンを高い水準にする道を選ぶだろう。
しかし、MMD作者は別の道を選んだのだ。
多くの3Dアニメ作成者に比べて、自分のパソコンのスペックが満足いかなかったからこそ、MMDは軽快な動作性を第一にして作られているのだ。
そして、スペックを選ばないソフトであるからこそ、多くのユーザを獲得することができたのだ。
僕はここに、MMDにニコニコ技術部の精神を感じるのである。
みずからのパソコンのスペック不足が、新たなツールを生み出したのだ。
こうして、ニコニコ動画でたちまち旋風を起こしたMMDであったが、「初音ミク3Dアニメ化計画」において、ライバルがいなかったわけではない。
例えば、「FakeFar」による、「はとぅねベンチ」と「VocaloMark」
⇒FakeFarウェブサイト
もしくは、「SkylineScripter」
⇒初音ミクの Skyline Scripterページ
これらのアニメには「MMD」にはない特徴があり、それぞれ新鮮な印象をもたらしているが、2010年現在、両者とも開発は滞(とどこお)っている。
それは、「MMD」がバージョン5から物理演算エンジン「Bullet Physics Engine」を搭載したことがきっかけではないかと思う。
これにより、「MMD」の最大の欠点であった作業のわずらわしさを、大幅に軽減させることができるようになった。
作成者は、「表情の豊かさ」など、物理演算エンジンではなしとげられない部分の制作に専念できるようになったのだ。
そして、「MMD」の軽快な動作性と、直感的にわかりやすい操作性が、多くのユーザを獲得したこともあるだろう。
MMD作品には「モーションデータ」を公開しているものが少なくない。
モデルが同じならば、それをダウンロードして、切り貼りすれば、その動きの一部を流用することができるのである。
この「モーションデータ」は、今では数多く用意されている。
「走る」や「座る」という動作を、イチから自分で作らなくても、それを表現することができたのだ。
それらユーザの声に後押しされて、MMDの開発はどんどん進んでいった。
ユーザによる、新たなモデルやアクセサリもどんどん作られていった。
こうして、利便性や多様性が増した結果、MMDはニコニコ動画の主流派であり続けているのである。
なお、これは日本だけの話である。
世界での「3Dアニメ作成ソフト」といえば、「Poser」がもっとも有名だ。
この「Poser」で使える3Dモデル(フィギュア)は数多く公開されている。
もし、「MMD」のアニメを見飽きたと感じているのならば、あえて別の作成ツールに挑戦してみるのも良いだろう。
それは、視聴者にとって、新鮮な印象を与えることができるはずだ。
⇒Poser - Wikipedia
(*)なお、MMD制作においても、新たなモデルやアクセサリを作る上で、「Blender」や「メタセコイア」は使われている。決して、両者は「MMD」と相反するソフトではないことをお断りしておく。
◆ 今後、MMD動画で求められる「オリジナリティ」
かつて「初音ミク」関係の動画をユーザが争うようにアップロードしたのは、「初音ミク」というシンボルを掲げれば、多くの再生数を期待できたからである。
同じように、ニコニコ動画で発表するならば、「MMD」で作成したほうが、多くの視聴者を獲得できるのが現状である。
いまや、MMDユーザは、ニコニコ動画で非常に大きなコミュニティを形成しているのだ。
しかし、このことは、3Dアニメ作成の可能性を狭めているのではないと僕は思う。
ニコニコ動画で行われているコンテスト「MMD杯」を見ればわかるように、今では「流行のネタをトレース」するだけでは、評価されないのが現状なのだ。
⇒MMD杯@wiki - アットウィキ
MMDが公開されて数ヶ月の創成期には、その「動きの面白さ」に視聴者の関心は注がれていた。
例えば、次の動画は、MMD公開から一ヶ月足らずで投稿され、注目を浴びた振り付け動画である。
この動画は、物理演算エンジンを搭載していない初期バージョンで作成されている。
モーションデータなど参考になるものはなく、手探りでじっくりと、それこそ1フレームごとに調整しながら作られているのだ。
その作業が軽減できるようになった今では、「表情の豊かさ」や「チャーミングさ」というのは、もはや当たり前のものになっている。
「流行のネタのトレース」は、今でも再生数を集めることができるが、ユーザが多くなった今、よほど使い慣れた者でないと、「二番煎じ」として見向きもされなくなるのが必至である。
それに、もし、誰よりも早く、誰よりも質の高いMMD動画を公開したとしても、有名なMMD動画作成者が同じ題材の作品をアップロードすれば、たちまち視聴者はそちらに流れてしまうだろう。
だからこそ、「MMD杯」ではドラマ性が求められるようになってきている。
「振り付け」から「ドラマ」へと、MMDの表現は進化しつつあるのだ。
今後、MMD作品として評価されるものは、「オリジナリティ」がなければならないだろう。
MMD作品があふれ返っている現状では、それぞれの作者の個性が反映された作品でなければ、新たな注目を集めることは難しい。
そこに僕は、MMDの二次創作だけにとどまらない、新たなクリエイトの可能性を感じるのである。
冒頭で紹介した「バーチャル会社見学」のように、それぞれの得意分野を生かした「MMDドラマ」が、今後は増えてくるだろう。
題材さえ面白ければ、「表情の豊かさ」などの細かい点なんて、視聴者は黙認するものだ。
クオリティの高さはベテランにはかなわなくても、発想の面白さは初心者でも勝負することができる。
フリーソフトMMDのおかげで、今では誰もが「初音ミク」劇団のドラマを作ることができるようになった。
MMD動画の制作が大変であることは言うまでもないことだが、初期に比べれば、その利便性は格段に進歩しているのだ。
自分の物語を表現するツールとして、今後も「MMD」は支持されるであろうと僕は思っている。
⇒「Miku Miku Dance」公開サイト VPVP
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【関連リンク】
・matoの公開マイリスト myMMD
今回紹介した「バーチャル工場見学」作者のマイリスト
・樋口Mとは (ヒグチエムとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
MMDツール作者「樋口M」の作成動画はこちらからどうぞ
【追記】
冒頭で紹介した「バーチャル工場見学」動画を見て、それに出てくる「たこルカ」を実際に作った人がいるようです。
↑「バーチャル工場見学」に出てきた「たこルカ」を
↑本物のレーザーカッターで
↑完成させちゃったとか
「ニコニコ技術部員たち(3)」で紹介した「御社」社長だけではなく、いろんな技術や職業の人が「ニコニコ動画」に集っているんだな、と再認識しました。
(こういうリアクションが楽しめるのも、ニコニコ技術部の面白いところです)