臼井儀人はエホバの証人の信者だった?
・臼井さん遺族「再会できる日を心から楽しみに…」
クレヨンしんちゃんの作者、臼井儀人の妻のコメントで、次のような一文がある。
最後に、私たち家族は将来の希望として、主人と再会できる日を心から楽しみにしております。
まるで「最後の審判」と「復活」をかたくなに信仰していることがうかがえる、この声明文。
もしや、と調べてみると、臼井儀人とその家族が「エホバの証人」であるという噂が、ネットで多くささやかれているようだ。
・臼井義人はエホバの証人の信者って本当なんですか? - かなり熱心な信者のよ... - Yahoo!知恵袋
Yahoo知恵袋をソースにするぐらい確証がない話題だが、遺族声明を見るかぎり、それが事実であってもおかしくはない、と思う。
そういえば、マイケル・ジャクソンもエホバの証人の信者であった。そのことが、少年性的虐待疑惑の際は、不利な材料として、大いに報じられたものだった。
僕は「やる夫がキリストになるようです。」というきわめて不信心な物語を作っているぐらいだが、このニュースを聞いて「信仰」についていろいろ考えてみる。
「神様なんているはずがない」という理屈だけで、宗教を否定するのは、人間を知らない人のことだろう。人とのつながりのために、同じ信仰心を持つことは大事なことである。それは、肌の色や生まれの違いを乗りこえることができる。
臼井儀人の描く 「クレヨンしんちゃん」の漫画は、登場人物の死を描いただけでも、強い批判を浴びた。
「クレヨンしんちゃん」 「鬱な展開」にネットで大騒ぎ : J-CASTニュース
宗教を信じる人は、それだけ死のことを真剣に考えている。自分の知の至らなさに気づいている。
自分の作品に、どのような死生観を持ち込むか、臼井儀人はその悩みをずっと抱え続けていたのかもしれない。
それが、もう作品に反映される機会を奪われたことが残念でならない。
僕は「エホバの証人」という組織には、悪い印象しか持っていない。
未成年に洗礼をほどこし、その生き方を決定づける、という教理には賛同することができない。
ただし、教理が厳しいからこそ、救われるものだってあることを僕は知っている。
その信者の一人であったクレしん作者が、みずからの宗教心を、いつかは漫画という形で描こうとしてもおかしくないはずだ。
しかし、もう、そのような作品を望むことはできない。
そう、あまりにも、死という現実は重いのだ。
これらの噂にまつわる文章を読みながら、僕はみずからの死生観について考える。
僕は彼らほど、生と死に向き合っているのだろうか、と。
※なお、僕は特定の宗教組織には属していません。
その宗教観は仏教真言宗とキリスト教の間をいったりきたりしています。